吉田家住宅 Yoshida |
登録有形文化財 (平成21年1月22日登録) 佐賀県鹿島市中村字本町103 建築年代/明治23年(1890) 用途区分/商家(貸金業・米穀商) 登録範囲/主屋・土蔵・一番蔵 公開状況/非公開 佐賀藩の支藩である鹿島藩の城下にあって、長崎街道の脇街道・多良海道に西面して建つ近代町家である。当家が所在する本町は鹿島鍋島家が文化4年(1807)に居城・常広城を水害を理由として現在の高津原の地に移すまでの間、商業の中心地として栄えた場所である。近世町家の建前を継承する外観ながら1階側面の腰壁を煉瓦積にするなど近代の趣も垣間見える。当家は旧鹿島村の地主で明治以降は貸金業や米穀商を営んだと云い、当住宅を建築した吉田次平は藤津郡議会議員を務めたという。 鹿島鍋島家初代から9代までの間、居城としたのは北鹿島地区と称される地にあった常広城であった。 本町はそのときに形成された商人町である。 この地は鹿島川と塩田川に挟まれた沖積地で、たびたび水害に見舞われたことから、幕府に転城を願い出て、文化4年(1807)に高津原の地に鹿島城を移転させることになる。 当家の前は旧長崎街道の脇街道であった多良海道で明治末から昭和初期まで祐徳軌道が走っていた。 主屋の奥には東西に土蔵があり、座敷蔵となっている。 |