鋼の事件簿

                   

 ふと気がつくと、彼の頬に冷たく固い、床とおぼしきものがふれていて、彼はそれで目を覚ました。おさまりの悪い銀髪が、ちょっとだけ動く。
 ようやく首だけを起こして見回すと、薄暗い、その部屋の中に大きめの机があるようで、彼の視界のほとんどがその机で覆われてしまっていた。
 いつの間に、執務室で眠ってしまったのだろう。
 彼は、ぼんやりとそう考えて、はたと気づく。
 そもそも、自分はいつの間に聖地に戻ったのだろう。
 いくら記憶をたぐってみても、聖地に戻ったという記憶がない。確か、いつものつまらないけんかをランディとして、しかもいつもは中立な立場にたっているマルセルが、今日に限っては全面的にランディの味方をしたのだ。もちろん、原因はゼフェルにあるのだし、それはわかってはいたけれども、なんとなくおもしろくなくて、気分直しにと下界へ降りていったのだった。そこでは、特に問題らしい問題もなく、普通にすごして、普通に遊んでいたはずだ。もちろん、守護聖の服装などしてもいない。あれは目立ちすぎる。(彼の見事な銀髪と赤い色調の瞳も、それはそれでとても目立つのだが、この場合は棚上げである。)
 そして、確か人に勧められて酒を飲んだはずだ。そのあとは……
 そういえば、そのあたりから記憶がない。酔っぱらって聖地に戻り、無意識に執務室まで戻って、そのまま高いびきでもかいていたのだろうか?
 身を起こそうとして、ゼフェルは顔をしかめた。体の自由がきかない。どうやら、両腕が縛られているらしいことに気づく。この、鋼の守護聖である自分に、こんな仕打ちをするものなど、どこにもいない。否、炎の守護聖あたりなら、このようなことは朝飯前だが、もっとも、彼の場合は、意味もなく、冗談でもこのようなことはしないし、万一するとしても、少なくとも顔は見せるし、まして記憶の定かでないうちにこっそりと縛り上げてこのような床に無造作にころがしておくような、乱暴なこともしない。
 そして彼の、守護聖という立場を知って、このようなことをするものは、少なくとも女王陛下の力が、おしみなく満ちているあたりでは、ありえない。そして彼は、そのような惑星を選んで降り立ったはずなのだ。万一、彼が守護聖であると知られた場合、何事もトラブルもなく聖地に戻るためには、反女王意識のある惑星には降りるわけにはいかない。(仕事で赴く場合は例外だが。)このあたりが、彼ゼフェルの、破天荒なように見えるが妙にまじめな一面なのだ。
 と、いうことは、少なくとも彼をこの状態にした犯人は、彼が守護聖であることを知らない人物によるものだということになる。原因までは分からないが。
 人の気配のないその部屋で、ひとりころがされたまま、鋼の守護聖ゼフェルは、こうなった理由(少なくとも彼の落ち度によるものなのか否か程度には)と、この状態からの脱出方法についてを、必死に考えていた。

***

「え?ゼフェルさまが、どこにも?」
 金色の、ふわふわした髪をゆらして、この宇宙の聖なる女王陛下は、振り向いた。かわいらしい顔を困惑の陰が彩る。
 彼女の目の前で、やはり困惑した表情をしているのは、風の守護聖ランディと、緑の守護聖マルセル。そして光の守護聖ジュリアスと、炎の守護聖オスカーである。あたふたと地の守護聖が、王立研究院の主任、エルンストを連れて、その場にかけ込んできた。さっそくエルンストが調査結果を報告する。
「ご報告申し上げます。次元回廊を使用した形跡があり、現在、その行き先について調査中です。とんでもないところにいかれたのでなければよいのですが。」
「どうしよう。こんな日に限ってゼフェルったら。ぼく、ついかっとしてランディの肩をもったから、怒っちゃったのかもしれない。」
「なにいってんだよ。マルセル!そんなことで怒って飛び出したんなら、やっぱりそれもゼフェルが悪いんじゃないか。」
「とにかく、ゼフェルの行方を大至急探しましょう。何か手がかりになるようなものは?」
 なにやら泣き出しそうになってしまったマルセルと、放っておくとゼフェルへの批判をいいつのるだけになってしまいそうなランディを後目に、オスカーが、そう提案した。とにかく、ゼフェルを見つけださないことにはどうしようもない。もう、とっくに客人たちは到着しているし、パーティーの準備は完了しているのだ。だが、それもこれも肝心のゼフェルがいなくては話にならない。なんといっても、彼は主役なのだから。
「そうしてください。ありとあらゆる手段を使ってゼフェルさまを捜し出して、連れ帰ってください。今日はゼフェルさまのお誕生日なんですから!」
 女王陛下の命令が下ると、彼女の眼前にいた男たちは、一斉にその頭を垂れ、命令を遂行するべく、散っていった。

