「下級生2」たまき勝手に補完シナリオ



注意。

この文章は、ゲーム内の出来事と俺の脳内妄想と願望と愛しさと
  切なさと(その他以下略)が混在してワケわかんなくなっております。
確定なのはネタバレが鬼のようにありますくらいか。
  まあ適当にー。


第1部(4月8日〜11月9日)はそのまま下へ。第2部(11月12日〜)はこちらから。



4月8日(木)

うわ、また浪馬クンと同じクラスだ。
卒業まで一緒か・・・
幼馴染もここまでくると腐れ縁だよね。
ま、今までと何も変わらないんだけどね。

今年も楽しい1年になりそうだな。
カッコイイ彼氏も出来たし☆
浪馬クンより優しくて、浪馬クンより頼りになって。
私に迷惑ばっかりかけてる浪馬クンとはエライ違いだよ。もー大好き☆

浪馬クンも、早く彼女作ればいいのに。
そんな素振り全然ないしなあ。
教えてくれたら応援してあげるのに。
キミの世話は私がずっとしてあげるけど、遊んでばっかりいないで
自分でも何とかしなさいよ?





4月9日(金)

スパーーーンッ!!

もおっ!同好会の新入部員集めに熱心なのはいいけど、
執行部の許可なしで勝手に勧誘のポスター貼っちゃダメでしょーがっ!

「うむ。すぐにはがしてくる」

ふうっ・・・。
まったくもう・・・・・・
私がいないと何やらかすかわからないんだから。
今年も浪馬クンのお守りで忙しそうだなあ・・・

少しはあの人を見習ってほしいよ。
あの落ち着きが浪馬クンにあったら、キミもそこそこなのにねえ。

「やあ、たまきちゃん」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぷっ。

あはははははは!
ダメ!無理!落ち着いた浪馬クンなんて無理!
「たまきちゃん」じゃないっつーの!あははは!!

あはは・・・・やっぱり浪馬クンはあの性格しか考えられないや。
無鉄砲で危なっかしくて、私を困らせてばかりで。
でも、いいところもちょっとだけあるし。
何より幼なじみとして、ほっとくワケにはいかないしね。

さ、ポスター回収部隊を部室で待つとしますか。





4月10日(土)

浪馬クンに「彼氏いるのか?・・・ってんなわけないよなあ」って言われた!
もーずっと一緒なのに私のことわかってないなあ?

「いるわよ、付き合い始めたのは春休み、ここでバイトしてる時に知り合ったの」

って言ったらビックリした顔してたなあ。おもしろーい☆
別にキミへの態度が変わるわけじゃないから安心しなさいなっ。
私がいないとなんにもできないのはよーく知ってるんだから。
キミは私のこと知らなくても、私はキミのこと知ってるんだからねっ。





4月17日(土)

浪馬クンに「デートしないか?」って言われた。
何そんな改まった言い方してるんだか。

はっはーん、わかった。
キミ、最近私が構ってあげてないからスネてるんでしょー。
だって、私はあの人のものなんだもーん。きゃ☆

しょーがないなあ。
明日はヒマだから、遊びに行こっ。
場所?別にどこでもいいよー。
今更かっこつけるような間柄じゃないでしょ。

キミとなら、どこ行ってもそこそこ楽しいしね。





4月24日(土)

え?明日もヒマかって?
んとね・・・あの人は・・・あー忙しい日だなあ。
ん、大丈夫だよ、じゃあどこ行こっか?





4月29日(木)

♪〜

あ、浪馬クンから電話だ。
どうしたの?

え?また遊びに行こうって?
別に確認しなくてもいいよ。
私がヒマなときならオッケーだから。
あはは。気軽に声かけてよ。
じゃ明日学校でねー。

変なの、わざわざそんなことで電話してくるなんて。
いつもみたいにふつーに誘えばいいのに。

そういえば、最近彼に逢ってないなあ。
逢いたいなあ・・・・・・





5月1日(土)

こらこらそこ、帰ろうとしない。
今日は部長会でしょー?
まったく、バイト休んで正解だったよ。
出席しないと、予算もらえないんだからね?

あ、土曜日に休んじゃったけど、あの人が遊びにきたりしないかな?
ま、いいか。メールだけ残しとこっと。




5月5日(水)

あー、ゴールデンウィーク楽しかったー!
彼氏ともいっぱい遊べたし☆
まだまだ緊張しちゃって彼の顔まともに見れないのはアレだけど、
楽しかったな、うんうん☆

キスとか・・・それ以上も・・・いっぱい・・・・・・
きゃー恥ずかしー!(*>_<*)

そういえば浪馬クン、叔父さんの仕事に借り出されて
ゴールデンウィーク丸々潰れちゃったんだよね。
かわいそうだなあ・・・・・・

そうだ。御飯でも作りにいってあげよっ。
もらいものが確かいっぱい・・・これと・・・・・・これも・・・・・・
うん!これだけあれば豪華なものが出来るねっ。
浪馬クン喜ぶぞー☆

うんうん、キミの食べっぷりはいつ見ても気持ちいいねー☆
作った甲斐があるっていうもんだよ。
「よくできた幼馴染だよな」なんて褒められちゃったし。
なあに、お嫁さんにでもしたくなった?

「ばーか、お前には彼氏がいるだろうが」

「あははっ。じゃあ、あの人がいらないって言ったら
なってあげようか?」


って言ったら、またばかって言われたー!ぶーぶー!

お嫁さんか・・・・・・
私もいずれは、あの人のお嫁さんに・・・・・・きゃー(はぁと
そしてそして、今日みたいに私の手料理を・・・・・・

・・・・・・あれ?なんかイメージわかないなあ・・・・・・





5月9日(日)

あの人と遊園地で遊んだー!
子供っぽいかなあとは思うけど、やっぱ楽しいもんね☆
それに、未だにあの人と逢うと緊張しちゃうし・・・・・

一休みしてたらキスされちゃったよ。
恥ずかしいよー。人がいっぱいいるのにー。
でも嬉しかったな・・・
うん、やっぱ大好きっ。





5月10日(月)

浪馬クンに「昨日どっか出かけたか?」って聞かれたから、

「へっへっへ〜。遊園地に行っちゃった」

って答えた。なんかヘンな顔してたなあ。

もしかして見られたかな?
だとしたら、遊園地以外はずっとあの人の車だったから・・・遊園地の中?
じゃあ浪馬クンも来てたのかなあ。

まさか男友達と・・・ってことはないだろうから・・・女の子と・・・?

あはは、まっさかあ。





5月15日(土)

ウチの同好会に入ったっていう新入部員を初めて見たけど、
ホントに女の子なんだ・・・
また口からデマカセだと思ってたけど、違うみたい。
白井夕璃ちゃんか。よろしくねっ。
浪馬クンからも、私のことちゃんと紹介してよ。

コラコラコラ!「恋人のタマ」ってなによソレ!
ほらぁ、夕璃ちゃん固まっちゃったじゃない!
初めて会った人にそんな冗談言うんじゃなーい!

まったく・・・・
でも、とってもいい子そうだな、夕璃ちゃん。
仲良くなれそう。
あの子がマネージャーとかやってくれたら、私の負担も減るのかな・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

別に減らす必要もないか。
幼なじみ・・・・・・だもんね。





5月23日(日)

今日は浪馬クンと動物園・・・っと。
先週も一緒に遊んだし、ここんとこまた一緒にいる機会が多くなったなあ。
あの人は忙しいし、しょーがないか。
浪馬クンと一緒なら、少なくとも退屈はしないしね。

動物園でゾウとパンダのぬいぐるみに絡まれたー(怒
あームカつくなーもー!

でも、浪馬クンがきたら、何か知んないけど逃げちゃったよ。
まーた何か悪いことしたんでしょー。
でもまあ、ありがと。

浪馬クン、そんなに有名人だったっけ?
どーせロクでもないことだろうけど。

知らなかったな、そんなこと。





6月19日(土)

やったー!明日はひっさびさにあの人とデートだー!
わーいわーいっ☆
もうずーっと逢ってなかったもんねー。
電話とかメールもそんなにできなかったし。
あの人は忙しいって思うとこっちからは・・・ね。

そういえば今日は浪馬クン、遊びに誘ってこなかったな。
ここんとこ毎週毎週遊んでたから、ちょっとヘンなカンジ。
また仕事でも入ったのかな?
でもそんなこと言ってなかったしなぁ・・・

もしかして・・・デート?

そういえば「どんな男がタイプなんだ?」とか聞いてきたし。
好きな人ができたのかな、そうなのかな?

・・・違うよねえ。だって、私がわかんないんだもん。
浪馬クンのことでわかんないことなんて、私にあるハズないじゃん。

そんなことより明日明日!
楽しむぞー!おー☆





6月26日(土)

最近、浪馬クンとの仲を聞かれることが多いなぁ。
ここんとこ一緒に遊んでたからかな?
私にはちゃんと彼氏いるんだぞー!って言ってやりたいんだけど
なんか恥ずかしくって・・・

ホラ、どこまでいってるの?とか聞かれちゃったりしたら・・・きゃ(赤面
それに、何か言いたくないんだよねー。

私はいいけど、浪馬クン、もしかして迷惑したりしてないかな?
そんなヤツじゃないか。
昔っから遊んでたし、今さらそんなこと言われてもねぇ。

あ、浪馬クン。
へ?明日?空いてるよー。
ゲーセン?いいよー。
じゃあ、また明日ねっ。





7月4日(日)

浪馬クンとプールに行ったんだけど・・・・・

「よく育ったなあ・・・・タマ」

ってジロジロ見るなー!
エッチ!バカ!エロ魔人!!

まったくもー!
ビキニなんか着てくるんじゃなかったよ。
浪馬クン相手におニューなんかもったいなかった!

元はあの人のために買ったのに、
なんかしんないけど持ってきちゃったよ。

・・・ああ、なんでもないなんでもない。
さ、泳ごっ。せっかく来たんだもんね。





7月9日(金)

バイト先にあの人が遊びに来た☆
今日は時間があるっていうからバイトの後デートした。
うーただお茶飲んでるだけなのに恥ずかしいよー!
何か話さなきゃ、何か・・・

「あ、あのですね、私、幼なじみがいまして・・・・・・」

・・・・あれ?

何か機嫌悪くなっちゃった・・・・・・
私なんか言ったのかな?

え?そいつと2人で遊んだりしたのかって?
う、うん・・・・・・

・・・なんか、私が浪馬クンと遊ぶのが気に入らないみたいだな・・・
ただヒマだから遊んでるだけなんだけどな。

でも、彼の怒ってる顔見たくないしな・・・
うん、明日、浪馬クンに言おう。
つまんなくなるけど、仕方ないよね。
私は、あの人の彼女なんだから・・・


明日、浪馬クンに何て言おうかな。
気を悪くしたりしないかな。
浪馬クンだから大丈夫だとは思うけど、もしかして怒っちゃったりしないかな。

どういう風に言えばいいのかな。
曖昧に言うと、浪馬クンの頭じゃわかんないだろうし・・・
ハッキリ言ったら傷ついたり・・・はしないと思うけど、

「薄情だなあタマ」なんて言われたりしないかな。
なんかヤダなあ、そーゆーの。
あーどーしよどーしよどーしよー!寝られないよー(>_<)





7月10日(土)

「あ、あのさ・・・ああいうの、ちょっと控えよっか」

「へ?ああいうの?」

「だからさ、その・・・一緒に遊びに行くのとか」


すっごくドキドキしながら、浪馬クンにこう言った。

「もしかして・・・彼氏になんか言われたのか?」

「うん、ちょっと・・・・・・ね」

「そうか」

「だから、しばらくこういうことは・・・」


どーしよー、顔が見れないよー。
怒られるのかな。薄情だとか言われるのかなあ。
叩かれたりされるのかなあ。あーん・・・


「わかった。オレもお前に迷惑をかけたいわけじゃないしな。
しばらくヤメにしておくか」



ってアレ?なんかあっさり返事?承諾?
ま、まあとりあえず、

「ごめんね、それじゃ」

あれだけ悩んだのがウソみたいにスムーズにいったけど・・・
なんだろ?なんか複雑・・・・・・





7月11日(日)

彼とのデートに向かう途中で、浪馬クンを見た。
あれ?誰かと一緒だ・・・

高遠さん?

珍しい・・・2人が私抜きで話してるのなんて、初めて見たよ・・・
何せ、2人は犬猿の仲だもんね。
かたや潔癖の副会長、かたやだらしなさの見本のような浪馬クンだしね。

・・・・・・・え?

高遠さん、笑った・・・・・・

高遠さん、あんな風に笑うんだ。
2人は仲悪いと思ってたけど、
私の知らない間に、仲良くなってたんだ・・・

私の知らない浪馬クンだったな・・・





7月17日(土)

1学期終わったー!明日から夏休みだー!わーい☆
これであの人とたくさんデートできるぞー☆
今までお互いの時間が合わなくてなかなか逢えなかったもんね。
夜にちょっとお茶のんだり・・・エッチしたり。
おかげでいろんなこと教わっちゃったけど・・・キャー
ようやく昼間ッから遊べるっ。
何しよっかなー何しよっかなー☆

そういえば浪馬クン、また叔父さんの仕事場で働きづめなんだよね。
大変だなあ。

でも、さすがに休みくらいあるよね。
その時は私が・・・って、
遊んじゃいけないんだった。
御飯作りにいったりするのもダメかなあ。
ダメ・・・だよなあ・・・・・

ま、まあ、私がいなくても友達はいるし、別に大丈夫・・・

・・・!?

・・・・今、高遠さんと夕璃ちゃんの姿が浮かんだ・・・・・・





7月31日(土)

最近、浪馬クン見ないなあ。
そりゃ私はあの人とデートしたりバイトしたりだし、
浪馬クンはずっとバイトだから当たり前っちゃ当たり前なんだけど。

遊ばなくなったのっていつだっけ?
・・・まだ1月たってないんだ。
もうずっと遊んでないような気がするよ。


♪〜

「もしもし?はい、今日もありがとうございました」
あの人からの電話。
さっきバイトから送ってくれたんだ。
そういえば、私が寝ちゃって次の予定細かく決めてなかったっけ。
いつもどおり、あなたが決めてくれて構わないのにな。
私はついていくだけなんだから。

♪〜

あれ、キャッチだ・・・・浪馬クン?

「おっすタマ、今いいか?」

「あ、ちょっと待って」


あの人に通話を切り替える。

「ごめんなさい、キャッチ入っちゃいました。
予定が決まったらまた連絡ください。
はい、じゃあおやすみなさい」


通話を浪馬クンに戻す。

「っと、いいよ。で、何の話?」


なんてことない、ただの世間話。
いつもと同じ、他愛のないやりとり。
でも、心地よかった。
久しぶりに、会話が弾んだ。

「ねえねえ浪馬クン、覚えてる?
昔、みんなで海に言ったときのこと」


ふと、小学生のときの夏休みの話をしてみた。
浪馬クンと私、望君、雨堂君。
幼なじみの4人で、毎年遊びに行っていたときのこと。
楽しかったな。

「そういえば、タマのファーストキスって、俺がもらったんだったな」

ばくん。

「あっ・・・・・・」

「俺と雨堂でどっちが速く泳げるか競争して、
勝ったほうがタマとって・・・・・・」


ばくん、ばくん。

「そ・・・そうだったね」

心臓が、ものすごく早く動いてる。
昔の、子供の頃の、ちょっとした思い出。
なのに、止まらなかった。

「またみんなで行くか、そのうち」

「そ、そうだね」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

それっきり、会話が続かなくなった。
結局、

「それじゃあ悪いけど、そろそろ切るね」

平然と切ったつもりだったけど、気付かれてないかな。
わぁ・・・心臓まだバクバクいってるよ。

でも、そっかぁ・・・
私のファーストキスって、浪馬クンだったよね。
はじめては、あの人で、
初キスが、浪馬クン。
なんだろ、胸が、今度はモヤモヤしてきた。

うー、わけわかんない!
もう寝よ寝よ!寝不足は大敵!

ばさっ。
乱暴に布団をかぶる。
やがて、バイトの疲れからか眠気が襲ってきた。

・・・そういえば、なんであの人と電話してたのに
浪馬クンのキャッチを優先したんだろ・・・

・・・ま、いいか・・・・・・おやすみぃ・・・・・・





8月1日(日)

朝早く、刃(雨堂)君から電話がかかってきた。
刃君と電話なんて久しぶりだな。
なんでも、ハートフルランドの屋外プールのタダ券が手に入ったから
行こうってことらしい。

「もう、みんなには話してあるぞ」

「みんな?」

「おう。望と、あとは、浪馬だ」


・・・・・・どくん。

浪馬クンの名前が出たとき、心臓が大きく跳ね上がった。
・・・昨日あんな話したからだよね。

「な?浪馬が来るんならいいだろ?」

「・・・・・・え?・・・・うん、そうだね。私も行くよ」


今日はプールかぁ。幼なじみ同士で遊ぶのって何年ぶりだろ。
・・・あ、そういえばあの人との約束・・・・・
浪馬クンとは遊ばないって・・・
わーわー、すっかり忘れてたよー!

・・・大丈夫だよね?みんなで遊ぶのはデートじゃないよね?
もう約束しちゃったし、それに浪馬クンと遊べることも
あるかわかんないし。大丈夫、大丈夫。うんうん。


待ち合わせの時間。
刃君と望君はもう来ていて、あとは浪馬クンだけだった。
なんかそわそわする。
4人で遊びに行くのってこんなにそわそわするもんなのかな?

あ、浪馬クン来た。
相変わらず遅い・・・ってちょうど時間なのか。
なんとなく、小走りで近づいてみた。

「やっほ」

「ん?よう、タマ、それに望と雨堂も」


なーによーその気の抜けた返事は。
せっかく久しぶりに会えたのにさっ。
って刃君?何か会話が噛み合ってないんだけど・・・
「名前言ってない」とか「どこへ行くんだ?」とか・・・
もしかして、全然浪馬クンに伝わってない?(汗

まあ、ともかく浪馬クンも行くらしい。よかった。

久しぶりに会った浪馬クンは、少し日焼けしていた。
もしかして女の子とデートでもしたのかな?
ここに来たこともあるのかな?とか思ってたけど
単なる仕事焼けですか。
昼間バイト三昧だもんね。そんなヒマないか。ほっ。

なんで私が安心するんだ?


プール、すごく楽しかった。
といっても、みんな思い思いのことしてるだけだったけど。
4人で行く意味ないじゃんと思われるかも知れないけど、
これが昔からのスタイルってやつなんだなあ。
望君がマイペースに動いて、刃君がうまくみんなをまとめて、
私は、なんとなく浪馬クンのそばで話して。
やっぱいいな、この雰囲気。

「ねえ」

「ん?」

「いつまでも仲良しでいたいよね」

「そうだな」


みんなが変わっても、この関係だけは変わらないように。
お互い恋人ができても、結婚しても。
いつまでも、浪馬クンとこんな風に話していたい。
変だけど、そんな風に思った。

帰りの電車で、浪馬クンがぐっすり熟睡。
私によっかかってきた。
一瞬ドキッとしたけど、昔からこんなんだからなあ。
遊ぶだけ遊んで、疲れたらお休み。
子供かアンタは。ぜーんぜん変わってないよ。
しょうがないので、駅に着くまでそのままでいてあげた。

なんかしんないけど、この日は一日笑顔だった。





8月8日(日)

「おお、タマ、なにしてんだ?」

「へっへっへ〜」


そう、いま私はあの人とのデート中なのです☆
これから映画見るんだよ。

「で、その相手は?」

「電話中」


あ、戻ってきた。
「じゃあ、おジャマ虫は退散するかな」と言って、
浪馬クンは離れていった。

おかえりなさい。さ、行きましょう。
・・・・・・・・・・・・・え?
・・・そう、急用じゃ、しょうがないですね・・・
じゃあ、また。


あーあ、チケット買ったのにもったいないなあ。


!!


