そ よ 風 の 小 径  パート2

第12回  作 品 展 と 葡 萄  (2011年 11月 1日)

   10月17日から始まった今年の作品展も10月30日をもって無事終了しました。その間、多くの人に来ていただいた

  ことを感謝しています。

   水彩画教室の活動と並行して作品展の準備を進めるには、それ相応の工夫が要るのですが、今回は早いうちから

  準備を始めたつもりでいました。それにも関わらず思うように筆が進まず結局はいつものように、ばたばたとその日を

  迎えることになり、反省しきりです。

   私事になりますが、昨年秋に夫が定年退職をいたしました。結婚して38年、そのうちの3分の2ほど単身赴任して

  いましたから、一緒に暮らした時間は決して多くはないのです。それだからというわけでもないでしょうけれど、夫は今

  の私の活動にとても協力的で、何かと助けてくれるのです。そういう環境の下ならば、作品作りの方もさぞや順調であ

  ろうと思いきや、それが思惑どおりに行かないのが人生というものでしょうか。
  平凡な日常生活の中で出会う季節の花や植物をスケッチし、

 呼吸するように生まれてくる絵を生み出す、というのが私の理想

 なのですが、作品展の開催のように期限が限られている時は、

 そういうわけにもいきません。それで、無理矢理帳尻を合わせる

 ことになります。今回の場合も迫り来る期日に焦り、それならば

 と作品展のために描き始めたのが葡萄でした。困った時の葡萄

 頼みなんていう言葉が当てはまるかどうかはともかく、私にとって

 葡萄はいつも気持ちよく描ける題材です。もしかしてそれは幼い
 
 日の記憶に基づいているのかもしれません。

  私が生まれ育った長野県佐久は、田園地帯です。どの家の周りにも柿の木をはじめとして実のなる木や植物がふんだん

 に植わっていました。それが当時の子供たちのおやつになったりもしていました。

  我が家の庭には結構大きい葡萄棚がしつらえてあって、夏には広く葉が茂って木陰を作り、実りの季節にはたわわな葡

 萄が芳香を放つのでした。じつは見た目ほど美味しい実ではなかったのですが、蜂たちは終日その蜜を求めて葡萄棚の

 まわりを飛びかいました。

  そんな様子を眺めるのが好きな子供でしたが、その頃の記憶が背中を押してくれて、葡萄を描かせてくれるのかもしれ

 ません。勿論記憶だけで描くのは難しいので、葡萄の葉や蔓を描くために、春のうちに葡萄鉢を購入して折に触れてスケ

 ッチをしていました。果実は夏の終わり頃から店頭に並び始めたものを吟味して買い込み、食卓に上がる前にスケッチ。

 時には誘惑に負けて、描かないうちに軸だけになってしまうこともありましたけれど・・・・

  なにはともあれ葡萄の絵が多かった今年の作品展も終わりました。

  遠くから訪ねて下さった皆様、本当にありがとうございました。また、お会いしましょう。

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