 1時間後。闇の守護聖クラヴィスと、占い師メル、それとエルンストが、それぞれの方向から、一カ所へ同時に現れた。
「クラヴィスさま?」
 メルにくっついてきたマルセルが、びっくりしたような声を出した。よく見ると、マルセルだけでなく、ランディとルヴァも一緒だ。ちなみに、クラヴィスの後ろには、いつもそうであるように、水の守護聖リュミエールが、影のように付き従っている。エルンストは、ひとりだ。
 一様に理由を述べてみると、もちろん、メルに占いの依頼をしたのはランディとマルセルであり、メルは、その占いの結果をもとにして訪れたのだ。
「あのね。メルの水晶球には、ゼフェルさまのお部屋と犬が映ったの。でも、ゼフェルさま、犬は飼ってないですよね?だから様子を見に来たんです。」
「わたしは、論理的結論によって導き出された答えを参考にしてきたのです。ゼフェルさま捜索の手がかりはこの部屋にあると。」
「……わたしは……気まぐれに水晶球をのぞいてみたらこの部屋と、作りかけの機械と、それを作っているゼフェル自身が映し出された……。何らかの手がかりになるかと思ってな。」
 なぜか照れたように、そういうクラヴィスを横目にみて、リュミエールがこっそりとマルセルに耳打ちした。
「クラヴィスさまは、女王陛下の命令でみているのだといいながら、本当のところはゼフェルが心配なのです。」
 そして彼らは、それぞれの、しかし共通の目的を達成するべく、ゼフェルの執務室に入っていった。

***


「これか。」
「これ、でしょうね。」
「でも、犬ってでたんだよね?どう見ても犬には見えないんだけど。」
 ゼフェルの部屋の真ん中にどーんとおかれた、完成間近(あとは塗装するだけのような感じだ)のメカを見つけて、彼らは首をひねった。
「わたしの水晶玉に映ったメカは、たぶんこれだろう。」
 クラヴィスがそういうと、メルの占いにでてきた『犬』という言葉が引っかかる3人組は、納得できない様子だ。
 やがてメカのあちこちをいじっていたルヴァとエルンストが、すっきりとした表情で立ち上がった。
「ええ。犬でも決して間違いではありませんよー。」
「これはどうやら、ある人の持ち物を登録すると、そのある人を自動的に捜してくれるようになっているようです。ほら。これはルヴァさまが先日なくしたとおっしゃっていたペンではないですか?」
「あ。本当だあ。これ、確かに見覚えがあるよ。」
「じゃあ、もしかしてこのメカが犬みたいにゼフェルを探してくれるっていうことなのかな?」
「とりあえず、試してみましょう。ゼフェルさまの持ち物は……」
「このドライバーでよいのではないでしょうか。」
 ドライバーを、ペンのあったところに差し込み、スイッチを押す。ぶーんと小さな機械音がうなるように響くと、機械にセットされていたパネルに、小さな光が点滅しはじめた。

***

 人の気配がした。
 ゼフェルは、壁と机を利用して、ようやくからだを起こしたところだった。思いきり、柄の悪い目つきをして、ドア向こうの相手をにらみつける。
 ドアが開いて入ってきたのは、彼の予想に反して、小さな子供だった。
「お兄ちゃん。ごめんね。」
 子供独特の、甲高い声で、子供がそういうと、ゼフェルは目をぱちくりとした。無理もない。まったくわけがわからない。
 小さすぎるためか、要領を得ない子供の話を、半ばいらいらとしながらも、それでも辛抱強くきいてみると、この状態の真相がなんとなくつかめてきた。
 どうやら、この子どもの妹に当たる子供が病気らしいこと。
 母親は看病と、仕事での疲れがたまってしまってふせっていること。
 しかも父親は現在失業中であること。
 医療費があまりにも高額で、思うように子供を医者にみせることができないこと。
 根が正直で素直なゼフェルは、その話を聞くと、思わずほろりとしてしまった。
「そうか。それでオレを誘拐したのか。そうなんだな?身代金で医者を呼ぼうって。」
 子供が、こくりと頷く。ゼフェルが自分をターゲットに選んだ理由を問うと、子供はそこまでは知らないようだった。
 ともあれ、縄をとかせると、ようやく訪れた腕の自由な感覚に、彼は満足して立ち上がる。
「おめーの父親ってのに、会ってみてーな。つれてけよ。」
 守護聖の立場としては、個人の困窮にいちいちつきあうわけにはいかないが、彼の性格として、困っている人の困った状況をきいて、そのままにしておくような人間ではない。
 何とかしてやりたい。……もっとも、子供の話が全部本当のことだったとして、だが。

 子供の話は本当のようだった。現れたゼフェルをみて、あわてふためく父親は、泣きたくなるほど哀れだった。父親の話によると、彼を選んだ理由は……

***

「ここなのだな?」
 豪奢な金髪を惜しげもなくさらし、本人はきわめて目立たぬつもりの服をつけて、彼は一軒の家の前にたった。
 異様に目立つ集団だった。
 メンバーがジュリアス、オスカー、なぜか冷やかし半分でついてきたオリヴィエとあっては無理もない。同行しているセイランとエルンストは、さすがに彼らは下界で生活しているだけあって、確かに目立たぬ服装をしているが、この集団にあってはひとたまりもない。一緒くたになって目立ちまくっている。そのうえ、なにやらあやしげな機械をもっているから、ますます目立つ。
「この機械は、確かにこの家を指し示しています。」
「よかろう。入るぞ。」
 ジュリアスの言葉を聞いてオスカーが、思い切りよく、しかし充分に注意を払ってドアを、開けた。

