いっけなぁーい!遅刻しちゃう!
わたし、アンジェリーク・リモージュは、ここ飛空都市で、ライバルであるロザリアと共に、この宇宙を支える女王になるための試験を受けているところ。力を貸してもらっている守護聖さま、皆さまとてもすてきな方々で、楽しい毎日を送っているのだけど、その中でも特にすてきで、あこがれている方、炎の守護聖オスカーさまの、今日は、お誕生日なんですって。
プレゼントがどうしても思いつかなくって、何がいいのかお伺いしたら、オスカーさまったら、『お嬢ちゃんとの一日を俺にくれないか』ですって。
どきどきしてしまって、夢中で頷いたけど、本当にこれでいいのかしら。
なんだか、わたしばっかり得をしているみたい。だって、オスカーさまとお出かけするなんて……。これって、やっぱり、デート……よね。
ああん。どうしてこんな日に限って寝坊しちゃうのかしら。そうよ。ゆうべ服のこととか、どこに行くんだろうとか、いろいろいろいろ考えてしまって、眠れなかったんだもん。オスカーさまとのデート(だと思う)だから、大人っぽい服がいいだろうか、とか、いつものわたしらしい服でいいかも……とか。
結局、大人っぽい服はまだ早い気がするから、わたしらしい服で。
鮮やかなオレンジ色のワンピース。お気に入りの服。襟元が少しあいていて、白いフリルが随所にアクセントとなって揺れている。そして、髪をアップにして、白とオレンジのストライプの、大きなリボン。靴は、クリームイエローのローヒールパンプス。ちょっと背伸びしてあつらえた一式は、女王試験を受けることが決まったときにパパが買ってくれたもの。きっと、深紅の髪のオスカーさまと並んだら…………少なくとも、色だけはあっていると思うの。
なぁんて考えながら必死で走っていくわたしの目の前に、ゼフェルさまが突然躍り出た。
「よお。アンジェリーク。ルヴァ、しらねーか?」
え???ルヴァさま?
「いいえ。知りませんけど」
だって。今日、守護聖さまにあったのはゼフェルさまだけなんだもの。
「そっか。いや、いーんだ。一応聞ーてみただけだからよ。……どっか、いくのか?」
「あ。はい。ええと……」
「そっか。じゃあ楽しんで来いよ。じゃーな。」
きっと赤くなったわたしの顔を見て、ゼフェルさまは笑って走り去っていった。
う。気付かれたかしら。オスカーさまと「デート」するために急いでいるっていうこと。ゼフェルさま、勘がいいから。
なんて、なごんでいる場合じゃないわ。オスカーさま。きっと待っていらっしゃるわ。表だって怒ったりはしないだろうけど、心の中ですっごく腹を立てていられたりしたら……。あああああ!どうしよう!早くいかなくちゃ。
待ち合わせの場所は、公園の聖殿側。東屋より向こうに、人知れず、隠れるように小さなベンチがあるんだけど、ようやくたどり着いたそこには、オスカーさまの姿はなかった。
「オスカーさま……帰っちゃったんだ……」
うそぉ。本当に帰っちゃうなんて……
ぺたん。その場に座り込む。足に力が入らなくて、顔を上げる気力もない。どうしよう。怒らせちゃった……
アイスブルーの冷たくさえ見える、でも、本当はとても優しい、オスカーさまの瞳が、とがめるようにわたしの脳裏をよぎった。
目の前にあるはずの、空っぽのベンチがにじんでくる。ごめんなさい。オスカーさま……たっぷり10分は泣いたかしら。
だんだん、腹が立ってきちゃった。
なによ。遅刻したのは確かに悪いけど、少しくらい待っていてくれたって、いいじゃない。心が狭いわよ。
「オスカーさまの、ばか……」
小さくつぶやいて、立ち上がる。
泣いていたって、仕方ないわ。今日はあきらめて、明日の朝、いちばんで執務室に行って、謝ろう。
……でも……
もしかして、オスカーさまも遅れているのかも知れない。忙しい方だもの。自分にそう言い聞かせて、ベンチに座り直した。
はふ。
ばかよね。わたし。少し頭を冷やさなきゃ。そのあと、5分も経っていないときだった。
ひょっこりとオリヴィエさまが現れたのは。
「あれ?アンジェちゃん?どうしちゃったのかな?」
「い、いえ。なんでもありません。」
心配させちゃ、いけない。ただでさえこの方は、いろいろと気を使ってくれるんだもの。でも、ばればれみたい。無理しなくていいよ、なんていわれちゃった。仕方ないから、オスカーさまとの約束のことを正直に話すと、
「オスカー?オスカーなら……」
ちょっと考えて、オリヴィエさまは、どうしてだか、わたしをちらりとみて、こうおっしゃった。
「もうしばらくしたら来ると思うよ。だから、心配しないで待っていておあげ。」
何かをご存知らしい言い方に、ほっとしたわたしは、こっくりと頷いた。ひやりと、何かが頬にあたって、びっくりしちゃった。
ああ、わたし。眠っていたのね。目を上げると、待ち望んでいた人の顔が、わたしを覗き込んで、にこにことした笑みを浮かべていた。
「オスカーさま!すみません。わたし、なんだか眠っちゃって。」
「いや、かまわないさ。すまなかったな。すっかり待たせちまった。……この俺を、許してくれるだろうか?」
あああああああ。そんなに顔を近づけないで下さい……
もう、ここに来てくれたことでとっくに許してしまっているけど、一応いってみる。
「言い訳、して下さいますか?遅れてきたことの。」
「言い訳、か。これが届くのを待っていたんだ。お嬢ちゃんに渡そうと思って。」
「わたしに、ですか?」
「そうだ。気に入ってもらえると嬉しいんだが。」
そういいながら、オスカーさまはわたしの手を取って、包みをのせてくれた。ピンクの、かわいい感じの包装紙。
え?どういうこと?誕生日なのは、プレゼントをもらうのは、オスカーさまのはずよ。
パニックになりながらも、オスカーさまに開けるように促されるままに、包みをそっと開いた。中から現れたのは、深紅の宝石をあしらった、かわいいつくりのペンダント。銀色に輝くそれを、オスカーさまの大きな手がひょいと取り上げてわたしの首にかけてくれた。
「どういうことか、わからないって顔だな。」
「はい。わかりません。」
そんなわたしにオスカーさまは、ふわりと極上の微笑みを向けて、こういった。
「俺にとって、何よりのプレゼントは、お嬢ちゃんが喜ぶ顔なんだ。俺は、特に物には執着しないからな。もらうより、あげた相手の笑顔のほうが嬉しい。どうだ?気に入ってくれたか?」
わたしは、オスカーさまの顔を見上げた。ちょっと目の前がぼやけているけれども。うまく、微笑むことができたかしら。
オスカーさまの手がわたしの髪に触れ、そのまま軽く胸に抱き寄せられた。
顔が、体が熱い。呼吸さえも忘れてしまいそう。ああ、でも、これだけはいわなくちゃ。
「オスカーさま……お誕生日、おめでとうございます……これ、大切にしますね。」
もっと何かいおうとしたんだけど、オスカーさまの唇がわたしの言葉を吸い取ってしまって、もう、何も考えられなくなったの……