「陛下!陛下!もう、あいかわらず朝に弱いのねえ。起きてください。」
どうして、オスカーさまの顔をしているのに、ロザリアの声なの?
「あれえ……ロザリア……?」
「あれえ、じゃないでしょう」
ロザリアの怒った顔が、わたしの目の前にあって、びっくりする。
ふと気づくと、わたしは、いつもの自分のベッドで毛布にくるまっていた。
「なあんだ……夢、かあ」
「夢?のんきに、夢なんか見てないで、起きてください。」
ロザリアの白い手が、わたしの毛布を容赦なくはぎ取る。
ひんやりとした空気に一瞬、身をすくませて、渋々起きあがった。
「なんの夢を見ていらしたんですか?」
お世話係の人たちに、てきぱきと指示を下しながら、ロザリアはわたしに向きなおった。
あの人よりも少し深い色の、青い瞳を持つ、女王補佐官。
わたしと同じ女王候補として出逢い、今もまだ、その友情は続いている。
ほんの少しの差だった。
そう。ほんのすこしの。
わたしの顔を見て、ロザリアの表情に小さく笑みが宿る。
「オスカーさまの夢でも見ていたんですの?だったら、お邪魔しましたわね。どうりで、幸せそうな顔をしていらしたこと。」
「ロザリアには、お見通しね。」
わたしは、ため息をついて鏡に向きなおった。
見慣れた、いつもの、わたしの顔。
少し油断すると、すぐにくしゃくしゃになってしまう、金色の髪。
まだ、眠たげな若草の色をうつした瞳。
しっかりしなくちゃ。
わたしは、この宇宙の女王なんだもの。わたしの名前は、アンジェリーク。金の髪の女王。
森の湖で、わたしとオスカーさまは、愛を誓った。
でも、ほんの少し、女王候補辞退の報告が遅れてしまって、新しく女王に指名されたのは、ロザリアではなく、わたしだった。
指名されてしまったら、もう、拒否はできない。
守護聖様がたは、喜んでくださったけれど、わたしも、オスカーさまも、わたしの気持ちを知っていたロザリアも、内心は複雑だった。
『女王になりたかったわけじゃないわ。あんたが、オスカーさまと生きようとしていたのに、それがかなわなかったのが、くやしいのよ』と、あの日、ロザリアは泣いてくれた。事実、育成の最後の力を送ってくださったルヴァさまには1ヶ月以上も口をきこうとしなかったくらい。
ルヴァさまは、なぜ、ロザリアが怒っていたのか、今でもわかっていないらしい。(この話はゼフェルさまが、笑いながら教えてくださった。自分が教えてあげなければ、きっと一生気づかないだろう、とも。)
ドレスを着替え、髪をとかし、朝食に向き合ったところでロザリアの報告がはじまる。いつもの光景。
「で……今日から始まる新しい女王試験ですが……」
珍しく、ロザリアが驚きをかくしきれていない。
「陛下は、候補のことは、何か聞いてらっしゃる?」
「ううん。なーんにも。名前も知らないわ。」
「そのう、名前が、アンジェリークというんですよ。」
「アンジェリーク?」
「ええ。アンジェリーク・コレット。」
「ふうん。偶然ねえ。前の女王陛下のお名前も、確かアンジェリーク、だったわよね。」
「わたくしが負けたのも、名前のせいなのかしら。」
ロザリアの言葉に、わたしは思わず吹き出してしまった。
「もうひとりは?」
「ええ、レイチェル・ハートという名前ですわね。」
「そう。どんな子たちなのかしら。楽しみね。」
「そうですわね。」
ロザリアとわたしは微笑みあうと、まだ見ぬふたりの女王候補がどんな子たちなのか、それぞれ考えていたようだった。新しい女王候補たちは、すこしづつ、でも着実に育成を進めていった。
毎週、少しづつでも、オスカーさまがわたしに会うために帰ってきてくれるのが、うれしい。
本当は、毎日でも会っていたいんだけれども、試験中ですもの。
『昔の陛下を見てるようですわ。』と、ロザリアがいっていたけど、どんな子なのかしら。
わたしは、新しい女王候補への興味が押さえきれなくなって、試験中の女王候補たちをこっそり、見に行くことにしちゃった。「あー、陛下だあ。どうしたんですか?オスカーさまに、会いに来たとか?」
金髪の少年守護聖、マルセルさまが走ってくる。
いつみても、この人は弟みたい。
「そうじゃなくて、新しい女王候補が、どんな子たちなのかなあって、興味があって。」
「そうなの?かわいい子たちだよ。ぼく、もうすっかり仲良くなっちゃったんだ。」
にこにことマルセルさまが笑いかけてくる。
でも。
わたしは、あるものを見つけて、すべてが凍り付いてしまったような気が、した。
「どうしたの?陛下?」
わたしの表情を見てとったのか、マルセルさまの心配そうな顔が、わたしの視線の先を追った。
その表情も、みるみるうちに驚愕の色をたたえてくる。
「うそお……」
マルセルさまの、その声に、はっと我に返ったわたしは、思わず逃げ出していた。
なに?
