晩餐

                   

「どうした?マルセル?さっきから考え込んでんじゃねーか。」
 うららかな午後。
 地の守護聖の執務室に、例によって例のごとく、3人の少年守護聖が集まって、和やかにお茶の時間を楽しんでいる。
 先ほどからマルセルが考え込んでいるのを、めざといゼフェルが指摘した。
 そういわれて、ようやくはっとしたようにマルセルが顔を上げた。
「うん……あのね。確か明日、オスカーさまの誕生日だったなぁって思って。」
「あ?ああ、そーいや、そーだな。」
「本当だ。でも、それがどうしたんだい?」
 ゼフェルとランディが、ああ、と、納得した顔をしてみせた。ルヴァが、それにようやく気付いたように、マルセルの顔を見つめた。しかし、マルセルが何を思っているのかまではわかっていないようだ。
「変だと思わない?陛下が、オスカーさまの誕生日が近いっていうのになぁんにも言ってこないんだよ?この前から、ずいぶんサプライズパーティーっていうのを気に入ってたみたいだし、あの陛下がよりによってオスカーさまの誕生日だけ黙っているなんて。」
「あー……そういえば……」
 のんびりとルヴァが答える。シリアスな表情のマルセルとは違って、緊張感というものが、みじんも感じられない。
「もう、陛下、やらないつもりなのかなぁ。……サプライズ……」
 寂しそうにぽつりとマルセルがつぶやいた。ゼフェルが、「ケッ」とからかうような口調で、面倒だからやらなくてもいいということを口にすると、ゼフェルの予想に反して、マルセルが強い口調で反論してきた。
「だって!これで終わりだったら、ぼくの誕生日はお祝いしてもらえないっていうことじゃないかぁ!ぼく、そんなの、やだよ……」
 それを聞いたとたん、まだお祝いをされていない、その場にいた全員が、一瞬、黙り込んだ。(もっとも、ルヴァだけは、守護聖全員からはお祝いされてはいるのだが……)
「それは……ちょっと、いやだな……」
「オレもだぜ。サプライズとはいわないまでも、やっぱ、祝ってほしーもんな。」
 ゼフェルの言葉に、その場にいた一同が、こくこくと頷いた。
「だから!オスカーさまだって、きっとお祝いしてほしいに決まってるのに。」
「うちの女王さまは何を考えているのか、わかんねーけど、オスカーの誕生日のことを何もいってこない、と。」
「どうしてなんだろう。陛下とオスカーさまが仲が悪いなんて、聞いたことがないし、むしろ、仲はよかったはずなんだけどな。……けんかでもしたのかな?」
 少年たちがいくら考えても、納得のいく回答は出なかった。ルヴァはといえば、頼りのないことこのうえなく、相づちだけうっているようにしか見えない。そのうちに、ゼフェルがガタンと音をたてて席を立った。

 ともかくも、気になったら確かめずにはいられないゼフェルと、強引に引きずられた形のランディとマルセルの3人は、女王陛下に直に聞きにいくことになってしまった。その3人の保護者よろしく、ルヴァが、いつもの「のほほぉーん」とした印象を持つ表情で(実際、のほほんとしているのだろうが)くっついてきている。
 聖殿の長い廊下を抜け、そのいちばん奥まったところにある、女王陛下の執務室。すでに何度も通い慣れているとはいえ、今日の用件は、仕事の話ではない。ずかずかとふみいるのには少々の口実が必要で、ゼフェルは頭の中でいろいろと言い訳を考えていたりしていた。
 そのときだ。彼らの行く手に、ひとりの男が立ちはだかった。

「そなたたち。何をしている?」
「ジュ、ジュリアスさま!」
 守護聖筆頭でもある、光の守護聖の登場に、マルセルとランディはビビりながら。ゼフェルは、開き直ったように、彼に向かい合った。
「ちょっと、陛下に聞きてーことがあってよ。オラ、どけよ。」
「どくわけにはゆかぬ。」
「なんでだよ。」
「陛下の、ご命令であるからだ。」
「めーれーだぁぁあ?」
 ゼフェルの眉が、かなり険しくひそめられた。そういうときのゼフェルが、ろくなことをしないということを、いやというほどわかっているランディとマルセルが顔を見合わせて、いつでもゼフェルをつかまえることができる位置にそろそろと移動を始めている。案の定、ゼフェルは唐突に、女王執務室のドアにおどりかかり……
 わかっていたのに、止められなかったランディ、マルセルと、まさかそこまで……と、さすがに驚いて固まってしまったジュリアス、ひたすら目をぱちくりさせているルヴァを残し、ゼフェルは、勢いよくドアを開いた。