なんでかはわからないけど、考える間もなく私の足は動いていた。
彼は一度どこかに行くと、何分かそこに立ち止まるクセがある。
きっと、まだ、近くにいる。

「ちょっと待って!」

相変わらずのボーっとした顔で、彼が、浪馬クンが、振り向く。

「どうしたんだ?何か用か?」


「あのね、この後何か予定ある?」


「へ?」


一人で見るとか、次のデートのために見ないで帰るとか、
そんな事はまったく考えなかった。
当然のように、私は、浪馬クンを誘っていた。

なんで私、誘ってるんだろう。そう頭では思いながら、

「どうかな?」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「うむ。1人にしたらタマが可哀相だからな。仕方ないから
オレが面倒見てやろう」


いつものように毒づきながらの返事。
だけど、こういう回答をしてくれるという確信があった。
昔からそうだったから。
私がワガママを言うと、どんなに憎まれ口を叩いても、叶えてくれたから。

優しかったから。


で、映画を見たんだけど。
なにコレ・・・つ、つまんねー・・・・・・
オイオイ、笑ってんの隣の浪馬クンだけだよ・・・
誘った側としてはこれでいい・・・のかなぁ?
チ、チケット無駄にならなかっただけでもいいよね。うん。

浪馬クン見てると楽しかったしね。


夜、あの人から電話がかかってきた。
ドタキャンのお詫びみたい。
今度あの映画を見ようと言ったので、
「つまんなかったから他のにしよう」と言った。

「見たって・・・俺が戻ったときに別れた男と、か?」

「はい」

「・・・アイツが、前言ってた幼なじみ・・・か?

「?はい」

「そうか・・・・・・」



・・・あ、またこの間だ。
何となく話しづらくなる、あの微妙な間。
この雰囲気をなんとかしたくて、強引に話題を振ることにした。
せっかくなので、その幼なじみがいかにバカなヤツかを
教えてあげることにした。
脚色一切しなくても十分なんだもん、ラクでいいよねー。


「・・・そしたら、アレがこーなってですね・・・・・・」

「・・・・うわぁ・・・・・・・・」


「と、いうわけで、気にする必要は何もないんですよ」

「そ、そうか。すごい幼なじみなんだな・・・・・・」


よしよし、納得してくれたかな?
かなり引いてるような気がするけど(汗
ゴメンね、浪馬クン。
でも、キミのありのままを話してるだけなんだからね?


「でもさ」

「え?」

「・・・俺と話してて、そんな楽しそうだったことないよな・・・・・」

「え?どうかしました?」

「・・・なんでもない。じゃあ、またね」

「はい。また」


なんだろ?何か言ってたみたいだけど・・・
まあいっか。今日はもう寝よ寝よーっと。

・・・しっかし、あの映画のどこがおもしろかったのかな・・・
浪馬クンが笑ってるの見るほうが、
私にはずっとおかしかったよ。
みんな静かなのに、1人だけポイントの違うところで笑う浪馬クン・・・
あっはは、おっかしー・・・・・
あー、昔みんなで映画に行ったときも1人で笑ってたっけ。
変わってないんだー・・・あはは・・・

いろんなことを思い出して、結局眠れなかった。
思い出し笑いで徹夜・・・私、バカ?





8月14日(土)

バイトから帰ってから、浪馬クンから電話がかかってきた。
いつもと同じ世間話なんだけど、時間がたつのが早い。
うわあ、もうこんな時間?
んー、まだまだ話足りないよー。まだオチも言ってないのにー。
でも浪馬クン、叔父さんの家借りてるから
迷惑もかけられないしなあ・・・

・・・・・・そうだ!

「ねえ、浪馬クン」

「んばっ!」

「えっ?、な、なに?」


いきなり変な声出さないでよ!

「んで?何の話だ?」

「あ、うん」

「ほれ、言ってみ?」


「うん・・・・・・・・・あのね?明日予定あいてるからさ、



ど・・・・・・・くん。


あ・・・、まただ。
最近浪馬クンと話してると、たまにこうなるんだよね。
あの人と話してるときも胸がドキドキするけど、
全然違うカンジ。なんだろこれ?
・・・おっと、続き続き。


「どこか連れてってくれないかなって」


「・・・・」

あ、あれ?黙っちゃったよ?
なんかマズかったのかな?

「もしかして、忙しい?」

「あ、いや、んなことねえよ、うん」


なんか変な感じのまま、話を続ける。

「でも、いいのか?」

「ん?何が?」

「彼氏だよ。オレと遊びに行ったりしたら
またなんか言われるんじゃねえか?」

「大丈夫大丈夫。キミのことはちゃーんと幼なじみだって
説明しておいたから」


うん、先週ちゃーんと言っておいたもんね。
あれだけヘンなヤツだってアピールしとけば、
さすがに、もう何も言わないでしょ。

だから・・・・・遊んでも・・・・・・・いいよね?


結局更に話し込んで、明日は花火大会に行くことに決めた。
楽しみだなー花火ー花火ー☆

ん?もしかして、私から遊びに誘ったのって、初めて?
これでお互い恋人がいなかったら、デートだよねデート。
あははーっ浪馬クンとデートー?
バッカみたい・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

あ・・・そういえば予定ない以前に、私、あの人と話してすら
いないや・・・忘れてた・・・

忘れてた?あの人を?
そんなハズないじゃん・・・そんな・・・





8月15日(日)

花火大会だし、せっかくなので浴衣を着ていった。
浪馬クンは会うなり

「おおっ!」

な、なに?その驚きようは?

「うむうむ。よくやったタマ

なに1人で納得してんのよー。ホントつかめないヤツ・・・

「それでこそ、日本の夏の乙女だ」

「はぁ?」


ダメだ・・・私は未だにキミが理解できないときがあるよ・・・


「それに、すごく似合ってるぞ」


何が似合ってるってのよーもー。
もういい加減に自分の世界で話すのは・・・似合ってる?

「もしかして、さっきから浴衣のことをいってるの?」

「ああ、そうだけど、それがどうかしたのか?」


どっくん。

「じゃあ、似合ってるっていうのは・・・・・・」

私の・・・こと?

「まあまあ、あんま気にすんなって」

私の・・・こと・・・・・・

「そんなこと言われても・・・・・・」

こっちを見もしないで、浪馬クンは場所の確保にいっちゃった。
もう、強引なんだから・・・
何かいつもと違う・・・ドキドキする・・・・・・


帰りはいつものように家まで送ってもらって、
その間もいつものように喋ってた。
でも、胸のヘンな感じは止まらなかった。


家の前まで着いたとき、1台の車が停まっていた。

「あっ」

あの車・・・あの人だ。

「ゴ、ゴメン、私ちょっと行かなくちゃ」

挨拶もそこそこに、車に向かう。
車のそばまでくると、彼はちょっと強引に私を車に押し込んだ。

「痛っ」

「ゴメン」


それだけ言うと、彼は乱暴にアクセルを踏む。

連れられてきた所は・・・ホテルだった。


シャワーも浴びずに、乱暴に私に覆いかぶさる。
いつもと違う・・・・・・どうしたの?

普段の優しさが、今日は感じられない。
ただ乱暴に、動きを繰り返すだけ。
こころも、からだも。
何も、感じなかった。

やがて、あの人が、私の口に無理矢理押し込んできた。
え・・・・・いやっ!
拒絶する間もなく、あの人は発射した。
喉の奥に、ネバネバしたものがからみつく。

うえっ・・・・・

吐きだしていた。
あの人は、ことあるごとに私に飲ませようとする。
雑誌やネットには愛情の証とか書いてあったけど、
どうしても、私にはできなかった。

「はあっ、はぁっ・・・ごめん・・・・」

あの人は荒い息を吐きながら、ひたすら謝っていた。
最後まで、その理由がわからなかった。






8月18日(木)

今週は、ずっとあの人とデートしていた。
でも、なぜか気分が盛り上がらない。

あの人は相変わらず優しくて、話もおもしろくて、
いつも気を使ってくれてる。
私にはもったいない相手。

「・・・・・・・・・・・・・・・・だよね?」

「え?・・・・ごめんなさい、なんですか?」

「いや・・・・・・」


なのに、ボーっとしてしまうときがある。
前も、恥ずかしくて話が聞けないときはあった。
ドキドキするのは今も同じだけど、何かが違う。
その何かがわかれば、こんなこともなくなるのかな。


帰り道、働いてる浪馬クンを見た。
こんな時間まで働いてるんだ・・・
私も夜まで働いてるのは同じだけど、朝からじゃないから。
浪馬クンの方が、何倍も大変。

声をかけようかと思った。
けど、一生懸命な顔を見ると、できなかった。
私の前では見せたことない、真剣な顔。
あんな表情もできるんだ・・・


「浪馬クン・・・・・・」


名前を、つぶやいてみた。
少しだけ、胸が痛んだ。




8月21日(土)

バイトから帰って携帯を見ると、
浪馬クンと、あの人から着信が入っていた。
んー・・・

プルルル・・・プルルル・・・ガチャ

「もしもし、浪馬クン?」

迷うことなく、浪馬クンに電話していた。

ろ、浪馬クンの方が着信先だったし!
あの人とはいつだって逢って話せるけど
浪馬クンはずっとバイトだから話す時間ないし!

自分自身に、言い訳をしながら。

浪馬クンも大した用事じゃなかったみたいで、いつもの世間話だった。
でも、すごく楽しい。

「ねえねえ」

「ん?」

「またどこか連れてってくれるよね」


いつのまにか、浪馬クンと遊ぶのを楽しみにしてる自分がいる。
あの人の彼女なのは変わらないハズなのに。
一緒にいておもしろいから?疲れないから?
わかんないけど、遊んでないと、なんか物足りない。


「でもよ、彼氏の方はいいのか?」


「大丈夫。そんなの気にしなくていいってば」


自然にこの言葉が出ていたことに、私は気付かなかった。
あの人のことを、「そんなの」で片付けてしまっている自分に。
今の、この電話を。
明日の、約束を求めてしまっている自分に。

最後は浪馬クンと遊ぶ約束をして電話を切った。
明日はきっといい日だ。そんな予感がしながら。

結局、あの人には、電話しなかった。





8月22日(日)

「おおっ、もう来てる」

私が時間通りにつくと、浪馬クンはもう来ていた。

「うんうん。そりゃ私との約束だもんね。
遅れるわけにはいかないよね」


意味もなくハイテンションになる私。
浪馬クンが少し呆れてるけど、気にしない。
ゲーセンで遊ぶなんて久しぶりだもんね。
それに、今日はなんか気分いいし。
こういうときは、思うがままに遊ぶのがイチバン!

「じゃ、行くかタマ」

「うんっ」


あおもー、このU○Oキャッチャー壊れてんじゃないのー?
全然引っかかんないよー!
ホラホラ浪馬クン、そこだよっ!

思わず浪馬クンの隣にいって、欲しいぬいぐるみを指差す。

「うっ」

「どうしたの?」

「い、いや、なんでもない」


なぜか、私がくっつく度に浪馬クンがヘンな声を出す。
あー、行き過ぎちゃうよー!
・・・ふう、何とか引っかかった。
もう、集中してないと取れないよ?

「わかってるって。でも、お前の・・・が・・・・・」

???
私が、どうかしたの?
ってあーっ、行き過ぎ行き過ぎ!!

こんなに騒いで、こんなに、笑って。
こんなに楽しかったのは、久しぶりだった。


いつものように、浪馬クンは私を家まで送ってくれた。
話すことはいっぱいあるのに、駅から家まで競争なんかしちゃったもんだから
二人とも息が切れてる。バカみたいだけど、それすら楽しかった。
なんとなく、そのまま家に入る気がしなくて、浪馬クンを見た。
それに気付くと、浪馬クンも私を見つめてきた。

「タマ・・・」


ぎゅ・・・・・


「え?」


浪馬クンが、私のことを抱きしめてきた。
!!!???
心臓が高鳴る。困惑。
何?何やってんの浪馬クン?
パニックになった私は、少しの間動くことができなかった。
しばらくそのままだったけど、なんとか声を絞り出した。

「ち、ちょっと。どうしたの?」

「・・・なんか急に、お前に甘えたくなった」


・・・・・・何よソレ・・・・・・

相変わらずいきなりなんだから。

・・・あー・・・でも・・・・・・
それが浪馬クンか・・・・・・

そう思ったら、急に気分がラクになった。
心臓はまだドキドキだったけど、目の前の顔を、ちゃんと見つめられた。
イヤな気分はしなかった。

「もう、しょうがないなあ」

身を寄せて、お互いを感じあった。
真夏の夜だったけど、暑さは感じなかった。

長い時間だったかもしれない。
ほんのちょっとだったかもしれない。
どちらからともなく、身体を離した。

「あははっ。またね、甘えん坊クン」

そういって、顔も見ずに部屋へと入っていった。
顔が赤いのがバレるのが、恥ずかしかったから。

なんとなく眠れなかった。





9月1日(水)

あーあ、夏休み終わっちゃったよ。
うわっ、誰、あの子!?
えー、○○さん!?
うわ・・・人相まで変わっちゃってるよ。そんなに強烈なことがあったのかな・・・

私は・・・変わってないか。
楽しかったけどねー。

浪馬クン達と一緒にプール行って、
浪馬クンと一緒に映画見て、
浪馬クンと一緒に花火見て、
浪馬クンと一緒にゲーセン行って
たまに甘えてくるようになって・・・

あれ?なんか浪馬クンとの思い出しかないぞ?

夏休み前の予想とはだいぶ違うような気が・・・
まあいいか。「楽しかった」ことには違いないもんね。

今週はどこか連れてってくれるかな。
予定は・・・特にないし。





9月18日(土)

ふー、バイト疲れたー。
今日は忙しかったな。携帯も見れなかったよ。
どれどれ・・・あれ?1件も入ってないや。

もう11時か・・・電話こないな・・・
明日は遊ぶ約束なし・・・か。
9月中も毎週遊んでたから、なんかヘンな感じ・・・

ブルブルブルブル・・・

あ、浪馬クン?遅い、遅いぞ!
そう毒づきながら、ディスプレイを見る。
・・・あれ?
・・・違う。あの人からだ・・・


もしもし?お久しぶり・・・です。
はい・・・はい・・・
明日・・・ですか?・・・はい・・・
予定・・・いいえ、ありません。
じゃ、明日、ホール前で・・・

え・・・元気ない・・・ですか?
やだな、そんなことないですよ。
はい。おやすみなさい・・・・・・


明日は、あの人とデートか。
久しぶりだな。
最後にデートしたのっていつだっけ?
平日にホテル直行ってのは何回かあったけど、
それはデートじゃないよね・・・
となると・・・

もうだいぶ昔のことに感じられる。
そして、それを当たり前に思っている自分がいる。
しょうがないよね。あの人・・・忙しいんだもん・・・・・・

ホントウハ、アノヒトヨリアイタイヒトガイルンジャナイノ?

心の中で何かが聞こえたような気がした。
でも、何なのかわからなかった。

あ、もう寝なきゃ。
明日は”彼氏”とのデートだもんね。
遅刻なんかできないし。


ゴメンね、浪馬クン。
明日は遊べないよ。


充電中のライトだけが光っている携帯に向かって、呟いた。
何がゴメンなのかはわからないけど。

今更電話なんかこないか。
調子でも悪いのかな。でも学校では元気だったか。
ってことは・・・デート・・・かな?
最近、高遠さんとどんどん仲良くなってるみたいだし。
あの高遠さんが微笑むんだよ?
2人の間にも入りづらいし・・・

デート・・・してるのかな・・・

でも毎週私と遊んでるしな・・・
でも、でも・・・・・・

ぐるぐるぐるぐる。
考えてるだけで、結論なんか出っこない。
そもそも私がこんなこと考える理由がない。
それでも考えずにはいられなくて、いつまでも、布団の中をさまよっていた。





9月19日(日)

結局眠れなかった。
遅刻したら大変と、待ちあわせの時間より早く家を出た。
私にとっては、これはとても珍しい。
いつも浪馬クンと遊ぶときは、何だかんだで時間がかかって
時間ちょうどに着く場合がほとんどだから。
でも、遅刻してるワケじゃないからいいよね?

んー、ヒマだー。
ただ待ってるってのもつまんないもんだなあ。
しょうがなく携帯をいじりながら待っていると、

「おーい、タマ」

「あっ、浪馬クン」

あれ?雰囲気が違う・・・
髪もいつもよりちゃんとしてるし、服も・・・
もしかして、本当に・・・?

「何やってんだこんなところで」

そっちこそ何を?とは聞けなかった。

「あははっ、さて、何ででしょう」

「何ででしょうって言われてもな」


私はデートだよ、とも言えなかった。
普通に言えばいいのに。

「じゃあさ、クイズにしようよ。適当でいいから答えて」

「・・・さてはお前、ヒマだろ」

「あっ、バレた?」


あっさり見破られて、ちょっとショック。
うう、さすがは幼なじみだよ。
そのまま別れる気にどうしてもならなかったので、
クイズを続けることにした。

「待ち合わせか?」

「ピンポーン、正解」

「で、相手は誰なんだ?」

「へっへっへ〜、それはねえ・・・」

「あー、待て待て、皆まで言うな。お前のその緩んだ目を見てればわかる」

「あ、そう」


緩んでる?私の顔が?
・・・なーんだ、ちゃんと私、あの人とのデート、楽しみにしてんじゃん!
浪馬クンと話してたら元気出てきたっ。
よーし、楽しむぞー!


ピリリリリリリッ・・・


あ、あの人からだ。

「もしもし?あ・・・はい」

もうすぐ時間なのに、どうしたんだろ?

「・・・え?どうかしたんですか?・・・はい・・・はい・・・はい・・・」

「わかりました・・・頑張ってください・・・はい、失礼します」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

せっかく浪馬クンのおかげでテンション上がってたのに・・・
またキャンセル・・・か。


「どうかしたのか?」

「え?あ、まだいたんだ」


さっき離れていったから帰ったかと思った浪馬クンが、いた。

「もしかして・・・また、キャンセルなのか?」

「うん」


あ、そっか、前にもドタキャン見られてるんだっけ。
前回は・・・そのまま一緒に映画見て・・・
でも、今日は・・・多分・・・誰かと・・・・・・

「・・・・・・」

何となく、浪馬クンを見つめてみた。
そしたら、


「ったく、仕方ねぇなあ」


え?