いま、わたしは、なにをみたの?
「あ……陛下……っ」見に、いかなければ、よかった。
見たくはなかった。
あの子が、あの人と、公園で仲良く話しているところなんて。
茶色い髪の、アンジェリーク。わたしと、同じ名前の女王候補。
わたしへの誓いは嘘だったの?
ううん。頭ではわかってる。
これも仕事のうち。守護聖なら、あたりまえのこと。
でも、不安は消えない。
こたえて。
わたしの、ただひとりのあなた。
オスカーさま。
泣きながら宮殿の私室にこもってしまったわたしを心配して、ロザリアが入ってきた。
「陛下?どうなさったの?」
「陛下だなんて、呼ばないでっ」
「……アンジェリーク……」
「ロザリア……ロザリアー!」
思わず、ロザリアに抱きついて泣き出してしまった。
涙が止まらない。
わかってる。嫌われたわけじゃない。
わかってる。心変わりされたと決まったわけじゃない。
でも。
くるしいよ。
オスカーさま……助けて……
「オスカーさま……」
「仕方のない人ね。アンジェリーク……」
聞こえなかったのか、ロザリアの優しい手が、ずっと、わたしの背中をなでていてくれた。「オスカーさまが、いらしてますよ」
お世話係の人の声で、はっと気づくと、眠ってしまっていたらしい。ロザリアは、もうここにはいなかった。
髪の毛がくしゃくしゃで、大変なことになってしまっている。
え。今、なんていわれた?オスカーさまが?
「陛下……?」
どきん。
心臓が、高く鳴った。
低い声。
ずっと、聞きたかった声。
「いったい、どうしたんだ?陛下……いや、アンジェリーク……」
「オスカーさま……」
わたしのウェストにそっとまわされた力強い腕が、わたしの身体を、彼の胸元に引き寄せる。
心臓が止まってしまいそう。
わたしの髪に熱い息がかかる。
「泣いていたのか?……どうした……?」
やきもちを焼いたなんて、恥ずかしいことをいえなくて、わたしはオスカーさまに顔が見えないように、そっと、彼の胸に顔をうずめた。
「なんでも……なんでも、ありません……もう、大丈夫。オスカーさまが、来てくれたから。」
甘えてしがみつくと、彼の指がわたしのあごをとらえた。
そのまま、導かれるままにわたしたちは、お互いの唇の感触を確かめあう。
そっと彼の顔を見上げると、あの、アイスブルーの瞳が、優しげな表情でわたしを見つめていた。頬が染まる。鼓動が、はやくなる。
「補佐官殿が、心配していたぞ。呼び出された上に説教だ。」
ロザリアが?いったい、なにをオスカーさまに言ったのかしら……
少し不安になると、オスカーさまが笑いながら、言った。
「姫君のご機嫌は、もうなおったのかな?」
「ご……ごめんなさい……もう、大丈夫です。」
「じゃあ、もう一度、哀れな騎士めに慈悲のキスをくださいませんか?」
「ふふっ。いやあね。オスカーさまったら、いじわるだわ」
思わず笑い出したわたしに、オスカーさまは微笑んだ。
「そうだ。レディは、笑っている方がいい。俺の、天使さま。」
もう一度、キスを交わすと、わたしはすっかりと落ち着いてしまった。だいじょうぶ。こんなにあいされているんだもの。
でも、わたしの心をまた不安にさせる光景を見てしまったのは、それから少したった、お昼過ぎのことだった。
ふと、思い立って森の湖に散歩しに行ったときのこと。
なんてこと。
どうしてわたしは、こういう場面にばかり出くわしてしまうのか。「やめて……」
思わず、口をついてでた言葉。ささやき声にしかならない。
どうして、あの子が、アンジェリーク・コレットが、オスカーさまに抱きついているの。
オスカーさまは、どうして、彼女を突き放さないの。
