脳髄に突き刺さる赤、あか、紅、aka、朱、アカ。

ホームに入ってくる電車のデザインは、改められた。

ほんの少し車体の下部と車輪が、紅いペンキに似た液体で染められた。





奈落の呼び声 第壱章

チェーン・メイル
第八話

偶然と必然、呪われし文面





その巨体に、人はなすすべもなく、引きちぎられる。

腕も、足も、胴体も、頭も。

目も、耳も、指も、骨も、皮も、血液すらも。

それらをその巨体でズタズタに引きちぎり、巨体はゆっくりと止まった。

刹那。

「キャアアァアァァァアアァアァアアァッ!」

悲鳴。

ホームで電車を待っていた、利用客のうち何人かの女性が、大声で悲鳴を上げる。

そして、伊沢 薫もふらりと足をよろめかせた。

「何て事だ………まさか、こんな事が………」

かろうじて気を持ち直し、尻餅をつく事だけは避けられた。

だが、右手に握られた既に主のいない携帯が、からりと落ちて真っ二つに折れた。

信じられない………ついさっき聞いた事が、まさか、こんなに速く、己の身に………いや、ちがう。

『己の身』ではない、見ず知らずの他人だ。

だが………

ふと薫は時計を見た。

五時二十五分。

時間は、間違いなく、ピッタリだ。

何て事だ…………コレは…………一体何が起こった。

いや、待て、落ち着け、呪いがあるはずがない、さっきそう自分で断言したではないか




『1日越しで、死ぬ直前に変なメールが来て、その両方が無惨な死に方をしている、コレが偶然だと?』




真由の言葉を思い出す。

…………コレで三人目だ……………

少なくとも、近所のみでの、出来事だ…………

そう思うと、薫は背筋に冷たいモノが走る感覚を感じた。

これは、八年前、ふざけて廃工場で変な影を見た時以来だ。

以前、その工場で恋人に捨てられた女性が自殺したと言う話を聞いたのは、それからずいぶん経っての事だった。

それ以来、見えるはずのないモノが、見えるようになった。

けれど、その事は誰にも言ってない、親にも、兄弟にも、友達にすらも。

そして今、目の前の死に関して、不可解な事が、一つあった。

死んだモノからは、魂が出る。

仮説として言われているモノと、死者の体から出るモノとを同じ名前で呼ぶとするなら、の話だが。

薫は、それが見える。

死んだ生き物は死後、喩えるならば湯気のような白いモノがその肉体から現れる。

そして、一度生前の姿に固まると、その後煙のようにどこかへと消える。

それが、存在しない…………

電車に轢かれ、死んでしまったはずなのに、魂が出てくる様子が全くない。

二年前祖母が死んだ時も、半年前妹が飼っていたハムスターが死んだ時も、そして中学の時、裏庭の木が切り倒された時も。

例外なく、魂はその体から出てきた。

それなのに、今回は、魂が出てこない、出てくる気配もない。

『呪いはこれから本格化する』

「嘘じゃなかった………作り話でも、与太話でもない………コレは単なる事故じゃない、偶然でもない………」

真由の言葉を思い出し、そして、薫はすぐさまその場を去った。












人影も、既にまばらになり、火葬場に残っているのは……

【池宮 真由】【麻野 真希】【夏目 竜平】【桜崎 弥生】【雨宮 可憐】【団 碧】【塚本 時緒】【川崎 里花】の合計八名。

それと、葬儀の後かたづけをしている早乙女 茂之の親族と、数名の高校生の姿のみ。

どうやら、このあとどこかに遊びに行く算段をしている様子だった。

「んで、今後、うちらは何をすればいいのん?」

己の携帯のメールボックスに、警告メールがある事を確認して、里花が聞いた。

「そうね………まずは、わたしたちの学校の生徒から、広めていくほか無いと思う。こうしてる間にも、きっと犠牲者は増え続ける」

「全てを防ぎきれるとはあたし達も思っていない、でも、身の回りの事を守れなくて、それ以上の事が出来るはず無い、そうでしょ?」

真希が、真由の言葉に続けて言った。

そう、すぐそばでお腹を空かせている人がいるというのに、その人を助けずに、外国の同じようなヒトを助けるなどと、傲りにも程がある。

まずは己の周囲から、その外の事は、後々考える事にする。

「まずは、噂を流して、噂が広まれば広まるほど、警告メールも広げやすくなるから」

「その話、私も混ぜて貰っても良いかな?」

「え…………?」

ふと、声のした方向を視る、すると逆光の中、人影がかすかに見えた。

誰………と思ったところで、この話をしている人は、ここにいるヒトだけだと言う事を思いだした。

ここにいない人物は、ただ一人。

「私にも協力させてくれ。そして、信じなかった事を許して欲しい…………」

“伊沢くん!”

