新エッセイの部屋

 第 38 回  美瑛と前田真三( H20年8月30日 )

  花を撮ることにおいて卓越した眼を持っていたカメラマン前田真三のギャラリーが、美瑛の丘にあることを

 旅から帰ってきてから気がついたことを前回述べました。今回はその続きです。

  グラフィック社から出ている花の写真集 {百花有情}は、愛読書のひとつです。日本全国を旅して撮った

 花の写真に添えて彼のこんな気持ちが添え書きされています。

  「花の写真を撮るとき心がけているのは、端正に撮る ということである。このことは、花を美しく表現する

 ただひとつの方法であると共に花の心にも添うものである。」。

  自分の思いに重なるところがあるからでしょうか、

 私はこの写真集からたくさんのことを教えられてきま

 した。その人が、「奥三河」を撮った写真で毎日出版

 文化賞を受賞したことを聞いて、「ああ、風景も撮る

 んだ。」と頭の隅で考えたときにもう一歩踏み込んで

 他にはどんな写真を撮っているのだろうという興味を

 持っていれば、彼こそが丘の町、美瑛を全国に知ら 

  しめた風景写真家の第一人者だったことを認識した上で、その土地を訪ねることもできたのでした。

   前田真三年譜によれば、1971年(昭和46年)49歳の時に、日本列島横断撮影旅行を約3ヶ月にわた

  って敢行し、富良野盆地一帯に日本の新しい風景を発見、この頃よりカレンダー、CMポスター等に多数の

  写真提供が始まったということです。

   そう言われてみれば、駅やその他の場所で印象的な風景写真を見かけるようになったのも、その頃だっ

  たかもしれません。その後、55歳の時に奥三河に通い始め、8年後それが写真集となって前に記したよう

  に毎日出版文化賞を受賞するわけです。

   北海道美瑛町に写真ギャラリー拓真館を開設したのは、1987年、65歳の時でした。丘陵地帯周辺の

  ハイビジョン撮影も、この頃始めたということですから、撮影者が誰とも知らないままにその風景に憧れ、

  いつかこの眼で見たいと長いこと願ってきたのでした。

   実際に訪れた丘陵地帯はいうまでもなく美しい風景が広がる土地でした。でも、起伏に富んだ場所で土

  を耕し、長い冬をあの土地で過ごす人々にとっては、夏の短い期間だけ訪れる旅人には知り得ない思い

  があるだろうと想像されるのでした。 

拓真館と同じ美瑛町にある榎木孝明美術館

  講談社から出ている 「前田真三写真美術館 8 丘の春」には、撮影の合間に野良仕事を手伝う前田

 真三の姿が紹介されています。ああ、これが前田真三という人の写真家としての姿勢なのだな、と思った

 ことでした。

  日本の中で、もっとも厳しい自然と対峙して生きる人々、そこで生活する人々に共感しながら寄り添って

 歩みを共にしてきた先に、拓真館があるのでしょう。

  旭川 大雪広域文化施設ガイドというガイドブックが手元にあります。それによると拓真館は町内の廃校

 となった学校の跡地を利用して造られた建物で、館内には美瑛や富良野の丘を撮り続けた前田真三の代

 表作品80点を常設展示しており、絵はがきや名刺カード、カレンダーなどが販売されているそうです。約

 8000坪ある敷地には、四季折々の草花を楽しむことができ、白樺の散策コースもあるということでした。
 
  今年は行くことができなかった拓真館ですが、来年は是非訪れることにします。旅の同行者に告げると

 快く了解の返事が返ってきたのですから。
  
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