晩餐take-2

                              

 炎の守護聖オスカーが、いつものように仕事を終え、私邸に戻っていくと、メイドのひとりが彼に1通の封書を手渡した。
 ピンク地のそれを、手渡されたペーパーナイフで切り開くと、よい香りのしみ込んだカードが1枚だけ入っている。何気なくそれも開いて、さっと読み下すと、彼は驚いてもういちど読み返した。

 「炎の守護聖オスカーさま
     明日、新宇宙の女王と補佐官がこちらに遊びにみえますので、ささやかな晩餐会を開きたいと思います。
     夕刻、日没と同時に始めたいと思っていますので、遅れずにいらしてください。
     場所は女王執務室です。
     お待ちしております。」

 そして、女王アンジェリークの(直筆と思われる)サイン。

「陛下……?」
 何度か読み下したあとに、オスカーの唇から、その言葉が漏れた。
 次の瞬間、彼の秀麗な眉がひそめられ、さらに口元が大きくゆがんだ。笑ったのだ。
「まったく。どういうつもりだ?俺の女王陛下は。」
 こんな手の込んだことをしなくても、一言『出席するように』と、命じるだけで、彼は喜んで出席したであろうのに。
「いつまでも、陛下も補佐官殿も、お嬢ちゃんのままじゃないか。」
 それも、とびきり美しく、とびきりいたずら好きの、『お嬢ちゃん』たちだ。と、オスカーはひとりごちた。
 もちろん、女王陛下への敬愛が薄れたわけではない。どちらかというと、親近感が増しているという方が正しいかもしれない。
 彼は、くすくす笑いながら、メイドの差し出したグラスを片手に、また招待状を広げて眺めはじめた。

 翌日。
 オスカーは執務が終わると、服装をあらためて晩餐会へと向かった。
 途中、ほかの守護聖にも会うかと思っていたのだが、彼の予想に反して、誰に会うこともなく女王執務室へ入室した。
 そこにいたのは……
 8人の守護聖……などではなく(しかも誰ひとりとしていない)ふたりの女王補佐官と、ふたりの女王。それも、それぞれが思い思いにドレスアップしていて、華やかなことこの上ない。一番乗りで到着した割には、しつらえられたいすは5人分。
 はじめから招待されたのが自分一人であることには気づいたが、その理由については、彼には思い当たることはなかった。
 しかし、そのことについて、なぜ自分一人であるのかを問うような愚かなことはしない。内心は激しく動揺しているにも関わらず、涼しげな、さも、自分は何もかもわかっているのだとでもいうような顔をして、勧められた席についた。途中、理由をいってくれるかもしれないし、何かの拍子にわかると思ったからである。まあ、わからなくても、特に問題はない。4人もの、宇宙に関わる聖なる天使たちが、彼と晩餐をともにしてくれるのだ。むしろ、理由を聞くのは野暮というものなのかもしれない。