「よー。ジュリアスにオスカーにオリヴィエ。セイラン、エルンストもいるのか。よくここがわかったな。」
 彼らの予想が、どういうものだったのかはよくわからないが、それぞれに予想の状況とは違っていたらしい。あるものは、そののんきそうな様子に怪訝な表情をし、あるものは怒りの様子をみせ、あるものはぽかんとし、またあるものは露骨にがっかりした様子をみせた。
「なぁーんだあ。もっと情けない格好だろうと思って、そうだったら笑ってやろうと思ったのに。」
「るせー!わざわざ迎えになんて来なくったって、もうちょっとしたら戻るつもりだったんだぜ。」
「そんな、のんきなことをいっている場合ではなくてな。へい――。アンジェリークが、ひどく心配している。すぐ戻るように。」
 オスカーが、思いきりぐいとゼフェルの腕をつかむと、ゼフェルはあわてた様子になった。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!オレ、コイツらになんかしてやりてーんだよ!話を聞けよ!」

 ゼフェルの話を一通り聞き終わると、彼らは一様に顔を見合わせた。
「と、いうことは――そのものたちの生活が何とかなるきっかけを作るまで面倒をみたいと申すのだな?」
「そーゆーこった。今回、話が早いじゃねーか。ジュリアス。」
 頭を抱えるジュリアスを後目に、ゼフェルはなんとなく得意そうに見える。
 どうやら、自分でこの状況に対して、悦に入っているらしいことがわかる。
 事のなりゆきを、にやにやとしながら、ゼフェルとジュリアスを見比べているのは、オリヴィエとセイランだ。オスカーは、内心では何を考えているのかはわからないが、神妙な顔をしている。
「で、具体的に、何をするつもりなのだ?」
 そういわれて、ゼフェルは得意そうに胸を張る。
「俺たちには、こういうときに役に立ってくれる仲間がいるじゃねーか。コイツを、あの中庭で商売していたやつの会社で雇ってもらうんだよ。」
「ふむ。だがしかし、すぐに収入ができるわけではあるまい?そなたを誘拐するほどせっぱ詰まっているのなら、収入ができるまでには全員飢え死にかもしれぬぞ。」
 最近仕入れた知識だということは、おくびにもださずにジュリアスは、そういった。そこまでは考えていなかったらしいゼフェルは、ちょっと困った顔をしている。そうなのだ。働きはじめたからといって、即、収入があるとは限らない。働き口が確保できても、当座の資金がいるはずだ。
 見かねたのか、飽きてしまったのか、オリヴィエが助け船をだした。
「ばかだねゼフェル。わたしたちが、どうやってここをつきとめたと思うのさ?こいつだよぉー。あんたの作った、メ・カ!これを売れば、ちょっとしたお金になるんじゃないの?あんたが、あんたの好意でやる分には、ジュリアスだってなにもかたい事なんて言わないよ。」
 それを聞いたゼフェルは、ぱっと表情を明るくして、せっかくのメカだし、彼を捜し当てたということで、かなり愛着のでてきたものだったが、病気で苦しんでいる子供に目をやり、ひとつ、大きく頷いて、そのメカを父親に与えた。調べものに没頭するとどこに行ったのかがすぐにわからなくなるルヴァを探すために作ったもので、有り体にいって『迷子探索装置』なのだが、こうしてゼフェル自身を捜し当てたのだ。必要とする人は、それなりにいるだろう。
「性能は、保証付きだ。オレさまを捜し当てたんだからな。ゼフェル、会心の作だ。売ればちょっとした金になるはずだ。オレは、また作ればいいんだ。」
 そして得々と使用方法を彼らに教えはじめた。

***

「ゼフェルさま!大変でしたね!どこも、何ともありませんか?」
 聖地に戻るなり、ふたりのアンジェリークが駆け寄ってくる。補佐官ふたりも、もちろん一緒だ。ヴィクトールとアリオスが、パーティ会場へと、彼らを招く。
 そのまま、彼らはゼフェルの誕生日パーティを開始した。この事件に関して、女王以下、誰も何も言おうとはしなかった。事情はすでに報告を受けているし、誰ひとり怪我もせず、無事にパーティが開始したのだ。

 ところで、ゼフェルはどうして誘拐のターゲットになったのだろうか?
 それは、きいたとき、ゼフェル自身も一瞬だけ反省したのだが、どうやら、よほどむしゃくしゃしていたのか、その店でいちばん派手に遊んでいたので、金持ちの息子だろうと思われたというのだ。

 その後、王立研究員からの報告で、かの一家の生活が、無事に立て直され、子供の病気も無事に治ったということで、この事件に関係したものたち全員は、一様に胸をなでおろしたのだった。

                               end.