だって、森の湖よ。コイビトタチ ガ アイヲ カタラウ トコロ……わたしの心が、また、黒い雲でいっぱいになる。
だめ。
これ以上、耐えられない。わたしは、そこを逃げ出してしまった。
どれくらいたったのか。
ふと、気がつくと、わたしは、見たことのないところに立ちつくしていた。
ここは、どこなのかしら……
鬱蒼と茂る木々、遠くで聞こえる鳥の鳴き声。
足下の草や枝で、ドレスの裾が、切れてしまっていたり、ひどく汚れていたりしている。
混乱したままの頭で、ゆっくりと思い返してみる。そう。森の湖で。
新しい女王候補、アンジェリーク・コレットが、オスカーさまに抱きついた場面を、わたしは見てしまったんだった。
そして、なぜか、彼が彼女を抱きとめていたところも。あれほど、くちづけをかわしながら「たった一人の天使」と、言ってくれたあなた。
あなたの愛を疑うわけじゃない。だけど。
あの子を、押し戻して欲しかった。
「たった一人の人がいるから」、と、はっきりと彼女に言って欲しかった。
思い悩んでいないで、出て行くべきだったかしら。
逃げ出したりせずに。涙が、あふれてきた。
オスカーさま
少し落ち着くのを待って、わたしは歩き始めた。
戻らなければ。
あれはわたしの誤解だと、彼自身の口から、言ってもらおう。
そしてまた、「愛している」のささやきと、くちづけを交わそう。どれくらい歩いたのか、人の造った建物が、視界に入った。
小さな、教会のような建物。
人は、住んでいなさそうだけど、この際、今の状況よりはましでしょう。
やっとの思いで近づいて、ドアを、あけた。
ぎいいいっ
ドアが、きしむ。
まるでわたしの心のように。
うっすらと積もった埃。
すっかり汚れてしまったガラスの窓から、微かに光が射し込んできている。
まるで、子供のためとでもいうような小さないすが3つ。それにみあったくらいの小さなテーブル。壁には、古びたタペストリ。
わたしは、息をのんだ。
知っている。わたしはこれを、知って、いる。
昔、ある少女が、わたしのためにと作ってくれた。
ここは……エリューシオン……?
まさか……!
だけど、わたしの感覚は、ここが、確かにエリューシオンであると告げている。
わたしが女王候補だった頃に、ロザリアと女王の座を争う形で育成していた大陸。間違えるわけがない。ここは、わたしが初めて育成した、その地なのだから……。
もう、ずいぶんと時間がたってしまった。あのころに生きていた人たちは、もう、誰も生きていない。この家をわたしのために建ててくれた人たちは。
わたし、つまり天使への信仰がすたれたというわけではない。ただ、どんどん発展していって、ここよりももっと広い土地に移住していってしまったというだけの話。
懐かしい空気。いすのひとつに腰掛けながら、自分が、女王候補だった頃のことを思い出していた。
あのころは、ただ、オスカーさまとエリューシオンのことだけ考えていられた。こんな、重たい気持ちで新しい女王候補の試験をすることになるなんて、考えもしなかった。
……オスカーさま。
その名前を思い出したとたん、また泣きたくなってしまった。
涙をこらえていて、誰もいないことにも気づいた。
そうね。誰もいないんですもの。人目を気にすることもないのよね。
……泣いちゃえ。
たまには、思いっきり。子供の頃みたいに。泣くだけ泣いて、泣き疲れて、眠ってしまった。
幸せな夢を、見た。
大好きなオスカーさまの、力強い腕の中で、安心して眠る夢を。
目を覚ましたとき、わたしはそれが幸せな夢の続きを見ているのだと思っていた。
どうして、目の前にオスカーさまの顔があるの?
どうしてここで眠っているの?
