光の午後・裏方編
さぷらいず

この作品は、ジュリアスさまのお誕生日作品「光の午後」と対になっています。あわせてお楽しみくださいませ。(比べながら読むとまた楽し……)

 事の起こりは、こうだった。
 先日、守護聖の全員が、ルヴァの誕生日をお祝いしたときの話を、オスカー、ランディ、ゼフェル、マルセルの4人が女王陛下、アンジェリークに話してしまったのだ。
「えええ!ルヴァさまのお誕生日をみなさんでお祝いしたんですかぁ?」
「お、おう。悪かったか?」
「悪いですよぉ。わたしだって、お祝いしてさしあげたかったですぅぅ。」
「へ、陛下……すみません。我々の方も、気が回りませんで。」
「急にマルセルが思い出して、勢いでルヴァさまの執務室に押し掛けてしまったから……なあ?ゼフェル?」
「そーなんだよなー。えーと、怒って……いるみてーだな……」
「怒ってます!せめて今からでも……もう、遅いですよね……」
 泣き出しそうになってしまったアンジェリークに、守護聖の彼らはとても弱い。オスカーの提案で、とりあえずルヴァの執務室に出かけることにした。
 もちろん、ルヴァは出かけてなどいなく、今日も執務室の奥深く、鬱蒼と積まれた本の間で、なにやら調べものをしているらしい。彼らの姿を認めると、ルヴァがいつもののんびりとした口調で声をかけた。
「おや?どうしました?みなさん、おそろいで。陛下まで。」
「ルヴァさま。遅くなってごめんなさい。お誕生日、おめでとうございます。わたし、何も知らなくて、この間、みなさんで一緒にお祝いしたのですって?」
「ああ、ありがとうございます。いやー。あれは、本当にびっくりしましたよ。何しろ、当人であるわたしが、すっかり忘れてしまっていたんですから。なんでも、ある地方では、わたしの誕生日に、守護聖のみなさんがしてくれたようなことを、サプライズパーティーといいましてですね、本人が忘れてしまっていることを、周りの人間が覚えていて、こっそり用意してびっくりさせようという、いわゆるお遊びの催し物があるようなのですねー。わたしのときがまさにそれで、その文献を見つけたときは、本当に嬉しかったんですよ。」
「へー。あれはそーいうものだったんだ。」
「サプライズ……パーティー……」
 『サプライズパーティー』その言葉を聞いたとたん、アンジェリークの瞳がきらきらと輝いた。オスカーがそれに気づいて、そっと声をかける。
「陛下……?」
「やってみたいです!わたし!ああ、でも、ロザリアの誕生日はまだ先だし、誰か、いないかしら……?びっくりさせてあげたい人って。」
「え?」
「あー?」
「うーん。」
「いた……だろうか……?」
 アンジェリークの言葉に、皆が一様に考えこんだときだった。ぱらぱらとノートのページをめくっていたルヴァが、やはりのんびりとした口調で、ある名前を見つけた。
「あー。いましたよ。ちょうど、3週間先に。」
「本当ですか?どなたですか?」
「ジュリアスです。」
「ジュリアスさま?」
「げ。」
「じゃあ、ジュリアスさまのお誕生日を、その、サプライズ・パーティーですることにしましょう!きゃあ。忙しくなるわ!ほかのみなさんにも声をかけてあげて下さいね!ロザリアにも言ってこなくっちゃ。」
 うきうきとしながらアンジェリークが、さっそくでていくのを、そこにいた全員はぼんやりと見送った。
「あー。陛下?」
「行っちまったぜ。」
「本気……ですかね?」
「本気だろうな。」

