都立日暮高等学校は、高台の上に位置している。 が、都立とは言っても、日暮高校は比較的田舎に位置している。 校内からはどう足掻いても海は見えない。 また、高台に位置するせいか、今の時期吹き上げる風が良く吹く。 そのため、女生徒達は隙あらばスカートをめくろうとする風から、スカートを守るのに追われている。 減るもんじゃないのに。 と言う理屈は通用しない。 第十一話 日暮高等学校のグラウンドは、校舎の東側に位置している。 さらにその少し北にずれたところに、東門が存在する。 今の時期、吹き上げる風は東側から吹いてきて、否応なく女生徒達のスカートを巻き上げようと企んでいる。 しかし、その瞬間に立ち会うことが出来た男生徒というのは、数少ない。 よっぽど、女子の尻を追っかける阿呆か、全くの偶然か。 ゼロとは言わないが、前者のアホは、少ない。 また、グラウンドには体育祭や、部活などに使う用具を収める倉庫が三つ在り、そのうち使われているのは二つだけである。 残りの一つは相当古く、トタンで作られていて、一度突風が吹けば容易く吹っ飛んでいきそうな感じだ。 だが、今の季節の東風で、吹き飛んだことがないから、結構しぶとい。 今日、この日までは。 使われることのないそのトタン屋根の倉庫は、しばしば生徒達のサボりや、恋人達の逢い引きに使われていた。 倉庫と同じように使われることの無くなった用具の影に、マンガや、ゲーム。 また、口では言い表せないような特殊な形をしたオモチャなども、置かれていたりした。 高校生の分際で、生意気な。 などと考える人がいるはずもなく、今日も倉庫は気流にカタカタと揺れていた。 時刻は昼休み。 時計の針は一時十五分を指している。 昼食を取り終えた一部の男生徒が、グラウンドに出て来て、サッカーなり、野球なりをして、軽く食後の運動をしている。 ソレを背景にこそこそと、人目を忍ぶかのように二つの影がその倉庫に忍び込もうとしていた。 「せ、先輩、あの、話って、なんなんですか?」 と、先頭を歩く伊沢 薫に、百日 紅はおずおずとしながら尋ねた。 「話したらどうだ?ここまで来れば人気もほとんど無い、屋上に着くまでさわりの部分だけでも話しておいた方が良いと思うぞ?」 と、塚本 時緒が伊沢 薫に言った。 「そうだな…………向日君は、オカルト部を作ったんだったね?」 「え………あ、はい、その節はお世話に………」 唐突に話題を振られて、少し戸惑いながら葵は言った。 「君は、呪いというモノを信じるか?」 「呪い…………ですか?」 さらに、唐突に、そのような話とは無縁と思われた人から、その話を切り出され、紅も一緒に目を丸くする。 「話せば長いことになるが………今日の朝会で、校長先生の話を覚えているか?」 葵は、紅と顔を見合わせて頷いた。 「つい四時間前のことですから、当然覚えています。確か、先輩………二年の男子生徒が、事故でなくなった………と………!?」 突然驚いたように葵は目を見開いた。 そして、ちょうどその時、屋上に繋がる扉の前に来た。 「ど、どうしたのあおちゃん、そんなに驚いた顔をして」 「伊沢先輩…………まさか…………」 葵の言葉に、薫は自嘲気味にクスリと笑った。 「察しが良いな、向日君」 「ど、どういうことよあおちゃん、伊沢先輩は何を言いたいの?」 「………れなちゃん、さっきの先輩の言葉、そして今日の朝会での言葉…………呪い、事故………」 「………………?」 紅は、訳がわからず頭に疑問符を四個ほど浮かべた。 そして、薫は屋上に出る扉の、ドアノブを握って、回した。 「そう、朝会で言ってたその事故は、事故ではない。私も、その事実を目の当たりにしたのだから」 がちゃんと音を立ててドアノブが回り、ドアは外側に向かって開かれた。 ガキッ 「…………あれ?」 薫がガチャガチャとドアノブを回し、ドアを押したり引いたりする。 「どしたの?かおりん」 と、弥生が効くと、薫は顎を撫でながら、 「鍵はかかってないはずなのに、開かない………あちら側から開かないようにされているようだ」 だれがですか?と、時緒と手をつなぎながらさり気なく付いてきていた小岩井 恵子が言った。 「さぁ………少なくとも、よい予感はしないな…………」 こめかみに汗を浮かべながら、薫はドアにヤクザキックをした。 ――ガンッ 唐突ドアが鳴り、屋上にいた女生徒三人は心臓が飛び出る思いをした。 「ちょっと、やばいよ。誰か来たみたい、見られたらあたし達停学だよ?」 