そ よ 風 の 小 径  パート2

第16回  予期せぬ入院  (2012年 3月 11日)

     2月19日の朝刊、一面には 「天皇陛下  手術無事終了」 という文字が躍っていました。東大病院で18日に

    行われた心臓の冠動脈バイパス手術は、4時間の長きに及んだということです。公務復帰を見据えての治療であ

    るという報道を聞くにつけ、どうか十分な療養をしていただきたいと願わずにはいられません。

     この報道がとりわけ気にかかるのは、同時期に胃癌の手術を受けるために入院した夫への思いが交錯するから

    でしょうか。

     日本人の4人に1人が癌にかかるという統計が出されたのは、20年以上も前のことだったと記憶しています。そ

    れが今では2人に1人が癌患者と聞かされ驚いています。

     それにも関わらず、一向に健診を受けようとしない私を心配して、一緒に人間ドックを受ける手続きを夫がしてく

    れたのが、昨年の暮れでした。

  夫自身は定年退職した一年前まで、毎年定期的な検査を

 していたのです。スポーツマンで健康管理に怠りない夫の身

 に、そんな事態が起きようとは想像だにしていなかったので

 すが、検査の結果は胃癌通告でした。しかもたちの悪いス

 キルス胃癌とのこと。取り乱す私に夫はぽつりと一言。

 「なってしまったものは仕方がない」

  言われてみれば確かにその通りです。早期発見できたこと

 を幸いと受けとめて、治療に励むことにしました。

    担当医の指導に従って、入院、手術の日程も決まりました。2週間あまりの入院準備を始めた夫は、やけに生き生き

   しています。退職後は時間がたっぷりあると思っていたのに、なかなかそうもいかなくて、いつか見るために録画してい

   たDVDや単行本、それにパソコンを携えて入院当日、夫は一人で病院に向かいました。

    その日、水彩画教室を控えていた私は、教室を終えた夕方病院に入り、夫と一緒に担当医の手術に関する説明を受

   けたのでした。なんでも夫の健康状態は、手術を受けるのに何の問題もなく、きわめて良好なのだそうです。

   「どうだ!」というふうに夫は胸を張ってみせるのでした。そんなことで自慢されてもねえ・・・。でも、しょんぼりされている

   よりはずっといいかも、と思い直しました。

    さて、入院までの日々、不安を一人で溜め込んでおくのが辛かった私は、友人達にそのことを話すことにしました。そ

   うすることで実際に気持ちが楽になったことと、こちらの想像以上に活きた経験談を聞く機会に恵まれました。内容を総

   括すると、胃癌は癌の中では一番質が良くて、医学の進歩で、もはや胃癌は死に至る病ではないというのです。

    「心配しないで大丈夫。経験者の私が言うのだから」

    そんなふうに言って励ましてくれた人の優しさが、経験を経て心に沁みています。

    どの手術でもそうでしょうが、辛くない手術なんてあり得ないことですもの。ともあれ夫は無事にスキルス胃癌から生還

   しました。病院の夫から家のパソコンに最初に届いたメールは、「退院したらホームページの更新をするから、原稿と作

   品を用意しておくように」でした。

    そうです。今あなたが見て下さっているのが、退院した夫が手掛けたマネージャーとしての最初の仕事でした。

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