そ よ 風 の 小 径  パート2

第19回  アカツメクサと子ウサギ  (2012年 6月 1日)

     先日、賀茂菖蒲園へ行く途中に、豊川堤防で採取してきたアカツメクサを描いていたら、絵本の中にこの花を描い

    た作品があったことを思い出しました。さっそく記憶をたどって自宅本棚の隅の方にある絵本コーナーを探してみた

    ら、ありました!

     シートン動物記で知られるシートンの最初の単行本の中の一編で「ぎざみみぼうや」というのでした。このシリーズ

    には「おおかみ王ロボ」や「名犬ビンゴ」なども収められています。

     このお話に登場するのは、ワタオウサギと呼ばれる尾が白い兎です。尾の上面は体と同じ褐色ですが、下面が白

    くて、これを持ち上げると綿の塊のように見えるので{綿尾}の名が付いたのです。ワタオウサギの種類は13種類と

    いうことですが、このお話に出てくるぎざみみ親子は、沼地に住むヌマチワタオウサギです。足の指が広がっていて

    泳ぎがうまく、敵に追われると水に飛び込んで難を逃れるそうです。

     そんな予備知識を基に、改めて絵本を読んでみました。

  池に近い草原にワタオウサギの親子が住んでいました。

  ある日、お母さん兎は用事で出掛けることになりました。

 好奇心旺盛な子兎を心配して、お母さん兎は、

 「決して巣の外に出てはいけませんよ」と言い聞かせて森

 に出掛けていきました。けれど、子兎は聞き慣れない変な

 音に興味を抱いて巣穴から外に出てしまいます。それは

 獲物を探してうろついていた大きな蛇でした。逃げようとし

 たけれど間に合いません。蛇は子兎の片方の耳に噛みつ

 きました。

  そして長い体をずるずると動かして、たちまち子兎をぐるぐるまきにしてしまったのです。

  「お母さん、助けて!」

  その声を聞きつけてお母さん兎が走ってきました。そして尖った後ろ足の爪で蛇の体を思い切り蹴飛ばしました。その

 痛さに思わず蛇が子兎の耳から口を離したすきに、子兎は蛇の輪から抜け出して逃げることができたのでした。でも、

 蛇に噛まれた子兎の耳は傷が癒えてからも、ぎざぎざのままでした。そんなわけでこのワタオウサギは、{ギザミミ}と呼

 ばれるようになったのでした。

  やがて成長して大人になりつつあるギザミミにお母さん兎は、生きていく上で大事なことを少しずつ教えてくれました。

 たくさんの敵から身を守るための逃げる方法の数々です。例えばこんな話です。

  動かないでじっとしていれば、ワタオウサギの茶色の毛は木や地面の色によく似ているから、敵に見つかりにくいとい

 うこと。でも、もし見つかってしまったら、野バラの茂みに逃げ込むこと。犬や狐のような天敵にとって、野バラはとげが

 あって入ってこられない場所だけれど、兎にとってはいい逃げ場所になるということ。

  兎が走った後には、兎の臭いがずっと付いてくるから、犬や狐はその臭いで追いかけてくる、そういうときには、水の

 中に逃げ込みなさい。水は臭いを消す力があるから。そういう大切なことを教えてくれたお母さん兎とも、やがて別れの

 ときがやってきます。

  秋が過ぎて寒い冬の夜。体を寄せ合って眠っていた二匹のもとに、一匹の狐が忍び寄り、狙いを定めたのです。一瞬

 の差で二匹は逃げましたが、子兎が逃げ切れないのを悟った母兎は、わざと狐が自分の方を追いかけるように仕向け

 ます。やがて追い詰められた母兎。目の前には氷が浮かんだ池が迫ってきます。ワタオウサギは泳げるのですが、さす

 がに真冬の池の冷たさにはかないません。母兎は雪の塊に押し流されて、水の中に沈みました。

  狐から逃れることができたギザミミは、ゆっくりと地面を叩いてお母さんに信号を送りました。{ お母さん、出てきて }と

 いう信号です。お母さんに教えられたことのひとつに、信号のしかたというのがありました。その音は、地面を伝わって

 ずっと離れたところにいる相手に届くというものです。兎は耳がいいので、ちゃんと聞き取ることができるのです。まず、

 {とん}と叩いたら{気をつけろ}ゆっくり{とんとん}と叩いたら{こっちへ来い}という意味です。速い{とんとん}は{危険

 だぞ}そしてとても速い{とんとん}は{命がけで走れ}という意味になります。

  お母さんに教えられた信号でギザミミは{お母さん、出てきて}を繰り返しました。でも、それに応える音はどこからも

 聞こえてきませんでした。・・・・・・これが、シートン動物記の「ぎざみみぼうや」のお話しです。

 この絵本を子供たちにせがまれて、就寝前に読んで聞かせたのは、何十年も前のことになりますが、不思議とその

挿し絵の中で草原に揺れるアカツメクサのことが、思い出されました。それで久しぶりに絵本を開くことになったわけです。

 探していた絵は本のほぼ真ん中にありました。見開きで2ページにわたって草原が広がっています。その右と左の端に

母兎と子兎が見つめ合って何か交信している気配。多分、信号の音を聞き分けているところなのでしょう。野原にはアカ

ツメクサとシロツメクサが風に揺れて、小さな虫たちが躍っています。行動美術協会会員のたかはしきよしさんの精密な

絵が添えられたことで、話の内容がいっそう理解しやすくなっていることも嬉しいことでした。

 子供たちに買い与えた絵本の多くは、引っ越しの度に処分することが多かったので、この本は特別の思いがあって本

棚の隅に置かれたのでしょう。これを読み聞かせた子供たちは既に家を離れ、それぞれの場所で新しい家族との生活

を営んでいます。その子らに対して、私は本当に大切な人生の指針を手渡すことができたかしら?そんな思いがふと心

をよぎりました。命がけで生きることを教えたギザミミのお母さんにはとても及びません。それにしても改めて絵本の持つ

魅力に触れた大切な時間でした。今度、孫が遊びに来たら、是非読み聞かせしたいものです。

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