夢の続きだと思って、わたしはそうっと、彼の唇にくちづけた。
触れたとたんに彼の目が開いた。現実。
これは、本物のオスカーさま。そう、認識したとたんに、わたしは反射的に立ち上がって逃げ出していた。
彼の腕がわたしの手をつかむ。
「なぜ逃げるんだ。」
いとおしくてたまらない彼の、ひくい、声。
「だって……」
抱きすくめられると、もう、抵抗もできない。
背中の、彼の触れている部分が、熱い……
「苦しくて……だから……」
足から、力が抜けていく。立っていられない。
「女王候補のお嬢ちゃんとふたりでいたのを、見たんだな。」
頷いてそのまま座り込んでしまうのを、彼の腕は許してくれなかった。
彼の息が首筋にかかる。
「事実を、なかったことにはできないが……俺の気持ちはもう知ってくれていると思ってたんだがな……」
オスカーさまの腕は、わたしの身体を包んでなお余る。そのままの姿勢でわたしの髪をなでながら、彼がささやく。
「俺のたった一人、想うひとは、たったひとりだぜ……?」
「じゃあ、どうして……!」
オスカーさまの甘い戒めをふりほどいてわたしは恋人に向かって叫んだ。
「どうして抱き合ったりしてたの! わたしはイヤ。どんな事情があるのかわからないけど、わたしはイヤ!」
もう、枯れるくらい流れたはずの涙が、またわたしの頬を伝った。
「わたしを、今でも愛してくれているのなら……、わたし以外の人に触れないで。わたし以外の人に話しかけないで。わたしだけ、見つめていて……」
両手を握りしめて、彼の胸元をたたく。彼は、わたしのそんな行動をびっくりしたように見つめている。
「もう、こんな気持ちはイヤ……イヤです……オスカーさま……」
「驚いたな……。どうしたんだ?こんなに情熱的なアンジェリークは、あのとき以来だ……。」
「あのとき?」
「俺に告白してくれた、あのとき、だ。」
顔が、火照った。
わたしから告白した、あのときのことを思い出した。
わたしのそんな様子を眺めてなのか、彼の口元に笑みが浮かんだ。
「ひとつ、君は思い違いをしている。あのお嬢ちゃんとは、なんでもない。ただ、相談に乗っていただけだ。」
ああ、待っていた言葉。
うれしくて、めまいがする。でも……
あの、場面が、目の前から消えてくれない。
「なにを、相談されていたんですか。」
「恋の悩み……ってやつだ。これ以上は言えないな。」
恋?それで、オスカーさまに抱きついたというの?
「どうして」
抱き合っていたの……
その言葉が、舌の上で凍りつく。また、わたしの勇気も萎えてしまう。
「俺が、信じられないか?」
そんなこと、ない。信じているわ。
信じているけれど。
「オスカーさま……どうして。」
「アンジェリーク?」
「わたしが、どんな気持ちでここまで来たのか、どうして、あなたはわかってはくれないんですか。わたし、あの場面を……見たんですよ?ほかのどこでもない、森の湖で。それがどういう意味を持っているか、あなたが知らないわけがないじゃないですか。」
オスカーさまの表情が、困ったような顔に変わった。
「アンジェリーク。君は俺をうそつきにするつもりか?約束したんだ、あのお嬢ちゃんと。誰にもいわないって。これで約束を守らないのは俺の主義じゃない。」
そう。そういうひと。でも。今日はそれがつらい。
「……そんな顔をするな。なにもかも、言ってしまいそうになる。」
オスカーさまの手が、わたしの頬に触れた。
わたしをのぞき込んでくる、アイスブルーの瞳……
そのまま、抱きしめられる。
「あのお嬢ちゃんの好きなやつと、いちばん仲がいいのが俺らしい。占いの館で占ったそうだ。今日は、そいつにひどくきついことを言われたらしくて、それで……。すまない。アンジェリーク。あそこに君がいたなんて……あのお嬢ちゃんにだって、そんなつもりはなかったはずだ。」
いつもは余裕たっぷりの彼が、なぜだか、今は余裕がないように見える。
「これ以上は、言えない。わかってくれ。アンジェリーク。」
「……ひとつだけ、いいですか。」
「何だ?言ってくれ。」
心なしか、オスカーさまの表情がほっとしたように見えたのはわたしの願望なのかしら。
「あの子のこと、お嬢ちゃんって、呼ばないでください。」
「……それはだめだ。」
「どうしてですか。」
「あのお嬢ちゃんの名前は、呼ぶわけにはいかない。あの名前は、君のものだ。アンジェリーク。……それに、前にも言ったことがあると思うんだが……、俺は、女性の名前を呼ぶのにはポリシーがあるんだ。いくらアンジェリークの頼みでも、これだけは聞いてやれないな。」
