3度目の悪夢

「わぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ごめん!ごめんね!アリオス!」
「ほら、じっとしてて。動くと、すごいことになるヨ。」
 ここ、聖地では、今日もにぎやかな声がこだましている。
 ……が、今日は、少々いつもの騒ぎとは違っているようだ。
 それもそのはず。なぜかアリオスが、新宇宙の女王陛下と、その補佐官殿によって、押さえつけられているのだ。そして、その前に呆れ顔で立っているのは、夢の守護聖オリヴィエ。
「なに、なぁんにも説明してなかったわけ?」
「あ。えーと、つれてくるのに手間取って……」
「それじゃあ、いくらなんでもかわいそうだよ。説明してあげなよ。」
 そういって、オリヴィエはその部屋をあとにする。アンジェリーク・コレットと補佐官レイチェルが、顔を見合わせて言葉短かに、こういった。
「今日はね、オリヴィエさまのお誕生日なの。」
「それと、この状況とが、どこでどう、つながるんだ?」
 アリオスはうめきつつも、逃げる道を必死で、目で探している様子だった。アンジェリークとレイチェルが互いに目を見交わして、それでも申し訳なさそうにぽつりと言葉を紡ぐ。だが、その言葉は、アリオスの目をむかせるのには充分すぎるほどだった。
「あなたは、オリヴィエさまへのプレゼントなの……」
「アナタを、お化粧させるっていう、ね。」
「な……」
「だって、もう、関係者の中で、お化粧の対象になっていないのって、アリオスだけなんだもの!」
「協力しないと夢のサクリアを全部引き上げるって脅されたんだもの。」

 断っておくが、この話は、あくまでも前回の女王試験中にオリヴィエが冗談で口にしたものなのだが、根がまじめなふたりは、つい本気にしてしまって、その上、今に至るわけである。
 今回は、彼女たちの前の試験中、つまり現在、この宇宙を統べている女王陛下、アンジェリーク・リモージュと、補佐官ロザリアの女王候補時代の話をしてみよう。

 ここ、試験の行われている飛空都市では、この日はにぎやかな悲鳴に包まれていた。

「い、いやです!だいたい、わたしはもうすでに何度も……ぶ!」
「お・ね・が・いしますぅう。ルヴァさまぁ。」
 ふたりの女王候補、つまり、アンジェリークとロザリアによって腕をがっしりとつかまれ、気の毒な地の守護聖はずりずりと夢の守護聖の屋敷に引きずられながら、連行されている。
 本来なら、いくらルヴァが運動音痴だからといっても、か弱い少女ふたりの腕力である。決してなすがままにされるはずはないのだが、大切な女王候補たちに万一のことがあったらと、ふりほどこうにも、ふりほどくことができずにいる。しかも、ふたりの少女たちは、いかに細いとはいえ、大の男を引きずっているのだ。ぜいぜいと息を切らせている。
 本来、気の優しい地の守護聖には、このふたりをふりほどいて逃げ出すことなど、できようはずもない。しかし、なぜこのふたりがオリヴィエの趣味の手伝いをしなければならないのか。ルヴァは、苦し紛れにそれを口にしてみた。
「今日は、オリヴィエさまの、誕生日、なんですよ……」
 息を弾ませているアンジェリークが、こう答える。ロザリアも、やはり息を切らせながらもその続きを口にする。
「プレゼントは、何が、よろしいでしょうか……って、うかがいましたら、守護聖さま、全員、お化粧をしたいと、おっしゃって、それで」
「そ、そんなあぁぁー」
 それが理由だとは、あまりにもあまりではないか。そもそも、自分の誕生日は、まだ、このふたりも飛空都市に来て日も浅く、ろくに祝ってはもらえなかったものだ。翌月の、ジュリアスの誕生日には、ふたりの候補と、女王補佐官による、手作りのケーキが振る舞われたのだ。確かに、このふたりもずいぶんとここに慣れてきたが、確かにオリヴィエとは、ふたりとも仲良くしているようだが。だからといって、化粧とは。
 ルヴァの困惑をよそに、ふたりはようやく到着した館の主の名を呼んだ。
「オリヴィエさまぁー!ルヴァさまが、いらっしゃいましたー!」
 程なく現れた夢の守護聖と、後ろに控えた3人の少年守護聖たちをみて、ルヴァは、もはや自分が逃れることのできない運命であることを、知った。
 少年たちの顔には、すでに、念の入ったメイクが施されており、なんだか、ずいぶんときらびやかな衣装をつけさせられている。そして3人とも、やってきた新たな獲物(つまり、ルヴァだ)に向かって、じりじりと間合いを詰めてきていた。
「ようこそ。ルヴァ。」
 オリヴィエの、「超」がつくほどご機嫌な歓迎のあいさつが、ルヴァには地獄からの歓迎のそれに聞こえた……

