村上玄水旧宅



 
中津市指定史跡
大分県中津市諸町1780
建築年代/文政9年(1826)
用途区分/医家(中津藩御典医)
残存建物/主屋・土蔵
公開状況/公開
中津城址南方に所在する医家建築である。現在でも子孫の方が付近で村上医院を営んでおられるが、当家は寛永17年(1640)に初代・宗伯が大阪に学んで帰郷後に当地にて開業、代々医術を持って続いた家柄で、特に7代・玄水は文化8年(1811)、九州で最初の人体解剖を行い、「解臓記」を著したことで知られる。江戸中期以降は中津藩の御典医として知行を受けながらも町医者としての役割を忘れることなく庶民の診療も続けられたようである。文政9年(1826)の時点で中津藩御典医として知行100石10人扶持の俸禄を受けていたというから、小藩ながらに破格の扱いを受けていたことが判る。その証が商人町に残る町家形式の当住宅ということであろう。




 

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