と、女生徒A。 「下手したら退学かも…………!」 と、女生徒Bが言う。 二人はリーダー格の女生徒を見る。 「ふん、誰だか知らないけど、センコーにチクろうモノなら、アニキに頼んでシメるから大丈夫だって。ほら、起きろよっ」 と、彼女は屋上のコンクリートにへたり込み、お腹を押さえていた少女を蹴っ飛ばした。 「あ………ぅ」 少女はお腹を蹴られ、あえぐような声をほんの少しこぼした。 ――ガッ、ガガッ 再び、ドアの向こうから、ドアノブを勢い良く回し、開けようとする音が聞こえた。 「あれ?」 ふと、女生徒Aが不思議そうに首をかしげた。 「?どうしたの?」 牛乳を染み込ませたモップで少女の顔を拭くのに夢中の女生徒リーダーを尻目に、女生徒BがAに訊いた。 「いや………琴音、あんたあのドア、鍵しめた?」 と、女生徒Aが言った、と言うことは女生徒Bの名前は『琴音』と言うことなのだろう。 そして琴音は、首を振った。 「あたし知らんよー?鳴鈴、あんたじゃないの?」 と、琴音が言った。 「あたしじゃないよー………?じゃぁ…………」 と、鳴鈴と琴音は、少女を蹴っている少女に目をやった。 『マユミ?』 名前を呼ばれて、少女は少女を蹴るのをやめて視線を二人に向けた。 「なに?良いところなのに」 「あのドア、鍵しめた?」 と、二人はドアを指さして摩弓にそう尋ねた。 すると、摩弓は驚いたように目を見開いて首を振った。 「あたしが閉めるわけ無いじゃない、そもそも鍵壊れてて閉まらないでしょ、最初から」 と摩弓が言うと、琴音と鳴鈴は、ゾッとなった。 「ねぇ……………ほ、ホントに、ここでするの?」 と、グラウンドの隅の薄暗い倉庫の中で、戸惑いがちな少女の声が聞こえた。 「たまには良いじゃん、学校でするってのも興奮するだろ?」 「でも…………誰かに見られたら…………」 「大丈夫だって、心配すんな。この倉庫使ってんの俺らしかいねぇから、今日は誰もこねえよ」 と、自信満々に言う彼氏の言葉に、少女は察した。 最初から、ここでするつもりだったのだ、と。 風は強く、古いトタン屋根の倉庫はガタガタと揺られ、今にも吹き飛ばされそうな気がする。 その事を言っても、大丈夫、の一点張りでとりつく島もない。 まぁ………いいか。 嫌いなわけではないし、彼の言うとおり学校でするのも、新たな楽しみになりうるかもしれない。 風はなおも強く、倉庫の屋根を、吹き飛ばそうとしていた。 薄暗い倉庫の中、衣擦れの音がほんの少し聞こえた。 少女を蹴るのに飽きたのか、摩弓はポケットからタバコを取り出して口に含み火を付ける。 肺いっぱいに煙を吸い込んで、ふーっと吐き出す。 ドアの向こうからはなおもガチャガチャと開けようとする音が聞こえる。 「ね、ねぇ、摩弓、鍵閉めてないのにどうしてあっちは入って来れないの?」 さぁ、と摩弓はといった。 「だいぶガタが来てたから、壊れて開かないだけじゃないの?」 だが、それだと自分たちも出れないと言うことになる。 その事を琴音が言うと、摩弓は鼻で笑った。 「はっ、ぶっ壊して出りゃいいだけの話でしょ、どうせもう壊れてるんだから、かまいやしないよ」 摩弓はそう言うと、タバコの火をコンクリートに横たわる少女の、右手の甲に押しつけた。 「あうぅッ」 ほんの少し、タンパク質が焼ける音がしてタバコの火が消えた。 「そう言えばさぁ、聞いてよ、あの伊沢 薫、今日の朝会で何て言ったと思う?」 唐突に摩弓が話し始めて鳴鈴と琴音の両名は首をかしげた。 3人は、クラスメイトである。 そして、摩弓はその学級長を努める。 性格は最悪だが、その事を知っているのは自分と琴音、鳴鈴、そして苦痛にうめき声を上げる少女くらいである。 顔よし、運動よし、成績よし、性格よし、ただし表面だけ。 どこからボロが出るかわからない為、異性との交際経験は無し。 父親は警視総監、母親は弁護士。 兄が一人、姉が一人、摩弓は五人家族の一番下と言うことになる。 あと、犬が一匹、名前はラグ。 「伊沢く………その伊沢が、何を話したの?」 と、琴音が尋ねる。 実は彼女、伊沢 薫に恋心を抱いている。 だが、何故か摩弓に懐かれてしまい、摩弓が伊沢を嫌っている為、その事を言えなくなった。 言ったら、何をされるかわからない為である。 現に、摩弓が今苛めている少女も、摩弓の気に入らないことをしてしまったからである。 己の気に入らないことに関しては、摩弓は容赦という言葉を知らない。 とことん、追いつめる。 