「えーと、次は……」
「アンジェリーク。見て。」
「……リュミエールさま……」
 ふたりの女王候補たちは互いに頷くと、哀れな犠牲者の元へと駆け寄った。
「リュミエールさま!こんにちは!」
「リュミエールさま。ごきげんよう。」
 ふたりから一斉にあいさつを受け、リュミエールはにっこりと、穏やかな笑みをたたえて、あいさつを返す。いつ会ってもこの守護聖は、穏やかな微笑みを忘れない。
「こんにちは。アンジェリーク。ロザリア。今日は、ふたりでどこかへお出かけですか?」
「いえ、あの、わたしたち、リュミエールさまを捜していて……」
「あの!一緒に、オリヴィエさまのところへいっていただけませんか?」
「オリヴィエの……?それはまた、どうして……」
「お願いします!」
「わ、わたくしにできることでしたら、かまいませんが。」
「リュミエールさまにしか、できないことなんです。」
 女王候補ふたりの必死のまなざしにあって、それをむべなく断るなど、リュミエールには、できないことだった。
 そして。哀れな犠牲者が、ここにまた、ひとり……
 リュミエールを押さえつけるのに、少年守護聖たちとルヴァが、大活躍したのは、今更記録するほどのことではないだろう。
「ル、ルヴァさま?ランディ、ゼフェル、マルセル!あなた方まで!どうなっているのです!アンジェリーク?ロザリア?」
「ごめんなさい。リュミエールさま!」
「んふっふー。リュミちゃぁん。ようこそー。」
「オリヴィエ?ちょっと……目、目が、怖いですよ……オリヴィエ!」
 そして、気の毒な水の守護聖の悲鳴を聞きながら、ふたりの女王候補は新たな獲物、つまり、残る3人の守護聖を探しに、また、かけだしていった。

 公園を横切り、聖殿の裏手に回るとまたひとり、犠牲者の姿が見えた。昼でも生い茂る木々のせいで、なんとなく鬱蒼としているこの場所に、ひとりたたずんでいる、その人は闇の守護聖、クラヴィス。
 やはり、ふたりで目を見交わして頷くと、彼の元へと駆け寄っていった。
「クラヴィスさま!」
 ふたりの姿を見ると、闇の守護聖はひとつ、ため息をついて、言った。
「待て。皆まで言うな。用は、わかっている。……逃れられぬのだな……?」
「クラヴィスさま……?」
「あまり、見たくない光景が、これに映し出された。」
 そういって、クラヴィスは、いつも執務室においているはずの水晶球を取り出して見せた。ふたりは思わずのぞき込んでみたが、なにも見えなかったらしい。小首を傾げている。
「わたしも、こうするつもりなのか?」
 思わず、ふたりは顔を見合わせた。
「私が行かぬと、困るのであろう?」
「はい、クラヴィスさま。」
 ふたりの困ったような顔を見て、クラヴィスは苦笑した。
「よい。今日くらいはばか騒ぎにつきあってもよいかも知れぬ。……それよりも、おまえたち。わたしよりも、もっと連行するのが大変なものがいるのではないか?」
 立ち上がったクラヴィスを見上げる、ふたりの候補ににやりと笑って、闇の守護聖は、さっさと歩き始めた。
「オスカーは、おまえたちで何とかするのだな。……行くぞ。」
 どうやら、ジュリアスの説得を手伝ってくれるつもりであるらしい、と、判断したふたりは、慌ててクラヴィスの後を追った。