そういわれて。今、気がついた。
新しい女王候補たちが現れてから、オスカーさまが、わたしのことをお嬢ちゃんとは呼ばなくなったことを。即位後にも時折、私が子供のようなことを言ったり、わがままを言って彼を困らせたりすると、思わず「お嬢ちゃん」と言ってしまうときもあったというのに。
「名前で呼ぶのは、わたしひとりですか?これから、ずうっと……?」
「そうだ。アンジェリーク。君ひとりだ。この、俺の剣にかけて。」
そう言って、すらりと剣を抜いてみせる。
この剣は、オスカーさまの象徴。
この剣に誓いをたてると言うことは、オスカーさまにとって、最も神聖なこと。
オスカーさま……
そして、わたしがじっと見ていると、オスカーさまは、わたしの女王即位のときに行った剣の誓いとは違った動きを見せた。
抜いた、その剣を、自分の心臓のあたりに向けてわたしの方へ振り向いたのだ。
訳が分からずにうろたえるわたしに、オスカーさまは、こう言った。
「女王に対する剣の誓いとは違うだろう?あの形式は、あくまでも女王に対しての正式なものなんだ。これは、俺の家に伝わる、正式な剣の誓いだ。こういう意味がある。『もし、俺のことが少しでも信じられない、俺が、自分に剣の誓いをたてるのにふさわしくない、そう思ったら、いつでもこのつかを押して俺の命を取るがいい。だが、信頼に値すると思ったら、この剣を受けて祝福を与えてくれ』」
「祝福……?」
「剣を手にとって、刃の部分にくちづけを。そして俺の手に戻してくれればいい。もっと正式な動作があったはずだがな。それはどうだっていいんだ。アンジェリークが、俺を拒否しないでいてくれるのがわかれば。それだけでいい。……愛している。俺の剣を受け取ってくれ。」
なんて……情熱的な誓いの形。
命をも懸けた誓いの形。
もう、わたしには言葉がでてこなかった。
命がけでわたしを愛してくれていると、言葉だけでなく、わたしにそう言ってくれている。オスカーさまの全身で、そう言っている。
わたしが、あなたを拒否するわけがないじゃない。
わたしには重すぎる、その剣をそうっと持ち上げて、言われたとおりに剣に口づけて、彼に返した。
オスカーさまが、満足そうに微笑んだ。「ところで、俺からも頼みがあるんだけどな。」
剣の誓いをした後、少したってから、オスカーさまがぽつりと言った。
「はい……?」
真っ赤になってしまったオスカーさまに、とまどいを覚えながら、わたしは聞き返した。
「この女王試験が終わったら、結婚、してくれないか。」
「え……」
「ずっと考えていたんだ。クラヴィスさまや、ルヴァにも話を聞いて、いろいろと調べてみた。過去、結婚した守護聖は、いた。それは知ってるな。」
わたしは、うなずく。
「女王にも、ひとりだけいた。ただしそれは、争いの原因となったらしい。だから、いままで女王は結婚できなかったんだ。ジュリアスさまにも話をしてみた。あの方も、君の女王決定のあたりの事情はご存じだからな。快く、承知してくださったよ。」
「ジュリアスさまが……」
「今度は君が答える番だ。アンジェリーク。結婚、してくれるだろうか?」
びっくりして、言葉が出てこない。
わたし、夢を見ているの?ゆめなら、さめないで……
その後、女王試験は、無事に終了した。
結局、あの少女は告白もしないまま、女王になってしまうらしい。
わたしは、たまりかねて言ってみた。
「アンジェリーク。好きな人がいるんでしょう?今なら、まだ間に合うわよ?即位してから後悔しても遅いのよ?」
「陛下……わたし……いいんでしょうか……あの人に想われている、自信がないんです。」
「想いを告げなくて後悔したくはないでしょう?」
わたしがそう言うと、彼女はにっこり笑って飛び出していった。
想いを、告げに……結局、新しく女王に決まったのは、やはり、アンジェリークで、新しく補佐官に決まったレイチェルとともに、新宇宙へと行ってしまった。
数ヶ月の後、セイランがわたしのところへ来て、彼女の宇宙に行きたいと、彼女にとっての、わたしとオスカーさまのようになりたいと、そう言ってきてくれた。
そう。あのときの悩みの相手は、セイランだったの……
女王の結婚という、ほとんど前例のないイベントは、補佐官と守護聖だけが出席しただけの、小さな式で済ませてしまった。
わたしたちふたりのために用意された屋敷に入っていくと、彼らの優しい心配りがおいてあった。
わたしには、赤い石の、オスカーさまには緑の石。
それは、ちいさな、おそろいの指輪。