Can You Keep A Secret?

                                   
 長い廊下に飾ってある大きな鏡。
 その前にたって、リボンを整え、髪を整え、服装を正して、仕上げにリップ。
 笑顔を作ってみせ、それもチェックして、くるりと振り返る。
 金色の髪と、碧色の瞳が、生き生きとした表情をかたちづくる。
 そして、ひとつのドアの前にたち、何度かためらった末に、ようやくノック。

 アンジェリーク・リモージュが女王候補として飛空都市に招かれて、ようやく2ヶ月が過ぎようとしていた。
 何もわからないまま、無我夢中で行ってきた育成も、ライバルのロザリアとかなりの差がついてしまっているとはいえ、だんだんと軌道に乗ってきている。育成をしてくれる守護聖たちとも、ずいぶんと親しくなっている。
 今日も、数人の守護聖と、お茶を楽しんでいた。何かと世話を焼いてくれるルヴァ、ルヴァと親しいので自動的に仲良くなったマルセル、ランディ、ゼフェル、穏やかなリュミエールといった面々だ。
「お茶のおかわりは、いかがですか?アンジェリーク?」
 リュミエールの煎れてくれるハーブティーは、いつもとてもおいしい。勧められるままにおかわりをもらって、ちょっとさめるのを待ってから一口飲む。
「おいしい!とてもいい香りですね。リュミエールさま!」
 にこにこと嬉しそうに微笑むアンジェリークのことを、彼らはとても気に入っていた。もちろん、ここにいない守護聖にも、彼女のことを気に入っているものはいる。否、全員といってもいい。
 だからといってロザリアが気に入られていないかというと、そうではない。もちろん、ロザリアとなじめず、あまり仲がよいとはいえない守護聖もいるが、嫌っているわけでもない。それが証拠に、このお茶会にもロザリアを誘ったのだが、どうやら先約があったようだ。誘いにいったときにはすでに外出していて、誘うことすらできなかったのだ。そしてアンジェリークは、それについて、とても残念がっていた。なんといっても、ただひとり、自分と同じ女王候補という立場にいる少女だ。もともと人なつこいアンジェリークが仲良くなろうと思わないわけがない。そしてそれは、おおかたのところ成功していた。
「よお。リュミエール。優雅にお茶会か?ちょっと話があるんだがな。……なんだ。お嬢ちゃんも一緒だったのか?」
「はい!こんにちは!オスカーさま!」
 にこにことアンジェリークが返事をする。オスカーは、その無邪気な笑顔に一瞬だけ目を細めて言葉を継いだ。
「よかったら、今度は俺の屋敷でコーヒーでも楽しまないか?できれば、ふたりきりでな。」
 オスカーがそういって揶揄すると、アンジェリークの頬が、ぱっと花を散らすように染まった。ゼフェルが過剰な反応を示しているのをさらりと無視して、リュミエールに用件だけ伝えると、お茶を勧めるリュミエールの誘いも断って、さっさとでていってしまった。
 アンジェリークは、その広い背中を見送りながら、まだ頬を熱く染めたまま、カップの中身をすすった。そして、そのあと、彼女は他に何を話したのか、よく覚えていない有様だった。
 今まで、ほとんど気にしたことなどなかったのに。
 どうして、今日に限ってこんなにも彼が気になったのだろう。
 すてきな人だとは、確かに思うけれども。