「ほれ、オレが代わりに付き合ってやるから元気出せ」


頭をボリボリかきながら、浪馬クンはそう言った。


「オレじゃ役不足かもしれないけどな」

「あははっ。それを言うなら力不足」


憎まれ口を叩きながら、私はハッキリと笑っていた。
立ち直り早っ。

「・・・今日のデートって、クラシックのコンサートだよ?
それでもいいの?」

「く、クラシック?」


予想通りのリアクションに、また笑いがこみ上げてくる。
わかりやすいなあ。
で、

「別にムリしなくてもいいんだよ?」

という風に話すと、

「し、心配するな。男に二言はない」

と返してくる。うん、これまた予想通り。
そうだよね。こういうヤツだったよね。浪馬クンって。
昔から知っている、浪馬クンに出会えた気がした。
私だけが知っている、浪馬クンに。

自然と、頬が緩んでいるのがわかった。

「うんっ、ありがとっ」


で、音楽が始まった途端に寝やがりますかコイツは・・・


終わったとたん、浪馬クンは謝り倒してきた。
いいよ、クラシックなんか聞ける人じゃないってのは
知ってるんだから。

「ホントにありがとね。つきあってくれて」

「別に大したことじゃねえよ」


もう、ぶっきらぼうなんだから。
大したことじゃなくなんかないんだよ?
幼なじみってだけで、ドタキャンのケアまで・・・
そんな人、いないよ・・・・・・


「それでも、ありがと」


精一杯のお礼を込めて、そう言った。

送っていこうかと言われたけど、断った。
そこまでは悪いし、それにキミだって忙しいでしょ?

「そうか、んじゃあ、またな」

「うんっ」


最後は元気になっちゃった。だって楽しかったんだもーんっ。
♪〜


キイイイイィッ!!


急に、目の前に車が飛び出してきた。

「・・・あ・・・」

私がよく知ってる、あの車。

「あの・・・どうして・・・・・・キャッ!」

乱暴に車に押し込まれる。
なんで予定があったこっちには来られないハズなのに、今ここにいるのか。
考えるような余裕なんてなかった。
ドアを閉めた途端、あの人は私に覆いかぶさってきた。

「ちょ・・・・どうしたっていうんですかっ?」


パシイイイイイン!


・・・・・・・・え?
耳の近くで、ものすごい音がした。
何があった・・・・・・の?


「はあっ、はあっ、はあっ・・・・・・・・」

「あ・・・あの・・・・・・?」

「君は・・・」

「え?」

「君は自分が何をしているのか・・・・・・」

「・・・・・・何・・・・・・を?」


私は、呆然としながら呟いている彼を、
ただ見ていることしかできなかった。

「え・・・え・・・・・・?」

「わから・・・ないのか・・・・・・・」


・・・・・・・・・・・・

「そうか・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「悪かった・・・・叩いたりして・・・・・・」

「あ・・・・・・」


ようやく私は、自分が叩かれたことを理解した。

「ゴメン・・・君を試すつもりはなかったけど・・・・・・」

「試す・・・・・・?」

「それもわからない・・・・・か。君にとって俺は・・・・・・」

「え・・・?」

「イヤ、なんでもない・・・なんでもないから・・・」

「・・・・・・・・・」

「でも、俺はまだ君を・・・・」

「え・・・?」

「なんでもない・・・」



彼の言葉は途切れ途切れで、ハッキリと聞こえなかった。
叩かれて耳がキーンとしていたからかもしれない。
ただ、すごく、今の私に大切なことを言っている。
そんな気がした。

そのまま家まで送られた。
その間、彼は何回も謝っていた。

「ホントにごめん。大丈夫だった?」

「はい・・・大丈夫です・・・」

「そうか。じゃあ、また」

「はい・・・ありがとうございました・・・」



ぼふっ。
部屋に着くなり、私はベッドに身体を沈めた。

「今日はいろんな事ありすぎだよ・・・・・・」

誰にともなく呟きながら、携帯に手を伸ばす。
あの人からの留守電が入っていた。
ちょうど、コンサートの最中の電話。
電源切ってたじゃら、留守電に入ってるのか・・・

「他に・・・着信は・・・ナシ、か」


浪馬クンは・・・今日はないか。
せめて今日のお礼くらいはしようと思ったけど、
まだ夕方なのを思い出し、

「さすがにまだ帰ってないか・・・・・・」

少し眠ることにした。


ちょっとのつもりが、目覚めたのは10時過ぎだった。
着信は・・・・来てない。
浪馬クン、まだ帰ってないのかな・・・
電話しようと思ったけど、
通話のボタンを押す気になれなかった。

明日学校で言えばいいしね。それに・・・・・・

フラフラと立ち上がり、窓を開ける。
そこから、浪馬クンの住んでる建物が見える。

部屋は、真っ暗なままだった。

もう・・・いいや・・・・・・
どうでもいい気持ちになって、再び布団にもぐった。
お風呂・・・朝だな・・・・・





9月20日(月)

「あれ?」

会うなり、浪馬クンがヘンな表情をした。
お風呂は朝入ったし・・・なんか失敗したかな?

「何、どうかした?」

「お前、なんかほっぺたのとこ赤くなってないか?」

「ほっぺた?・・・・あっ!」


ヤバイ!叩かれた跡、消すの忘れてたよ!
そこまで気がまわらなかった!

「どっかにぶつけたりしたのか?ぶたれたみたいにも見えるけど・・・」

!!!

「な、何でもない。何でもないからね」

逃げるように教室を出て行った。
浪馬クンのことだから、絶対心配するに決まってる。
それは、イヤだったから。

昨日のお礼を言おうと思ったけど、何となく話しかけづらくなった。
浪馬クンも、話しかけてこない。
気を使ってるのかな。普段は人のことなんかお構いなしのクセに。
何回か目は合ったけど、どっちも目を伏せて。
休み時間になると、お互い一直線に友達のところへ行って。

結局、この日は最後まで話をしなかった。





9月26日(日)

あの人とデートだった。
先週のことを気にしてたからか、彼はいつもより、もっともっと優しかった。
はじめてのデートよりも気を使ってくれたような気がする。

でも、私の気分はどうしても盛り上がらなかった。


「・・・・・・・でさ」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・たまきちゃん?」

「あっ・・・ごめんなさい」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


こんなことが何回かあった。
体調でも悪いのかなあ、私。


ふと気付くと、彼の車は止まっていた。

「あの・・・どうしたんですか?」

「・・・・・・・・・」


彼は、なんともいえないような顔をしていた。
何を考えているのか読み取れなかった。

「たまきちゃん・・・・・・」

「はい」

「今日はここで、終わりにしよう」

「・・・え?」


それって、デート切り上げってこと?

「何でですか?また、何か急用でも?」

「・・・たまきちゃん・・・君は今、誰とデートしてるんだい?」

「え?」

「いや・・・なんでもない」


そう言うと、アクセルを踏み込んだ。。
私はなんとなく黙ってしまい、お互い無言のまま走っていた。


「君は・・・本当に気付いていないのか?」


途中で何か呟いていたみたいだけど、エンジンの音でよく聞こえなかった。


「じゃ・・・・また」

「はい・・・・・・」

俺は、君を手放す気はないから・・・

「え?」

「また連絡するよ」



私の次の言葉を待たず、彼は去っていった。
まだ日も高いのに、私は1人取り残されていた。

「どうしたんだろう・・・・・・」

多分、私に原因があるんだろう。
それはわかる。
でも、それが何なのか、考える気は起きなかった。
帰る気にもならずトボトボと歩いていると、緑地公園の前に出た。
少し・・・休んでいこう。
1人では初めて、この公園に入っていった。

「ふうっ・・・」

ため息をついて、ベンチへと腰掛けた。

この公園には、あの人とも、浪馬クンとも来たことがある。
あの人にはここで、ヘンなことされたんだっけな。
そんなに前のことじゃないのに、すごく昔に感じられる。

浪馬クンとは何回か来た。
大したことはしていない。
芝生に座って話したり、お弁当食べたり、ただボーっとしていたり。
話すことだって、テストのことや友達のこととか。
別に学校で話したっていいような、どうでもいいことばっかり。

だけど、何を話していたのか、今でもハッキリと思い出せる。

「なんなんだろうな・・・・・・」

周りにも聞こえないような声で、小さく呟いた。

あの人のこと。
浪馬クンのこと。

2人のことを考えていた。
浪馬クンのことはたくさん思い出せた。
あの人のことは・・・・・・・?


ぽとっ。


「あ・・・・・・・れ?」


一瞬、雨かと思った。
でも、空はきれいな青空だった。
じゃあ・・・・これは・・・・?


「あ・・・・・・・」


私の涙、だった。


「え、なに・・・どうして?」

なんで泣いているのか、自分のことなのにさっぱりわからなかった。
とまどっている間も、私の目からは涙が落ちていった。

「う・・・うぐっ・・・・・・」

こらえようとしても、止まらなかった。
子供の頃とは違う、小さな、でもすごく冷たい涙だった。


夕方になっても、ベンチに座ったまま動けなかった。
涙を、拭く気にもなれなかった。
全てが億劫で、ずっとこのままなのかなあ、と思っていた。


「タマ・・・・・」

「・・・・・・・」

「タマ」

「え?あっ・・・・・・」



気付くと、私のそばに浪馬クンがいた。
浪馬クンだ・・・・・・
それしか考えられなかった。


「なあ」

「ん?」

「何かあったのか?」

「何かって何?」

「何って・・・それはオレが聞いてるんだよ」

「そっか、それもそうだね」


チグハグだなあ、と思った。
でも、自分でも何でこうなっているのかわからないんだから
そう言うしかなかった。
何があったんだろう・・・・・・
また、うつむいてしまった。


「なあ」

「ん?」

「何があったのかは知らないけどよ。
こういうのって、お前らしくないと思うぜ」

「え?」


私らしく・・・ない?

「オレの知ってるお前はいつも笑ってて、
それでまわりを元気にしてるようなやつだ」

「・・・」

「まあ、だからって落ち込んじゃいけないわけじゃないけど、
できればそんな顔は見たくないんだよな」

「・・・ごめん」


別にそんなことを言われる筋合いはないはずなのに、
私は自然と謝ってしまっていた。
浪馬クンは、少し慌てて言葉を続けた。

「いや、別に責めてるわけじゃねえんだ」

「・・・・・・」

「なんちゅうか・・・」


ほんの一瞬だけ言葉を止めると、


「そういうときはオレが元気を分けてやるからよ、
何でも相談してくれ・・・・・・」



!!?


今・・・なんて言ったの?
私は思わず浪馬クンを見つめなおした。
浪馬クンは「こんなのオレのキャラじゃねえんだよ!」とかわめいていた。
逆光で表情はわからなかった。

続きは?続き、聞かせてよ。

言葉には出せなかったけど、ありったけの思いを込めて
浪馬クンをじっと見た。
きっと、真っ赤になってるその顔を。
浪馬クンは、自分の恥ずかしさを隠すように、
さっきより大きな声で、こう言った。


「とにかく!お前の側にはいつもオレがいるんだから、
一人で落ち込んだりしないで、オレを頼りやがれって言ってんだ!」



浪馬クン・・・・・・

顔が、熱くなって、顔を背けてしまった。
すると、浪馬クンは無理矢理、いつものおどけた調子で、

「ほらっ!元気に笑ってみやがれ!」

や、そんなこと言われても・・・・・・

「ほれほれほれほれ」

「・・・・・・」


笑えないよ、どうやって笑ったらいいのか、わかんないよ。


「いいから笑え!
オレは、お前の笑顔が好きなんだよ!!」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!!


好き・・・好き・・・好き・・・・・・?


「・・・・・・・」



「うん」



今日、はじめて笑った。



「ごめんね、心配かけちゃったみたいで」

2人で公園を出ると、浪馬クンは「このオレに似合わないセリフを」だの
「おかげで背中がかゆい」だのブツブツ言っていた。
その様子がおかしくて、思わず笑ってしまう。

「あははっ、私はちょっとジンときちゃった」

「え?」

「だって、あんなに優しい言葉をかけてくれるなんて、
思いもしなかったから」


思ったことをそのまま伝えると、彼は顔を背けてしまった。
その様子が、すごく微笑ましくて。


「べ、べつにオレは優しくなんか−−−−−−」


「ありがとね」



浪馬クンの言葉を遮って、



ちゅっ。



キスを、した。



硬直する浪馬クン。
私も、顔を見ることができなくて、

「あははっ。ま、またね」

そのままダッシュしてしまった。


そのまま、全力疾走で家まで帰った。
吹き抜ける風が、火が出そうなほど熱くなった顔に心地よくて。
どうしようもなく嬉しくて。
笑顔のまま、全力で走っていた。
周りの人がヘンな目で見てたかもしれないけど、全然気にならなかった。

家に着き、すっかり汗だくになっていた身体をシャワーで洗い流す。
その間もずっと、笑いが止まらなかった。
ごはんの時もニヤニヤしていたせいで家族にヘンな顔されたけど、
それでも私は笑っていた。

布団に入り、浪馬クンのセリフを思い出していた。

「ぷっ・・・あははは・・・・・・」

あの浪馬クンがあんなこと言うなんて。
そう思うと、また笑いがこみ上げてきた。

「・・・嬉しかったな・・・・・・」

唇にそっと人差し指をあてて、ゆっくりと左右になぞる。
その指を、じっと見つめた。

「キス・・・・」

そう呟くと、一気に顔が熱くなった。
ちょっと唇が触れただけなのに。

でも・・・もしかして、浪馬クン迷惑じゃなかったかな。
いきなりキスしてそのまま逃亡、だもんなあ。
だ、大丈夫だよね?
本当にちょっとだけだったしっ!

「そ、そうだよ、ちょっとだけだもん。
ファーストキスだってこんな感じだったし・・・・・・って!!」


昔を思い出して、更に顔が熱くなった。
うーうー唸りながら、沈めようとする。
一向に沈まらないので、そのまま思い出し続けることにした。

やがて眠くなってきた。
意識が遠のくのを感じた。
眠りに落ちる寸前で、私はこう呟いた。


「いい1日だったな」


そう思いながら、心地よさに包まれていった。





9月27日(月)

何はともあれ、謝っておくことにした。

「あ、あのね。その・・・急にあんなことしちゃって・・・」

「あんなこと?ああ、チューのことな」

「ちょ、ちょっと!そんなに大きな声で言わないでよ!」


思わず大声で怒鳴っちゃった。まったくこの男は・・・

「まあ気にすんな、別にイヤとかじゃねえからよ」

あ・・・うん。

その様子をみて、クラスの女の子が私がいじめられてるとか
勘違いされちゃった。あはは・・・

「なんか、迷惑かけちゃったみたいだね」

「そうだよ。だからお前はいつも笑ってろっちゅーの」



・・・また、優しい言葉・・・


「うん、そうする」


よし、今日も元気に過ごせそうだっ。





10月3日(日)


浪馬クンと遊んでいると、楽しい。
今日は植物園だった。
きれいな花がたくさんあるのに、なぜか1番長く見てたのはラフレシア。
何やってんだろう、私たち。
楽しいからいいのか。

夕方には家まで送ってもらった。
あれ?もう終わり?短いなー。

浪馬クンは、時間を気にしながら行ってしまった。
自宅に戻るわけじゃないんだ。
何か予定でもあるのかな?
もしかしてデート?連続で?まさかね・・・

今日は甘えてきたりもしなかったしなー。
抱きしめてほしかっ・・・

って何?今一瞬何考えた、私!?
私は浪馬クンの彼女じゃないっつーの!
浪馬クンが何してようと関係なーい!

そうだ・・・私は・・・あの人の・・・彼女だ・・・
関係ない・・・・・関係・・・・・・





10月4日(月)

来週は学園祭。
今日からその準備期間に入った。
あーあー今年も浪馬クンに各クラスから手伝い要請が。
今年は学年まで超えて手伝わされますか・・・
まあ体力だけが自慢だもんねー。

自分のクラスもやってほしいんだけど、ムリかなあ。
や、やってもらわないと困るんだけど。

しょーがない、私もがんばりますか。
負担は少しでも減らしてあげないとね。
それが幼なじみってもんだよ、うんうん。

いっぱい助けてもらったもんね。
それくらいはしなきゃ、ね。





10月9日(土)

何とか間に合ったー!これで喫茶店できるー!
結局、浪馬クンはいっぱいやらされてたなあ。

明日は一緒にまわれるかなあ。
でも、私は基本的に1日ウェイトレスなんだよね。
浪馬クンは午前中店番で、午後は自由か・・・
私も少しくらいは自由時間取れるだろうし、誘ってみようかな・・・

♪〜

あ・・・浪馬クン?もしかして、私を?

「明日はいよいよ学園祭だな」

「うん、そうだね」

「時にタマ」

「ん?」


お誘いかな?お誘いかな?


「ウチのクラスは何をやるんだ?」


・・・・・・・・・・・は?


「なにって・・・もしかして。知らないの?」

「ああ」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

B組と合同なのも、学食でやるのも、何も知らないで
手伝ってたのかよ・・・・
ダメだ、コイツはダメだ。
おとなしく明日を待とう・・・・・・





10月10日(日)

「あれ?」

午前中の店番が終わったハズの浪馬クンが、すぐに戻ってきた。
お客さんとしてきてくれたんだあ。えらいえらい。
え?「制服ずいぶん似合うんだな」
そ、そうかな?ありが・・・

「とくにその胸元のあたりが・・・」

バコンッ!


「・・・・・・・・・・・・・コーヒーお願いしまーす」

「ねえ、何かすごい音しなかった?」

「気のせいでしょ?あ、これ、浪馬クンの注文だよ」

「織屋君?じゃあ、サービスしてあげますかね」

「そうだね。織屋君、一番働いたもんね。パフェでも奢ってあげるとしますか」

「えー、何で織屋だけなんだよー」


厨房の女子の声に、不満をあげる男子たち。
どっちの言い分もわかるけど・・・

「よーしわかった。じゃあこうしよう」

「ちょっと何するつもり?変な物入れたりしたら
実行委員が黙ってないわよ?」

「んなこたしねえよ。ただ、器をな・・・・・・」



ドンッ!!


えっと、それ、私の顔より大きいんだけど・・・
それにパフェ入れるの?

私が止める間もなく、パフェが盛られていく。
てゆーか女子陣も盛り付け参加してますが・・・


「よし、完成。織屋の顔が見物だぜ」

「ああ、こりゃ絶対食えねえよ」

「えー?織屋君ならいけるんじゃないの?あの織屋君だよ?」

「そうかあ?じゃあ、完食できるか賭けるか?」

「いいわね。あんだけバケモノ並の体力なんだもん。
胃袋だって底なしに決まってるわ」


あんたら浪馬クンをなんだと・・・(汗

「ちょ、ちょっとみんな・・・」

「柴門さんもどう?参加しない?」

「わ、私は・・・・・・」

「織屋の情けないギブアップ姿、見たくない?」



・・・・・・・・・・カチン。


「・・・・・・できる

「え?」

「完食できる方に賭けるって言ったの」

「お、いいのかなあ?そんな分の悪い方に賭けて」

「浪馬クンにできないわけないでしょ!」

「!!?さ、柴門さん・・・?」

「た、たまき。ちょっと落ち着いて」

「キー!!」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「・・・というわけで、大丈夫だよね?そ れ く ら い」


なぜかちょっぴり怯えつつ、食べ始めようとする浪馬クン。

チャリーン
あ、スプーン落ちた。いいよ私が拾うから。
えーっと・・・この辺かな・・・

・・・ハイ、コレ代わりのスプーンね。
どうしたの?前かがみになったりして・・・・・・
まあいいや。じゃ、頑張ってね。(訳:死んでも食えよ)


うわあ、浪馬クン涙目だよ・・・
全部食べたのはいいけど、大丈夫かなあ・・・
あれ、普通の汗じゃないよね・・・
こりゃもう戻ってこないな。
あーあ、仕方ない、働きますか・・・



自由時間になったけど、浪馬クンは見当たらない。
しょうがないので、女の子の友達と回ることにした。
うんうん。飲食関係の出し物も多いけど
やっぱウチが一番だね。

・・・あ、浪馬クン。

「おーい・・・・・・」

あ・・・
七瀬さんと・・・一緒なんだ・・・・・・

浪馬クン、何あんな大きい荷物持ってるんだろ。
ああそっか、荷物持ちか。

その割には、ずいぶん楽しそうだな・・・
特に、七瀬さんのほうが・・・

「おーい、たまき、そろそろ行くよー」

あ、わかったー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そのまま最後まで、浪馬クンとは会わなかった。



「あっ、浪馬クン」

帰り際、正門で浪馬クンと一緒になった。

「たまには一緒に帰ろっか?」

「うーん、そうだなあ・・・・・・」


悩むなよぅ。

「ったく、タマは俺がいないと何にもできないんだからな」

逆でしょ逆!
私がキミの面倒見てあげてるんでしょーが!
そりゃ助けてもらったりもしてるけどさ。
最近、結構優しくしてもらってるし・・・

「それじゃ行くぞ、タマ」

「あっ、待ってよ」




んー、忙しかったー!
部屋に入るなり、そう叫んだ。
心地よい疲れだからいいんだけどね。
たくさんお客さんきたもんなー。
商売繁盛、よきかなよきかな。

やっぱ、少しだけでも浪馬クンと見て回りたかったな。
最後の学園祭だったし。
まったく、浪馬クンも一言くらい声かけてくれたっていいのに・・・・・・

あ・・・・・・

もしかして、私があの人と一緒だと思って、遠慮してたの・・・かな・・・

気付くと、あの人には、今日のことは言ってなかった。
一緒に回ろうとか、そういう考えすら起きなかった。

それどころか、この1週間、あの人のことを全く考えていなかった。


どうしたんだろう。
あの人のことが、私の中から外れるなんて。
好きな人を、忘れるなんて。


ワカッテルデショ?


