清岡家住宅
Kiyooka



田野町指定文化財
高知県安芸郡田野町土生岡4577
建築年代/不明
用途区分/郷士
指定範囲/不明
公開状況/公開
県東部の田野町北方に所在する郷士住宅である。田畑が広がる土生台地の最奥部に石垣を組み正面に冠木門を開く屋敷は、一見して当家がこの台地の開拓主であることを示してくれる。その背後には簡素ながらも式台玄関を構えた主屋が建つ。住宅は幕末の野根山事件の首謀者である清岡道之助の旧宅として案内されているが、15代藩主・山内容堂によって投獄された土佐勤王党の首領・武市瑞山の助命嘆願に同志23人が屯集した廉で逆に捕縛斬首された事件を知る者が今の世に一体どれ程いるだろうか。

清岡道之助成章について
武市瑞山の土佐勤皇党に参加。
元治元年(1864)、瑞山の釈放と藩論の統一を求める嘆願書を藩庁に提出して、野根山に屯集。
藩兵に包囲され、阿波で捕らえられる。同年9月5日、奈半利川頭で処刑された。享年33歳。
その後、土佐藩では安政の大獄による謹慎を解かれた山内容堂が再び権力を握り、公武合体派が再興。
維新の立役者として突き進むことになる。


 

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