 アンジェリークのこの話を聞いたロザリアは、彼女もまた、大いに乗り気になったのはいうまでもない。
「じゃあ、お料理もたくさん用意しなくては。」
「ええ!うふふっ。楽しみね!ロザリア!」
 かなりたくさんになるであろう料理の材料と飲み物は、先の試験の時の関係者、チャーリーに依頼することにして、さっそくふたりは計画を立てはじめた。
 話を聞いた商人チャーリー。彼も当然のように乗り気になり、自分も参加したいと言い出した。他に関係者であった人たちにも連絡を取り、いつのまにか、先の女王試験の関係者などが全員集合することになってしまった。中には純粋にお祝いしたいと思っているものだけではなく、『ジュリアスをびっくりさせる』というところに興味を持ったものもいたようだったが。
 そうなると、新宇宙のふたりを無視するわけにはいかなくなってくる。ジュリアスが誕生日を迎えると知ったら、彼女たちも、もちろん参加したいと言い出すのに決まっているからだ。

 かくして、新宇宙の女王アンジェリークと、その補佐官レイチェルも呼ばれ、彼女たちは前日からの参加となるものの、それまでの間にこちらでもいろいろと準備をすることになった。

 そして、誕生日の前日。
「さて。お集まりの皆さま。作戦の相談と参りましょう。」
 今回のパーティーのメンバー全員が、ここ、女王補佐官の執務室に集まっていた。新宇宙からは、アンジェリークとレイチェルのふたりだけかと思いきや、なぜかアリオスまで集まっている。
「だいたい、当日にならないと用意できない食べ物以外は用意できましたね。それでは、具体的にどう驚いていただくか。いい案はありませんか?」

「(ひそひそと)なあ。気のせいか、クラヴィスさま、めっちゃのり気でいるような気ぃ、せえへん?」
「メルも、そう思ったの。作戦を練っているときは、必ずいるのよね。」
「ぶっきみやなあぁー。」
「そお?ぼくはそうは思わないけど。」
「しかし、さすが守護聖さまたちや。どこにクラヴィスさまがいても、なーんも気にしとらんっつーか……」
「エルンストさんも、見えてないみたいですよ。あの人は、ひとつのことに熱中するとほかが見えなくなるみたいだけど。」

