突然の悲鳴に、わたし達はつい歌を止めた。 ピアノの伴奏も止まり、わたし達は何事かとお互い顔を見合わせる。 声は、どこから? 隣の音楽準備室? それともその隣の書道室? それとも、下の階の科学室? グラウンド? それとも…………屋上? 第十二話 「落ち着いて、落ち着きなさい、先生が見てくるから、みんなはそのまま待機してなさい」 そう言うと先生は音楽室から出て二階の職員室へと歩いていった。 しかし、待機していろと言われても、あんな大きな悲鳴、何があったのか誰もが気になる。 「ねぇ、今の声どこからだろう………」 と、池宮 真由は隣の麻野 真希にそう尋ねた。 するとその時。 ―ぴるるっ、ぴるるっ― 突然、真希の携帯電話が鳴った。 他の生徒達に睨まれながらも、真希はその電話に出る。 「はい、もしも………」 『マキッ、すぐ屋上に来てっ、大変なことが起こったのよっ!』 直接聞いていないにも関わらずに真由や、他の生徒達にまでその声は聞こえた 突然のその大声に、思わず真希は電話機を耳から遠ざけた。 「………弥生?どうしたの?あたし達今部活の集ま………」 『そんなことどうだっていいのっ、あんたタチが言ってた、アレが、また起こったみたいなのっ!』 「アレ………!?」 わたし達が言った、アレ………まさか、まさか、校内で? 「わかった、すぐ行く。いま音楽室だから、2分くらいで着くから………」 真由が真希から携帯を、半ば奪い取るような形で借りると、電話の向こうの弥生にそう言った。 「………出来るだけ、心を落ち着けて………こうなるかもしれないって、思っていたから………」 『………う、うん、わかった、お願い………早く来て…………お願い………』 ソレだけ言うと、プチッと電話が切れた。 そして、みんなの視線の的になっていることにようやく気付いた。 そこで、真由は一人だけ。 「雨水くん、ちょっと…………一緒に来て」 彼女のクラスの、学級長である【雨水 健太】に、一緒に来て貰う事にした。 「池宮と、麻野は、何と言ってきたか?」 腰を抜かして冷たい床にぺたりと座り込む弥生の手を取り、薫が言った。 「大丈夫か?桜崎」 「だい………じょうぶ…………」 と言う弥生の呼吸は荒く、とても大丈夫とは思えない。 「しかたない………」 そう呟いて、薫は携帯電話を取り出すと、残像が見えそうなほどの指さばきでメールを打ち、送信した。 そして、携帯をぱたりと閉じるとポケットの中に仕舞い込む。 「塚本………は大丈夫か」 小岩井 恵子をぎゅっと抱きしめている時緒を見て、苦笑混じりに息を吐く。 そして、薫はうつろな目で二人の少女を見上げる摩弓を見て、ギシリと強く歯ぎしりをした。 「よし、十分間の休憩、水分補給するなり、体力を回復するなりで、各々休め」 と、バスケ部顧問の剣 竜吉がそう言うと、夏目 竜平はふっ、と息を吐いて体育館の端に座り込む。 そして、カバンの中から携帯電話を取り出して、着信と、メールを確認…………… 「伊沢?」 予想もしない人物からメールを受け取っているのを見て竜平は思わず頬をつねった。 「痛………と言うことは、本物か、何だろう」 ぴっ、とボタンを押してメールを開く。 ――桜崎が大変だ、今すぐ屋上に来い―― これだけ。 ………何だコレ。 ぴぴぴ、とスクロールさせるが、他には何もない。 なんだコレ、何が言いたいんだ? 弥生が大変?つーかアイツら一体何やってるんだ? 一年のあの双子に会いに行くはずだったんじゃないのか?なのに何で屋上? つーか、部活の練習中だっての。 と思いながらも、竜平の足は既に立ち上がり、出口に向かって駆けだしていた。 日暮高校には、屋上が2つある。 教室棟と、移動教室棟。 教室棟は、一年から三年までの教室がある棟だ。 そして、移動教室棟は、化学室や美術室、書道室などが在る棟である。 選択科目によって、生徒達は各々の教室に筆記用具や教科書などをもって向かい、授業を受ける。 と、そう言う授業風景は今はさほど問題はない。 いまは、屋上に向かうことが先決だ。 教室棟の屋上は、今は上ることが出来ない。 なぜなら、物置と化しているからである。 よって、屋上と銘打つ場所は移動教室棟以外には存在しない。 全く、何をしているんだか、そんなところで。 そうぼやきながらも、竜平はペースを落とさず走る。 