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 炎の守護聖の執務室は、赤をベースにした、きわめて実用性のみを目的とした作りになっている。アンジェリークがノックをして中に入っていくと、耳をやさしくくすぐる低い声が彼女を招いた。
「最近、きれいになったな。」
 などと、からかうような調子で言われて、アンジェリークの頬が、また赤く染まった。どうも、オスカーの言葉はどこからどこまでが本気なのか、よくわからない。ただからかっているだけなのか、それとも、本気できれいになったと言ってくれているのか、アンジェリークには判断がつかなかった。このことこそが、まだまだお子さまなのだと、またからかわれる原因であるのだが、もちろん、そんなこともアンジェリークは気づかない。
「今日は、お話に来ました。」
「話?この俺に、お嬢ちゃんは何を聞きたいのかな?」
 涼やかな瞳に見つめられ、アンジェリークは、また激しく緊張した。自分のことをどう思っているのかを知りたかったのだが、それを聞くのは、ためらいがあった。
 自分でもよくわかっている。子供だとしか思われていないのは明白だ。それが証拠に、オスカーは彼女のことを決して名前で呼ばないではないか。すでに愛称(アンジェ)で呼んでくれている守護聖もいるというのに。ただ、ロザリアも、『お嬢ちゃん』と呼ばれているのをアンジェリークは知っているから、子供扱いされているのが自分だけではないのはわかってはいるのだが。
「え……っと、オスカーさまの、好みの女性って、どんなタイプの方なんですか?」
 自分の発言に驚き、とまどっていると、オスカーは、少しもびっくりしたようには見えないながらも、
「おっと。いきなり大胆な質問だな。その質問は、お嬢ちゃんは俺に気がある、と、思っていいのかな?」
 と、こういった。
「べ、別に!そんなんじゃ、ないです!ただ、いつもわたしのこと、子供扱いしていらっしゃるから、どんな人なら、ちゃんと一人前のレディとしてみてくださるのかなって、そう思っただけです!か、勘違いしないでください!」
 一気にまくしたてたあとオスカーをみると、オスカーはしばらく呆然としていたが、いきなり身体をふたつに折って笑いだしてしまった。
「オ、オスカーさま?」
「ああ、悪い。悪かった。だがな、お嬢ちゃん。俺はレディの名前にはちょっとしたこだわりがあるんだ。まだ、お嬢ちゃんは俺に名前で呼ばせるには至っていないな。それから、質問の答えだが、俺にその質問は愚問だぜ?俺の好みというのなら、世の中すべての女性、皆好みのタイプだ。もちろん、お嬢ちゃんもそのひとりだぜ?」
 また、からかわれた。
 アンジェリークはそう思った。そう思って、ひどく悲しくなってしまった。
 認められたい。このひとに。すべての女性が好みのタイプだというのなら、実のところ、相当に理想が高いのだろう。きっと大人で、きれいで、気だてがよくて、もちろんスタイルもよくて、そして……
「どうした?お嬢ちゃん?急に黙り込んでしまったな?おい。お嬢ちゃん。」
 ふと気づくと、オスカーの気がかりそうな瞳が視界に入った。それも、至近距離で。
 アンジェリークはあわてて飛び退くと、
「だ、大丈夫です。すみません!失礼します。」
 そういって、オスカーが何か言いたげだったのにも気づかず、室をでてしまった。
 近づきたい。オスカーさまの理想に。きっと、それだけでとてもすてきなレディになれるような気がするんですもの。女王陛下になるのにふさわしい、きっととてもすてきなレディに。
 それも、できるだけ早くに。

**********

「ふぅん。あんたがそういう気持ちになったんなら、別にいい女になろうとすること自体はいいことだから、止めやしないけどね。それはそれでつまらないもんだね。何だってあんなばかたれのためにきれいになろうなんて思ったりしたわけ?」
 きれいになるにはどうしたらよいのか、相談に行った先はオリヴィエの執務室だった。オリヴィエは、さっそく美容法などを伝授しながら、当然とも言えるせりふを口にした。
「別に、そんな、大した意味はないんですけど、その、オスカーさまに認めていただけるような女性だったら、いまだに追いつけないロザリアよりも、もっと女王陛下にふさわしい女性になれるような、そんな気がするんです。」
「そ。まあ、かまわないけどさ。この前みたいにホーム・シックにかかって泣き出したりするよりはさ。……ところでアンジェちゃん、ついでにちょっとおしゃれしていかない?ほらこのリボン、きれいだと思わない?新色のリップも試してみようか。」
「え。あ、あの……」
 有無を言わさずつかまって、オリヴィエにいいように飾り立てられて、ようやく執務室から開放されたときには、そろそろ日が暮れようかという刻限だった。
 早く寮へ戻らなくては、夕食を食べ損ねてしまう。アンジェリークが公園を抜けて走っていくと、そこに思わぬ相手を発見して、びっくりして立ち止まった。
 オスカーさまだわ。
 そう。燃える緋の髪を持つ美丈夫が、そこに立ちつくしていた。
 木にもたれるように立ち、なにやら考え事でもしているかのように軽く目を閉じたその姿は、一枚の絵を思わせる。
 吸い寄せられるように足が動いた。彼を見つめたまま。
 なにも、考えず、ただ、その男のそばへ。
 思考はすでに、彼女の中で止まってしまっていた。
 きりりと整った横顔が、なんだかとても疲れているように見えて、なんだかとても寂しそうに見えて。
 アンジェリークは、彼の顔から目が離せなくなってしまっていた。
 胸が、締めつけられるような気がする。
 どきどきしながら、半分夢を見てでもいるかのようにそっと手を伸ばした。指先が彼の頬に触れるかどうかというところで、ふっと、彼のまつげが動いたような気がしたとたん、急に我に返ってしまって、アンジェリークは顔が一気に火照ったのを感じた。
 あわてて、伸ばした手を引っ込める。
 覗き込んでいるのが知られるのが恥ずかしくて、走り去っていきたいのだけれど、目が、はなせない。
 オスカーの顔から。
 だが、気づかずにいてくれたのか、オスカーの目は、あく気配がなかった。
 ほっとしたような心地でまたそおっと覗き込むと、今度は、不意に目が開いた。
 ゆっくりと開かれた、そのアイス・ブルーをみたとたん、アンジェリークは全身の血が逆流していくような感覚に襲われた。
 アンジェリークの碧と、オスカーの氷蒼が、ほんの一瞬だけだが、しっかりとからみついた。
 オスカーが驚いたような表情を見せる。ほんの瞬きひとつの間だけだが。

