バイクで走り去る兄の姿をカーテンの隙間から見送って、雨水 萌はため息をついた。

こんなコトなら、和歌奈ちゃんちに遊びに行けばよかった、と思った。

せっかく速く学校が終わって、兄もアルバイトが無い日で、遊んでもらえると思ったのに。

カーテンをぎゅっと握りながら、萌はくるりと首を動かして、その視線の先にあるモノをじっと凝視した。

部屋を出るその時に兄が電源を入れておいたパソコンが、操作を行うモノをじっと待っていた。

もう一度カーテンの隙間から外を覗いて、萌はシャッとカーテンを閉じた。

そして、とてとてと足音を立ててパソコン前のイスに手を掛けて、よいしょと座る。

さて、と思ってマウスに右手を乗せて、はたと思いついた。

「めーる、ちょっと見ちゃおっかな………」

ぽっこりうまれたちょっとした好奇心。

画面左下のアイコンをぽちっとクリックして、メール閲覧ソフトを開いた。

閲覧ソフトが新着のメールをチェックする。

ピポッ、と音を立てて、チェックが終わって新しいメールが受信トレイに飛び込んでくる。

――二通の新着メールです――





奈落の呼び声 第壱章

チェーン・メイル
第十六話

偶然と必然、呪われし文面





「………なんだろ、これ」

萌は、マウスをクリックしてそのメールを開く。

「えーっと………」

つらーっとメールを上から下に視線を動かして眺める。

上・下・上・下。

萌のまん丸おめめがくるくると上下左右に行ったり来たりする。

↑・↑・↓・↓・←・→・←・→・B・A

と言った感じである。

そして、首をかしげた。

コキっ

「あぅっ」

首をかしげた時に首が鳴った、左手で首の後ろを撫でながら、なおも萌はメールの内容に目を這わす。

「…せお…ぶメール………?」

何のことだかわからなかった。

それに、タイトルも、内容もさっぱり読めない。

「………………」

無言で右クリック、ゴミ箱に送って、そしてゴミ箱も空にする。

証拠隠滅。

「これでよしっ」

アプリケーションを閉じて、そしてまた萌は考える。

ふと、右下の時計を見ると【14:50】と表示されていた。

「公園、行ってみようかなぁ………」

ひょっとしたら、友達がいるかもしれないし。

家の中でじっとしてるよりは退屈しのぎにはなるかもしれない。

兄に教えて貰ったとおり、モニタの左下のスタートボタンからWindowsを終了させると、萌は部屋から出た。

向かいの自分の部屋に飛び込み、お気に入りの水玉スカートを脱いで、動きやすいように桜模様のハーフパンツを履く。

「んしょ」

タンスの三段目を押し込んで、四段目を手前に引く。

ちなみに一番上と二段目は使っていない。理由、届かないから。

小学二年生であるメグにとって、タンス丸々一個はいささか量が多すぎる、そんなに化粧気がある訳でもないし、品評会するほど服がある訳でもない。

四段目から襟の付いた長袖のシャツを取り出す。

それをすぐそばの勉強机の上に乗せて、萌は今付けているシャツを脱ぎ始めた。

季節は秋の初め。室内は暖房が効くため半袖でも大丈夫だが、さすがに外は冷える。

「んしょ」

するりと一枚きりのTシャツを脱ぐと、シミ一つ無い真っ白な少女の肌が空気に晒される。

「うー、やっぱり脱ぐと寒い〜」

上半身裸で、はたはたと急くように机の上に掛けていたシャツを取り、頭からすっぽりとかぶる。

前後ろ逆だった。

それに気付いた萌は腕を出さずに、内側からぐるぐるとシャツを回した。

サイズや材質などが書かれた帯が首筋のところに来て、萌の左胸にワンポイントの傘のマークがやってくる。