聞こえないフリをした。





10月11日(月)

休日だけど、学園祭の後片付けで登校。
浪馬クンは・・・っと。お、来た来た。
ちょっと遅刻したけど、ちゃんと来ただけよしとしよう。

挨拶しようと思ったら、女の子が次々と浪馬クンの元へ。
後片付けでも引っ張りだこか。


装飾に手間かけただけあって、後片付けも大変。
ふー、これで掃除終了。
浪馬クンは・・・相変わらず忙しそうだな。
・・・いいや。撒いたビラでも拾ってこよ・・・

体育館を見回ると、バスケのゴールにビラが引っかかっていた。
どうやって取ろうかと思っていると、

「おーい、タマ」

浪馬クンだった。
何でも刃君に頼まれて、私を捜していたらしい。
ビラのことを話すと、どっからかハシゴを持ってきてくれた。
さっすが浪馬クン。

「よし、じゃあ昇れ」

「え?取ってくれるんじゃないの?」


と言うと、浪馬クンは腕力とか体重だのの話を持ち出して、
私が昇って浪馬クンがハシゴを支えるのがベストだと力説。

確かにそうなんだけど・・・
その異常にふくらんだ鼻と鼻息がすごくイヤなんですけど・・・

結局私が昇ることに。
絶対、ぜーったい上見ないでよ!!



無事にビラを取り終えたので、まとめてビラを捨てにいった。
とりあえず、顔に靴の跡をクッキリとつけた浪馬クンを先に戻して。
見ないでっていったでしょーがこのエロ魔人。


刃君のところに戻ると、衣装を返す話をしていた。
あ、そういえば貸し出しの伝票は私が持っていたんだった。
だから刃君、私を捜していたのか。
浪馬クンが衣装の袋を抱える。

「じゃ、行こっか」

当然のように、私も一緒に行くことにした。

「へ?お前も行くのか?」

「うん。だってキミだけに任せたら、
私達の着た衣装に何されるかわかんないもん」

「・・・」

「・・・」

「んなことするかーっ!」



あはははっ!


「ホント、お前らって仲いいよな」

刃君が、やけに優しい笑顔でそう言った。
幼なじみにそう言われると、何かヘンな感じ・・・


浪馬クンが、なかなか店から出てこない。
何してるんだろ?と思っていると心底イヤそうな顔をした浪馬クンが。
倉庫整理を手伝わされるらしい。
あんだけ力仕事した後なんだから断ればいいのに・・・
相変わらずお人よしなんだから。

しょうがなく1人で帰った。
浪馬クンの倉庫整理している姿を想像して、ついつい笑いながら。





10月16日(土)

昔以上に、浪馬クンと一緒にいることが多くなった。
学校では休み時間のたびに話して、
授業が終わると同好会で彼の手伝いをして。
バイトがない日は一緒に帰って。
朝は浪馬クンが起きれないから一緒には行かないけど。

そのせいか、友達にやたらと
「やっぱり織屋君とつきあってるの?」と聞かれる。
そのたびに「幼なじみ」ということを言って否定するんだけど、
最近はそれで納得してくれないことも多くなった。

浪馬クンにも同じ質問をしてるみたいだけど、
彼は全然気にしていないみたい。
そりゃそうか。浪馬クンは私が彼氏持ちだって知ってるんだから。


「たまきー、明日一緒に買い物行かない?」

「あ、ゴメン、明日は用事が」

「織屋君と?」

「う、うん」

「へぇー・・・・・やっぱりぃ」


な、何よそのニヤニヤは。
しょーがないでしょ先に約束してたんだから!



バイトが終わって、部屋に着く。
明日の為に、早めに寝ることにした。
遅れていったら、浪馬クンに何言われるかわかんないからね。
学校には遅刻するくせに、遊びには遅刻しないんだから。
浪馬クンらしい・・・・・か。


♪〜


あ、この着メロ・・・あの人だ。

「はい。もしもし」

受話器から聞こえる優しい声。
大好きなハズの、声。
なのに、どこか遠いところからの声に聞こえる。
私の為に、話してくれているのに。


「で、たまきちゃん。明日はどうかな?」

「あ、すいません。明日はちょっと・・・・・・」

「・・・そっか・・・」

「すいません・・・・・・」

「・・・・・・」

「最近逢ってないね・・・」

「すいません・・・・・・」


しょうがないよね。先に約束しちゃったんだもん・・・

「たまきちゃん・・・聞いていいかな?」

「はい?」

「明日の相手ってのは・・・あの幼なじみなんだろ?」

「!」


言い当てられたことに、少しビックリした。
でも、それ以上の感情はおきなかった。

「・・・・・・はい」

「!!・・・・・・やっぱり・・・そうか・・・・・・」


それっきり、あの人は黙ってしまった。

「・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・」


私も喋ることがなくて、黙ってしまった。

沈黙。

携帯の通話時間は2分くらいだったけど、
私にはすごく、すごく長く感じられた。


・・・・・・キミは、最初から・・・・・・俺は・・・一体・・・・・・・


やがて、何か声が聞こえてきたけど、聞き取れなかった。


「あの・・・・・・?」


認めない・・・俺より・・・あんな・・・が・・・・・・認めない・・・・・・


「・・・・・え?」


「・・・イヤ、何でもない・・・・・じゃあ、また」


「・・・はい、おやすみなさい・・・・・・」




通話を切った瞬間、ため息が漏れた。
どっと力が抜ける感覚。
それが何なのか、私にはわかっていた。



安堵、だった。



早く寝よう。
後は、これしか考えられなかった。
意識が落ちる瞬間に浮かんできたものは、
浪馬クンの顔だった。





10月17日(日)

もう、すっかりおなじみの光景になっていた。

私が時間ピッタリに来る。
浪馬クンが先に待っている。
私はそれだけで嬉しくなる。
お互い憎まれ口を叩きながら、並んで歩いていく。

どんな場所でも、浪馬クンと一緒だと楽しくて。
イヤなことも忘れちゃって。
別れるのが惜しくって。
それでも明日になればまた会えるから、
「がんばろう」って気力が湧いてきて。

「またねっ」

お互い笑顔でそう言い合って、目と鼻の先のそれぞれの自宅へ帰る。
それが、いつもの光景だった。



今日も、そうなるはず、だった。



キキーッ



私達の横を、車がすり抜けて、停まった。


「あっ」


私が今までで一番多く助手席に乗っていた車。

あの人の車だった。


「ご、ごめん、浪馬クン」

「ん?」

「私、ちょっと用事が出来ちゃった」

「へ?用事?」

「ホントにごめんね、それじゃ」



浪馬クンの返事も聞かず、一方的に離れた。
そのまま、あの人の車に駆け寄った。


「やあ、捜したよ」


そう言ったあの人の顔には、汗が浮かんでいた。
こんな余裕のない表情を見たのは、初めてだった。


「どうして・・・今日は私、予定があるって・・・」

「聞いてるよ。だから、捜しに来た」

「え・・・?」

「さあ、行こう。車に乗って」

「え・・・でも、私・・・・・・」


「いいから、乗るんだ!」


「!!」



今まで聞いたことのない大声。
こんな風に声をあげられるなんて、初めて知った。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


どうしよう、どうしよう、どうしよう。


浪馬クンのいた方をチラリと見る。
状況が飲み込めず固まっていた。


浪馬クン・・・・・・


一瞬、戻りそうになった。
でも、思いとどまった。


戻っちゃいけない。

これは、私とあの人の問題。

「彼氏」と「彼女」の問題なんだから。


そう考えもしたけど、すぐに打ち消された。

わかっていた。

本当に思いとどまった理由は、


浪馬クンを巻き込みたくない


ただ、それだけだった。



車に乗り込んだ途端、彼車をすごい勢いで走らせ始めた。

「あの・・・どこへ行くんですか?」

「・・・・・・・・・・」


何一つ口を開かず、アクセルだけが踏まれていった。
どこにも停まらずに、ただひたすら頼津町を走り続けた。
映画館、コンサートホール、公園、美術館・・・・・・
目の前を、ただ通り過ぎていった。

やがて、高いブレーキ音を立てて車が停まった。


目の前にあるのは・・・ラブホテルだった。



「さ、入ろう」


車から強引に引きずりだすと、彼は私の腕を掴んだまま
入り口へと向かった。


「ちょ・・・何で、こんな・・・・・・」

「何で?俺たちは恋人同士じゃないか」



・・・そうだ・・・私達は、恋人同士・・・
恋人は、セックスするのが当たり前・・・・・・
みんなそう言ってたし、本だって、ネットだって・・・・・・


でも・・・・・でも・・・・・・・・


私は立ち止まった。


「!?」

「離して・・・くだ・・・さい・・・」

「何で?さあ、入ろう」

「イヤ・・・」

「え?」

「イヤです・・・・イヤ・・・・・・」

「どうして断る!君は、俺の『彼女』だろう!?」

「それは・・・そうですけど・・・・・・でも、こんなの・・・・・・」

「こんなの!?もう何回もしてることじゃないか!」

「だけど・・・・・・」

「ホラ!また気持ちよくしてやるよ!」

「イヤ・・・イヤ・・・・・・・」


それぞれ反対の方向へと力を入れながら、終わりの見えない問答は続いた。
お互いに、決して譲ることのない平行線。
決して交わらないまま、どこまでもどこまでも続いていく。



答えは、既に出ているというのに。



「君は俺のことが好きなんだろう!?
好きだから俺と付き合っているんだろう!?」


「!!・・・・・・」


「なのに、何で俺の事を見ない!何で俺のことだけを考えない!」


「そ・・・そんな・・・・・・・・・」


「そんな!?じゃあ君は俺のことだけを考えていると言うのか!?
他のヤツじゃなくて、俺の事を見ていると言えるのか!?」


「それは・・・それは・・・・・・」


「なら『アイツ』より、もっと楽しくしてやるよ!
だから、こっちへ来い!!」


「!!!」



『アイツ』の顔が、頭の中に浮かんできた。


「ホラ!来いよ!!『恋人』なんだろ!!」


「・・・・・・・・・イヤ・・・・・・・・・・・・・・」


「いいから、こっちへ来い!!」



「イヤアアアアアアアアアアッ!!!!」




ドンッ!!



気付くと、彼の腕は私から離れていた。
視線を、彼のいた方向へ向ける。

そこにいたのは、尻餅をついて、呆然とした表情のあの人だった。


「えっと・・・・・あの・・・・・・

「・・・・・・・フ・・・・・・・」

「・・・・・・・・・?」

「フフ・・・・・・アハハ・・・・・・アハハハ・・・・・・」



彼は笑い出した。
初めてだった。
彼がこんな風に笑うことを、私は知らなかった。


しばらく笑い続けた彼は、ゆっくりと立ち上がった。
振り向いたその顔は、私が見ていた、あの表情とは違っていた。
いつもより、もっと、もっと優しい顔。

彼は穏やかな笑みを浮かべると、ゆっくりと話し始めた。



「ありがとう。おかげで冷静になることができたよ」

「・・・ごめんなさい・・・突き飛ばしたりして・・・・・・」

「いいんだ。無理矢理連れ込もうとしたのは俺のほうだ」

「・・・そんな・・・・・・」

「それにしても」

「え?」

「フフ・・・俺の要求を完全に拒否したの、初めてだね」

「・・・・・・・・あ・・・・・」



そうだった。
私は、彼の望みを拒んだことがなかった。

言われるままに彼女になって、
言われるままにキスをして、
言われるままに身体を開いて・・・・・・・

彼の液を飲むことはどうしてもできなかったけど、
彼の願いをかなえようとはしていたから。



「そして、その拒否は、俺より『アイツ』を選んだ結果だ」



!!?



足がガクガクと震えだした。
声を出そうとしても、言葉になってくれない。
秋なのに、身体中から汗が吹き出す。
それでも何か言わなくちゃいけない。
私は必死になって言葉を振り絞った。



「ち、違う、私、別にそんなつもりで・・・・・・」

「いや、それは君の本心じゃない」

「そんな・・・・・・」

「もうわかってるんだよ。君が本当に心を許してるのは
俺じゃなくてアイツだ」

「だ、だからそれは何度も言ったように・・・」

「アイツが幼なじみだからって言うんだろ?」

「ええ」

「本当にそれだけなのか?」

「え?」



足がすくむ。
心の奥ではわかっているのに、身体が受け付けてくれない。


「君がアイツに抱いている感情は、
絶対に幼なじみに対するものだけだって言い切れるのか?」

「そ、それは・・・・・」



答えることができなかった。
自分の心がどうなっているのか、薄々感づいてはいたから。

「ホラ見ろ」

「でも私はあなたのことが−−−−」



この期に及んで、私は言葉を続けようとしていた。
言った瞬間、この世で一番大切なものが砕け散る。
それなのに、

自分が悪い女にならないように。
保身のためだけに、言おうとしていた。


「もういいよ」


でも彼は、その最期の言葉を優しく遮った。


「え?」

「なんか面倒くさくなってきちゃったから、
やっぱり終わりにしようよ」

「そ、そんな・・・・・・」

「もう会うことはないと思うけどさ、結構楽しかったよ。
じゃあね」

「あっ、待って!」



去っていこうとする彼を追いかける。


ドンッ


「キャッ」


人とぶつかってしまった。



「あ・・・・・・」



浪馬クン、だった・・・・・・



驚きはしなかった。
私を捜しに来てくれたんだろう。そう思ったから。


スッ


・・・・・・え?


先を歩いていたはずの彼が、
いつのまにか私の隣に来ていた。
彼は、私と浪馬クンを交互に見た後、話し始めた。



「ふーん、そういうことだったんだ」

「え?」

「君も今日で終わりにしようと思ってたんだね」

「な、何を言ってるんですか?」

「だってほら、こうして彼氏に迎えに来てもらってるじゃないか」

「べ、別に私そんな・・・」


そんなハズはなかった。
今日はもともと浪馬クンと遊ぶ約束だった。
彼と逢うなんて考えてもいなかったのに、
そんな芝居じみたことができるわけない。
彼が現れてから浪馬クンとは一言も話してないし、
メールだって送ってない。

彼だって、この3人のいる状態が偶然であることは
わかっているハズだ。
医学部にいるくらい頭のいい彼が、わからないハズがない。


でも、彼がどうしてこんなことを言い出したのか。
それを考える余裕すら、今の私にはなかった。


もう一度私達を交互に見つめると、彼は再び話し始めた。
さっきより更に饒舌になって。


お芝居が、終わろうとしていた。


「いいっていいって。もう隠す必要なんかないんだからさ。
もっと素直になろうよ」

「私、本当に−−−」

「はいはい、もう言い訳は聞き飽きたよ。
それじゃ、幸せにね、お二人さん」

「あっ・・・・・・」



彼は一方的に告げると車の方へ歩いていった。

さっきは追いかけようとしたのに、足が動かなかった。
違う。
追いかけようともしていなかった。

そのまま、彼の背中を見つめていた。



「追いかけなくていいのか?」


事態をハッキリ理解してないらしい浪馬クンが、
おそるおそる聞いてきた。
私はその問いには答えなかった。
その代わりに、浪馬クンに聞き返した。


「・・・どの辺から聞いてたの?」

「え?」

「聞いてたんでしょ?私たちの話」

あ、いや、その・・・」

「・・・・・・」

「すまん」

浪馬クンは一言だけ言って、頭を下げた。

「・・・・・」

「な、なあ、タマ?」

「・・・・・・」

「もしかしてオレのせいか?」

「・・・・・・」


違う。

「今ならまだ間に合うからよ。追いかけてちゃんと話し合えば−−−」

違うの。


「もういい」


もう、あの人と私の問題じゃなくなったから。


「え?」


「もう、いいの・・・・・・」



私一人の問題になったから。

「私」の『キミ』と『あの人』に対する、問題になったから。


「で、でもよ」


「それに、あの人の言ってたことだってあながち間違いじゃないから」


「え?間違いじゃないって・・・・・・」


「ねえ」



たくさんの人の描かれた絵の中から、主人公を捜す絵本のように。


「ん?」


既にページ上にあるのに、見つからない答えを探し出すために。



「悪いけど、私しばらく一人で考えたいの」



「そ、そうか・・・・・・」



「だから・・・ごめん」




そう言って、歩き出した。

彼は、追いかけてこなかった。



帰り道に、ふと思い出した。


「ああ、そっか。
別れちゃったんだな、あの人と・・・・・・」



涙は、全く出てこなかった。





10月18日(月)

学校はどうするか迷ったけど、やっぱり行くことにした。
なんとなく、行かなきゃいけない気がしたから。

「あっ」

教室に入って早々、浪馬クンを顔を合わせてしまった。

「よ、よぉ」

気まずい雰囲気だけど、挨拶してくれた。
でも、私は返事すら返せずに、

「ごめん」

逃げることしかできなかった。


家に帰ると、携帯が床に転がっていた。
拾い上げると、電池が切れて画面が真っ暗になっていた。

「もう、誰からも電話なんて・・・こない・・・よね」

そのまま机の引き出しにしまった。





10月21日(木)

浪馬クンは、毎日挨拶をしてくれる。
私が逃げると、もうそれ以上は話しかけてこない。
そんな生活が続いている。

浪馬クンを見ると、いつも誰かと話している。
女の子と話していることも多い。
有名人だからな。

休み時間は1人で過ごして、授業が終わるとまっすぐ帰る。
ご飯食べてお風呂に入ると、そのまま布団にもぐりこむ。
そんな生活の繰り返し。

考えたいと浪馬クンに言ったのに、何1つ考えちゃいなかった。
ここまで何もできない人間だとは思わなかった。

何となく、浪馬クンの名前を呟くことが多くなった。





10月23日(土)

「すいません、休ませていただきたいんですが・・・」

バイトは休むことにした。
今の私に、仕事は無理だ。
愛想笑いどころか、普通に笑うことだってできないんだから。

浪馬クン、来るかな。
来て私がいなかったら、どう思うかな。

胸が痛くなったので、布団にもぐりこんだ。




10月24日(日)

考えようとする度に、胸が痛くなる。

あの人が言ったこと。
浪馬クンのこと。

考えようとすると胸が痛くなって、思考が止まる。
心が、考えることを拒絶している。

私は、結局何がしたいんだろう。

毎日浪馬クンが話しかけてくれるのに、
ただ逃げるだけで。
そのくせ浪馬クンの事を見ていて。

今の状態を直そうとしても、どうすればいいのかわからない。
何も考えてないのに、浪馬クンに何て言えばいいの?

