よいこけいかく
聖地――
恒例の、女王陛下のお誕生日サプライズパーティーも、ほぼ全員がお祝いしてもらい、残るは、地の守護聖ルヴァだけとなっている。
それを知ってか知らずか定かではないが、ルヴァは、今日ものんびりと読書を楽しんでいた。もちろん、今日の執務は、予定通り終了している。
その、静かなひとときを、若い声がうち破った。
年少の守護聖の面倒を見ている格好になっているルヴァには、それでもこの騒ぎは日常茶飯事だから、訪れた来訪者ににっこりと微笑むと、お茶を勧めた。
現れたのは、ランディとマルセル。彼らは、ルヴァの執務室をさっと見回すと、顔を見合わせて、非礼をわびながらそそくさと退散してしまった。
お茶の用意をはじめたルヴァが、ひとりぽつんと残され、首を傾げて一言。
「あー……。あわただしいことですねぇ。何かを探しているような気もしたんですけどねー。」
しかし、追いかけるような無駄なことはしない。追いつくわけがないから、だが。
彼は、ひとつため息をつくと、また読書の続きに取りかかった。
これも、よくある日常のことだ。いちいち気にしていては身がもたない。本を開くと、瞬く間にその世界に吸い込まれていったらしい。時々、お茶をすすりながら、ルヴァは、本から顔を上げようとはしなかった。*** ルヴァの執務室を辞去したあと、ふたりのお騒がせ守護聖たちは、走りながらも誰かを探していた。
もちろん、おおかたの読者の想像通り、探している相手は、鋼の守護聖ゼフェルである。
今回、彼らは、近づいてきたルヴァの誕生日のプレゼントを考えていて、その内容というのが、「ゼフェルをよい子にする」という、ゼフェルがきいたら一発で怒りだしそうな内容だった。
どうしてこうなったのかというと――
このふたりの、そのときの会話を再現してみよう。「ねえ。ランディ。もうすぐルヴァさまのお誕生日だよね?」
「ん?ああ、そうだな。プレゼント、考えなくっちゃ。」
「やっぱり、ルヴァさまっていったら、本、かなあ?」
「でも、本はもう大量に持っているし、何をあげても喜んではくれるけど、この前、なんかの時に本をあげたら、それと同じものが図書館に3冊もあってさあ。」
「そっかあ。ダブってる可能性もあるってことか。じゃあ、どうしよう。ますます難しくなってきちゃった。」
「だよな。」
ふたりはしばらく、ものもいわずに考え込んでいた。
「そうだ!」
同時に口を開く。
「ゼフェルだ!」
これも、ふたりだった。
「ルヴァさまは、いつもいっているよ。『ゼフェルが、もうちょっといい子だったらいいのに』って。」
「俺も同じ事を考えついたんだ。よおし。それならそうと、さっそく実行しよう!」――と、いうわけだ。
そうして、ランディとマルセルによる「ゼフェルよいこ計画」が始まった。
その成果は――
はっきり言って、ゼフェルがつかまらないため、計画2日目にして、早くも暗礁に乗り上げつつあった。時間は限られている。あと1週間でルヴァの誕生日がきてしまうのだ。女王執務室で、ジュリアスとオスカーが重要な話をしていたところにおじゃまして、つまみ出されたり、普段ゼフェルがいきそうなところをしらみつぶしに探しているのだが、ゼフェルの行方は、ようとして知れなかった。
「まさかまた下界に降りたんじゃあ?」
「ありうる……」
下界に降りられては、いくらゼフェルを探したところで見つかるわけがない。
ランディとマルセルは、どちらからともなく、目をみかわしてため息をついた。とはいうものの。いつまでもしょんぼりとしてあきらめるふたりではない。
たとえ無理でも、たとえほんの少しでも、ルヴァに喜んでもらおう。そう思ったふたりは、それでもあちこちを調べて回っていた。
その結果。わかったことがいくつか。
ゼフェルは、聖地から出ていない。
次元回廊が使われた形跡もないし、メルの占いでも、彼が外出したという結果はでなかった。どこににいるのかまでは、短時間ということもあってわからなかったけれども、ふたりの守護聖にはそれだけでも充分だった。
さらに、どこでどうしているのか、彼の執務室にも、私邸にも戻っていないことが判明。何度かルヴァの執務室や図書館なども回ってみたが、効果はなく、ルヴァはといえば、どうやら新しい本を手に入れたらしい。夢中になっているので、さすがのふたりも声をかけるのをためらった。「最近、ランディとマルセルが騒がしいが、あのものたちは何をしているのだ?」
ジュリアスが眉間のしわもくっきりと、不快感をあらわにして目の前に立っているオスカーに問うた。もちろん、オスカーも本当のことをいうと彼らふたりの目的など知ったことではない。だが、尊敬する筆頭守護聖の問いかけを無視することもできない。ふたりの少年守護聖を捕まえ、目的を白状させると、ルヴァのためという一言に感動したジュリアスとともにゼフェル探しに乗り出すことになった。ジュリアス、オスカーまででてきては、ほかのものも何もしないで見ているはずもない。ひとり増え、ふたり増え、とうとう探されている当人のゼフェルと、「彼のため」であるルヴァのふたりを除いて、聖地にいるおもだったものすべてがゼフェルを探しているという騒ぎにまで発展してしまった。