思わず、真由は歓喜した。

何があったか、何故信じてくれる気になったのか、それはわからなかった。

しかし、彼が協力してくれるなら、学校ならすぐに何とかなる!

…………と思うんだけど………大丈夫よね…………伊沢くんなら………

じっと、薫の目を見つめる。

すると、薫は照れくさそうに苦笑いし、視線をずらした。







真希から『警告メール』を受け取り、携帯を制服の胸ポケットに滑り込ませて薫が言った。

「それで、具体的にはこれから何をするのかな?」

「え……えぇ、うん、その事なんだけど………」

「あの…………」

団 碧が、おずおずと挙手した。

「何?えっと………団さん?」

「【碧】でいいです、池宮先輩。こんな重要な事、マスコミの協力を求め……」

「無理よ」「無理ね」「無理だな」「無理」「無理だよ、団君」

真由、真希、竜平、時緒、薫の五つの声が重なった。

「え………な、何故ですか?マスコミの力を借りる事が出来れば、それこそ全国に……」

「………無理よ、碧」

「や、弥生ちゃ………先輩まで………」

ほんの少し考えるようにしていた弥生の言葉に、碧は。

と言うより、弥生の言葉そのものに、碧は驚いていた。

「そもそも呪いというモノを信じさせる事が難しい………その事はマユが、わたしたちに言った事から、わかる事でしょ?」

「そ………それは………そうですけど、でも………」

「門前払いが関の山、マスコミは今は当てにならない、でも………」

「噂が広がれば、何とかなるちゅぅわけやな」

時緒と、里花の言葉に真由は頷いた。

だから、一つ、やって欲しい事がある。

「ねぇ、伊沢くん、今年入ってきた一年生に、いきなり新しい部を作った子、いるでしょ?」

しかも、二人も、と言う真由の言葉に、少し沈黙して、薫は頷いて、こう答えた。

「あ……あぁ、一年一組の【モモヒ クレナイ】と、一年三組【ムコウ アオイ】のことか?
双子の姉妹らしいが………両親の離婚で苗字も別、別れて暮らしていると聞いた………確か、作った部は………」

彼の言葉に、真由はニヤリとして、

「新聞部と、オカルト研究部よ」

すると、みんなあんぐりと口を開けてしまった。

「団………いえ、碧」

「は・は・は・はぃっ!」

悪魔の微笑みを浮かべる真由に、碧は萎縮してしどろもどろで返事をする

「その双子の事、あなた知ってる?」

「は、ハイ、知ってます。仲が良くて、休み時間に同じ顔が並びますから目立ちます、ムコウ アオイは、クラスメイトです!」

碧の答えに真由は満足そうに頷いた。

「なら、明日、その子に話してみて、きっと、興味津々になると思うわ」

「わ、わかりました、明日、早速話しかけてみますっ………あ、でも………」

碧は語尾でちょっと自信なさげになった。

「でも………なに?その子のこと、嫌いなの?」

「い、いえ、そういうわけではなくて……………ちょっと、近寄りがたいんです、その子」

「どういう風に?」

「………休み時間、人形、作ってるんです。わたしたち、クラスメイトそっくりの………人形を、クスクス笑いながら」

その言葉に、碧を除く全員で顔を見合わせた。

ポム、ポン、ポム、ポン、ポム、ポム、ポン、ポム、ポム。

そして全員、碧の肩や、頭に手を置いた。

『………食べられないように、気をつけて』

「は、白状ものぉッ、先輩達なんて嫌いだぁああぁぁっ!」

うわああああん、と…………泣きながら行ってしまった。

「仕方ないなぁ………マユ、後はあたしにまかせて」

「弥生、何か策でも?」

そう真由が弥生に聞くと、弥生はふふんと不敵に笑って。

「わたしはあの子が幼稚園の頃から知ってるのよ?
あの子がどんな歌が好きで、どんな本を読むか、そして未だにAカップって事も…………」

「え…………」

Aカップ?

ふと碧の胸を思い出す。

Aと言うほど乏しくはなかった気がするけど………

ちなみに真由はC、真希はB。

「ブラ使って水増ししてるのよ、あの子。中学の頃、胸がちいさいことで苛められてたから」

「だれが?」

苛めてたの、と言う質問を抜かして聞いてみる。何となく答えはわかるけど。

「あたしよ」

と、豊かな胸を自信満々に張った。

そして弥生はDだった。



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【葵と碧、少し妖しい同級生】