そ よ 風 の 小 径

第17回  「俺、おまえの絵、好きだよ。」  (2009年 7月 12日)

  人生には幾度かの転機があることを還暦を迎えて実感しています。その時をどう選択するかは、周りにいる

 人との関わりが大切な鍵になることも。

  今、毎日絵を描くのが当たり前のようになっています。子供の頃から描くのが好きでしたから、これは幸せな

 ことだと思っています。けれど、あのとき選択を違えていたら、こうした日常はなかった、と思える出来事があり

 ました。

  30代を迎えて間もない頃、引っ越してきたばかりの豊橋で夫とともに喫茶店でモーニングタイムを過ごして

 いた時のことです。二人の娘たちはそれぞれ小学校と幼稚園に出掛け、たまたま平日に休暇が取れた夫と

 久しぶりにゆっくりとした時間を持つことができました。

  その時私は自分自身のこれからのことを相談していたのです。夫とは絵の仕事に就いていた東京で出会

 い結婚して既に7年が過ぎていました。結婚を機に絵の仕事を離れ、7年間は夫の転勤に伴い、引っ越しの

 繰り返し。鹿児島市から豊橋に移ったのは5度目の引っ越しで、長女が小学校、次女が幼稚園に通うように 

 なった時でした。子供たちを学校や幼稚園に送

り出した後、まとまった時間が持てるようになると

私は絵を描くという生活をもう一度してみたい、と

思うようになりました。

 子供を幼稚園バスの停留所まで、送り迎えする

道々に出会う野の花が無性に描きたくなったので

す。

 けれどもその頃の時代の選択は、子育てが一段

落した主婦は将来を見据えてパートに出て家計を

 助けるというのが一般的でした。専業主婦を続けていると  「いいご身分で。」 などと言われてしまうのです。

  絵が仕事になるようなら申し分ないことですが、そんな保証もないままにただ好きだからという理由だけで、

 始めていいものかしら。働きに出ないで家で絵なんか描いていたら、いろいろ批判されてしまうかもしれない。

  夫に聞きたかったのは、そのことでした。

  「描いてごらん。」 夫は言いました。そして 「俺、おまえの絵、好きだよ。」 と付け加えたのです。

  その言葉は、絵を一生の仕事として歩み出すのに、少しの不安とためらいがあった私の背中を優しく押して

 くれたのです。

  30代のあの日に交わした会話と選択、それが今の私の活動につながっているのです。

  ありがとう。今でもあの時の言葉 「俺、おまえの絵、好きだよ。」 は、私を励まし、支えてくれているのです。
   

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