 会議は、まず、ジュリアスの居場所を確保するというところからスタートした。ジュリアスを確実に確保しておける場所。私邸か執務室のどちらか。誕生日は平日であるため、私邸での確保はまず無理。ということは、執務室に彼を確実にとどめておかなくてはならない。そのあと、何らかの方法で執務室を追い出す。その隙に会場のセッティングをしておき、戻ったところで盛大にパーティを開く、ということに決定した。
 そこで問題となるのが、ジュリアスを執務室に確実にとどめておく方法と、セッティングをしている間、確実に執務室から追い出す方法であるのだが。確実にとどめておく方法はともかく、よほどのことがない限り彼が執務を放棄して出かけるということはありえない。アンジェリークが女王命令で呼び出すという方法も提案したが、女王執務室と守護聖たちの執務室は、セッティングに充分な時間がとれるほどには離れていない。最終的にジュリアスが思うように動いてくれなかったときの非常手段にするということで話がついた。
 とりあえず、確実にジュリアスを執務室にとどめておく方法としては、彼の趣味であるチェスを用いることになった。たまに執務の気晴らしにチェスを楽しむことは、もちろんある。
 チェスの相手をするのはエルンストにするということはすぐに決まったが、どうやって誘うのかが問題になった。エルンストが平日の勤務中にジュリアスを、彼の執務室でチェスを誘う、というシナリオが、どうしても不自然だったからだ。
「そーぉだ。最初にオスカーあたりが誘って、途中でエルンストに交代するっていうのは。どうかなぁ?」
 オリヴィエのこの言葉の裏にはジュリアスを執務室から追い出すときにオスカーがそばにいると、すべての用事をオスカーが言いつかってしまい、作戦が台無しになりかねないので、オスカーが担当からはずされたという背景がある。
「いつ、どうやって交代するんだ?」
「そこんところはね。たとえばお子ちゃまたちに騒ぎを起こしてもらって、注意をしに行くとかなんとか。」
「そうか、それならなんとかなるかも知れないな。」
「それでは、ジュリアスさまの居所の確保はその線で行きましょう。次に、どうやって執務室からジュリアスさまを追い出すか。今度は、けっこう難しい注文ですね。」
 エルンストが、几帳面にノートに概要を書き込みながら、作戦の次のステップを提案する。
「オレたちでまた騒ぎを起こすかぁ?」
 考えるのがだんだん面倒にでもなったのか、ゼフェルが先ほど、オスカーをジュリアスの執務室から追い出すのにつかった作戦をそのまま使おうとした。
 もちろん、オスカーがそれを承認するわけがない。
「それはやめろ。止めに行くと言ってでてきた俺の立場がなくなる。」
「あぁー。そっかぁ。じゃあ、この案は使えねーな。」
 もちろん、ゼフェルも本気でそういったわけではないらしい。あっさりと発言を翻す。
「んー。なんか、ないかなぁ。ジュリアスがぁ、エルンストをつれて執務室を出ていきたがるような、インパクトのある、なにか……」
「そぉや、アリオスさんに偽物呼んでもらう、あかん、か?」
「無茶を言うな。今の俺にあいつらがついてくるかどうかもわかんねーし、だいたい、復活まで時間がかかるぜ。間に合わねえよ。」
「どれくらい、かかるのでしょうか?」
「さあ、なあ。」
「却下!却下だ。オレはあの根暗にはもう会いたくねーぞ。」
「同感ー。わたしも、あんなセンスのないのとは会いたくないね。」
「おめーのセンスには誰もついていけねーよ!」
「あんたについてこいとは、ひとっことも言ってないでしょうが!」
「ああー。みなさん、落ち着いて……」
 なんだか、だんだん本筋から離れてきているようである。
 見かねてリュミエールが、そっとクラヴィスに話しかけた。
「クラヴィスさま。クラヴィスさまなら、何かいい案があるのではないですか?」
「ふむ……?ないことも、ない。」
 クラヴィスの発言に、全員が注目する。
「なぁんだぁ。あるんなら早く言ってよ。それで?なにすんの?」
「……ゼフェルの……爆薬を使う。公園かどこかでなったと、あれに思わせるなら。」
「大きな音をたててジュリアスさまとエルンストさんを執務室から飛び出さずにはいられないようにするわけですね?」
「すごいなあ。クラヴィスさま。ぼく、考えつかなかった。」
「それは名案です。それで、エルンストが途中でジュリアスさまに気づかれないように脇道かどこかに入って、こちらに戻ってくれば、エルンストを探して王立研究院まで行ってくれるかも知れませんね。」
 クラヴィスの発言は、皆が納得したようだった。思わぬ名案に、トントン拍子に話が進む。
 結果、爆弾を鳴らし、回収してくるのが、この中でも特に足の速いランディの役となった。

「そろそろ、ジュリアスさまの執務が終わる頃だな。」
 誕生日当日。ジュリアスの執務室のドアが見えるあたりにオスカーとヴィクトールの姿があった。彼らふたりは、特にセッティングに重要な力仕事を任されている。ジュリアスの誕生日なのだからと、使用人たちを使わない方針にすることが決まったのだ。もちろん、彼らふたりが提案したことだった。
 そして、とうとう作戦が始まった。オスカーがジュリアスの執務室に消える。

「セイランさま。ここの飾りは、どうしましょう?」
「うーん。花の形にクリームを付けようかな。ああ、僕がやるよ。」
 女王執務室では女性陣に混じって、なぜかセイランとメルが、ケーキや食べ物の最終的な仕上げにかかっていた。
「お、おいしそぉう。」
「こら。メル。つまみ食いは、だめだよ。せっかく、この僕が飾り付けをしたんだから。」
「はぁい。セイランさん……」
「パーティーさえ始まってしまえば、すぐにでも食べられますからね。」
「はーい。」

