聖地でお茶を

 その宇宙は、ひとりの女王と9人の守護聖によって、平和に保たれている。
 もちろん、彼らが集う「聖地」と呼ばれる場所は、その最たるもので、暑すぎもせず、寒すぎもせず、時折、そこに住まう動植物のために雨が降る以外はおおむね好天に恵まれている。
 その日も女王、守護聖、女王補佐官と、宇宙を支えている人々が集まり、平和にお茶を楽しんでいた。ただし、守護聖は全員ではない。炎の力を司るオスカーと、地の力を司るルヴァの姿がなかった。
 先日、「ジェム」と呼ばれる宝石状の石を巡ってちょっとした騒動が起き、解決したあとの視察と事後処理に出かけているのだ。守護聖がふたりも出かけるというほど状況が切迫しているわけではないのだが、なにぶん、仕事の量が半端ではなかった。まして、ルヴァは普段からのんびりしていることで有名だ。彼ひとりに任せていては、どれだけ時間をかけなければならないか、それを考えると、誰かがルヴァについていかなければならない。そして、ちょうど手の空いていたオスカーが、ルヴァの同行者として指名されたのだ。
「それにしても、途中どうなってしまうかと気をもみましたが、無事に解決できて、ようございましたね。陛下?」
 リュミエールが、穏やかに口を開いた。
「みんなの協力のおかげです。あとは、オスカーさまとルヴァさまが戻って来てくれれば、この件は完全に終結するんですよね。」
「オスカーといえばさ、なあ。陛下。それ、もしかして炎のジェムじゃねーの?あっちのアンジェリークにジェムを送ったっていわなかったっけ?」
 ゼフェルに指摘されて、女王陛下のアンジェリークは、ぱっと頬を染めた。
「もちろん、送りましたよ。鋼のジェムと闇のジェムを。」
「なんでオレのジェムがあっちになるんだ?ソイツでもいーじゃねーか。」
 ゼフェルは、しどろもどろに答えるアンジェリークの様子を楽しみながら、にやにやとしてそういった。アンジェリークが、オスカーに好意を持っていることや、そのために炎のジェムは手放したくないものだということは、ゼフェルのみならず百も承知であった。
「だ、だって、このふたつはちょうどチャーリーがイヤリングに加工してくれて、わたしはもうこれをつけていたから、ちょうどいいかなあって……」
 アンジェリークの顔が、気の毒なほど真っ赤に染まった。
「ゼフェル。新聞の作業は進んでいるのか?」
 なおもからかう様子のゼフェルに、ぼそりとクラヴィスがつぶやく。彼にしては珍しく、この場の状況を楽しんでいるような色が見えるが、それに気づくことができたのは、普段からともにいることの多いリュミエールと、さすがに長いつきあいのあるジュリアスだけだったが。
「お?し、新聞か?おお、まあ、な。」
「なかなか評判がよいようだな。……次も、がんばることだ。」
 普段から寡黙である彼のほめ言葉を聞いて、今度はゼフェルが顔を真っ赤に染める番だった。どうやら照れているらしい。
「それにしても、今日あたり帰ってくる予定だったよね?あのふたり。おっそいねえ。何を道草くってるんだか。」
 オリヴィエの言葉が終わらないうちに、さくさくと草を踏む足音が聞こえてきた。
「おっと。噂の主が現れたみたいだね。」
 オリヴィエの言葉を待つまでもない。その場にいた全員が足音の聞こえてきた方へ顔を上げた。
「ご苦労だったな。ルヴァ、それにオスカー。」
「お帰りなさい!ルヴァさま、オスカーさま!」
「お疲れさまでした。おふたりとも。」
 ジュリアスとロザリアのねぎらいの声も、はしゃぐ少年たちの声も、アンジェリークは聞いてはいなかった。ただ、この世で一番大切だと思っている人の姿を見つめるばかり。
「どうですか?おふたりとも。お茶でも?」
「あー。それはありがたいですねえ。では、一杯だけ。」
「あら。一杯だけ、ですの?」
「実は、報告書がまだできあがっていないんですよー。早く書き終わって、早くお見せしたいですからねー。」
「オスカーさまは?もしかしてあなたも報告書がまだ……?」
 オスカーは、ちょうど空いていた席に座って、襟元をくつろげたあと、首を横に振った。
「いや。俺の分はもう終わっている。すまないが、熱いコーヒーをくれないか?補佐官殿?」
 ロザリアが微笑んで、今用意しているところだと告げる。
 オスカーは、あとで報告書をジュリアスに届けるとだけ言って、軽く目を閉じた。端正な顔に、うすく疲労の色が見えるが、気に入りのカップでだされたカプチーノを口にするときには、いつもの、余裕の態度を崩さないオスカーに戻っていた。
「さあ、て。日差しが強くなってきたから、戻ろっかな。お肌によくないしね。ごちそうさま。ロザリア。おいしいお茶をありがとうねぇ。」
「わたしも、そろそろ戻るとしよう。」
「それでは、わたくしも失礼いたします。」
「もうこんな時間か。では、わたしも失礼する。執務が、まだ少々残っているので。」
「あー。わたしも、報告書を書き上げなければいけませんからねー。」
「じゃあ、オレ、研究の続きでもすっかな。もうちょっとで完成だからな。」
「メカチュピでしょ?今度はどんな機能を付けるの?」
「新聞のネタを集めなくちゃ。」
 などと、それぞれ口々に言いながら、その場を去っていく。ロザリアも、その場を手早く片づけながら、これから王立研究員に向かうのだと告げて、そそくさと去っていった。
 あとには、オスカーと、あわただしく人がいなくなったことにびっくりしている様子のアンジェリークのふたりだけが残された。
「……オスカーさまは、このあと、予定はあるんですか?」
「いえ。特には。」
「よかった。わたし、もう少しのんびりしていたかったんです。」
 にっこりと微笑むアンジェリークの胸元で、彼の力を宿したジェムがちかりと輝いた。それを視界に納めてオスカーも微笑む。
「陛下の望むままにおつきあいいたしますよ。今日はもう、これといった予定はありませんから。報告書は、ルヴァにもう渡してありますし。陛下をひとりにするのは俺としてもつらいところですからね。」
 風が、ひときわ強く吹いた。
 小さな悲鳴を上げてアンジェリークが髪を押さえると、オスカーが立ち上がって、アンジェリークの風上にマントを広げる。
「あ、ありがとうございます。オスカーさま。」
 どういたしまして、と、彼はつぶやいたのだろうか?低い声だけが風に乗って流れた。聞き返そうとしたアンジェリークが彼を仰ぎ見る。だが、オスカーは何も言わなかった。
 アンジェリークは、ちょっと考えて、ふと思い出したように言った。
「まだ、言ってませんでしたね。おかえりなさい。オスカーさま。」
 オスカーが微笑む。
「ただいま。アンジェリーク。」

 風が、さわやかに吹き渡った。
 オスカーの肩が、ほんの少しかがんだように見えた。

                           end.

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     お待たせいたしました。
     繭さんからリクエストをいただいた、聖地でのお茶会をお届けします。
     ……「このふたり、ひょっとしてデキてる?」には、なってないですね。あからさまですね。すみません……(滝汗)
     ああ、でもでも!べたべたに甘くはしていないし!オスカーさまもあまりなれなれしく話していないし!ちゃんと守護聖と女王していると自分では思っているし!
     ……語れば語るほどドツボにはまっていくような……
     ともあれ、1000キリヒット、ありがとうございました!
     感謝と愛だけは、たあっくさんこめて!