「え……ゼフェルさま?」
 室内には、いつになくドレスアップした、彼らの女王、アンジェリークと、補佐官のロザリア、なぜかここにいる新宇宙の女王アンジェリーク、その補佐官レイチェルが、びっくりしたようにゼフェルを、それぞれの表情で見つめていた。そしてそこには、同じテーブルを囲むようにして炎の守護聖オスカーの姿が、あった。
「オ、オスカーさま?」
「オスカー……」
 頭を抱えるジュリアスをよそに、騒ぎの張本人たちはオスカーの名を口々につぶやいて、その成り行きに呆然としていた。もちろん、女王以下、3人の女性たちも同様である。オスカーは、びっくりしてはいるのだろうが、表向きは平然としているように見えた。
「おや。今日でしたか?オスカーと陛下たちの会食は。」
 静寂を破ったのは、ルヴァののんびりとした物言いだった。
「ええ!ご存知だったんですか?」
「知ってたのかよ。ルヴァ!」
「知らぬはずはないであろう。ルヴァ?」
 かみつくほどの勢いのランディ、ゼフェル、マルセルと、きつく眉根を寄せたジュリアスの全員に詰め寄られ、ルヴァはまたしても困ったように目をぱちくりとさせた。
「ええ。ちゃんと覚えていますよ。ただ、はっきりと日付を覚えていなかっただけで……」
「では、もしかしてそなた。明日のことも忘れているのではないであろうな?」
「明日?明日、でしたかねぇ?……ああ、そうでした。オスカーの誕生日は、明日じゃないですか。」
 ジュリアスはあからさまに雄弁なため息をもらし、少年守護聖たちは、がっくりと身体の力が抜けていくのを止められなかった。
 さっき、大声でそのことを話していたのではなかったか。
 事情のよく飲み込めないオスカーが、何か言おうとしてぱくぱくと口を開いたが、結局何も言わなかった。その向こうに、目に涙をいっぱいにためたアンジェリークの姿が見える。必死に涙をこらえているあたりが、痛々しい。
「陛下……。申しわけ、ありません……」
 ジュリアスが頭を垂れる。泣き出しそうなアンジェリークにかわって、ロザリアがため息をついて、ゼフェルたちに、どうしてここまできたのか、ジュリアスの制止をふりきってまで入室したのはなぜかを問うた。
 ゼフェルたちがその理由を口にすると……
「ルヴァさま……」
「は、はあ。あはは……」
「笑ってごまかさないでください!じゃあ、明日の準備なんて、できていないっていうことですか?」
 ある意味、女王陛下よりも怖いのは、女王補佐官であるということがよくわかるひとこまだった。
「そ、そういうことに……なります、か、ねえ?」

 実は、今日のこの日の会食は、オスカーの誕生日のプレゼントを、どうしても思いつかなかったアンジェリーク陛下が、オスカーと同じ世代の守護聖(つまり、オリヴィエとリュミエールだ)に、なにをプレゼントしたら彼が喜ぶのかを聞いてみたところ……
「女の人と食事するだけでも喜ぶんじゃない?」
「そうですねえ。しかし、あの男とふたりというのも……」
「じゃあ、ロザリアをまぜて食事会にでもしたらいいんじゃないかな?ああ。どうせなら、新宇宙にいったあの子たちも呼んだら?」
 ……と、いうアドバイスをもらったので、実行することにしたのだということだった。
 もちろん、聖地にいる全員が彼の誕生日をお祝いできるようにするのも忘れない。オスカーの誕生日当日に、いつも通りパーティーを開くべく、準備をルヴァと、少年たちに任せていたのだ。もちろん、その話がされたときに少年たちはいなかったから、ルヴァに伝言を頼んだのだが……
 ものの見事に、忘れられたというか、とぼけられたというか……
 なんにしても、翌日行う予定のパーティーの準備は、今からということになる。
 一応、ルヴァの言い訳を聞いてみると……
「あのー……、その……ですね、執務室に戻ったら、ちょうど探していた本が届きまして、ね、それで、そのまま、つい、読み始めてしまって……」
 ……と、いうことだ。
 もちろん、その後、ルヴァがジュリアスに引きずられるようにして執務室に連行され、延々とお説教をくらったのは言うまでもない。

 さすがにまずいことをしたと悟った少年たちは、互いに袖を引っ張り合いながらそのまま女王執務室を辞し、黙々とパーティーの準備を始めたのであった。(さすがにゼフェルだけは、盛大に文句を言うのを忘れなかったが。)
 会食の開かれた女王執務室に、泣きそうなアンジェリークを残すのは、彼らには不本意だったが、中にはオスカーがいる。これ以上泥沼にするよりも、彼を信頼して、彼に任せた方がいいと思ったようだ。

 翌日は、この聖地独特の上天気で、久しぶりに2次試験のおりの協力者たちも、アリオスもしっかりと招かれ、にぎやかにパーティーが行われた。もちろん、守護聖は全員参加である。
 ルヴァのおかげで、プレゼントも、サプライズをひそかに狙っていたらしい女王アンジェリークのもくろみも、すべてがおじゃんとなってしまったが、何とか無事にオスカーのお祝いをすることができたし、アンジェリーク陛下も、笑顔を振りまいていたので、少年たちはほっとしたのだった。