新エッセイの部屋

 第 21 回(H19年3月)  春を待つコート 

  暖冬の今年、手持ちのコートが少し重く感じられて、新しい外出着を買いに出かけました。いつもアドバイスを

 してもらいながら選ぶブティックでピンク系のハーフコートが「お待ちしていましたよ。」というが如く掛かっていま

 した。しかも春物が大半を占めるお店の隅に追いやられてのお値打ち価格で!

  襟が少し高くて胸の前に大きな三つボタンがあるだけの、ごくシンプルなデザインは、そのぶん色を楽しむこと

 ができそうです。

  家に持ち帰ってハンガーに掛け、改めて新調した服を

眺めるのは、楽しいものです。

 早速次の水彩画教室に着てゆこうと思いました。そんな

ことを思い巡らしていたら浮き浮きしてきました。なんだか

子供の頃味わった遠足の前日の気分に似ています。

おそらく桜のつぼみが膨らむ頃までの2ヶ月余り、お世話

になるだろうと思われるコートの色が気になり出しました。

お店で買い求めるときに私はピンク系のコートを買ったつもりでした。ところがそのコートを見て娘が言った言葉は、   

「その薄紫のコート、素敵ね。」 でした。

 言われてみれば確かにピンクというよりも、紫をイメージさせる色でした。私が水彩画を描くときに使うホルベイン

水彩絵の具でいったら、ライラックとバイオレットグレイの中間くらいに位置する色です。バイオレット系はどのみち

微妙に繊細な色ですので、言葉で表現するのは難しい部分もあるのですが、それだけにこだわってみたくなるのです。

そんなときに本棚から引っ張り出すのは、小学館の「色名ガイド」です。この本は、日本の伝統的な色名と一般的に

使われている色名とを358色選び、色名ごとに色見本を示し、そこに様々な日本の文献から採取した用例を添えて
 
あるのです。

 色彩感覚は時代により、また個人によって流動的でありますから、私がピンク系と感じた色を他の人が薄紫と表現

してもなんの不思議はないでしょう。ただ私は時々美しい色に出会ったとき、いにしえの人はこの色をどう表現したの

かを知りたくなるのです。

 そんなわけで紐解いた「色名ガイド」でした。それによりますと、「紅梅」あるいは「薄紅梅」あたりが私の新しいコート

の色を表すのには適当と思われます。

 それを知ったからどうだというわけではありませんが、色の風物を育んだ日本の伝統色名を時々でも思い起こし、

新たに定着しつつある慣用色名を確かめながら、めまぐるしい変化を続けている現代社会の中にあっても多彩な色

の世界を私なりに享受してゆきたいと思ったのでありました。
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