「後は…………」

思い出したかのようにタンスをごそごそと漁ると、タンスの奥からとっておきの上着を取り出す。

淡い緑色で、背中側に葉っぱの模様があるパーカを取り出して羽織る。

袖に腕を通すと、手のひらの中程まですっぽりと袖の中に隠れる。

ジッパーを首の位置まで上げて、萌はきょろきょろと自分の格好を見回した。

「んーと………よしっ、後はくつしたくつした」

タンスから真っ白のソックスを取り出して両足にかぶせる。

ほとんど使わない自分のベッドに腰掛けて、靴下を引っ張り上げる。

左、次は右。

完全装備完了、しかしハーフパンツから伸びる白い素足がちょっと寒そうに見えた。

とてて、とフローリングの床を鳴らしながら玄関に向かい、帰宅時に健太が脱いだクツの隣に陣取っていた自分のクツに足をすっと入れる。

膝を曲げて、クツの踵をつまんで引っ張って、踵まですっぽりと入れる。

左右とも同じようにして、つま先をとんとんと交互に叩きながら、ドアノブを下ろしてガチャリとドアを開く。

秋の外の空気が、暖かい室内に入り込んであっという間に同じ温度になる。

きぃ、とドアを押して、室内に向かって一言。

「いってきま〜す」

誰も中にいないのに、既に習慣になっている一言を言って、萌は近所の公園へと向かった。









速き事、風の如く。

雨水 健太の愛機は、街中を颯爽と走り去る。

と、その時、唐突にポケットに入れていた携帯がピロピロと鳴る。

すぐ近くのコンビニの駐車場に入って、バイクのエンジンを止めて、フルフェイスのヘルメットを取って携帯に出た。

「スグルか?どうした?」

健太がそう言うと、電話の向こうの声は慌てたように捲し立てた。

「どうした、じゃないんですよ雨水さんっ!トシミチが死んだんです!!!」

一瞬、沈黙。

大声を出したため電話の向こうからゼーハーと荒い息が聞こえる。

「………どういう意味だ?」

「………っ、そのままの意味ですよっ、トシミチが死んじゃったんですっ!」

健太の言葉に、なおも相手は同じ言葉を返してきた、ご丁寧に息を思いっきり吸い込んで後に。

「悪い、どういう状況だ?なんで死んだ?」

言葉が足りなかったか、と思いつつ健太が言うと、相手もようやくその意図が掴めたようで、

「あ、あぁすみません、ちょっと動転してて………千葉の東海岸を走ってた時、対向車がでかいトラックで、車線はみ出してきたんです、それを避けようとして…………」

千葉の東海岸。すぐ左は崖になっていて、ガードレールが二重になっているところだ、あそこもよく走る。

「海に………?」

健太がそう言うと、ハイ、とだけ返ってきた。

「遺体は………?」

「それはまだ見つかってないんですけど………あの辺り潮流速いですから、絶望的………って」

「そうか…………」

健太は重いため息をつくと、穏やかに電話の相手にこう言った。

「トシミチの携帯になんかチェーンメールみたいなの来てたかわからないか?」

「え?…………あの、それが何か関係が?」

「ちょっと気になる事があってな、知らないなら知らないで良いんだけど………」

と、健太が言うと。

「チェンメ、チェンメ…………あぁ、そう言えばこの前見たとき、ありましたよ。『何とかを呼ぶメール』ってタイトルだったと思います。ハイ」

やはり………と健太は思った。

「悪いけど、こっち今ちょっと行かなきゃいけないところがある、詳しい話は今日の夜いつものところで聞こう。
家族が危篤、とかそう言ったもの以外の奴等は全員収拾しろ、こっちからも大事な話がある」