階段を二段、三段飛ばしで駆け上り、廊下に出ている生徒達の間を見事にくぐり抜け、屋上へと続く階段にたどり着く。 「夏目くん?どうしてここに?」 突然女の声が投げかけられて夏目はその声のした方へと視線を向けた。 すると、池宮 真由と、麻野 真希がそろって階段の上から竜平を見下ろしていた。 そして、もう一つ 「竜平………おまえも、知って………?」 と、驚いたような声を、雨水 健太が真由の隣に立ちながら言った。 「驚いたな………池宮、麻野と一緒にいると言うことは…………健太、おまえも………」 竜平が言うと、健太はバツが悪そうに苦笑した。 「まさかとは、思っていたんだけどね………あの伊沢から話された時、ぼくも………」 やはりな、と思ったところで、真希がせかすように竜平を呼んだ。 「速くっ、可憐も、川崎さんも呼んだから、伊沢君が待ってるよっ!急いで」 そして、竜平は三人に合流し、階段を駆け上った。 屋上で起こった事が、どれほど凄惨な光景であるか、知るよしもなく。 階段を駆け上がると、屋上へ出る扉の前で、小岩井 恵子が必死に紅と弥生をなだめていた。 自分が後輩である為、弥生にどう接したらいいかわからず、戸惑いがちにしながらも、穏やかに。 すると、そこに真由、真希、竜平、健太がやってきた。 「せ、先輩。あ、あの、私、どうすれば………」 と、狼狽した声で泣きそうな顔で恵子は真由に言った。 すると、四人の中で竜平だけが前に出て、弥生のそばで膝を折る。 「弥生…………」 びくっと肩をすくめるも、聞き慣れた声に弥生は声の方向に顔を向けた。 「りゅ………竜平くん………」 「何があった?大丈夫か………?」 そう言いながら、竜平は弥生の頬に手を伸ばすと、まるで子供をあやすように、優しく撫でた。 「う……うぁ……うああぁぁあぁああぁんっ」 弥生は泣きじゃくる子供のように、竜平の首に両手を巻き付け、抱きつくような形で、恥も外聞もなく大声で泣いた。 「何が………あったの?」 真由がそう訊くと、恵子は首を振った。 「あたしは見てないです………でも、桜崎先輩の態度を見れば、大体わかります………」 恵子がそう言うと、開け放たれた屋上のドアから、外に視線を向ける。 その仕草に、真由も、真希も、健太も、そして泣きじゃくる弥生を抱きしめながら、竜平も視線の先を見た。 「………四人目だ、オレ達のすぐそばで、のな」 真由達に視線を向けることなく、薫は独り言のようにそう言った。 そして片膝を付いて、薫がまだ暖かい摩弓の顔に両手を添えた。 「ヒイラギ………君は、何故死んだんだ?君は、学級長だったはずではないか………朝、話をしたはずではないのか………?」 目を見開いたままの摩弓の顔を、薫は優しく撫でて瞳を閉じさせた。 「何故だ………君は、何故死んでしまったのだ………」 「伊沢………」 時緒が、薫を見やるが、すぐに視線を外し、気絶している少女の元に駆け寄った。 口元に手をやり、その後に首筋に手を当てる。 「呼吸も、脈もある、気絶しているだけだ………おそらくは………」 落ちているタバコの吸い殻と、少女の右手の焦げ後を交互に見て、時緒は何とも言えない表情を作った。 「イジメ…………か」 時緒は少女から漂う異臭に、ほんの少しだけ顔をしかめたが、背中に手を回して膝の裏を持ち、少女の体を軽々と抱え上げた。 くるりと体を180度回転させると、ぺたりと腰を抜かして冷たいコンクリートの床に座り込む鳴鈴と琴音の横を通って、屋上の入り口へと戻る。 そして、恵子に少女をわたして、再び摩弓のいる場所へと戻る。 「………先輩………コレが、呪いというもの………なんですか?」 向日 葵が、戻ってきた時雄にそう尋ねた。 摩弓の遺体を臆することなくじっと見つめて、胸元の制服のリボンをぎゅっと握りしめて、心を落ち着けるようにしながら。 「………そうだ」 葵の、時緒への問いに薫が答えた。 「コレは、単なる事故ではない………そうだろう?池宮。麻野」 呼ばれて、真由と真希が屋上に出てくる。 「…………えぇ、摩弓の携帯電話に、おそらく来ているはずよ。【お迎えです】と言う件名の、メールが」 真由が、薫の右手に握られている携帯に視線を向けながらそう言った。 「その通りだ、池宮。それに、昨日私の目の前で起こった事と、同じ事が、柊にも起こっていた………」 「え…………」 昨日、起こった事? 呪いによる、死の事?