今までどうやって話しかけていたのかも、思い出すことができない。

そのうちに心が思考することをやめ、回線をショートさせる。
呪縛を解いてくれたことに安心し、布団に倒れこむ。

この1週間でわかったこと。
あの人のことを思い出す時間が、日に日に短くなっていくことだけ。
それだけだった。





10月29日(金)

相変わらず同じ日々が続く。
浪馬クンを避け続けるだけの日々。





10月30日(土)

今週もバイトを休む。
マスター、怒ってるんだろうな。
あんまり行かないとクビかな。
それもいいか。

「・・・何かあったのかな?」

「・・・え?」

「先週、友達が柴門さんを尋ねてきたよ」

「え・・・?誰・・・ですか?」

「ホラ、柴門さんとよく話している・・・そうそう、君の幼なじみだ」

「!・・・」

「心配してたよ。連絡してあげたら?」

「はい・・・・・じゃあ、すみません。失礼します」


浪馬クン・・・・・・





10月31日(日)


もしかしたら、気晴らしになるかもしれないと思い、外に出てみることにした。
すっかり秋も深まり、公園は紅い葉でいっぱいだった。
いつも行ってる店には冬服の新作が並んでいて、
これから訪れる季節を待ち焦がれていた。

でも、
私には、何も感じなかった。

秋も、冬も、季節も、時間さえも。
今の私にはどうでもよかった。

気晴らしどころか、私がここにいなくたって
どうでもいいんじゃないか、という思いしか持てなかった。
この動いている空間から、逃げ出したくなるだけだった。


フラフラと歩いていると、浪馬クンを見かけた。
学校のときと同じように、声をかけてくれた。

私は、いつものように心臓を高鳴らせながら、
やっぱり喋ることはできなくて。
ただ逃げるしかなかった。

一瞬だけ浪馬クンを見ると、
悲しそうな、何か言いたそうな、そんな顔をしていた。
これも、いつものこと。

もしかしたら、私が答えを出すのを、待っていてくれてるのかな。

でも、永遠に答えは出ないかもしれないよ。

だって、私は、何一つ考えられていないんだから。
何を考えたらいいか、それすらわかってないんだから。

なのに、「だから私には構わないで」なんて
言うことも私にはできない。

浪馬クンは・・・・・・

幼なじみ、だから。





11月1日(月)

私は、なんで学校へ行ってるんだろう。
大学の推薦は取れているし、単位だって問題ない。、
無理に行く必要なんかないのに。

昼休みになり、浪馬クンが近づいてきた。
慌てて席を立つ。
もう、「ごめん」の一言すら出せなかった。

浪馬クンの脇をすり抜け、
視線を背中に感じながら、前も見ずにズカズカ歩いていく。
出口を抜けようとした、そのときだった。


ドンッ


「「キャッ」」

2人の悲鳴が同時にあがる。
ぶつかっちゃった・・・・・

「ご、ごめんなさいっ」

「大丈夫よ・・・・あ・・・」


聞き覚えのある声だった。


「高遠さん・・・・・・」


クラスの違う、執行部の副会長が、なぜかここにいた。

「柴門さん・・・・・・」

私に気付いた高遠さんの顔が、なぜか一瞬こわばる。
それでも、すぐにいつもの表情に戻って

「柴門さんは大丈夫?前を見てないと危ないわよ」

釘を刺しつつも、私の腕や足を見回し、
ケガがないか確認してくれた。

「・・・ん。大丈夫みたいね。よかった」

「す、すいません・・・」


謝るしかできない私。
私からぶつかってきたのに、心配されてるよ。

この場にいられなくなって、立ち去ろうとすると

「あ、ちょっと」

「え?」

「あの・・・織屋くん・・・・・・いるかしら」

「・・・・・え?」


心なしか顔を赤らめつつ、高遠さんは尋ねてきた。
高遠さんが、浪馬クンに用事・・・・・・?

どっくん。

心臓が、大きく跳ね上がった。

「あの、ろう・・・織屋クンなら、教室の中に・・・」

「・・・・・・そう」


高遠さんは教室に入らず、入り口で視線を泳がせる。
やがて、

「あ・・・・・」

「よう、七瀬」

「織屋くん・・・・・・」


なぜか、胸騒ぎがした。

廊下に出ていたはずの私は、そのまま別の入り口から教室に入る。
そのまま席に座り、なぜか入り口の2人を眺めていた。

!!


高遠さん・・・顔・・・真っ赤・・・・・・・・・・
それに・・・あんな優しい顔・・・・・初めて見た・・・・・・


心臓の鼓動が異様に大きくなる。
そのせいか、2人の会話がよく聞こえなかった。

「この間の・・・・、どうだった?

「ど、どうって・・・あなたと一緒・・・だったんですもの。
楽しかったに決まってるわ。
休みの日には予定・・・入れないようにしてるから、
いつでも、声かけてね・・・・・・」



クラスのみんなも、副会長の様子に驚いた様子。

「なあなあ、織屋と副会長って、仲良かったっけ」

「ううん。確か、険悪だったような」

「なら、あれはなんだ?」

「わっかんないよお。まさか、2人って・・・・・」



・・・・・・・・・・


音も立てずに立ち上がる。
みんなが注目してるのとは別の出口から教室を飛び出す。
一瞬だけ2人を見ると、目が合ったような気がした。


「なんなのよ・・・なんなのよ、もぉ・・・・・・」


自分でも何をやってるのかわからなかった。
それでも、足が勝手に2人から遠のいていった。





11月3日(水)

椅子に座り、顔を覆って机に突っ伏す。
いわゆる授業中の居眠り姿勢。
これが、私の標準姿勢になっていた。

別に寝てるわけじゃない。
眠くなんかない。
睡眠も取ってるか取ってないかすらわからない。
授業の声も聞こえない。
無理に学校に行く必要なんかない。
だけど、学校に行かないと私が潰れそうな気がした。

かといって、誰かと話す気になんかなれない。
学校に来て、ずーっとこの姿勢のまま
浪馬クンの机の方を向く。。
昼休みの度に遊びに来るようになった高遠さんと浪馬クンを眺めつつ、
幸せそうな時間が終わるのを待つ。
浪馬クンが近づいてくると、慌てて顔を伏せるか、
用もないのに席を立つ。
2人の姿を見るようになってから、こんな日々が続いた。

このまま卒業・・・かな・・・と思った。
心臓が、1回だけ高鳴った。





11月5日(金)

「たーまきっ」

「・・・うわぁ」


いつもの体勢で突っ伏していると、いきなり背中に柔らかい感触。
クラスの友達だった。
気だるさを隠さずに、彼女の方に顔を向ける。

「・・・・・・たまき」

「・・・・・・・・・・」

「たまきっ!」

「・・・・・・はい」


はあっ・・・・・とため息をつかれた。
しかし、垂れた頭が上がり、ものすごい勢いで

「あさって!」

「・・・?」

「日曜!10時!駅前に集合!!」

「・・・え?」


いきなり日時と時間と場所を切り出してきた。

「あの・・・なに・・・・・・」

「遅刻厳禁!欠席禁止!!わかった!?」

「え・・・・・・」

「来なかったら、家に押しかけちゃうからね?


もう1人の友達が付け加える。

「でも・・・私・・・・・・」

「「キャンセル不可!」」


ビシッ!と人差し指を私に向けながら言い切る2人。

「じゃあねたまき。約束したからねっ」

「あ・・・」


有無を言わさず立ち上がった。

「私・・・・・・」

「そうそう、アンタ携帯の電源いーかげん入れときなさいよ?
こっちは電話したくて困ってるんだからね!」

「じゃあねー」


言いたいことだけ言って、2人は去っていった。
なんなのよもう・・・・・



家に帰って、引き出しから携帯を取り出す。
3週間前と変わらない、真っ暗な画面を見つめた。

「元気付けようと・・・してくれてるんだろうな・・・・・・」


2人の気持ちはよくわかった。
彼女らは、口は悪いけどとってもいい娘たちで、
いろいろと仕事を手伝ってもらったりしていた。
今回も、きっと純粋に心配してくれているのだろう。


「でも・・・・・・」


そう呟くと、携帯をそのまま引き出しに戻した。
いつものようにベッドにもぐる。
そのまま、生きてるのか死んでるのかわからない空間を漂っていた。





11月6日(土)

カーテンを閉めたまま、一日ベッドの中にいた。
もう、バイト先への電話すらしなかった。

「3連続でサボリか・・・さすがにクビだろうな」

あはは・・・と力なく笑った後、昨日のことを思い出した。

「そうだ・・・明日、約束させられたんだった・・・・・・」

行きたくなかった。
まともな会話ができるはずなかった。
浪馬クンから、全てから逃げ回っている今の自分に、
人と話す資格なんてないと思った。

「やっぱり、断ろう」

机の引き出しから、携帯を取り出した。
ずっと充電してない携帯は相変わらず真っ暗で、
今の私にお似合いだと思った。

「電話したら、捨てちゃおう・・・かな」

そう思いながら、最後のつもりで充電器に携帯を差し込む。
充電中のランプが点灯する。

「通電してるから、このまま電話・・・できるよね」

充電したところで、もう使うことはない。
そのままアドレスを出そうと、電話を持ち替えた。

そのとき、


ブルルルルッ・・・・ブルルルルッ・・・・



「!?あわわっ」


急に震えだしたのに驚き、
私は条件反射で携帯を開いた。


もしもし・・・・・・もしもし・・・・・?


よく聞き取れないけど、男の人の声。
私の番号を知っている男の人は、2人しかいない。

慌てて携帯を耳に近づける。


「浪馬・・・・・・クン?」


無意識に、浪馬クンの名前を言っていた。


「・・・・・・・・・久しぶりだね、たまきちゃん」


「・・・・・・・・・え?」



違った。


「何回かけても繋がらないから、心配したよ」


あの人、だった。


「あー、切っちゃダメだよ。話がしたくて電話したんだから」



今更何を・・・あんな一方的に去っていったくせに・・・・



「・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・あの・・・・・・たまきちゃん?」


・・・・・・・・・・・・・・」


私は一言も喋らなかった。
そもそも何を話すっていうの?
もう、別れたじゃない。
めんどくさいからって、言ったじゃない。


苛立ちを覚えながら待っていると、
彼は突然こう切り出してきた。


「・・・・・・・何かあった?幼なじみ君と」


「・・・・・・・・・・・・は?」


な・・・・・・何よソレ!
なんでそこで浪馬クンが出てくるのよ!


「・・・・・うまくいってないのか?」


「な・・・・・!!」



何言ってるのこの人!


「俺と別れられたんだ。
これで何の問題もなく付き合えるようになっただろ?彼と」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!」



こ・・・・・この・・・・・・・



「何バカなこと言ってんのよ!!」



私は、キレた。
力の限り声を荒げ、叫んだ。


「あれ以来話してないわよ!
あなたに一方的にフラれて!
それを浪馬クンに見られて!
どうしたらいいのかわからなくて!
一人で考えようとしたけど、何を考えたらいいのかすらわからなくて!
ずっとずっと、浪馬クンから逃げ続けて!
そんな状態で、浪馬クンと付き合うなんてできるわけじゃないっ!!」



呼吸の乱れが収まらなかった。
彼に対して怒鳴るなんて初めてだった。
いや、怒の感情を抱いたこと自体始めてだった。


彼が何か言おうとしたけど、私の怒りは止まらない。
あの日、彼に対して思ったことを、醜くぶつけていた。


「大体、あの時何で『彼氏に迎えにきてもらった』なんて言ったの!?
そんなハズないじゃない!!
あなたの車に押し込まれて!そのまま連れまわされて!!
浪馬クンと連絡する余裕なんかあるはずないじゃない!!
隣に座ってたんだから、そのくらいわかるでしょ!?
何であんな、浪馬クンを動揺させるようなこと言ったのよ!!」


声が枯れ、喉が潰れそうになる。
それでも私は、叫んでいた。


彼は黙って聞いていた。
言い訳でも考えているのだろう。そう思った。


でも、彼が発した言葉は、私の予想とは全然違っていた。


「・・・・・・・・・・・オイオイ・・・・・・」


!?何よオイオイって・・・・・・!


「もしかして・・・・まだわかってないの・・・・・・か?」


「何がよ!!」


「・・・・・・もう・・・自分の気持ちに気がついていて・・・・・
後は俺をどうするかだけじゃ・・・・・・なかったのか?」


「何よ私の気持ちって!
わかってたらこんなに苦しんでないわよ!!」


「・・・・・・・・・・・・ウソ・・・・・・だろ・・・・・・・?」


「だから、何がよ!!」



私がこう叫ぶと、彼は黙ってしまった。
何がなんだかわからなかった。


続く沈黙。
私の周りの空気が、どんどんどんどん重くなっていく。


すると、彼が口を開いた。
その言葉は、またしても私の予想を覆すものだった。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・子供」



!?何!?どういう意味!?
いきなり意味不明の単語を吐かれ、私の頭上に!?マークが浮かぶ。
そんな私をよそに、彼は質問をしてきた。


「・・・たまきちゃん」


「・・・・・何ですか」


「君、今までに恋愛経験ってある?」


「・・・・・はあ?」


「俺以外の誰かを好きになったことって、ある?」


「な・・・そんなの今、何の関係が・・・・・・」


「いいから答えて」



全く意味のわからない質問に、またムカつく。
それでも、渋々と答えた。


「・・・・・・・・・・・・ありません」


「・・・・・・」


「初めて好きになったのはあなただし、
初めてお付き合いしたのもあなたです。
・・・・・・これで満足ですか?」



精一杯の皮肉をこめて、そう答えた。


「・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・クッ・・・・・・クククッ・・・・・・・」




すると彼は、突然笑いをこらえ始めた。


「アハハ・・・・・アハ・・・・・・・・そうか・・・・・・・」


時折、耐え切れなくなって笑い声を漏らしながら、
彼は独り言のように喋りだした。


「そうか・・・そう思っていたのか・・・・・・
なら、俺の芝居なんて・・・無意味じゃないか・・・」



芝居?無意味?
彼の言葉が、ますますわからないものになっていく。


「・・・そりゃそうか・・・理想そのものが・・・
ずっと側で見守ってくれていたら・・・・・
恋なんて・・・・・わかる必要ないよな・・・・・・・」



何を言ってるのかはわからない。
だけど、言葉を遮ることが、どうしてもできない。
今の私にとって、重要なもののような気がしたから。


「これじゃ・・・・・・駆け引きなんてわかりっこない・・・・
心理戦なんて・・・・・通じるわけないんだ・・・・・・」


「・・・・・・・・・・」


「皮肉だ・・・俺の存在が・・・きっかけを与えちゃったわけか・・・・・・」


「・・・・・・・・・え・・・・・?」



「こりゃ無理だ・・・・・・・降参、降参だよ、たまきちゃん」



「ちょ・・・何を言って・・・・・?」


「俺の・・・・・完敗だ」


「だから、何・・・・・・・・・」



「・・・・・ぃよしっ!!」




私が口を挟もうとすると、彼は突然叫んだ。

気合を入れたかのような大声を上げると、
さっきまでとは違う、何かが取れたような声で、


「たまきちゃん、ご苦労様。よくがんばったね」


「え?」


「でも残念だけど、もう君にも、彼にも、
時間はあまりないみたいだよ」


「・・・・・・・・・・え・・・・・・・・・・」



「教えてあげるよ。君が知りたかった答えを」



「・・・・・答え・・・・・・?」




この電話の終わりに向けて、
私だけが見えなかった出口のゴールへと向けて、
彼は、光を差し出した。



「うーん、それにしても君がここまで幼稚だと・・・・
そこから話したらいいものやら・・・・・・」


「な・・・何よ幼稚って!」


「まあまあ。んーと・・・そうだな・・・・・・」



憤る私を軽く遮って、彼は少し言葉に詰まる。


「・・・だけど、俺がここまでやる必要はないんだがなあ・・・・」


「何が・・・・」


「・・・しょーがないか。お子様で頑固者のたまきちゃんには
誰かが教えてあげないとな。
俺ができる、最後の授業だ。いや、(補習)が前につくな」


「・・・・・え?」



成長?授業?
何を言っているのかわからない。
そんな私をよそに、彼はゆっくりと口を開いた。


「じゃあ、始めます」


「ちょっと・・・・・・」


「テーマは、『恋愛』について」


「・・・・・・・・・・・・!」



個人授業が、始まった。



「・・・・・まず聞こう。君の好きな人は、誰ですか?」


「は?今更、何を言って・・・・・・」


「いいから」


「そ・・・そりゃ、私はあなたの彼女だもん。
あなたに決まって・・・・・・」


「彼氏をほっぽってデートしてる男がいるのに?」


「あ・・・・・あれは、デートじゃない!
あなたが相手してくれなくてヒマなとき、
浪馬クンが誘ってくれるから・・・・・・」


「毎週予定あったわけじゃないよ?
それに、君から電話してくれたってよかったじゃない」


「それは!あなたが忙しいと思って・・・・・・」


「じゃあメールは?忙しくたってメールは好きなときに見られるよ。
『明日用事ありますか』ぐらい入れたっていいんじゃないの?
それもしないで、他の男と遊んじゃうの?」


「・・・・・それは・・・・・浪馬クンは幼なじみだから・・・・・・」


「幼なじみだから何をやっても彼氏には関係ないって言うのかい?」


「・・・う・・・・・・」



彼はこんな調子で、次々とキツイ言葉を浴びせてきた。
トゲのある一言一言が、私の胸に突き刺さる。
彼って、こんな人だったっけ?

