そ よ 風 の 小 径  パート2

第31回  月 遅 れ の 桜  (2013年 6月 1日)

   今年の作品展は、春真っ盛りに開催しましたが、それも4月21日をもって終了しました。この間は楽しくも心忙しい時期でも

  ありまして、なかなかじっくりとした目線で描きたい対象と向き合うことができないのが実情です。ですから、会場に足を運んで

  くださった皆さんにお礼の葉書を投函した頃には早、次は何を描こうという思いでむずむずしてきます。そんな折、友達連れで

  作品展に来てくれた人からこんなお話しをいただきました。  

  「昨年の春に逝った夫の遺影の隣にあなたの桜の絵を飾りたいのだ

 けれど」 その絵を描いてもらえないだろうかという依頼です。

  昨年のその時、彼女がどれほど哀しみにくれていたかを知る者とし

 ては、気持ちよく引き受けたい注文ではありました。でも、そんな熱い

 想いを受けとめるだけの絵を描くことができるだろうか、という戸惑い

 も生まれました。

  正直に言って、今を盛りと咲いている藤や石楠花に既に心の大部

 分が染まっているのも事実でした。今はもう葉桜に変わった自然界

 のものを心の中で再び満開にするには、それなりのエネルギーがい

 るんですよね。・・・もっともこれは描く側の論理ですが。

  それでも彼女が抱いている桜のイメージをたぐるよすがを得たくて

 「どんな花を描いて欲しいのですか?」と聞いてみました。

 愛する人の想い出を語る人の目は、こんなに美しいものなのでしょうか。彼女はてらいのない口調で言いました。

 「夫は花見の時期の喧騒が好きでなくて、いつも花が散る頃、それもたくさんたくさん散る時を見計らって、一緒にお花見に

出掛けたものだったの」

 そこまで語ったとき、彼女の目から涙が溢れだしました。

 「もう、涙は出し尽くしたのにと思っていたのにね」

 と泣き笑いする人を前にしながら、私の心の中で彼女に渡す桜の絵は出来上がっていったのでした。

そよ風の小径へ そよ風の小径一覧へ トップページへ戻る
新エッセイの部屋一覧へ