それなら、【起こっていた】と言うはずは………… 「この事は……誰にも言った事がない………私は、霊が見えるのだよ、池宮」 『なっ!?』 唐突の伊沢の告白に、その場の鳴鈴と琴音以外の人間が、驚きの声を上げた。 「霊と言うよりは、魂といった方がよいのかもしれない………ともかく、私はそれが見える。 死んだモノからはそれが出る。だが、昨日の駅と、柊からはそれが出ていない」 「いきなり………何を………冗談でしょ…………?」 真由がそう言うと、薫は嘲笑混じりに言った。 「池宮、君は呪いを信じるのに、私の言う事は信じられないのか?」 じっと、目を射抜くように見つめられて真由は押し黙る。 そして、一言。 「ごめんなさい、信じるわ」 真由がそう言うと、薫は苦笑しつつ首を振った。 判ってくれればいい、とだけ言うと、薫はすっくと立ち上がる。 「悲鳴を聞いた人は、おそらく他にいるだろう………すぐ人がやってくる、離れた方がいいかもしれない」 ここにいる全てのモノに投げかける口調で、薫は語る。 「池宮の言葉を借りさせてもらうが、この『呪い』はまだ序の口だ。 これだけ近い距離で四名だ、日本全国でどれほどの犠牲が出ているかも判らない。 噂はこれから広まっていく。すると広がるにつれて、呪いを信じ、助かりたいが為に回す人が現れるだろう」 「すると………犠牲はなおさら増える………!」 「そう言う事だ、小岩井君、君も向日君に負けず理解が早いな、私のように疑い深い人間でなくて助かるよ」 自嘲気味に肩をすくめて薫が言った。 「ここもそのうち人が来る。どこか落ち着いて話せるところは無いか?今後の対策と傾向を練りたい、事情を知るものを集めよう」 「わたしの…………」 真由が、おずおずと発言する。 「わたしの家………誰も居ないから、自由に使って大丈夫だけど、行く?」 「良いのか?」 真由はこくりと頷いた。 「わかった。とりあえずは昨日のあのメンバーを集めよう。各クラスの級長達も知ってはいるが………それだと多すぎるからな」 「雨宮と川崎への連絡は、頼めるか?」 すると、真希が手を挙げていった。 「可憐へはあたしがする、里花は…………」 と、竜平に抱きかかえられて泣きじゃくる弥生を見て、息を吐いた。 「………碧、連絡できる?」 「えっ?あっ、は、はい。だ、大丈夫です」 唐突に話を振られて碧はどもりながら答えた。 今の弥生では落ち着いた話など出来ないだろう。 死の瞬間を、目の前で見たのだ。 いつも元気にしているが、弥生はこう言うところで脆い。 紅や、恵子が比較的落ち着いているのは、その為だろう。 酷く取り乱している人がいれば、その周囲のモノは何故か冷静になる。 その事が良いか悪いかと言えば、パニックに陥らないだけ良いのかもしれない。 「慣れたくはないが………」 時緒が戻ってきて、恵子の髪を撫でながら言った。 「この先死者は増える、否応なく死に慣れるだろう………だが………己の知る誰かを、死なせたくないのはみんなも同じ気持ちだろう、オレも………」 と、時緒は恵子を抱きしめながら言った。 「せんぱい…………」 時緒の腕の中で頬を染めながら赤面する恵子に、紅がため息を吐いた。 「お熱い事で………」 しばらくすると、先生達がやってきた。 合唱部の顧問、バスケ部の顧問。 また、可憐と、その担任である橋本 裕吾教諭。 真由達の担任の湯本 春菜も一緒にやってくる。 校長や教頭も一緒だ。 「君たち………何故ここに…………ここで一体何が………?」 と、裕吾が言うと、無言で道を開ける。 「!!!!!????」 すると、一様に、絶句した。 当然だろう。 血の海と化した屋上で、穏やかに瞳を閉じた摩弓の首がそこに在ったのだから。 そして、コンクリートに容易く突き刺さっているトタンと、右手に付いた摩弓の血を、何を思うことなく払いながら立ち上がる薫を見比べた。 「こ…………コレは…………一体……………?」 「トリックか!?トリックなのか!?い、伊沢君、何か言いたまえ!」 捲し立てる先生達の言葉に、気怠そうにしながら薫はこう言った。 「……………臨時休校です、先生方。警察を呼んだ後、職員会議を開くのがよろしいかと思います」 |
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【電話と赤面、謎の男と小さな友情】