小原家住宅
Obara



国指定重要文化財 (昭和44年12月18日指定)
岩手県花巻市東和町谷内6-37
旧所在地・岩手県花巻市東和町谷内
当初移築地・岩手県花巻市東和町谷内7-121
建築年代/18世紀中頃
用途区分/農家
指定範囲/主屋
公開状況/公開

旧東和町の中心市街である土沢の南東郊外の中山間地に所在する農家建築である。当家は初代・忠兵衛が18世紀中頃に藩主・南部家の祈願所でもあった丹内山大権現堂の別当職にあった小原家から分家したことに始まると伝え、屋号を中居舗(なかやしき)と称した中規模農家であった。ちなみに丹内山大権現堂(大聖寺)は平安時代の承和年間に空海の弟子・日弘が開基した古刹で、明治の廃仏毀釈により丹内山神社と名を改め、当家より東方1km程の山麓に所在している。住宅は初代が分家した際の家作と推測され、桁行8間、梁間5間半の主体部に桁行3間、梁間3間の突出部が下手前方に付属する曲屋造である。当初は直屋の建前で、藩により馬産が奨励されるようになる幕末の嘉永5年~6年頃(1852~1853)に馬屋を増築して曲屋になったと見られる。隣接する遠野地方を含めて里山に曲屋が点在する姿を原風景のように現代人は考えているが、意外なことに実は曲屋の歴史は浅く、当住宅が直屋から曲屋へと移行する初期の事例として評価されていることに注目しておくべきである。

昭和51年に解体移築工事
旧所在地は現在地の南東400m程の場所にあり、北に林、南に田圃が拡がる里山であった。
南部の曲り屋としては突出部の出が浅く、初期の曲り屋の形態を伝えているとされる。




 

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