「ジュリアス。わたしと共に行ってもらいたいところがあるのだが。」
「珍しいな。そなたがわざわざわたしの執務室にまで足を運ぶなど。よほどの緊急事態なのか?」
「そうだ、とも言えるし、そうではない、とも言える。……ともあれ、ついてくるがいい。」
 そういって、クラヴィスは、さっさとジュリアスの執務室をあとにして歩き出す。
「どういう意味だ。言え。クラヴィス。」
 それでも、クラヴィスの後を追いながら、ジュリアスはうめくように言った。クラヴィスの答えは、振り向くでもなく、そっけなく返ってくる。
「……わたしには、どうでもいいのだが……あのふたりには、そうではないらしい……」
「女王……候補……?」
「あの!ジュリアスさま!今日は、オリヴィエさまのお誕生日なんです!ジュリアスさまにも、お祝いしていただきたいのですが!」
「誕生日?オリヴィエのか。そうか。それなら、よい。行くとしよう。先日の、わたしの誕生日には祝いの言葉をもらったことであるしな。」
 そういって歩き出すジュリアスを、ちらりと見て、クラヴィスはそっとつぶやいた。ジュリアスには聞こえなかったようだったが。
「言葉……だけですむとよいのだがな……」

 もちろん、連行先の有様を見て、黙っているジュリアスではない。比較的協力的なクラヴィスよりも先に押さえつけられながらも、精一杯の威厳をとりつくろって、叫ぶ。
「ク!クラヴィス!そなた、謀ったな!」
「……人聞きの悪い……。おまえが、どうするつもりなのかと聞かなかっただけではないか。」
「な、なんだと!」
「女王候補よ。行くがよい。」
 そして、最後の犠牲者、炎の守護聖を探すべく、かけだしたふたりを見送りながら、クラヴィスはにやりと笑った。
「あのものたちのおかげで、おもしろいものを見せてもらった。……あとで、礼を言わねばならぬな。」
「はぁーい。ジュリアスゥー。動くと、化け物になっちゃうからねー。」
 そして、気の毒な光の守護聖の言葉にならぬ悲鳴がその場に響いた。

 オスカーの姿は、なかなか見つからなかった。あちこちで聞き込みをした結果、なんと、森の湖で昼寝をしているらしいということがわかった。
「オスカーさま!」
 ふたりの少女が彼の元へ走っていくと、オスカーの目が、うっすらと開いた。しかし、寝ぼけてでもいるのか、一言、
「いちご……?」
 とだけつぶやくと、また、目を閉じてしまった。
「なんのことかしら?ねえ?アンジェリーク?」
 ロザリアが振り向くと、アンジェリークは、真っ赤な顔をして、スカートの裾を押さえていた。
「まさか。いちごって……」
 アンジェリークの大きなエメラルドの瞳から、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ちてくる。
「オスカーさまの……ばかぁーっ!」
 アンジェリークが走り去る姿を呆然と見送ったロザリアの横に、いつの間にか起きあがったオスカーが、何がなんだかさっぱりわからないといった風で、やはりアンジェリークを見送っている。
「お嬢ちゃん……?」
 その一言で我に返ったロザリアは、オスカーを振り返るなり、有無を言わさず押し切ることに決めたらしい。
「オスカーさま!アンジェリークを泣かせた責任はとって下さいね!」
「な、なんのことだ?」
「とにかく!追いますわよ!」
「あ、ああ。」