もちろん、金の髪の女王陛下も、蒼い瞳の有能補佐官も例外ではない。あるものはかなり積極的に。あるものはいかにも面倒くさそうに。
そして。黙って行動を共にしているわけではないものが、ここにひとり。
「あー、もう!僕はもうごめんですよ。これだけ探してもいないんだから、あとは手がかりはひとつしかないでしょう。」
もちろん、この場にいた全員が、その可能性については考えていたのだ。考えていながらあえて無視していたのは、その当人が読書中であったということに尽きる。だれしも、ルヴァのためにゼフェルを探しているのだ。そのルヴァの楽しみを削りたくはなかった。
だが。ほかにもう手段は残されていなかったのも事実。
先のせりふ一つを残してずかずかと歩いていったセイランのあとを、全員がぞろぞろとくっついていく。
「ちょっと、お楽しみのところを失礼しますよ。ルヴァさま。」
「ああ、セイラン。お久しぶりですねぇ。」
ようやく本から目をあげたルヴァが、いつもの調子でのんびりと答えた。
「僕たち、昨日からゼフェルさまを探しているんですけど、どこにいるのかご存知ないですか?」
セイランの口調には遠慮がない。が、余分な挨拶や言葉を飾るということをしないあたり、どうやら彼なりにルヴァに気をつかっているらしい。
「ゼフェル?ゼフェルなら……」
ルヴァの指差した先には――「なんだよ。みんなして。」
「ゼフェルぅ……。なにやってたの?ルヴァさまのお部屋で。」
「なにって……。見てわかんねーか?ルヴァの、本の整理をやってたんだよ。何年も前からやってるくせに、まったく片付かねえ。ちょうどルヴァの誕生日が近いからな。手伝ってやることにしたんだよ。まったく。ルヴァののんびりにはあきれかえるぜ。」
「あー。すみませんねー。で、こんなにみんなで集まって、ゼフェルに用なのでしょう?どうしたのですかー?」その翌日。
栗色の髪の女王陛下とその補佐官が、アリオスを伴って聖地に到着した。もちろん、こちらの女王たちはオーソドックスにプレゼントを選んだらしい。重たい荷物を背負ったアリオスが、不満たらたらでどさりと本をルヴァの目の前に置くと、ルヴァは目を輝かせて図書館へと運んでいく。
そんなルヴァのようすを見て、ランディとマルセルは、盛大にため息をついた。
昨日、さすがにジュリアスに説教されることはなかったものの、ルヴァに対してなにもできなかったという感情はぬぐえない。なんとなくしょんぼりしていると、当のルヴァが戻ってきて、元気がないが、どうしたのかと聞いた。
ルヴァの誕生日のプレゼントのかわりにゼフェルをいい子にしようとして失敗した挙句、当のゼフェルはすでにルヴァのために図書室の本の整理をしていたのだ。空振りした好意の行く先はなく、理由を言うわけにもいかず、なんとなく口ごもっているふたりに、ルヴァは、意外な言葉をかけた。
「あー。ふたりともわたしのためにここ数日走り回っていたそうですねー。ありがとうございます。結果はどうあれ、わたしは、その気持ちがとてもうれしかったですよー。」
どうして知っているのか。それはどうしても教えてもらえなかったが、なんとなく救われた気分がして、ふたりはようやく微笑んで、ルヴァに誕生日の祝いをのべることができた。もちろん、ルヴァはにこにこと嬉しそうに微笑むだけ。聖地は、今日も平和。
ルヴァの誕生日を祝う歌が、風にのって流れていった。Fin.
============================================================================================ ようやくたどり着きました。
守護聖さま全員のお誕生日をお祝いさせていただきました。思えば、某所のメールマガジンで、ルヴァさまの誕生日を、登場キャラ全員がお祝いするという、たわいのないことから始まったこの小説群。このような大がかりなものになってしまいました。 小説の始まりは、ジュリアスさまの、あの長編(?)が最初ですね。 誕生日の公式設定をごらんになった方なら、おわかりになると思いますが、8月生まれのジュリアスさまが最初になると、ラストを飾るのは、7月生まれのルヴァさまとなります。
さすがに、協力者やアリオスまでは手が出せませんが、もし、何か思いつくことがあったら、突発的に書かせていただくかもしれません。
その日がくるのかどうかは、創作の神様にしかわからないことですが、また、こういう場があれば、お目にかかりたいと思います。今まで読んでくださった方々、楽しみにしていてくださった方々に、両手いっぱいでは抱えきれないほどの愛をこめて――
ありがとうございました。みわジェリーク拝