お見舞い

 頭が、痛い。
 熱もあるみたい。
 ああ、でも、育成を休むわけにはいかないのよね。
 ロザリアには、だいぶ差をつけられているんだから……
 あ……あらあ……目が……回る……

 目を覚ますと、ロザリアの怒ったような顔が(実際、怒ってるんだけど)見えて、びっくりした。
「ロザリア……?」
「もう。びっくりするじゃないの。具合が悪いなら、具合が悪いとおっしゃいな。」
 そんなこと言われたって……
「用があって見に来たら、いきなりあんたが倒れてるんですもの。今日は一日、ゆっくり休んだ方がいいわね。」
「でも……育成が」
 言いかけたわたしの言葉をロザリアは、ぴしりとさえぎって、言った。
「育成は確かに大切よ。でも、今、無理をして長引いて、ずうっと育成できない状態と、今休んで、すぐに治して早く育成できるようになるのと、どっちがよろしいかしら?考えるまでも、ないわよねえ?」
 そこまで言われたら……
 休むしか、ないわよね……
 わたしは、あきらめて眠ることにした。
「念のため、ばあやをここに残していきますからね。おとなしく寝ていらっしゃい。」
 そう言いつつ、ロザリアは出かけていった。

 また、うとうとしていたらしい。
 ふっと、大きな手の感触がおでこに触れた。
 ばあやさんって、意外と大きな手をしているのね……
 その手が、わたしの頬に滑る。
 そのまま、しばらくわたしの頬に触れて、そうっと離れていった。
 なんとなく、名残惜しくて、目を開けると、そこにいたのは……
「オ……オスカーさま?」
 がばっと、跳ね起きた……つもりだったけど、身体に力が入らない。えええええ?ロザリアのばあやさんは?どうしてここにオスカーさまがいるの?
「ああ、ゆっくりと眠っていろ。まったく、このお嬢ちゃんは、心臓が止まるかと思ったぜ……」
 え?
 ええ?
 もしかしてわたしを心配してきてくださったの……?
「ロザリアに聞いて、驚いて飛び出して来ちまった。あんまり、このオスカーに心配かけるんじゃないぜ?」
「す……すみません……」
 オスカーさまは、にっこりと笑って、自分でお見舞いに持ってきてくれたらしいリンゴの皮を、そばにあったナイフで器用にむきはじめた。
 あっという間にむき終えて、ひとつをわたしに差しだす。
「食うか?食えるときに食っておいた方がいいからな。」
「ありがとう、ございます。」
 出しかけたわたしの手をさえぎって、そのままオスカーさまの手が、わたしの口元にリンゴを持ってきた。
 まさか、このまま食べろってこと……?
 そっと、オスカーさまの顔をうかがうと、目が、『どうした?』って、問いかけてくる。
 わたしは、いつもオスカーさまと会っているときよりも、さらにばくばくと跳ね回る心臓の音を気にしながら、差しだされたリンゴを口にした。
 オスカーさまは、いろんな話をしながら食べさせてくれたけど、味はさっぱりわからないし、話も頭の中に入ってはこなかった。
 ただ、どきどきして……
 ただ、しあわせで……

 食べ終わって、少し話をした後、また熱があがってきたらしい。
「お嬢ちゃん?苦しいのか?」
 オスカーさまが心配して話しかけてくれたけど、こたえられない。
「薬……」
 オスカーさまの立ち上がる気配。
 ああ、ごめんなさい……
 心配させるつもりなんてないのに……
 また、意識が遠くなっていく……

 うっすらとした意識の向こうで、オスカーさまの声が聞こえてくる。
「お嬢ちゃん。薬だ。」
 夢の中にしては、鮮明だわ……
 そっと、抱き起こされて、何かが唇に触れる。
 これも、夢……?

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 翌朝、すっきりと目覚めたわたしは、朝一番にロザリアとばあやさんにお礼を言って、オスカーさまの執務室に直行した。
 ……あれ?そういえばわたし、いつ、薬を飲んだのかしら……
「よう、お嬢ちゃん。今日は元気になったみたいだな。」
「はい。オスカーさま。昨日は、せっかくお見舞いに来て下さったのに、途中で眠ってしまって、すみませんでした。」
「まったくだ。これが、デートの時なら、黙っちゃいないんだが、お嬢ちゃんが元気になったんだ。許してやろうか。」
 恥ずかしくて身もすくむ思いでいたところ、そう言ってもらえて、ほっとした……けれど、オスカーさまの次の一言は、わたしの熱をぶり返させるのには、充分すぎるほどだった。
「まあ、おかげで俺としても、役得はあったしな。」
 そう言って、指で、唇を、そっと、押さえた……