エッセイ 
(第1回 2002.6)



  水彩画と私


  『絵を描くことは私にとってワインのようなものです。それに酔うことで人生 

  はすっかり温められ、これに耐えることができるのです。』

これは晩年のヘルマン・ヘッセの言葉です。

 若い頃、人生の意味を求めてヘッセの著書をむさぼった時代がありました。生きて

いるのが辛くて、これ以上前に進めないと思った時、彼の本は私のバイブルになりま

した。年を重ねて、傷つきやすい私の心もそれなりに逃げ道を見つけることができる

ようになりました。とりわけ水彩画は美しい色彩とともに、私の中に溶け込んできて、

花を描くことで私自身がいやされている、そんなふうに感じています。

ヘルマン・ヘッセが水彩画に親しんでいたというニュースを知った時、何とも言えない

嬉しさに包まれました。文学の世界では雲の上の人だったけれど、同じような筆を使い

同じ色をパレットの上に乗せて  『この花はどんな風に描こうか?』  と小首を傾げ

たりしていただろう文豪のことを想像すると、楽しい気分になるのです。

  描くことは今、私にとって生きることそのものです。そして描く力を与えてくれるのは

自然の中の花、また私を取り巻く多くの方々の支え。5年前からNHK文化センターで

水彩画の講師をしています。そこで出会う、お一人びとりとの交流もまた、私の中にエ

ネルギーを注ぎ込んでくれるようです。

あと何年絵筆を持ち続けることができるでしょうか。生涯を水彩画家でいられることが

私の願いです。

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