わたしは、美しさを司る夢の守護聖、オリヴィエ。女王試験のため、ここ飛空都市に、他の8人の仲間と共に聖地から派遣されてきている。
今日の目覚めはとても気分が良かったから、誰かを誘ってお散歩でもしようかな。
誰にしようか……?
そうだ。最近、なんだか元気のないあの子。アンジェリークを誘うことにしましょう。話の流れによっては、かわいい小物でもプレゼントするのもいいかも知れない。きっと元気になってくれるよね。
たっぷりと時間をかけてシャワーを浴びて、お気に入りの香水をふりまく。
今日のマニキュアの色は、何にしようかな。アンジェリークは金髪で、碧色の瞳をしているでしょ。いつもは、お元気な子だから、そうだなぁ。うん。オレンジ。この色がいいかな。
ふんふんふん……あ。鼻歌なんか歌ったりして。
どこにつれていこうかな。まずは、やっぱり公園かな。お日様の光をたっぷり浴びて、噴水のところで少しおしゃべりして……ふふ。楽しみだな。なーんて、楽しい想像をしながら屋敷を出たのが20分前。
今、わたしはアンジェリークに部屋の前にいるんだけど、反対側の階段から、あまり楽しくない相手がやってきたのが見えた。
「おや……。おはよう。オスカー。」
「よお。極楽鳥。……相変わらず、意味もなく派手だな。」
「あんたこそ。相変わらず無粋なオーラを放っているね。」
彼、オスカーはわたしの同僚で、美しさを司るわたしと同じように、強さを司っている、炎の守護聖。決して悪い人間ではないんだけど、時々、いや、しょっちゅう、意見が食い違う。仲が悪いとはいわないけど、良くもない。そんな相手。わたしがこれから誘おうとしているアンジェリークのことが、どうやら気に入っているようで、いろいろと理由をつけてあちこちに連れ出しているみたい。もしかして、今日も……?
「あんた。どこに行くつもり?」
「おまえこそ。」
「アンジェちゃんが、最近元気ないようだからね。どこかにつれていってあげようかと思って。だから、目的地はここ。」
「奇遇だな。俺も、同じような理由でお嬢ちゃんを誘いに来たんだ。」
うわ。やっぱり!
たっぷり20秒はお互いに牽制するように見つめ合った状態でいたけど、先に動いたのはオスカーだった。
「こうやって男同士見つめ合っているのもばからしい。お嬢ちゃんに、どっちを選ぶのか、決めてもらおう。」
もちろん、オスカーの意見に反対する理由はない。受けてたとうじゃないの。
オスカーが、アンジェリークの部屋のドアをノックした。中からかわいい声で応答がある。ドアを開けたとき、オスカーとわたしが並んで立っていたから、ちょっとびっくりしたみたいだった。
「お、おはようございます。オスカーさま。オリヴィエさま。」
「おはよう。アンジェリーク。今日は天気がいいから、誘いに来たんだ。どこか、散歩にでも行かない?」
「おはよう。お嬢ちゃん。今日は俺と、遠乗りでもしないか?」
「え……」
アンジェリークは、困ったように(当たり前か)わたしたちふたりを交互に見て、うつむいた。悩んでいるのが、手に取るようにわかる。
「ああ、ちょっと待って。オスカー。こっち。」
わたしは、オスカーを廊下の隅に呼び出して、アンジェには聞こえないようにしながら、今日はわたしに譲るように持ちかけた。
「ちょっと、あんた。今日は遠慮しなさいよ。わたしがあの子を誘いに来たんだからね。」
「そうはいくか。俺だって、俺のお嬢ちゃんと遠乗りしようと、馬を寮の入り口につないでいるんだ。おまえこそ、どうして、今日じゃなきゃいけないんだ?」
「『俺の』は余計だよ。『俺の』は。……だって、最近あの子、元気ないからさ、わたしが外に連れ出したら、少しは元気になってくれるかなーって、思って……。あんたはどうなの?」
「俺か?俺も、大体同じような理由だ。」
「ほんとうに?わたしのまねしてるんじゃないでしょうね?」
「おまえのまねをしてどうする……」
それもそうか。
でも、このままというわけにもいかない。
アンジェリークが、どうしたのだろうというように、こちらを見ているのがわかる。
とりあえず、どっちと出かけたいのか、聞いてみることにしたんだけれど、結局その問いかけは、アンジェを困らせただけだった。
「そうだよね。どっちを選べといわれても、困っちゃうよね。……あんた、今日はこのまま、あきらめなさいよ。」
もちろん、後半はオスカーに対しての言葉。かわいいアンジェちゃんにこんな事、言うわけがないじゃない。
しかし、オスカーはあきらめる気配がない。往生際が悪いったら。
そうこうするうちに、アンジェリークはあきらめたのか、またわたしとオスカーの顔を交互に見比べた後、わたしのほうを選んでくれた。