「なんだ。お嬢ちゃんか。うん?今日はずいぶんとかわいい格好をしているじゃないか。その色は、オリヴィエの執務室でみたことがあるな。さすがだな。よく似合ってる。ちょうどいい。少し、歩くか?」

**********

 そのあと、どうやってこの自室に戻ったのかはよく覚えていない。
 何か言葉を交わしたのかどうかも。
 深紅の髪を思い出すたび、氷蒼の瞳を思い出すたび、身体の芯が、かっとあつくなる。頬が火照る。
 アンジェリークは、ようやく理解した。
 この気持ちが、恋と呼ばれるものであることを。

**********

 もっと彼に近づきたい。
 彼の理想の女性になりたい。
 彼に認められたら、きっと……
 でも、もし、永遠に彼の理想に近づくことができなかったら?すぐには変われない。それはいたいほどよくわかっている。
 なんといっても、まだ自分は「お嬢ちゃん」なのだから。そうでしかないのだから。

 炎の守護聖オスカーの、理想の女性になったと、自分で自信を持つことができるまでは、とてもいえない。彼にこの気持ちを知られるわけにはいかない。もっと、すてきな女性にならなくては。
 だけどせめて、そばにいたい。
 女王になれば、きっとそばにいることができるはず。
 そう。自分は女王候補なのだから。

**********

 そして、ひとり物思いにふけるものがもうひとり。

**********

 あのときは本当に驚いた。
 人の気配に目を開けたら、金髪のお嬢ちゃんが目の前にいたのだからな。
 しかも、いつもよりももっときれいな服を着て、そのうえにきれいに化粧をして。

 あのとき、お嬢ちゃんの碧の瞳が目の前で大きな草原のように広がって見えた。
 立場を考えなければ、もしかしたら抱きしめてしまっていた。
 それほどに、あの瞳は懐かしく、慕わしいものだった。まるで故郷の草原のように。
 そして、あれからの彼女は、時々目を見張るほど美しいときがある。
 だんだん目が離せなくなる。だんだん、美しくなる。

 いつしか。
 俺の視線は、だんだん彼女を追うようになってきている。金色の天使。彼女はいつまでかわいいお嬢ちゃんでいるのだろう。
 彼女の名前は。そう。アンジェリーク――

                             end.

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 これは大庭美樹さんのサイト開設祝いにといって、さしあげた物で、お互いにサイトを作るぞ宣言をした直後に約束したブツであります。しかも。美樹さんは、速攻で制作。みわじぇりのサイトオープンと同時に送りつけてくださったのに、みわじぇりときたら。美樹さんにリクエストをいただいてからほぼ1年。美樹さん宅もオープンして1年近くが経過しようとしているところでした。
 まあ、「待った甲斐があったわ」とおっしゃってくれたので、よしとしましょう。(極悪)
 いかがでしたでしょうか?
 ちなみに、リクエストの内容は、
   「まだ、ラブラブにはほど遠い、ゲームをしていて、声がつくかどうか」という、じゅぶないる〜〜〜な、ものでした。

 今回、タイトルと、中身を見ていただいたらわかるとおり、この作品は、宇多田ヒカルさんの「Can You Keep A Secret?」をモチーフにしています。
 ちゃんと歌詞を読むと、食い違っている部分もあるのですが、(だからタイトルともちょっと違っている意味合いを持ったものになってしまっています)あの、サビの部分だけが、頭の中でリフレインしていて、これ以外考えられなかったのでした。

 お楽しみいただけたら、幸いです。
 あとで気がついたのですが、オスアン作品としての英語表記のタイトルは、これが始めてのものだったりします。
 もうひとつですか?
 もうひとつは、シオンちゃんのサイトのどこかにあります。
 興味があったら探してみてくださいね。