イジメにしか思えない「授業」は、まだ続いた。


「君は、僕のことが好きなんだよね?」


「そ、そりゃ恋人なんだから・・・・・・」


「どこが好き?」


「ど・・・どこがって・・・・・・」


「好きなら言えるでしょ?さあ」


「え・・・えっと・・・・・・
かっこよくて・・・頭がよくて・・・優しくて・・・・・それから・・・・・・・」


・・・・・・小中学生の理由と変わんないよそれじゃ・・・・・・


「え?」


「いや、こっちの話。じゃあさ」


「な、何ですか?」


「その『かっこいい』とか、『優しい』とかって、
誰を基準にしてるの?」


「は?そんな・・・基準なんて・・・」


「ホントに?」


「・・・・・・・・・・・」





「今、幼なじみ・・・浪馬君が浮かんだでしょ?」





「!!!」






図星だった。

私が口を開くより早く正解を言われ、思考が停止した。
目の前が、一瞬ぐにゃりと歪む。



「な・・・なんで・・・・・・・」



「それが、答えだからだよ」



「こた・・・・・・・え・・・・・・?」





「君の、価値観の全てに対する答え。
俺が出した、全部の問題に対する答え。
そして、君の中に隠れている、全ての答えだ」





「!!!!」






そ・・・・そんな・・・・・・
そんなハズは・・・・・・・・・
浪馬クンが・・・・・私の・・・・・・


エアコンが効いているはずなのに、
私の身体はガタガタと震えだす。
彼の言葉によって、私の本心を覆う殻が次々と破られていく。
座っていることもできなくなって、布団に倒れこんだ。



「違う・・・・・」


「え?」


「違う・・・・・・違う!違う!違う!!」



私を覆っている最後の殻が、必死の抵抗を続けた。


「浪馬クンは・・・・幼なじみ・・・・!・・
おさな・・・・・・な・・・・・じみ・・・・・・・・・」


幼なじみ。幼なじみ。おさななじみ、オサナナジミ。
そうだよ、浪馬クンは、オサナナジミなんだよ。


何の力もない抵抗だった。


「ふう・・・・・・」


彼は、そんな私の声を聞いて、ため息をついた。


「・・・ま、幼なじみっていうだけなら関係は壊れないからね」


「・・・・・・・・・」


「だけど、もうそれだけじゃないだろう?」


「・・・・・・・・・違う・・・・・・!!」



もう、何を否定しているのかわからない。
それでも、私はすがりついていた。
糸がほどけて、切れかかったロープ。
今、私を浪馬クンと繋いでいる唯一のもの。


幼なじみとしての「絆」に。



そんな私の声を聞いて、彼はまたため息をついた。



「まったく、しょうがないなあ・・・じゃあ、最後の問題だ」


「え・・・・?」



彼は一旦声を止めた。

そして、今までで一番優しい声で、とどめの言葉を告げた。





「浪馬君が、君のそばにいない日常。
それを、想像してごらん」





「え?それって・・・・・・」


「いいから」



言われるがままに、そんな日常を想像してみる。



えっと・・・
そばにいないってことは・・・単なるクラスメートくらいでいいのかな?

なら、遊びにはいかないよね・・・
同好会のマネージャーに志願することもなくて・・・・
休み時間に話すこともなくて・・・
ご飯つくってあげることなんてありえなくて・・・

街で会っても挨拶だけで、お互い別の方向に歩いて・・・
幼なじみと遊んでも、その中に浪馬クンはいなくて・・・

浪馬クンは何かにつけて目立つから、噂話もよく聞いて・・・・・・
「今、○○さんと付き合ってる」なんてことが伝わってきて・・・
その女の子と浪馬クンが楽しそうにしている姿を眺めて・・・

・・・・・・・・・


そのまま・・・卒業して・・・・・・
お互い別の道を進んで・・・・・・・・・


浪馬クンが困っているときに助けてあげるのは、私以外の誰かで・・・
私が困っていても、浪馬クンは全然気づかなくて・・・



相談できる相手が、浪馬クン・・・じゃな・・・・・くて・・・・・・



元気を・・・くれる・・・・人・・・・・側に・・・・・いな・・・・・く・・・・・・




本気・・・で、笑・・・いあえ・・・・ひと・・・・・・





ぽたっ。





「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・う・・・・・」


「たまきちゃん?」


ぽたっ、ぽたっ。


「う・・・」


「たまき・・・・ちゃん?


「うえ・・・うええええええ・・・・・・・・・」


「あ・・・・・・」





「うわああああああああああああああん!!!!!」






自分の想像に、耐え切れなかった。
浪馬クンが、側にいないこと。
普通のクラスメートでの想像でコレなのに、
このまま話のできない存在になったら、
いったい私はどうなってしまうのだろう。
そう考えただけで、私は、子供みたいに泣きじゃくった。

彼と別れたときは全く涙が出なかったのに、
浪馬クンの「もしも」の話だけで、悲しみが止まらなかった。


「イヤ・・・・イヤアアアアアアア・・・・・・
浪馬クンが側にいないなんて、イヤアアアアアアア・・・・・!!」


「た、たまきちゃん・・・・・・」


「浪馬クンがいないと、私が・・・私・・・・・・壊れる・・・・・・!!
壊れちゃうよぉ・・・!うわあああああああん・・・・・・・



ここまでの事になるとは予想してなかったようで、
彼は困惑していた。それでも、


「気のすむまで泣いていいよ。
電話、切らないでおいてあげるから」


そう言ってくれた。


「浪馬クン・・・・・浪馬クン・・・・・!!
うえええええ・・・・・うわああああああん・・・・・・・



浪馬クンの名前を叫ぶ。
その度に悲しみが膨れ上がる。


「・・・・・君の好きな人は、誰だい?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


さっき聞かれた質問が、もう一度聞こえた。





「・・・・・・・・・浪馬クン・・・・・・・・・」





唯一浮かんだ人の名前を、呼んだ。



「好き・・・・・浪馬クン・・・・・・大好き・・・・・・・!!
なのに・・・・・・私・・・・・・・私・・・・・・・・・
はじ・・・・・めて・・・・・・・・・・・うわああ・・・あああああ・・・・・・」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



「好き・・・・・・浪馬クン・・・・・・・好き・・・・・・・!!
そば・・・・・いないと・・・・・・・・ダメ・・・・・・・!!
浪馬クン・・・・・・・・浪馬・・・・・・・・ク・・・・・・・・!!」」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



「好き・・・・・・浪馬クンが・・・・・うああああ!!」




叫び続けた。
幼なじみで、世話が焼けて、
私がいないと何もできないと思っていた人。
本当はいつも側にいてくれて、守ってくれていた人。

頼っていたのは、私のほうだった。
浪馬クンがいたから、私は私でいられた。
「タマ」で、いられた。

ずっと、ずっと今まで気づくのを避けていた事実。。
わかっていたのに、心が受け入れなかった事実。


未来にどんなことがあっても、ずっと一緒だと思ってた。
2人が違う人生を歩んでも、それでも一緒だと思ってた。
でも、そんなわけはなかった。

浪馬クンが私を必要としなければ、側にいさせてなんかくれない。
そしてそれは、このままだとすぐに現実になる。
卒業と言う現実で。
浪馬クンが、私以外の女の子と一緒に歩くという現実で。


そう思うと、更に声が大きくなった。




「ろうま・・・ク・・・・いっちゃ・・・・・・ヤダ・・・・・・・・!!
いっちゃ・・・・・・ヤダ・・・・・よぉ・・・・・・・!!」





心の奥で、最後の本心を覆っていた殻が、砕け散った。


恋愛に関して、どうしようもなく幼稚なこと。

周りからの知識だけが頭の中にたまっていっても、

肝心な部分は、子供の頃と全く変わっていなかったこと。

タイプも何もない。

私にとってのいちばんが、

最初から今までずっとそばにいから、考える必要すらなかったこと。

私の中の全ての基準は、浪馬クンだったこと。

浪馬クンにこっちを見て欲しいがためだけに、

あの人の誘いを受けたこと。

「浪馬クンより私は進んでいる」ことを示して、

私が浪馬クンの世話をして「あげている」と思い込むために、

身体まで開いてしまったこと。



全ては、自分の自己満足のためにしたこと。



そして、全てがさらけ出されたとき、気づいた。





(そっか。

これ、二股、っていうんだ)






ようやく、あの人が言いたかったことが理解できた。


「・・・・うわああああああああああ・・・・・・!!!」


「・・・・・・・・・・・」


「わた・・・・・わた・・・・し・・・・・ひどい・・・・・・こ・・・・・・と・・・・・

あなたに・・・・・ごめ・・・・・・うああ・・・・・・

ごめ・・・・・ごめ・・・・・・なさい・・・・・・うわああ・・・・・・・」


「それはいいから」


「でも・・・・・・・わたし・・・・・・・・・うわああああん・・・・・・・・」



「大丈夫、大丈夫だから」



「・・・・・・・・うわああああああああああん・・・・・・・・・!!」




私は叫び、泣き続けた。
その間彼は、ずっと待っていてくれた。




「う・・・・・・ぐすっ・・・・・・・」


「・・・・・少し、落ち着いた?」


「あ・・・・・・・・」



涙が枯れ果てた頃、彼が口を開いた。


「いいかげん、わかったろ?自分の気持ちが」


「私・・・・・・私・・・・・・・」


「ここまで気づかないなんて・・・君は本当に子供なんだなあ」


「ごめんなさい・・・・・・ごめん・・・・・な・・・・」


「いいよ」


「え?」


「俺も君から大切なものをもらったし、これでチャラだ」


「大切な・・・・・・もの?」


「そ。君の、『はじめて』」


「なっ・・・・・・!!



きゅ、急に何言い出すのよこの人!
顔がみるみる赤くなっていく。


「な・・・何を!?」


「例え、君が彼とどんなに幸せになっても、
これだけは変わらないからね。永遠に。
俺はこれで満足しとくよ」


「くっ・・・・・・・・」


下唇を噛む。
私もひどい女だけど、この人も相当・・・・・
と思っていると、


「あは、あははははは・・・・・・」


「!?」



急に、彼が笑い出した。
今の場にふさわしくない、爽やかな笑い声だった。


「ゴメンゴメン。
でも、このくらい言ってもバチはあたらないよな?」


「あ・・・・・・」



からかわれてる?私・・・・・・この人に?
今まで、この人にからかわれたことなんてなかった。
彼はいつも優しくて、私を不快にさせるようなことはしなかった。
それが、こんな形でやられるなんて・・・な。


「・・・・・・・・・・・・・・あは・・・・・」


「ん?」


「・・・・あはは・・・そんなこと言う人だったんですね・・・・・・」


「たまきちゃん・・・・・・」


「あはは・・・・おっかしい・・・・・・・」


「・・・・たまきちゃん・・・・・・・はは・・・・・・」


「あはは・・・・・・・・・」


「あはははは・・・・・・」


2人で笑い続けた。
こんなことも、今までになかった。

今まで、お互いを知ろうともしてなかったんだな。

そう思うと、もっとおかしくなってきて、
更にしばらくの間、2人して笑い続けていた。



「はは・・・・あーあ」


「あはは・・・・」


「・・・じゃ、意地悪ついでに、そろそろ聞いちゃおうかな」


「?何を・・・ですか?」



彼は笑いすぎて乱れた呼吸を整えると、こう言った。



「君が、好きな人は、誰ですか?」



「あ・・・・・・」



授業の最初と、同じ質問をされた。
何年も、何年もかかって、ようやくわかった私のこころ。


私は、とまどうことなく、こう答えた。




「それは・・・幼なじみの、織屋浪馬クンです」




「よしっ、正解」


彼はそう言って笑った。


「んじゃ、ノロケついでに、彼のことを教えてもらいましょうかね」


「え?」


「君を救うために町内を探し回ったり、悲しいときにいつも助けてくれる
君が大好きな幼なじみの騎士のことを、ね」


「あ・・・・・・・はいっ」



最大限の笑顔で承諾した。


「じゃあ、どこから話しちゃおっかなー」


「オイオイ、お手柔らかに頼むよ?」


「へっへっへ〜。それじゃあですね・・・」



それから、浪馬クンの話で盛り上がった。
2人から、笑い声が絶えることはなかった。
彼のバカ笑いの声を、初めて聞いた。
はじめて、彼と話してて「楽しい」と思った。




気づくと、部屋の窓から白い光が差し込んできていた。


「朝か。もうそろそろ、だね」


「そう、ですね」


「たまきちゃん」


「はい」


「今まで、楽しかったよ」


「・・・私もです」



そう言い切れた。


「彼、結構ライバル多そうだから、負けんなよ」


「あはは、あなたほどじゃないですよ」


「おいおい、ならフラれやしないっての」


「あははっ



軽口を叩き合う。
最後だから、できる会話だった。


「たまきちゃん」


「はい」


「幸せにね」


「・・・・・・はいっ」



元気よく返事。


「よしっ」


彼も元気よく頷いてくれた。


「じゃあ、今度こそ」


「はい」


「最後くらい、同時に言おうか」


「最後の共同作業、ですね」


「そーゆーこと」


2人とも笑顔で、最後の言葉を発する。
単純だけど、2人にとって一番ふさわしい言葉を。


「あ・・・・・・あの」


「?なんだい?」


「私、やっぱり、あなたのこと・・・・・
好き『だった』と、思います」


「・・・・・過去形だね」


「はい。過去形ですっ」


もう、迷わない。


「・・・ま、そう言ってもらえれば、少しは救われるよ」


「あはは・・・」


「じゃ、今度こそいこうか」


「はい」


彼から、最後の言葉を告げる。


「たまきちゃんの素晴らしい未来を願って」


「あなたの素晴らしい未来を願って」


「いくよ」


「はい」


「せーのっ」





「「さようなら」」






2人同時にボタンを押した。




私は携帯を閉じずに、そのまま操作を続ける。
受信メールの一覧を開く。
春休みに初めてきた、彼からのメールを開いた。
一字一句、ゆっくりと読んでいく。

ピッ

読み終わると、そのメールを削除する。
そして、次のメールを読み始める。

「なんだ・・・あの人との思い出、結構あるじゃん・・・・・・」

軽く微笑みながら、削除を続けていく。

思い出は、ちゃんとあったんだ。
覚えようとしていなかっただけだったんだ。

改めてそう感じながら、指を動かしていく。
時に悲しく、時に楽しくなりながら。


メールの削除が終わると、画像ファイルを開いた。
携帯のカメラで収められた、あの人と私が映った写真。

ピッ

1枚1枚丁寧に見て、その時を思い出しながら、
削除していった。

「あは・・・私の顔って・・・・」

遊園地での写真も、水族館での写真も、
どれもこれも、同じような表情をしていた。

笑ってる顔はなかった。


ピッ


最後の画像が削除された。

「・・・よし」

私は更に指を動かした。
着信履歴、発信履歴・・・・・・
彼に関する、あらゆる情報が消去されていった。


やがて、

「これで・・・・」

ピッ・・・ピッ

アドレス帳の一覧を開いた。

ピッ

最後に画面に表示されたのは、あの人のアドレス情報だった。
名前、携帯の番号、メールアドレス。
住所は、知らなかった。
聞こうとしたこともなかった。


「今まで、本当にごめんなさい」


ゆっくりと、指を動かしていく。


「そして、本当にありがとうございました」


ピッ


「あなたのことは、私の思い出にだけ、残しておきます」


ピッ


「最後にもう一度」


ピッ


「ありがとう」


ピッ


「そして」


ピッ


「本当に」





アドレス 1件 削除しますか?
>はい
 いいえ




「さようなら」




・・・・・・・・・ピッ。



短い電子音とともに、私の彼氏「だった」人が、全て消えた。



一雫だけ、涙がこぼれた。
初めて、あの人の為に流した涙。
悲しい涙ではなかった。





11月7日(日)

「ホラホラぁっ!次はストロベリーフィールズだよっ!」

「ゼイゼイ・・・た、たまきぃ・・・」

「ま・・・待ってよぉ・・・・・・」



一睡もしてないのに、ウソみたいに身体が軽い。
私は、約束どおり友達2人と街を巡っていた。
街は何も変わっていないのに、全てのものが輝いて見えた。
空が、青い。
それだけで、私の心は、さらに舞い上がった。



「はぁはぁ・・・ねえ」

「ふぅ・・・・・えー?」

「アタシら、何でたまき誘ったんだっけ?」

「「そりゃ・・・たまきがずーっと元気なかったから・・・・・・」

「ゼイゼイ・・・じゃあ、あれは何?」

「・・・・・そんなの知らないよぉ・・・・・・ふうふう・・・・・・」

「・・・・・・・・・別人?」

「かも・・・・・・あ!たまきがもうあんな先にっ!」

「え?・・・・・・・あの娘は・・・・・・!」



気付くと2人の姿が見えなくなっていた。
今日、何度も繰り返された光景。
なーにやってんだか、あの2人は。
そう思いながら、さらに先へと歩いていく。
歩くだけで、楽しかった。


「はぁはぁ・・・ちょっとは落ち着け、たまき!」

「あはは、ごめーん」

「まったく・・・もうっ」



店内でようやく合流し、ブーたれる2人。
でも、どこか嬉しそうだった。
わいわい騒いで、商品を見てははしゃいで。
去年までは当たり前だった風景。
3年生になってからは、友達と遊ぶなんてあまりなかったから。

「何しろ、ずっと浪馬クンと『デート』だったもんね。
浪馬クン、買い物の間待ってるの苦手なんだもん」


そう呟くと、また笑顔になった。


「なーにブツブツ言いながらニヤニヤしてんのよ」

「わあっ」



き・・・聞かれたかな?聞かれたかな?
浪馬クンならここで「2回言うな」ってツッコむんだろうな。
どうでもいいことを思いながら、声のほうに振り向いた。


「まったく・・・なんなのよこの暴走娘は」

「あははは」

「まあいいじゃない、たまきが元気なんだから」

「あ・・・・」

そういえば、私を心配してくれてたんだ。

「あの」

「なーによ」

「ありがとう。2人とも」

「あ・・・・・・べ、別にっ」

「友達・・・・・だからね」


照れる2人。
この娘達が友達でよかった。
そう心から思った。


「さあ、そろそろ・・・」

「お、やっと休憩?」

「ネフェルティティでも行きますかっ」

「まだ歩くのかよ!」

「しかも今来た道戻るのかよ!」

「いたっ!」


連携でツッコまれた。痛いよぉ・・・




宝石店、ネフェルティティ。
高級なものから一般的なものまで幅広く扱っているので、
学生の姿も結構見かける。

「たまきって、貴金属見るの好きだよねー。
買っても大してつけないのに」

「ホントホント、アンタはカラスか」

「う・・・うるさいなあっ」


しょーがないじゃない、好きなんだから!
そう思いながら、私達は店内を歩く。

ふと、キラリと光るものを見つけ、足が止まった。


「あ・・・・・・」


リングだった。


ウィンドウをボーっと眺めてる私。すると、

「お客様、お手にとってご覧になりますか?」

「・・・・・・・・・・はい」


店員さんがリングを取り出し、私の手のひらに乗せる。

「きれいだなあ・・・・・・あ」

昔のことを思い出した。
それは、あるクリスマスの、浪馬クンとの思い出だった・・・・・・



「やだやだやだやだ!」

「わがまま言うんじゃありません!