「そうこなくっちゃ。ほら、オスカー。退散して。」
「仕方ないな。引き上げるか。それじゃあな。お嬢ちゃん。今度は俺を選んでくれよ。」
さすがに潔くオスカーが退散していくと、わたしは極上の微笑みを浮かべてアンジェリークに向きなおった。
「それじゃ、どこへ行こうか?」
アンジェリークの希望は公園だった。
ここ、飛空都市の公園は、人が多く、にぎやかな割に、うるさくはない。散歩するには絶好の場所。散歩しながら、ぽつぽつとおしゃべりした。どうやら、ちょっとしたホームシックみたいになっているみたい。
それでもがんばっているアンジェリークがかわいくて、いじらしくて、ふわふわの金髪を、あやすようになでた。こんなことでホームシックが治るわけでもないんだろうけど、何か、この子のためにしてあげたかった。
もしかしたら、オスカーもそう思って、あちこちつきあわせているのかもしれない。もっとも、あいつの場合、女の子とデートする、という趣味が半分以上混じっていると思うけどね。
売店で、アンジェの好きなアイスクリームを買ってきて、ふたりで並んでベンチに腰を……かけようとすると、向こうから大きな人影がこちらに向かってくるのが見える。
「ちょっと待った。ここは場所が悪いね。向こうにしよう。」
と、座るのをやめてほかの場所へ移動しようとしたとき、人影はわたしたちを見とがめて寄ってきた。
いうまでもない。オスカーだ。
まだ、あきらめていなかったの……?
わたしがため息をついて、何か文句を言おうと思っていたとき、アンジェリークが口を開いた。
「あの……オリヴィエさま?オスカーさまも一緒じゃあ、いけないんですか……?」
「いや、いけなくはないけど……、やさしいね。あんたは。」
「そんなこと……」
赤くなってうつむくアンジェリーク。その表情を見て、わたしは、なんとなく、ぴんときてしまった。そう。そういうこと。
おばかだね。この子は。選ぶ相手を間違えるんじゃないよ。それとも、ちょっと照れていたのかな?
後でふたりになったらこの子の気持ちを確かめなくては。そう思っていたら、オスカーがわたしを手招きしているのが見えた。ん?なんだろう。
不思議に思いながら近くまでいくと、やはりアンジェリークには聞こえないような声で、オスカーがそっと言った。
「お嬢ちゃん、元気になったみたいだな。」
「ん?ああ、そうだね。さっきよりも、ずっといいね。」
そう。それはさっきから気がついていたんだけど、なんだか表情も明るくなっている。
「そうか。それならいいんだ。じゃあな。」はあ?
オスカーは、アンジェリークにも『じゃあな』なんて軽く挨拶をすると、さっさと背中を向けて去っていった。
「なんなんだろあいつ。……何しにきたんだろう?」
「ほんとですねぇ。」
大きな瞳をきょろきょろと動かして、アンジェリークも不思議そうな顔をしている。あ。
ああ、そうか。
なぁんだ。
オスカーったら、アンジェリークのことが心配で追いかけてきたんなら、そう言わなきゃわからないじゃないか。
まあ、言うようなやつじゃないけどね。
で、元気そうだったから、安心して去っていった、と。
ふうん。あいつが、ねえ。
かわいいとこ、あるじゃないか。「ねぇ。アンジェリーク?」
「はい。なんですか?オリヴィエさま?」
「あいつと、けんかでもした?」
「し、してませんよ。第一、オスカーさまとわたしじゃあ、けんかになんてなりませんよ。だって、わたし、いつまでも子供扱いですもの。」
「そう、かな?」
わたしが目線に意味を込めてみたのを、この子は気付いてくれただろうか?
本当は、ホームシックで悩んでいたんじゃなくて……。……なぁんてね。『そんなことはない。子供扱いなんて、とっくにしていない。』と、言葉にするのは簡単。
だけど、これはこの子が自分で気付かなければ意味がない。
そうでなければ、オスカー自身が言うべきこと。それに。そのことに気がつかないようじゃ、まだまだコドモ。
それに気がついたとき、この子はいったいどんなふうにオスカーを見るのだろう。アンジェリークの頬が、薔薇の色で飾られるのを見て、わたしはひそかに満足感を覚えた。
今度、この子に魔法をかけてあげよう。
恋する少女に、少しでも自身を与えるために。
きれいになる魔法を。
もしかしたら、あいつのものになるかもしれない。そう思うと、ちょっともったいないかもしれないけど、それでも。
それがこの子の自信になってくれるのなら。
わたしはいつだって力を貸すよ。
わたしは、美しさを司る夢の守護聖、オリヴィエなのだから。