 穏やかに時が流れた。晩餐は、食事もおいしく、なんといっても、敬愛する女王陛下ひとりでも充分楽しめるのに、その女王陛下を含めた4人もの美少女が一緒とあっては、オスカーが満足できないわけがない。招待されたのが自分ひとりという謎は、特に問題はなかった。そのような些末に気を取られて、せっかくの晩餐をふいにする気も更々ない。
 しかし、穏やかな時間は唐突に破られた。ふいにドアが開け放たれたのだ。そうしたのは、鋼の守護聖ゼフェル。しかも、ゼフェルの向こうには、止めようとしたポーズで固まっているジュリアスと、オスカーの姿を認めてびっくりしたようすのランディとマルセルの姿が見える。よく見ると彼らの向こうにルヴァの、のほほんとした顔までが見える。
 さすがに彼も驚いてはいたのだが、それよりももっと驚いたようすなのが、彼らの女王、アンジェリークだ。
「え……ゼフェルさま?」
 頭を抱えるジュリアスをよそに、騒ぎの張本人たちはオスカーの名を口々につぶやいて呆然としているが、呆然とするのは自分の方ではないか。
 しかし、オスカーは賢明にも間抜けな質問はしなかった。
「おや。今日でしたか?オスカーと陛下たちの会食は。」
 静寂を破ったのは、ルヴァののんびりとした物言いだった。
「ええ!ご存知だったんですか?」
「知ってたのかよ。ルヴァ!」
「知らぬはずはないであろう。ルヴァ?」
 また、なにがなにやらわからない言葉がでてくる。
 ルヴァはいったい、何を知っているのだろうか、しかも、ドア近くにいるのなら、晩餐の中に入ってきても不思議はないジュリアスは、なぜここに入ってこないのだろうか。
 アンジェリークのようすをそっと伺うと、怒ったような、あきれたような、泣きたくなってでもいるかのような複雑な表情をしている。
 そのうちにルヴァが、
「明日?明日、でしたかねぇ?……ああ、そうでした。オスカーの誕生日は、明日じゃないですか。」
 などというからたまらない。ジュリアスや少年たちが、どっと脱力しているのを見ると、よけいにそう思う。
  明日?明日に、いったい、何があるというのか。誕生日?誰の?
 考えだけがぐるぐると頭の中を回っている。さっき、ルヴァがとても大切なキーワードを口走ったと思うのだが……
 『オスカーの誕生日』
 ふと、思い出して、オスカーは、ようやく納得する。
 そうか。明日は自分の誕生日じゃないか。
 と、いうことは、この晩餐は、もしかして誕生日を迎えた自分に対する、ちょっとしたねぎらいのひとときなのだろう。そういえば、この女王陛下が最近気に入っているらしい『サプライズ』ではないのか。さしずめ、ジュリアスは、ここに誰も入室することのないよう、アンジェリークの企画を台無しにすることのないようにと見張り役をしていてくれたのかもしれない。あっさりと突破されてしまったようだったが。
 あまりにも、アンジェリークのすることがかわいらしくて、思わず笑ってしまいそうになる。が、ここで笑ってしまっては、彼女はむくれてしまって、晩餐は台無しになってしまうだろう。
 そこまで考えると、オスカーはなにくわぬ顔をして、事情のよくわかっていない風を装うことにした。そうしていると、ルヴァのおとぼけらしい騒ぎが一段落したようだ。ジュリアスが、アンジェリークに向かって片膝をついて頭を下げる。
「陛下……。申しわけ、ありません……」
 今にも泣き出しそうなアンジェリークに変わってロザリアが、ゼフェルたちにどうしてここまできたのか、ジュリアスの制止をふりきってまで入室したのはなぜかを問うた。
 ゼフェルたちがその理由を口にすると……
「ルヴァさま……」
「は、はあ。あはは……」
「笑ってごまかさないでください!それじゃあ、明日の準備はできていないっていうことですか?」
「そ、そういうことに……なります、か、ねえ?」
 ルヴァの言葉を聞いて、ますます泣きそうになってしまった女王アンジェリークの顔を見て、まずジュリアスがルヴァを捕まえて執務室に連行していった。おそらくルヴァはこのあと、長いお説教を聞くことになるのだろう。そして、さすがにまずいことをしたのだと悟った少年たちは、互いに袖を引きあって、早々に退出してしまった。もっとも、扉の向こうでなにやら大声で騒ぎ立てているゼフェルの声が、わずかに聞こえてきたのだが。
 彼らが部屋を退出すると、ロザリアがまた口を開いた。
「オスカーさま。申しわけありません。あの、この食事会、あなたのお誕生日のプレゼントの代わりに何かしたいと、陛下がおっしゃって。オリヴィエさまとリュミエールさまにお聞きしたら、わたくしたちと食事するだけでも喜んでくれるだろうとおっしゃられたので……。プレゼントのほかに明日、お誕生日当日に、みんなでいきなりパーティーをしてびっくりしていただこうと思っていたのですけど……」
「ああ、そうだったんですか。いえ、充分、びっくりさせていただきました。そういえば、明日はわたしの誕生日なのですね。すっかり忘れていました。」
 オスカーが、ようやくわかったふりをして優しげに微笑んだが、計画の大失敗にすっかりしょげているアンジェリークは、少し涙ぐんだ目をちらりとオスカーに向けて、それでも心配させまいと思ったのだろう。ぎこちなく笑いかけてくる。その表情が痛々しくて、オスカーまで胸が苦しくなってしまっていた。
「あの!陛下!このケーキ、おいしいですね!ご自分で焼かれたって、本当ですか?」
「ほんとぉ!さすが陛下。守護聖さまひとりひとりに愛情たっぷりですヨね!ワタシも今度作ってみたいなぁ。レシピ、教えてください!」
 あまりのアンジェリークのしょげようにコレットとレイチェルがあわててフォローの言葉を発するが、アンジェリークは、作り笑いを返すばかり。
「陛下。あまりそう沈みこまれると、ジュリアスさまが気になさいますわ。オスカーさまも、ほら。困っておいででしょう?」
 確かに困る。実を言うと、女性が泣くのはオスカーのもっとも苦手とすることだった。だから、泣いている女性には特に(相手の年齢を問わないあたりがいかにもオスカーらしいところなのだが。)甘い言葉のひとつもかけてやりたくなってしまう。まして相手は、敬愛する女王陛下、アンジェリーク。オスカーが黙ってみていられるわけがない。
「陛下。陛下からのプレゼント、このオスカー、ありがたく受け止めました。陛下には、もうひとつお願いしてもよろしいでしょうか?」
 オスカーの、唐突なもの言いに、きょとんとしたアンジェリークと3人の天使たちは、オスカーの次の言葉を待った。
「明日、わたしから花をプレゼントさせていただきたいのですが……。もちろん、補佐官殿にも、そちらのおふたりにも。」
 それを聞いて、まだ目を潤ませているアンジェリークは、あわてて首を横に振った。
「そんな!だって、プレゼントをもらうべきなのはオスカーさまの方じゃないですか!」
「陛下に、そんな顔をさせているのは、俺にとっては何よりもつらいのです。俺の方は充分に、この時間というプレゼントをいただきました。しかしそれは、失敗に終わったと陛下は考えていらっしゃる。ですから、俺から花を贈らせていただいて、その喜んでいただける陛下たちの顔を、俺へのもうひとつのプレゼントとしていただきたいのですが。……それでは、そうですね。明日、パーティーを開いてくださるのですよね。喜んでいただけたのなら、その花をドレスか、髪飾りのひとつとしてつけて出席してはいただけませんか。」
 オスカーは、そこまで一気にまくしたてると、4人の天使たちの反応をうかがった。もちろん、筋が通っているような気にさせるオスカーの弁舌は、彼女たちには異論の唱えようもなかった。その上、オスカーの長口上の間に、アンジェリークの涙は、ぴたりと止まっていた。
 一石二鳥。いや、三鳥。天使たちには喜んでもらえる。女王陛下の涙は止まる。そして、オスカーには、どの花を贈ろうかと考えるという楽しみができるというわけだ。うまくすれば、ダンスのひとつくらい踊ることもできるだろう。少々、花を贈るには遅い時間だったが、いざとなれば、先ほどの件を口実にしてマルセルの育てた花を分けてもらうという荒技を使うことができる。
 あらためて流れはじめた、穏やかな時間を楽しみながら、オスカーは、そんなことを考えていた。