「だってだってだって!サンタさんは
わたしがほしいものくれるはずだもん!!」

「困ったわねえ・・・・・・・」


もらったプレゼントを放り投げ、
手足をバタつかせながら泣きわめく私。
やれやれ、と言った表情のお母さん。


「おーいタマ・・・・・どうしたの、おばさん?」


遊びに来た浪馬クンを見て、困りながらも微笑むお母さん。
そして、浪馬クンに話しかけた。


「それが・・・たまきったら、クリスマスにもらったプレゼントが
気に入らないらしくて・・・・・・」

「だってだってだって!わたしがほしかったの、ゆびわだもん!
おかあさんがもってるみたいな、キラキラのゆびわだもん!!
これじゃないもん!!
サンタさん、わたしのおねがいきいてくれないんだもん!!」

バタバタバタバタ。

「・・・朝から、ずっとこうなのよ」

「ふーん」



浪馬クンは興味なさそうに呟くと、
お母さんの左手をじっと見つめていた。


「・・・・・ねえねえ、これ、けっこんゆびわ?」

「え?・・・・・・ええ、そうよ」

「そっかあ」



一通り見ると、浪馬クンは私に駆け寄ってきた。


「なあなあ、タマ」

「・・・・・・・・・・・なによぉ」

「ゆびわって、おおきくなってからするもんなんだってさ」

「でもでもでも!ほしい!ほしいのお!」

「だからさ、おおきくなったら、オレが、ゆびわあげるよ」

「・・・・・・・・・・・・え?」



バタバタを止め、起き上がって浪馬クンを見た。


「ゆびわ・・・・ろうまクンが、くれるの?」

「うん。サンタさんは、こどもにしかプレゼントくれないだろ?
おおきくなってからはくれないから、
かわりにオレが、タマにゆびわあげるよ」

「・・・・・・・・・ホント?」

「うん」

「・・・やくそく?」

「うん、やくそく」



そう言うと、浪馬クンは、にっこりと笑った。
今と変わらない、やんちゃな笑顔で。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・うんっ」


私も、にっこりと笑って頷いた。


「あそぼ、タマ」

「うんっ」

「じゃあ、いこ」

「あ・・・・・・あのね」

「なに?」

「もし、ゆびわ、くれたらね・・・・・・・」

「うん」



ちょっと赤い顔でうつむく私。
頭の上が?マークの浪馬クンに、言った。



「わたし、ろうまクンの、およめさんになってあげる」



ちっちゃい心臓をドキドキさせて。


「およめさん・・・?」

「うん、およめさん」

「オレの?」

「うん。ろうまクンの」

「・・・・・そっか」



そう言うと、言いも悪いも言わないで、浪馬クンは走り出した。
チラッと見えた顔が、赤いように見えた。


「あっ、ろうまクン」

「はやくしないと、おいてっちゃうぞ!」

「あーん、まってよぉ・・・・・・」



慌てて、浪馬クンを追いかけていった。
お母さんが、それを優しく見ていた・・・・・・・・・・




「そんなこともあったな・・・・・・・・」


子供の頃の、大切だった思い出。
浪馬クンへの想いと一緒に、自分の殻に閉じ込めていた思い出。
リングを胸に抱きしめながら、私は思い返していた。


「今思えばきっと、私はこの時から浪馬クンのこと・・・・・・」


きゅん、と胸が高まる。
浪馬クン・・・・・・・・・



「くぉらあ、たまきいっ!!」


「ひああああ!!!」



突然大声で叫ばれ、私は我に帰った。
ヘンな声をあげて、声の主に向かう。


「い・・・いきなり叫ばないでよ!!」

「何回も呼んだ!アンタがトリップしてたんでしょーが!!」

「そーだよたまき。リング抱きしめてニヤニヤしてたから
違う世界に逝っちゃったのかと思ったよぉ」

「あ・・・・・・・・・・そうなんだ」

「まったく・・・・・どーせ織屋君のことでも考えてたんでしょ?」

「!!なっ・・・・そんな・・・・ソンナコトナイヨ!!」



図星を指され、昔テレビに出ていたメガネの外国人みたいな口調で
慌てて否定。もちろん顔は真っ赤。


「「ふ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん」」


浪馬クンに教えてもらった顔文字のような顔になる2人。( ´_ゝ`) ( ´_ゝ`)←こんなの
うう・・・バレバレだよ・・・・・・


「で、たまき?そのリング買うの?」

「え?」

胸元に抱きかかえたリングを見つめる。

「それ、3万だよ?たまき、そんなお金あるの?」

「!!ひええっ!!」


つい落としそうになったリングを、なんとか手に戻した。

「か、買えない!そんなお金ないっ!」

「なら、そろそろ返したら?店員さん、すっごい不審な目で
たまき見てるよ?」

「え?」


ニッコリと微笑む店員さん。
でも、笑顔のこめかみに、何か青い線が浮かんでいるような・・・・・

「ひえええええええ!
ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!
そ、そんなつもりは、そんなつもりはナカッタンデスヨ?」


また変な口調になって、必死に店員さんに返す。
ほっとした表情になった店員さん。


「す、スイマセンでしたああああっ!!」


ダッシュで店を飛び出した。

後ろから「逃亡するなあ!」とか聞こえてきたけど、
立ち止まることはなかった。




「ったく、この暴走特急は・・・・・・」

さっきより呼称がグレードアップしていた。
人間じゃなくなってる・・・・・・

「面目ないです・・・・・・・・」


しばらくして捕獲された私は、駅前の公園に連れてこられた。
3人揃ってベンチに座り、ハンバーガー(奢らされた)を広げる。
店内で食べればよかったんだけど、2人の
「たまきの捜索であんだけ走り回って、
あんな暖房の効いた店内になんていられるかあ!!」

という発言により却下。うう・・・

でも、空気が気持ちいい。
私が気付かない間にも、季節は変わっていくんだなあ、と思った。

ふいに、1人が口を開いた。

「たまき」

「ん?」

「・・・・・・・もう、大丈夫なの?」

「・・・・・・・・・・・・・・・うんっ」

「・・・・・・・そっか」


にっこりと笑う私と友達。

「ねえねえ、何の話してんのよ?」

もう1人の友達が間に入ってきた。

「2人ともありがとうって、話だよ」

「・・・・・・もういいってば」


照れる友達に、また笑顔になる私。

「で」

「え?」

「そろそろ今日の本題を聞かせていただくとしますかね」

「え・・・・・?」


あの・・・本題って?
その・・・・・イヤな笑いと濁った瞳は何?


「ときにたまきさん」

「は・・・・・・はい」

「織屋君と何があったのかなあ?」



・・・・・・・!!


浪馬クンの名前が出ただけで、耳まで真っ赤になった。


「おーおーかわいいのぉ」

「な、なんで浪馬クンの名前が・・・・・」

「なーに言ってんのよ。
毎日ずーっと一緒にいた男と急に一言も口聞かなくなれば、
誰だって何かあったと思うでしょうが」

「そうだよぉ。しかも携帯は切っちゃうし学校でも目が死んでるし
あれでなんでもないっていう方がおかしいよぉ」

「・・・・・・うう・・・・・・・・・」

「んで、織屋君が話しかけてもシカトでしょ?
アタシらが話せるわけないっつーの」

「そのくせ、ずーっと織屋君のこと見てるんだもん。
これで何もないなんてことありえないよねぇ」


うう・・・よく見てるなあ・・・・・・

しおしおと小さくなっていく私。
相当ひどかったんだな、と改めて思った。


「もしかして・・・・・・副会長がらみ?」


「!!!」


的外れな答えなのに、その言葉が私の胸を思いっきり締め付けた。
痛い・・・・・・痛い・・・・・・・・・・
そのまま、黙り込んでしまった。


「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・もしかして、踏んじゃった・・・・・・?」

「・・・・・・・・・・・・・・言いたくなかったら、言わなくていいよ?」



2人が、心配そうに私を覗き込んできた。
心臓が、バクバクと大きな音をたてる。
高遠さん・・・・・・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・でも。



「高遠さんは、関係ないよ」



そう、言い切れた。


「そう・・・・・・・・なんだ」

「うん。それは間違いないよ」



まだ、私はスタートラインに立ってもいないから。
高遠さんは、きっと、ずっと先にいるから。


「やっぱり全部は恥ずかしくて言えないんだけど・・・・・・」


「・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・」



固唾を呑む2人。
私は、しっかり微笑んで、こう言った。



「浪馬クンとは、これから・・・・・・・・だよ」



浪馬クンとは、いろいろな思い出がある。
でもそれは、幼なじみとしての思い出。
私が分かっていなかった以上、それは全部、幼なじみとしての思い出。

でも、これからは違う。
いいことばっかりじゃないかもしれない。
とんでもなく悪いことばっかりかもしれない。

今度からできる思い出。

それは、「浪馬クンを好きな私」としての思い出。


だから、「これから」なんだ。。



「・・・・・・・・・・・私ね」

「?」

「浪馬クンのこと・・・・・・好き・・・・・・・・なんだ」

「はあ?」



片方の友達が、「何を今更」と言わんばかりのポーズを取る。
多分、みんなの方が、よくわかっているんだと思う。
でも私は、わかっていなかったから。
そしてそれを気付かせてくれたのは、あの人だから。


「・・・・・・・・・・・・そっか」

「え?」


もう1人の友達が、満足そうに頷いた。

「たまき」

そして、私を見て笑顔で言った。

「がんばれっ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・うんっ、ありがとっ」



2人で微笑みあった。
ワケがわからないもう片方がわめいていたけど、ごまかした。

その時、公園に夜間用の照明が灯った。


「んじゃ、そろそろお開きとしますか」

「そうだね」

「あ、私寄るところがあるから、ここで」

「?たまき、どこいくの?」

「私たちも付き合うよ?」

「ううん、いい」


まだ付き合ってくれようとする友達に、私は首を振る。

「見られるの・・・・・・・恥ずかしいんだ」

「・・・・・デート?」

「違うわいっ」


否定すると、私は改めて向き直った。

「迷惑かけちゃったから・・・謝りにいかないと」

「・・・・ああ、そういうことか」


なんとなくわかった2人は頷く。

「2人とも・・・・・・ホントに今日はありがとう」

「もういいって」

「がんばってね」

「うんっ」




2人と別れると、家とは別の方向へ歩いていく。
私には、もう1つケジメをつけなきゃいけないことがあった。
浪馬クンのときとは別の意味で、心臓が高鳴る。

「着いた・・・・・・・」

そこは、ビリヤード場。
私が1ヶ月サボっていたバイト先、「HOT SHOT」だった。


「いらっしゃいませ・・・・・・・おや」


恐る恐る入ると、早速オーナーとご対面。
私を見ると、立ち止まった。

(うわー、どーしよどーしよ。怒ってる・・・・・よね?当たり前だよ)

オーナーの表情は、もともとの温和な顔つきとよく手入れされた髭で
よくわからない。いつもと同じ、優しい顔のような気もする。
だけど、3週間もサボり、昨日は連絡すら入れなかった
私に対して、怒っていないはずがない。
荷物も全部片付けられててもおかしくない。


「あの・・・・・・・・・・・・・」

「ん?」


うわー!いつもと変わらないけど怒ってるような気もするよー!
私は迷い、怯えた。

(でも・・・これは・・・・・やんなきゃいけないんだ)


がばあっ!!


ものすごい勢いで、私はオーナーに頭を下げた。
あまりの勢いに、オーナーがやや後ずさる。
それに構わず、私は叫んだ。


「ずっと休んで、申し訳ありませんでした!!」


いろいろ考えたけど、これしか言えなかった。
何を言っても、言い訳にしかならないのは間違いないから。
私は、そのまま頭を下げ続けた。


「・・・・・・柴門さん」

「・・・・・・・・・はい」

「もう、大丈夫なのかい?」

「え?」


不意にそう言われ、私は思わず顔を上げた。
今度は、はっきりとわかった。
いつもと同じ・・・・・オーナーが優しく微笑んでいた。


「オーナー・・・?」

「元気は出たかい?」

「あ・・・・」


この人も・・・・・・・・・・・・

「・・・・・・・・・・・・はいっ」

「それはよかった。なら、来週はいつもどおり3時からだ。
遅れないできてくれよ」

「え・・・・・・・でも、私、もう・・・・・・・・・」

「土曜日に私一人では大変なんだよ。それに」

「・・・・・・」

「君の一番のお得意様がこなくなるのは、私にとっても困る」

「・・・!」

「毎週、様子を見にきていたよ」

「・・・浪馬クン・・・・・・・・」


胸の奥が、じーんと熱くなった。
油断すると、涙がこぼれそうだった。

「・・・はい!また、来週からお世話になります!」

そう言うと、私はまた頭を下げた。

「よろしく頼むよ」

「はい!じゃあ、今日はこれで失礼します!」


出口のノブに手をかける。

「ああ、柴門さん」

「はい?」

「がんばれよ」

「・・・・・・・・・・はいっ!」


心からの笑顔を残して、店を出た。




「だーーーー!楽しかったぞーーーーー!!」

最高の気分で布団に入る。
こんなに心地いい気分は、久しぶりだ。
眠いという感情すら、新鮮に感じた。

昨日から徹夜だもんね。そりゃ眠いよ。

そう思いながら、枕に頬ずり。
昨日からの徹夜と今日のハイテンションで疲れきっている身体が
あっという間にノックアウトされる。


「明日は・・・・浪馬クンに・・・・・・・気持ちを伝えて・・・・・・・」


明日の予定を呟いてみると、突然


バクンッ!!


「ひゃあああっ!!」


心臓が跳ね上がった。
あまりの大きさにビックリして、思わず声をあげてしまった。
今日の中で、いや、人生の中で最高の跳ね上がりだった。


「あ・・・・・なに・・・・・・これ?」


顔が熱い。
胸のドキドキが止まらない。痛い。
撃たれた?
そんなわけないのに、一瞬そう思ったくらい、
自分に何が起こったのかわからなかった。


「なに・・・・・なに・・・・・・この気持ち・・・・・・・?」


パニックになった私は、とにかく気分を鎮めようとする。

そ・・・そのためには、まずこうなった原因を突き止めなくちゃね。
そう思った私は、布団をすっぽりと覆い、身体を丸めた。

確か・・・布団に入るまでは、正常だったよね、私。

で・・・・・そうだ。明日の予定を考えていたんだよね。
確か、明日は・・・・・・・浪馬クンに・・・・・・・


バクンッ!!


「ひゃあああああっ!!」


さっきよりも、もっと心臓が跳ね上がった。
顔の温度もさらに上がり、濡れタオル乗せたら
即乾燥するんじゃないの?ってくらい熱くなった。


なに・・・浪馬クンのことを考えたから?


バクンッ!!


「ひゃあああああああああっ!!」


浪馬クンの事を考えるたび、心臓が跳ね上がる。

死ぬ!これ以上考えたら、私死んじゃう!

そう思っても、浪馬クンのことが離れない。


「ひゃあああああっ!!なあああああああああああ!!!」


何十回かそれを繰り返しているうちに、疲れきっていた身体と
初めてのことにとまどいすぎた思考回路が、ショートした。


あ・・・・・・もうダメだ・・・・・


そう思ったときは、意識が落ちる直前だった。


明日・・・・には・・・・治って・・・る・・・よね・・・・


最後にこう思うと、私は夢の世界へと落ちていった。





11月8日(月)

気絶状態で寝ていた私は、目覚まし時計に全く気づかなかった。
目が覚めたときに最初に見たのは、
起こしにきたお母さんの心配そうな顔だった。
かなりの力でゆすっても起きなかったらしい・・・

「具合悪いの?無理して学校行くこともないんじゃ・・・」

「心配することないよ。それに、今日は学校行かなきゃダメなんだ」


そうだ・・・学校行って、浪馬クンに・・・・・・


バクンッ!!


「ひゃあああああああっ!!」

「た、たまき!?」



治ってない、全然治ってないよ!!


胸を抑えてうずくまる私。
お母さんが慌てて駆け寄ってきた。

「たまき!本当に大丈夫なの!?」

「だ・・・大丈夫大丈夫。い、いってきまーす」

お母さんを振り切り、逃げるように家を出た。



「あ、たまき、おはよー」

「おはよ・・・・・・」

「おはよ・・・って何その疲れた顔は」

「え?な、何でもないよ、あはは・・・・・・」


朝からあのヘンなドキドキのせいで、異様に疲れた私。
席に着くなり、机に突っ伏す。

「でも、たまきにしては来るの遅かったね」

「少々いろいろありまして・・・・・・」

「何々?織屋君がらみ?」


バクンッ!!


「ひゃあああああああっ!!」

「うわああああああっ!!」

「!!!!!!???????」



いきなり奇声をあげた私に、2人も驚いて叫ぶ。
クラス中の視線が、私達に釘付けになった。

「・・・・・・わ、注目」

「こんな注目はいらんっ!!」

「ご、ごめーん」


謝りながら、2人に聞いてみる。

「でさ・・・・・浪馬クン・・・・・・・来てる・・・・・かな?」

「は?自分で周り見りゃいいじゃん」

「いいからっ」


顔を伏せたままお願いする私(お願いする態度じゃないけど)
だって、こんな真っ赤な顔、誰にも見せられないよぉ。
2人はブツブツ言いながら、教室を見回した。

「えっと・・・・まだ来てないみたいだね」

「そ、そう・・・よかったぁ」

「?」


こんなとこ見られたら、恥ずかしいもんね。
今のうちに気分を沈めて・・・・・・



「よお、刃」

「オス、浪馬」




バックンッ!!!!



「!!!!」



浪馬クンが来た!
その瞬間、さっきのなんか比べ物にならないくらい
心臓が跳ね上がった。
身体を飛び出してくるんじゃないかってくらい。
その衝撃に、私は悲鳴すらあげることができなかった。


浪馬クンが自分の席に向かう。
ってことは、こっちに近づいてくる!くる!くる!!

「cnk34xll.zl.]!jler34[lw]!」

頭の中にワケわかんない文字が浮かぶ。
身体が・・・動かない!!



そして、



「よ、よお・・・タマ」



「!!!!!!!!!!!!!!!」




ガタンッ!!


私の身体が、勝手に動き出した。
居眠り中に先生にあてられた生徒のような勢いで立ち上がる。
ロボットみたいな動きで右方向へターン。


「た、タマ?」

「ちょ・・・どうしたの、たまき?」

「・・・・・・・(呆気に取られている)」



そんな3人を見ることもせず、



ダッ!!



全力で教室を駆け出していった。



「・・・・わ、私、何で走ってるの?」

そう気づいて立ち止まったのは、視聴覚室の前だった。
4階の自分の教室から1階まで走っていたらしい。
どこをどう走ったなんて、覚えていなかった。
どのくらい走っていたのかもわからなかった。

とりあえず今の時間がわかったのは、通りがかった志藤先生の

「どうした、柴門。そんなに息切らして・・・もう授業始まるぞ。
はっは〜ん、今ご到着ってわけか。
柴門にしては遅刻ギリギリなんて珍しいな」


というセリフだった。

先生、違います・・・・・・



授業が始まっても、胸が高鳴るのは止まらなかった。
日直の号令が終わり、座った瞬間から、私の視線は浪馬クンに移る。
相変わらず居眠りしてばっかり。卒業する気あるの?

「ホントに、昔から変わってないよね・・・・・・」


バクンッ!!


「・・・・・・・っ!!」



声はなんとかガマンできたけど、椅子が床にズレて大きな音を出してしまい、
結局みんなの注目を浴びてしまった。

「どうした、柴門」

「な、なんでもありませんっ」


真っ赤になって席に着く。
そして、騒ぎに気づかない浪馬クンの寝顔をまた見つめる。
授業で何やってるかなんて、わからなかった。
ただずっと、浪馬クンを見ていた。


でも、授業が終わって、浪馬クンが動き出すと、もうダメだった。

「起立、礼」

ダッ!!←そのまま外へダッシュ


昼休み。

「起立、礼」

ダッ!!←ご飯も持たずに外へダッシュ


中庭のベンチに腰かけ、ようやくエンジンが止まる。

「ううっ・・・・・これじゃ先週と変わらないよ・・・・・・・」

先週までの暗い気持ちは完全になくなっていたけど、
浪馬クンと話せない点は同じ。
それどころか、思いっきり逃げ出している分タチが悪いかも。
なんでだろう。なんで話せないんだろう。
落ち着いて考えようとしても、答えが出てこない。


「私はただ・・・浪馬クンに・・・自分の気持ちを伝えたいだけなのにな・・・」


バクンッ!!


「ひゃあああああああっ!!」




何もできないまま、放課後になった。
日直の最後の号令。


「どうしよう、言わなくちゃ、言わなくちゃ・・・・・」


バクンッ!!