 そしてクラヴィスの執務室には、チャーリーの指揮する商人軍団(さすがにここまでは人数の関係もあり、外部の手を借りなければならなかった)が、ジュリアスに気づかれないよう、細心の注意を払いながら飲み物を運び込んでいる。
「そうやそうや。そぉっとやで。目標のお人は隣の部屋やさかいな。気ぃつかれへんようにな。」

 やがてゼフェルたちのメカの音が響きだした。どうやら、運ぶべきものは運び終わったようだった。クラヴィスの執務室にさえ運び込んでおけば、あとは目標は隣の部屋である。オスカーも、無事にエルンストとの交代を果たしたらしい。クラヴィスの執務室にするりと入り込む。
 だいたいの準備が整った頃、公園にいるはずのランディにセイランが合図を送る。もちろん、ここで爆薬を仕掛けて鳴らしたあと、ランディが回収していくことなどを公園にいる人々に口止めするのは忘れない。

 大きな音がまた響き渡り、首尾よくジュリアスがエルンストをつれて執務室を飛び出した。時間を稼ぐため、馬を使わせないように根回ししておいたから、セッティングは何とか間に合うと思うのだが。
 ジュリアスが外にでたのを確認して、オスカーがさっそくヴィクトール、アリオスの力仕事担当ふたりに声をかける。
「急ぐぞ!アリオス!ヴィクトール!」
「はい!」
「まかせろよ!」

 階段で、せっかく作ったクッキーをルヴァが廊下にこぼしてしまうといったハプニングはあったが、おおむね作業は順調に進んでいった。

 会場の飾り付けは、マルセルとゼフェルを筆頭に、メル、ティムカといった面々ががんばっている。
「料理はこれで終わりです。僕も、飾り付けを手伝いますよ。」
「陛下たちは?」
「着替えてくるそうです。」
「女の支度は、なげーからなー。まさか、遅れたりしねーだろーな。」
「どうでしょうね。」
「あー。エルンストが戻ってきましたよー。」
 ルヴァの、のんびりとした声が聞こえてきた。どうやら、クッキーをこぼしたかどでロザリアにしかられてしまったルヴァが、窓に陣取って見張り役をしているらしい。

「ジュリアスが、戻ってきましたよ。」
「陛下!早く!」
 ようやく、準備がすべて整い、全員にクラッカーが渡された。エルンストが手際よく使い方を説明する。

 そうこうするうちにジュリアスの足音が、衣擦れの音と共に聞こえてきた。
 ようやく、その瞬間が来たのだ。ティムカが明かりを落とす。
 ドアが開き、ジュリアスの顔が現れた。一瞬、暗い執務室に驚いた彼は、どうやらクラヴィスの執務室に入り込んだと思ったらしい。
「!すまぬ。どうやら、間違えたようだ。」
 出ていこうとするジュリアスに向かって、軽い破裂音が響いた。アンジェリークがクラッカーを鳴らしたのだ。それを合図に明かりがともる。
 アンジェリークを中心にしてルヴァとクラヴィスに迎えられたジュリアスは、『鳩が豆鉄砲をくらった』ような表情をして立ちつくしている。
 計画は、見事に成功したのだ。

 宴会もたけなわ。グラスを片手にしたオスカーが、アンジェリークに話しかけている姿が、壁際にあった。
「陛下。これで満足されましたか?」
「はい。オスカーさま。今度は、誰のお誕生日にサプライズ、しましょうか?」
 にこにこと笑うアンジェリークをしばし眺めやってオスカーはかしこまったように片手を胸のあたりに当てて敬礼の形にした。
「……はい。何度でも、お申し付け下さい。」
「うふふっ。こういうの、わたし、大好き!」
「ほんと、おもしろかったねえ!」
 どこからかマルセルが現れて、アンジェリークと頷きあう。
「今度は、おまえたちにもテーブル運びをさせてやるからな。覚悟しろ。」
「えぇー」
 オスカーとマルセルの、そんな冗談なのか本気なのかわからない会話に笑いながら、アンジェリークは、こっそりと次の計画を考えているのだった。