噂だが、中学の時、自分が好きだった男子生徒と付き合っている子を夜の公園に呼び出して、援助交際を強要させたらしい。 そして、その女生徒は自殺未遂で、現在も入院している。 罪悪感は、全くない。 出し抜かれたことが気に入らなかった、ただそれだけの理由である。 しかも、その後その男子生徒を兄に頼んで袋だたきにしたと言うことを嗤いながら話していた。 それを思い出して、ぶるっと身震いしたのを見て、摩弓が怪訝そうに煙を吐き出しながらいった。 「どうしたのよ、琴音」 「な、なんでもないっ!で、伊沢の話ってナンだったの?」 怪訝そうにするが、摩弓はすぐ興味を失ったようで己の携帯を取りだした。 「【幸せを呼ぶメール】だとさ。ほら、三日前あたしがあんたらに送ったあのメール、何でも呪いがかかってるなんて言ったのよ、笑っちゃうね、あはは」 「呪い?」 と、鳴鈴が聞き返すと、摩弓は笑いながら己の携帯のメールボックスをスクロールさせる。 「なんでもさー、その通りにしないと三日後死ぬんだってー。んで、警告メールってのが有れば助かるってんだけど………」 ぴ、と摩弓の親指が止まって、メールが表示される。 【幸せを呼ぶメール 受信日時 月曜日 13:42】 「呪いなんて、今の時代なんだと思ってるんだか、あの伊沢もやっぱりダメだね、あたしが生徒会長狙っちゃおっかなー、あはは」 ぱたんと摩弓は携帯を閉じる。 すると、今度は鳴鈴と琴音が、自分の携帯電話を開く。 【幸せを呼ぶメール 受信日時 月曜日 14:35】 【幸せを呼ぶメール 受信日時 月曜日 14:38】 そして、携帯の時計が示していた今の時刻は………… 【13:41】 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 【13:42】 デジタル表記が変化し、唐突に突風が巻き起こった。 ――バギッ ベギベギバギッ ベキャッ―― 「な、なんの音だっ!?」 倉庫の中で、事の最中だった二人の、男の方がその手を止めて、突然の怪音に驚きの声を上げる。 すると、暗い倉庫の中を、天井の隅から光が差してきた。 「そんな、まさか…………!」 あまりにも唐突な出来事に、二人はその行為を途中でやめて、天井の角に視線を向ける。 ――ベリッ………ベリベリバギュッ 溶接されたはずの倉庫のトタン屋根が、老朽化が進み、そしてとうとう崩壊の時を迎えていた。 この季節、吹き上げる東からの風に煽られ、トタンはべきべきとめくり上がり、そしてついに。 ――ばぎゃっ 倉庫の屋根は一瞬にして無くなり、グラウンドの砂埃が吹き抜けとなった屋根から倉庫に降りかかる。 「大変だ、逃げるぞっ!」 「う、うんっ」 男は少女の先ほど脱いだ彼女の制服を渡し、慌てて自分の制服を付け直す。 そして、その時には飛んでいったトタンは何処へ行ったのか、二人には既に判らなくなってしまっていた。 ただ、吹き上げる東風に、トタンが校舎の上に飛んでいったのまでは見えたが、それ以上は見えない。 そして、彼が左手首に回したデジタル式の腕時計は【13:43】を表示していた。 そこは屋上だった。 そこにいる人物は四名。 その中の一人、柊 摩弓の携帯が、今、鳴った。 ――ピロリロ、ピロリロ―― 「あれ?メールだ。なん………」 「だ………ろ………?」 摩弓の目の前で天地がくるりと一回転し、そして気付いたら琴音と鳴鈴が自分を見下ろしていた。 背後でどさりと、なにかが倒れる音。 そしてその次の瞬間、屋上へ出る階段が、校内側から蹴り飛ばされ、二つの悲鳴が重なった。 どこから飛んできたのだろうか。 屋上のコンクリートに激しく突き刺さったモノは、見慣れた波の形の錆びたトタンだった。 そして、その正方形に近い茶錆色のトタンは、その辺の一つを真っ赤に染めて、屋上の一部分を陣取っていた。 己の身に何が起こったのかもわからず。 ただ、そのトタンに体を二つに分けられた柊 摩弓は。 恐怖に顔をゆがめ、悲鳴を上げる二人と、屋上に入ってきた伊沢 薫の姿を最期に、その瞳に何かを映すことはなくなった。 ただ、離れた場所にうつぶせになる彼女の体から力が抜けて、その右手に持っていた携帯電話が、開いたままの形で床に落ちる。 そして、彼女が見ようとしたそのメールの件名は、ただ一言、素っ気なく表示されていた。 【お迎えです】 |
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【悲鳴と怒声、語る言葉は淡々と】