「!!ダメ!!やっぱりダメ!!」



ダッシュで出口を抜け出す。もう何回目だろう。



「・・・・・・追うよ」

「御意」




昇降口でようやく足を止め、乱れきった息を整える。
普段の生活ではありえない数のダッシュを繰り返したせいで、
身体が重い。

「今日は・・・帰ろう・・・・・・・」

明日になっても、浪馬クンに話しかけられるなんてできそうにないけど。
でも、今日はもうどうしようもなかった。
顔が熱くって、心臓が何回も跳ね上がって、
このままだと止まってしまうんじゃないかと思った。


「たあまあきいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃ」

「ひゃあああああああああああああああ!!」



呪いでもかけられたかのような声に驚いて振り向くと、
そこには、汗ダラダラ、息も絶え絶えの友達が立っていた。


「あ・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・ちょっと、おいで」

「え・・・でも、私」

「いいからこい」

「・・・・・・・・はい」


逃げ出さないようにか、首の後ろをむんず、と掴まれる。

「いたっ!そんなとこ掴まないでよぉ!ネコじゃないんだからあ!」

「うるさい!普段織屋君にネコ扱いされてるクセに何を言うか!」


ネコ扱い?
・・・・・・・・・・・・ああ、浪馬クンは私のこと「タマ」って呼ぶから・・・・・・

浪馬クン・・・・・・・


バクンッ!!


「ひゃあああああああっ!!」

「うるさいッ!!」



そのままズルズルと引きずられていった・・・・・・



連れてこられた先は、中庭だった。
放課後になると、静かになる場所。
校門からも離れているので、ここを通る生徒もいない。
そんな場所に、今日は先約がいた。
昨日のもう1人の友達と、刃君・・・・・・だった。

「さ、今日は駒を増やしたからね」

「駒って、お前なあ・・・・・」

「んなこたどうでもいいの。じゃ、日が暮れる前にいくよ」

「そうだな」


すると、友達の1人が私にぐっと顔を近づけ、言った。



「今度こそ、織屋君と何があった?」



「え・・・・・・・・・」

「え じゃないよぉ。どうしたの?あんなにあからさまに逃げてぇ」

「ああ、ありゃ異常だったな。
浪馬に聞いてもワケわかんないみたいだしな。
何かあったまでは知ってるようなんだが」



3人が、次々と疑問を浴びせかける。
そんなこと言われても、私にも何が何だかわかんないんだってば・・・


「昨日は幸せそうだったのに、今日は全然違うんだもん」

「今日は白状してもらうからね。さあ、何があった!」

「いや、その・・・・・・・」

「さあ!」

「さあ!」


やれやれ・・・といった表情の刃君には目もくれず、
私の眼前につめよる2人。
うう・・・すごい迫力・・・・・・・・・・

何があったのかなんて、私が聞きたいのに。
私に何があったの?どうしたらいいの?



わからない・・・・・・・・・・から。



「わからない・・・・・・・・・・・の」



私は、自分のありのままを伝えてみることにした。



「はあ?」

予想したのと全く違う回答に、脱力する友達。

「わからない?」

「うん。わからないの。
今まで、こんな気持ちになったことないから」

「・・・どういうことだ?」


刃君も話に参加してくる。


「夕べから・・・浪馬クンのことを考えると・・・心臓が跳ね上がっちゃうの」


「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」



わからないなりに、自分のことを、そのまま伝えてみる。


「起きたら治るかなあって思ったんだけど・・・
全然ダメで・・・・・
浪馬クンが学校きたら、頭がパニクっちゃって・・・・・」

「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」

「授業中も浪馬クンずっと見てて・・・・・
休み時間になったら話しかけようと思って・・・・・・
でも、いざその時になると足が勝手に教室を出ちゃって・・・・・・」

「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」

「放課後こそ何とかしようと思ったんだけど・・・・・・
やっぱり全然ダメで・・・・・・」

「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」

「私はただ、浪馬クンに伝えたいことがあるだけなのに・・・・・・」



そこまで話すと、私はみんなの方に向き直った。


「ねえ?私、どうしちゃったのかな?
どうすれば、浪馬クンと話せるようになるのかな?」


「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」



しばらくの間、沈黙が続く。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぷっ・・・・・」



え?



「あはははははははははははははははは!」



突然、友達が笑いだした!
な、な、な・・・・・・・・・!?



「な、何がおかしいのよ!」

「あははは!だ、だってぇ・・・・・・たまき、それ、何かのギャグ?」

「な・・・・・・!?」



あんまりの言い草に、私はカアッと熱くなる。


「何がギャグよ!私は真剣に・・・・・・・!」

「だあってぇ・・・・・あはははは・・・・・・」

「だから、何がそんなにおかしいのよ!」



叫ぶ私に、もう1人の友達が言った。



「たまきぃ」

「何よ!」




「それじゃ、好きな人に話しかけられない小学生と変わんないよぉ」






「・・・・・・・・・・・え?」





私はその言葉を聞いて、地面にぺたんと座り込んだ。

「ち、ちょっと、たまき?」



ウソ・・・・・これが・・・・・・・・・

「好き」って気持ちなの?

みんな・・・・・こんなになっちゃうの?

みんな・・・・・子供のときに、こんな経験してるの?

私・・・・・・・こんなこと、生まれて初めてだよ?

今頃・・・・・・・・



「・・・・・・程度の差はあるけどな」

「・・・・・・刃君・・・・・・」

「今まで、ずっとそばにいたからな」

「・・・・・・・」

「そんな感情、出てくる必要がなかったんだろ」

「あ・・・・・・」



私が、あの人との電話で知ったこと。
同じ事を、刃君に言われた。


「まさか、こんなになるとは思わなかったけどな」

「・・・・・・」



そっか。

ホントはずっと前から、こんな風になってもおかしくなかったんだ。

でも、想う前に満たされちゃったから。

そのまま大きくなって、いろんな事を知っちゃったから。


「・・・・・・・・・ふふ・・・・・・・・」

「?たまき?」



笑っていた友達が、私の異変に気づく。


「そっか・・・・これも・・・好きっていう気持ちなんだ・・・・・・・・・・」


胸を抱きしめ、自分自身で再確認する。
それが、とてもいとおしく思えた。

「浪馬クン・・・・・・」

呟いてみる。
ドキドキはするけど、もう驚きはしなかった。
そのかわり、暖かい気持ちが、私の中に流れていった。


「ちょっと、たまき?マジ?」

「・・・本当だよ。
たまきちゃんはやっと、この感情を知ったんだよ」

「・・・・・ウッソ・・・・・」

「ありえない・・・・・・」



呆然とする友達をよそに、私は立ち上がった。


「私、部室行ってくるね」

「・・・もう終わってるんじゃないか?」

「それならそれでいい。浪馬クン家行ってみるから」

「そうか」

「んじゃね。ありがと刃君」

「ああ、気をつけてな」

「うんっ」



さっきまでとはうってかわった、軽快なステップで走る私。
そっか・・・・そっか・・・・・・そっか・・・・・・・☆




「ねえ」

「ん?なんだ?」

「たまきってさあ・・・・・・・めっちゃ子供なんだね」

「・・・・そうだな。
ああなったのは浪馬にも俺にも責任があるがな」

「?なんで?」

「俺も、浪馬と同じで、たまきちゃんの幼なじみなんだよ」

「ウソ?」

「マジで。じゃなきゃ、ここでの話につきあったりしないよ」

「それもそっか。
でも、私、そんなこと、たまきから聞いたことないよ?」

「私もー」

「だろうなあ」

「なんで?」

「たまきちゃん、男のことで話題にする相手、浪馬だけだろ?」

「あ、確かに」

「よくわかるねえ」

「昔っからそうだからな。
浪馬がいないと、俺たちにも話しかけようとしなかったんだぜ?
同じときから一緒の、幼なじみだっつーのに」

「へえ」

「じゃあ、昔から織屋君で確定だったんじゃん。どうして今さら?」

「うーん・・・たまきちゃんの中で、何らかの変化があったんだろ。
で、自分の気持ちに気づいた、と」

「遅っ!」

「だな」

「応援・・・してあげたいね」

「よろしく頼む」

「もちろん。でも・・・織屋君、意外とモテるよ?」

「そうなの?あのバカが?」

「うん。バカだけど、優しいし」

「なんだかんだで、いろいろ助けてくれるからね」

「へえ・・・女の子からもそう思われてるとは」

「副会長もそうだし、同好会のマネージャーやってる1年生とか」

「ああ、あのかわいい娘か」

「家が怪しい研究所の1年生とも仲いいみたいだよ」

「あと、図書室の司書さんとも仲いいよね」

「守備範囲広いなあ」

「大丈夫かなあ?あのお子ちゃま」

「前途多難だね」

「確かに・・・・でも、まあ大丈夫だろ」

「後は織屋君しだい、ってことか」

「そーゆーこと」

「なら、織屋君の監視、よろしくね」

「りょーかい。そっちもな」

「まかしといて。友達だもん」

「ははっ。じゃ、俺はここで」

「うん。アタシらも帰るよ」

「そか。じゃあな」

「じゃあね」

「また明日ねー」





部室前まで来たけど、誰もいなかった。

「やっぱり帰ったか・・・・・・・」

落ち込む気持ちが半分。ちょっとほっとしたのが半分。
まだドキドキするのは変わんないもんなあ。

「・・・・・・ちゃんと、掃除とかしてるのかな・・・・・・」

夕璃ちゃんがいるから、ちゃんとなってるとは思ったけど、
どうしても気になった。
ただ単に、浪馬クンのいた部室に入りたかっただけなんだろうけど。

ガチャ

「失礼しまー・・・・・・・・あ」

「あ」



・・・・・・・・・・ボッ!!

いるじゃん!浪馬クンいるじゃん!


着替えて帰ろうとしていた浪馬クンと鉢合わせ。
お互い言葉が出ず、ひたすら立ち尽くしていた。

あ・・・えっと・・・伝えなきゃ・・・・・・・
・・・・・あれ?私、何を伝えようとしたんだっけ?

いざ本人を目の前にして、再びパニクる私。
わかったとはいえ、やっぱりすぐには切り替えられないみたい。

でも、何か言わなくちゃ・・・なにか・・・・・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「浪馬クン」

「よ、よお・・・・・・」


沈黙の後に突然名前を呼ばれた浪馬クンは、
焦りつつも挨拶を返してきた。


「あのね」

「お、おお」


えっと、何を言えばいいの?
「好き?」今まで散々避けてて、いきなり?
じゃあ、「ごめんなさい?」
それじゃいきなり入ったことに謝ってるだけにとられちゃうかも。
じゃあ、じゃあ・・・・・・・・・

情けないことに、昨日考えてた伝えたいこととやらが、
まったくもって頭に浮かんでこなかった。
頭がショートしそうになる。
顔がどんどん熱くなる。

どうしよう、どうしよう、どうしよう。

さっきまでみたいに、逃げてしまおうかと思った。
なんとか踏みとどまっている状態。
気の利いたことを言えるほど、回復してるわけでもなくて。
これじゃ、伝えたいことを思い出せたとしても、
伝えられる自信なんかないよ・・・・・・



・・・・・・・・・・・・・・・・・だったら。



まともに喋れないんだったら。

今、私が一番言いたいこと。

それだけは言おう。



そう開き直った私は、顔を上げる。
真っ赤な顔をしてるに違いない私の顔を、浪馬クンに見せる。
何とも言えない表情をした浪馬クンの目を、じっと見る。
そして、一番言いたかった一言。



「ありがと」



それだけ言うと、部室を出た。


正直、かなりダメダメだと思う。
さんざん考えて、友達にも迷惑かけて、
今日浪馬クンと話したのって、結局「ありがと」の
一言だけなんだから。

でも、今日の私には、それだけでよかった。
浪馬クンの目を見つめて、自分の言いたかったことを、
たった、一言でも、伝えることができたから。


「ふふ・・・・・・ふふふふふふふふ・・・・・・・・」


それだけでどうしようもなく嬉しくなって、
帰り道はずっとヘンな笑いをしていた。
前にもあったな、一人で笑いながら歩くの。
そう思いながら、その時よりももっともっと大きな嬉しさを感じながら、
帰り道を歩いていた。

明日は、大丈夫。

そう確信しながら。



お風呂に入って一息ついてから、ずっと浪馬クンのことを考えていた。
さっきまではどうしようもなくドキドキしたのに、
今はどうしようもなく口元が緩んでいった。

「・・・・・・えへへへ・・・・・・・・」

ふと思い立ったので、昔のアルバムを開いてみた。
子供のころからの、懐かしい思い出。
ずーっと一緒だった浪馬クンとの、懐かしい思い出。
それらを1ページずつじっくりと見ながら、また口元が緩む。

「楽しそうだなあ・・・・・・」

小学校、中学校、そして、学園での写真。
どの写真を見ても、私は笑顔だった。
あの人と撮った写真とは、別人みたいだった。


「何で、気づかなかったんだろうね・・・・・・・」


ちょっとだけ悲しくなる。
でも、その悲しさもすぐに打ち消された。


「もう気づいたんだもん。いいよね」


アルバムの中と同じ、とびっきりの笑顔になる。


「電話・・・・・してみよう、かな」


携帯に手を伸ばす。
そういえば、これ買って1番に番号登録したの、浪馬クンだったな。
そんなことを思い出しながら、携帯を開く。


でも、


「・・・・やっぱり、直接言お」


勇気が足りなかっただけかもしれない。
でも、どうしても、浪馬クンに直接言いたくて。
キミの目を見て。
何も間に通さない、私の声を直接伝えたくて。

そう思いながら、携帯を充電器に戻した。


「・・・じゃあ、明日に備えますかね」


そう呟くと、私はベッドにもぐりこむ。
明日こそは。
そう考えて、またニヤニヤしながら。

不思議と、悪い事態を考えることはなかった。

どんな結果になっても、それはしかたがない。
好きな人に、自分の気持ちを伝えられること。
今は、それが本当に嬉しいことだから。

向こうは、私のことを幼なじみ以上には意識してないだろう。
明日で、少しでも意識してもらえればいいな。

そう思った。



「待ってろよ!織屋浪馬!」



最後に自分に気合を入れて、眠りについた。

浪馬クンの夢、見られるといいな・・・・・・





11月9日(火)

「よしっ!」

気合を何度も入れ直す。

と言うのも、いざ浪馬クンの目の前に立ったとき、
ちゃんと喋れるかどうかに確信が持てなかったから。
正直、こんな気持ちをみんな子供時代に通過していたのかと思うと
すごいなあと感心してしまう。
私はこの年になって、こんな大変なことになってるのに。

いいもん、どうせ私、子供だもん・・・・・・・

そんな、落ち込んだりスネたり気合を入れ直したりを繰り返してたら
遅刻ギリギリの時間になっていた。はわわ〜;;
慌てて家を飛び出した。


「はー、はー、はー・・・・・・」

「オッス、たまき、今日はまた珍しいご出勤で」

「おはよー、織屋君もう来てるよー」

「!!」


見ると、浪馬クンは1人で席についていた。
チャンス!これはチャンス!!
私は立ち上がり、フラフラと近づいていった。

「お、いったいった」

「がんばれー」


そんな友達の声は自分の心臓の音で聞こえなかった。
全然気づかない浪馬クンに近づく。

・・・・・・・・・・よし!!


「ろ・・・・・・・・」


キーンコーンカーンコーン・・・・・・


「え?」


「おーいみんな席に着けー。出席とるぞー」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


そういえば、私、遅刻ギリギリできたんだっけ・・・・・・
無情のチャイムに、私は席に戻るしかなかった・・・・・・・・・



出鼻をくじかれ、机に額をつけたまま黄昏る私。

「ふふ・・・・・もういい・・・・・・もういいんだ・・・・・・」

一気にテンションの落ちた私は、
ホームルームが終わってからもしばらく動かなかった。
すると、いつものように騒がしかった教室から
だんだんと声が消えていった。

「ああ・・・そういえば、1時間目は音楽か・・・・・・・」

音楽室・・・行かなきゃ・・・・・・
けだるい気持ちで顔を上げる。
既に、ほとんどのクラスメートがいなくなっていた。

「ふう・・・・・・」

そのとき、前方の席に誰かが座ってるのが見えた。
あれ・・・・あの席って・・・・・・・


!!!!!!!



ろ・・・・・・・・・浪馬クンっ!?



そこには、なぜか移動しようとしない、浪馬クンの姿があった。

な・・・なにやってんの?なにやってんの?

人がほとんどいない、絶好のチャンスを唐突に迎えた私。
でも、いきなりの展開にひたすらとまどうばかりだった。

わ・・・・・わ・・・・・・・・・わ・・・・・・・・・・・

足がすくむ。
いつものように、逃げ出してしまいそうになった。

そんな弱気な私を、昨日感じた幸せな気持ちが引き止める。



・・・・・・・・・・・そうだ。

私の、気持ちを・・・・・・・・・・・・・・




・・・・・・グッ。

拳を握り締め、小さく気合を入れなおした私は、浪馬クンに近づいていった。



「浪馬クン」


「おっ、タマ」


いつものように、そっけなく返事をする浪馬クン。
変わらない仕草に、すごく安心した。


「ごめんね、心配かけて」


「気にするな、オレたちの仲なら心配してあたりまえだろ?」



浪馬クン・・・・・・
例え、幼なじみとしての心配に過ぎなくても。
そう言ってくれるだけで、私の心はすっごく暖かくなるんだよ。


「それより、ホントにもう大丈夫なのか?」


「うん、立ち直った」



親友、刃君、マスター、あの人。
そして・・・・・・・・


「そうか」


何よりも、キミのおかげなんだよ。


「浪馬クン」


キミがいつも私を守ってくれたから。
すっごく子供な私を知ってて、それでもそばにいてくれたから。


「ん?」



だから。



「ホントにありがと。これからも私のことよろしくね」



ずっと、そばにいてね。

私のこと、「タマ」って呼んでね。

私のこと、置いていったりしないでね。

ずっとずっと、私の好きな人で、いてね。



「おう、任せておけ」



浪馬クンは、昔から変わらない笑顔で、力強く答えてくれた。



「あははっ。やっぱりこうでなくっちゃね」



お互いに笑い合うと、私は移動用の荷物をまとめた。


「じゃあ、先に行ってるね」


「ああ」



そう言うと、1人で教室を出ていった。
一緒に行こうかとも思ったけど、これ以上は恥ずかしくて言い出せなかった。



「・・・・・ねえ雨堂君」

「・・・・・・・・・なんだ?」

「一言、言っていいかなぁ」

「おう。多分、俺と同じ意見だと思うぞ」

「私もー」

「・・・そうか。じゃあ一緒に」


せーのっ。


「「「それだけかよ!!」」」




「好き」とは、直接は言わなかった。

まだ、私達は一緒に過ごしていけるだろう。

そのときに、今みたいに気合をいれたりしてない時に

自然に、空気みたいに言えたらいいな。

幼なじみで、私の好きな人。

そんな関係のまま、恋人になれたらいいな。



結局、私は一人じゃなんにもできない、どうしようもない子供。

実際、「一人で考える」とか強がっても、何一つ考えられなかった。

浪馬クンにいかに頼っていたのか。これからも頼ろうとしているのか。

ようやくわかってきた。



きっと、私は浪馬クンといる限り、子供のまんまなんだろう。

でも、私が浪馬クンに甘えて、

浪馬クンが私に甘えて。

いつまでもそんなことを続けられるなら、

そんなお子様恋愛がいつまでも続けられるなら、

それが、幼なじみの私達にとって、最高の幸せ。

相変わらず自分勝手だけど、そう、思った。




渡り廊下の窓から、日が差し込んでいる。
その窓を開け、上を見上げた。
真っ青な空。

空に向かって腕を振り上げ、うーんっと伸びをした。
そして、心からの声で、こう言った。





「がんばるぞーーーーーーーーーーーっ!!!」





空が、太陽が、私を祝福してくれたような気がした。

私は、にっこりと微笑んだ。





第2部へ続く。





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