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2006年5月
土ホタル(その2)

「動物学をやっています」と言うと必ずと言っていいほど

「じゃあアナタは動物が好きなのですね」

と言われるがどうだろうか。

動物学とは実験だの研究だのといっては殺戮を繰り返している恐ろしい学問でもあり、いわゆる「高等動物」こそ許可は必要だが、「バケモンみたいにウジャウジャおるで級の生物」となるともう無差別級にあの世へ送ってしまっている。

これで「動物好きやねん」とはとても言い難い。
げんに、私達は大学の植物学連中からは敵視されているというウワサもあるのだ。

獣医学ならば「これも後々動物達を救うため」、
環境学ならば「これも環境を改善するため」といえるのだが、
この動物学というモノはこの世に直接的には何の貢献もしないなんともワガママな学問なのだ。

さて、「動物学でゴメンなさい」な私は最終的にまた罪の無い動物をホトケサマにしてしまうところであるが、今回は別格珍獣、しかも土ホタルは「人間の金づる(観光資源)」でもあるので殺戮どころかウッカリ

「あっ死んでもた」

となってもちょいとマズイ対象生物。捕まえる数を最小限にして生かしておけるならこれほどいいこともない。

光り輝く土蛍を慎重に捕獲し、傷付けないないようにしながら一匹ずつ小さなチューブへ入れてゆく。

光ながらピコピコと抵抗する土ホタル。アンタも尻さえ光らせなけりゃあ平和に暮らせたろうに・・・。

土ホタルの巣を荒らしていると、クモがその振動に反応して巣から顔をヒョコっと出している(いわゆるクモの巣ではなく、穴にフタのついた巣)のに気付く。こやつらは土ホタルの光に寄ってきた虫達をひっとらえるためにこうして土ホタルのそばで巣を作り、エサを待ち構えているのだ。

一見反感を買いそうな「エエとこ取り野朗」なのだが、そのクモは土ホタルを襲うことはなく、土ホタルを襲うであろう虫なども食べてくれるので、なんとういうか

もちつもたれつ。奥さん醤油貸してくれます〜?

なご近所つきあいが繰り広げられているようなのだ。

「種」を超えてのこうした共存は他にも色々と発見されている。

(例1)珊瑚とカニ

ある種のカニは隠れ家に最適な、ある特定の種類の珊瑚を自分の家とする。珊瑚から栄養素をも摂取している可能性もあるらしい。テリトリー意識の高いそのカニは自分のナワバリ、つまりに珊瑚に近づく、ヒトデなど珊瑚の天敵となる生き物をけちらしてくれるらしい。

(例2)犬と母

一本道に並ぶ私の実家のお隣さんは犬を飼っており、人が通るたびによく吠えるので飼い主は困っているのだが、私の母は文句どころかその犬をよく可愛がっている。犬が吠えてくれるおかげで誰かが帰宅してくるのだということがわかると、一人でこっそり美味しいもんを食べてたりしている母親はこれで色々と助かっているらしい。


採集が終わると、せっかくこんなにも光ってるんだからもう少し堪能しよう、ということになったのだが、今でもその時見た光景がハッキリ思い出せないくらいなんとも不思議なものでありました。

女:「まるで地上の星空みたいだわ、ロマンチックね」

男:「君はいつもそんなことを言ってばかりだ」

土蛍ツアーのパンフレットなどに「幻想的な星空」とよく書かれているほど

真っ暗闇な中、星空と呼ばれるに似つかわしく大合唱で光狂っている。でもそれはとても静かな光景でもあった。

実は彼らはその光からは想像できないほど小さく弱い。
わかりやすく表現すると「水っぽい半透明ヒジキ」みたいなもので、軽く指一本でその命をつぶしてしまえるほどなのだ。

しかしエモノを餌食にするために体液を使って巣にワナを張りながら、こんなにも強い光を放っているんだという事実を知って見ると、

ただただ、
「こんな奴らがずっと存在しとったんか・・。」

と生き物の気の遠くなるような歴史と深さと不思議さと、それについて人間が知っていることの小ささに気がついてボーゼンと立ち尽くしてしまう。

ワシ:「あれ?なんか木のとこも光ってへん?」

教授:「木にはいないはずだそ」

ノッポ:「でも確かに木の幹のとこで光ってるわよ」

教授:「なんだ?どれどれ・・おっとこりゃあ発光キノコだ、見てみろ。」

ワシ:「えっ?ほんま!?(ライトを付けて)あっキノコや!(ライトを消して)あっ光っとる!!(ライトを付けて)やっぱりキノコや!(繰り返し)」

女:「なんや地上の星空みたいやな〜あれ食ったら胃ィも光りよるでェ〜」

男:「お前いっつもソレばっかりやな」

帰りの車の中で「落ちないように見ててくれ」と座席の横におかれた60匹もの光を飽きることなく見ているうち、ある仮説を思い出した。

虫が光に集まる習性を利用して土ホタルは餌となる虫を呼び寄せる。

しかしそもそも虫達が光に集まるのは何故なのか?

一説に「虫達は夜、星の光を頼りに行動しているのではないか」というのがあり、実際にある蛾の一種はそうであることが発見されているらしい。

走る車の中から窓の外を見上げてみると、およそ計り知れないものを秘めた宇宙に散らばる星たちがキレイに見える。そして座席の横の土ホタルを見ると全く同じ青白い光を放つ60匹が星のように輝いている。

空の星と横の星を見比べているうち

星と土蛍が「同じ空間」に存在することに気がついた。

いつからこやつらは光り始めたんだろうか。

光る以前の彼らが星空を見て

「腹減りましたなぁ・・あのね、私よく虫が星のほーに向かって飛んでいくの見たことあるんですよ。でね、私とあなたとでいっちょあの星の真似でもしたら虫もこっちくるんちゃうかな、と思うんですけどね」

「アホかお前、そんな簡単に光れるわけないやろ」

「それがね、ホラ隣の隣のあの子、突然変異か知らんけどね、オシリが光るとか言うてるんですよ。」

「ええ?そら珍しな。発光キノコでも食うたんちゃうか」

「そんなん食うても出してしもたら終わりでしょ?でもね、あの子、光りたいと思た時だけ光れんねんて。ふっしぎやと思わん?私があの子と結婚したら、そらまた尻の光る子供が生れるんじゃあないかと思うんやけど、どう思う?

「光見て求婚したがるかお前は。まるでホタルみたいな奴じゃな」

ドンドン

という落語のような会話をしたハズは無いであろうが、このような意思課程は無かったと確信を持てるほど深い自然の謎は解き明かされてもいない。げんにあるバクテリアの実験で「変異は意図的に行われる?」という議論まで出ているものもあるではないか。

いや〜こうしてると進化は偶然の産物とも思えんくなってきたなあ〜。

などどすっかり私は異次元と仲良しこよしとなり土蛍ハンティングは幕を閉じた。

数週間後。いつものように「オチ」がやってくる。

教授:「すまんSAKI・・あの実験の途中だった土蛍・・俺が設備の温度調節を間違って、みんな殺してしまった・・・。」

ワシ:「オオオオイィッ!?」

その後すぐ土蛍捕獲ツアー第2弾があわただしく行われたのであった。

動物学でホントにゴメンなさい。