 聖地は、なんだかんだとあるけれど、結局今日も平和なのだった。

                                end

(あとがき)
 いえ、「晩餐」が、あまりにもオスカーさまの出番が少なくて、悲しかったので、書き下ろしてしまいました。
 これでオスカーさまも、報われるでしょう(謎)
 好きな方と、動かしやすい方は、まったく別物であることが、ようやく判明しました。(まぬけ)
 なにげにオスアンテイストです。

   と、いうのが、初公開時のあとがきですが、今回、オスアンに書き換える!と公言していましたが、思ったよりもオスアンではないですよね?
   でも、後で考えてみると、これ、オールキャラサイトでの作品なんですよね。オールキャラサイトの作品には、オールキャラサイトなりのおもしろさがあります。
   そこで、あまり大幅に変更してしまうと、面白みが減るのではないかと、考えてしまったわけですね。(いえ。決して手抜きなどでは……)
   ですから、オスアン色をちょっと強くする程度にとどめました。
   なんといっても、このシリーズにおける目的はオスアンではなく、みんなで仲良く各守護聖さまのお誕生日をお祝いしようというものなのですから。
   書き換えるときいて、楽しみにしてくださった方。そういうわけです。
   期待をはずしてすみません。(でも、それでもやっぱりオスアンだと思うのですけど?)