そ よ 風 の 小 径  パート2

第20回  拝啓 いわさきちひろ様  (2012年 7月 1日)

     あなたが 「戦火のなかの子どもたち」 を出版されてから、40年という月日が流れました。その頃ベトナムでは

    長いこと戦争が続いていて、ナパーム弾がその地を焦土と化していたのです。

     あなたは子供の本を描く絵描きなので、戦争の真下で暮らさざるを得ない子供たちに、とりわけ熱い思いを抱き

    ながら、この本を作られたのでしょう。

     ページをめくると見開きいっぱいに赤いシクラメンが描かれ、その中に子供たちの表情が浮かび上がります。お

    そらくは戦火の中で死んでいった子供たちの鎮魂歌を、あなたはこの絵に託したのではないでしょうか。


       赤いシクラメンの そのすきとおった花びらのなかから

       死んでいったその子たちのひとみがささやく

       あたしたちの一生はずーっと戦争のなかだけだった

   ベトナムは今、目覚ましい復興を遂げ、経済成長も進んで

  います。でも・・・この地球から戦争は無くなってはいません。

  アフガニスタンの泥沼はなお深く、シリアで起きている内戦

  状態は、目を覆うばかりです。

   私は夜寝る前にニュースを見ないことにしています。その

  現実に耐えられないからです。大人たちのかざす正義という

  名のもとで起きていること、そのはざまで奪われている幼い

  子供たちの未来。

   ちひろさんが生きていたら、どう思われるでしょう。

  あなたが亡くなる数年前に、私はあなたのアトリエを訪ね、あなたと言葉を交わしました。そのときの私はまだ就職先

 も定まらない、場末の画学生で、ただ熱烈なちひろファンでした。そんな一ファンのために時間を割いてくれて、絵描き

 としての未来を励ましてくれたあなた。

  その後結婚し、子育てをするなかで、もう絵筆を取ることもないだろうと思った日もあったけれど、還暦を過ぎた今、

 安定した創作時間を持てるようになったことは、何かの示唆かも知れませんね。

  あなたの描くこのうえない美しい世界に惹かれて、水彩画を始めましたが、あなたの目指すところは、表面的な美で

 はなくて、その先にある人間としての豊かさ。そんなことが見えてきました。

  思えば、ちひろの模写から入った私の水彩画でした。模写は卒業したけれど、その熱い志を受け継ぎながら、これ

 からも私なりの花の絵を描いていこうと思うのです。

  いつの日か、花の水彩画家と呼ばれる時を目指して。

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