「え…………あ、急ぎのようなら俺が他の人に伝えておきますが………」

すると、健太はダメだ、と言った。

「電話で話せるようなコトじゃない。詳しい事は夜話す。良いか?
家族が危篤、とか言う奴等は呼ばないで良い、出来る限り多く集めろ。何度も話す羽目になるのはご免だ」

「了解しましたっ、オレからみんなに伝えておきますっ!」

頼んだぞ、とだけ言って、健太は電話を切って、さらに電源を切る。

そしてズボンのポケットの中に押し込むと、またヘルメットをかぶってエンジンを掛ける。

ドルン、と言う音がして、健太はすぐに走り去る。

コンビニの時計は【15:00】を指していた。








ぴっ、ガコンッ

自動販売機が温かいおしるこをプレゼントしてくれた。

しかしそれはプレゼントなどではなく、単なる等価交換なのだが。

「あちゃちゃちゃ」

雨水 萌は、自販機の取り出し口からおしるこの缶を取りだして、両手でお手玉をする。

そして、右手をパーカの袖の内側に引っ込めて、パーカの上からおしるこを握りしめる。

「あったかぬくぬく、おしるこ、おしるこ」

ぶんぶんと嬉しそうに一人で行進して、右手に握られたおしるこの缶がブランコのように前へ後ろへと行ったり来たりする。

季節は秋、何度も言うけど季節は秋。

沖縄ならいまでも自販機は冷たいの売ってるのかなぁ、と思いながら、萌はおしるこの缶をぷしっと開ける。

すると、おしるこの甘い香りが缶の中から漂ってくる。

萌はその缶に口を付けて、ほんの少しだけ口の中に移動させる。

ほぅ、と缶から口を離して、おしるこを飲み込む。

そして、萌は公園の中に入っていった。

「だれかいるかな、だれかいるかなー、おしるこ〜」

さすがに開けた後ではぶんぶんと振り回す訳にもいかず、萌はおしるこの缶を零れないように持って、園内を歩く。

そして、少し歩いて、知ってる顔は誰もいないという事をはっきりと確認した。

【知ってる顔】は、である。

公園の一つ、黄色のベンチの所に行くと、野良猫がベンチを陣取っていた。

その数を数えるには両手では足りないだろう。

ひょっとしたら両手両足でも足りないかもしれない。

しかも、何故か、そのベンチの上に、誰かがいた。

麦わら帽子をかぶっていて、顔は見えなかった。

ただ、隙間から見える金髪と、真っ白な服、そしてネコ。

その誰かにまとわりつくように、ネコはベンチの上、誰かの上で丸くなっていた。

好奇心がちくちくと刺激される。

と言うよりも、ネコがあんなにいっぱいいる事が、萌にとっては驚きだった。

確かにこの公園には野良猫がいる、しかしそれでも5匹くらいで、しかも近づいたらすぐ逃げていってしまう、警戒心の強いネコではなかったか。

現に、この公園でよく見かけるトラ模様と、三毛猫もその誰かのそばで丸くなっている。

あの猫たちが、あんなにも無防備で丸くなるなんて。

そう思っていた矢先、ベンチの上で丸くなっていたその誰かは、むくりと起きあがった。

そして、おしるこを持っていた萌とばっちり視線が合う。

誰かの上に乗っていたネコがにゃーにゃー良いながら再びベンチに上ってきて、誰かの膝の上に乗って、再び丸くなる。

そして、眠っていたのだろうか、とろんとした目をそのままに、萌の目をじっと見て。

「みゃぁ……?」

と、言った。








時計の針は【14:15】を指していた。

健太が着替えのために家に帰ったその五分後である

ぴんぽ〜ん。

唐突になるインターホンに、池宮 真由は久々の登場を果たした。

「は〜い、今出ます〜」と言いながら玄関に向かい、ガチャリとドアを開ける。

「………ただいま」

「…………おかえり」

顔を赤らめて言うマキに、真由は怪訝そうにしながらもセオリー通りにそう言った。

「どこ行ってたのよ、いきなり居なくなって…………あ、いらっしゃい」

マキにそう文句を言っている最中、その後ろにいる人物に気付いてマユは言葉を切った。

「こにゃにゃちわ〜」

と、元気な関西弁で川崎 里花は右手を挙げて挨拶をする。

「こ……にゃにゃ?」

当惑気味に真由が言うと、里花はひらひらと手を振った。

「気にせんといてぇな、うちの挨拶みたいなもんあから。ほな、上がらせてもらうで〜」

そう里花は言うと、真希の横をするりと通って、玄関でクツを脱いで屈んでくるりとクツを直し、奥へと入っていく。

「………賑やかね………」

「………振り回されそうな予感」

真由と真希は仲良くため息を零し、お互い顔を見合わせて苦笑した。

「さ、入って。雨水君はいったん家に帰ってまた来るって、その間に少しでも話しとこ」

「そだね、うん、じゃ、おじゃましま〜す」

真希はクツを脱いで玄関に上がり、くるりとクツの向きを直してリビングへと向かう。

そして………

『おかえり、意外と速かったね』

リビングで真由に出されたお茶を啜りながら、ニヤニヤと笑っている面々と顔を合わせた。

訳がわからず、真由と里花は、頭の上にはてなマークを浮かべて。

「なぁ、どないしたん?」

里花が、真希の肩をつつきながらそう訊くと。

「もう………知らないっ!」

真っ赤にして叫ぶ真希に、ますます頭の上の疑問符を増やした。







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【金髪と黒髪、二人の少女は同い年】