 程なくたどり着いたのは、寮になっている建物の、アンジェリークの個室。ドアの前に立ってみると、中からは盛大な泣き声が聞こえる。
「オスカーさまの、ばかぁー!女の子の敵!セクハラ守護聖!大っきらい!」
 それを聞いたオスカーは、ロザリアがいるのにもかまわず、ノックをするのも忘れ、アンジェリークの部屋のドアを開いた。
「お、お嬢ちゃん!俺がいったい、何をしたって言うんだ!徹夜仕事のあとで昼寝をしていただけじゃないか!」
 しかし、聞く耳を持たぬアンジェリークは、オスカーをにらみつけて、ロザリアにしがみつく。
「あぁぁぁん!ロザリアァ……わたし、恥ずかしくて死んじゃう……」
「かわいそうに、アンジェリーク。オスカーさまには、責任をとってもらいましょうね。ねぇ?オスカーさま?」
「あ、ああ。俺にできることがあったら、なんでも言ってくれ。」
「ほんとうですわね?」
「男が約束することだ。絶対に守る。」
「ですって。アンジェリーク。ショックはわかるけど、もう泣くのはおやめなさい。目的は、達成されたのだから。」
 なおもぐすぐすと泣きやまないアンジェリークを、これみよがしに抱きかかえながらロザリアは、にやりと微笑った。
「目、的……?」

「おやぁ。オスカー。遅かったねぇ。待ってたよぉん。」
「オリヴィエ……?」
 きょとんとしているオスカーが、室内を見回すと、世にもきらびやかに飾り立てられた7人の男たちの一団が目の中に飛び込んできた。しかも、じりじりと彼に向かって取り囲むように動いている。その上、オスカーの後ろでは、アンジェリークとロザリアがしっかりとドアを押さえており、逃げ道をふさいでいる。なおも往生際悪く、きょろきょろしている彼の前に、ひときわ美しく飾り立てられたひとりが立ちはだかった。
「オスカー。よもや、ひとりだけ逃げ出そうなどと、考えているのではあるまいな?」
 その声は、聞き間違えるはずのない声。
「ジュ、ジュリアスさま?」
 もう、このあとに自分を襲う運命は疑うべくもない。せめて、決死の抵抗を試みようか、ためらっているオスカーに、ロザリアの言葉が追い打ちをかけた。
「オスカーさま?お約束、なさいましたよね?」
 これがそうだというのか!思わず絶叫しようとしたオスカーの目に、アンジェリークのさっきまで泣いていた顔が映る。
 もう、オスカーには、抵抗することができなくなってしまっていた。
 そしてなぜか、喜々として彼を押さえつけにかかる少年たちを後目にした、この3人の会話。
「んふ。ありがとうね。子猫ちゃんたち。一度やってみたかったんだぁー。」
「お役に立てて嬉しいですわ。」
「お誕生日、おめでとうございます。」
 オスカーは、観念しながらも、泣きたい気分に襲われてしまっていた。

 のちに、その一件を聞いた次の女王候補(つまり、冒頭に登場したふたり、アンジェリーク・コレットと、ライバルのレイチェルだ)は、教官、協力者を巻き込んで、同じような騒ぎを繰り返したらしい。もちろん、守護聖たちは全員、何らかの用事を見つけて雲隠れしてしまい、結局、犠牲者はなにも知らなかった6人の協力者たちだった。
 これについては、あまり多くを語ることはないが、一言だけ語るとしたら、精神の教官、ヴィクトールの出来が、あまりにもえぐいものになってしまったため、彼にだけは2度と化粧などしない、と、オリヴィエが誓ったらしい、ということだ。

    合掌。

「さあ。アリオス。覚悟はいいかなぁー?」
 喜々としてメイク用具を取り出すオリヴィエの嬉しそうな顔を横目に、アリオスは、もはや抵抗する気力をなくしつつあった。守護聖、教官、協力者たち、その全員が、このオリヴィエの魔手にかかったというのだ。自分一人だけ、逃げることができるはずもない。

 その後、アリオスは、世をはかなみ、偽守護聖軍団を再結成して、再び皇帝としてこの宇宙の征服を狙ったとか、狙わなかったとか。(大嘘)
 めでたし、めでたし?

                                Fin.

守護聖たちで力つきてしまった。協力者を楽しみにしていた方、ごめんなさい。
 ところで、アンジェちゃんの「いちご」を見てしまったオスカーさまですが、彼は、役得だと思いますか?
 覚えていないようですから、丸損でしょう(大爆)