えーっと、今、何て言った?

呪い?死を呼ぶメール?

受け取った人間を、殺すだと?

下手な冗談は止めろよ。

だから、止めろって。

何で、そんな真剣な目でオレ達を見るんだ?





奈落の呼び声 第壱章

チェーン・メイル
第七話

偶然と必然、呪われし文面





「ちょ………」

「どういう事ですかっ!早乙女先輩が事故じゃないってっ、呪いのメールってっ!」

弥生が喋ろうとした時、碧が大声でそう叫んだ。

「碧、声大きい」

「あ、ごめん…………でも………」

弥生にたしなめられて、碧は萎縮する。

だけど、食い下がるつもりはないようで、真由の目をじっと見ている。

「さっきもいったけど、早乙女くんの死の原因は、メールよ」

『メール?』

みんなが声を揃えて反芻する。

「そう、呪いのメール、見た目は普通のチェーンメールと変わらないけど、本物の呪いがかかっている………」

「ほぉ、呪いか、この文明社会で、よもや同い年の子からそんな言葉を聞くとは思わなかったな………」

…………『伊沢 薫』くん。

真由達の入学当時から何気に有名だった生徒だ。

今は二年二組に在籍、学級長を努めていて、生徒会長も兼任する。

二年生なのに。

まぁ、それが彼の徳なのかしら、と真由は思ったが、別の事に気付いた。

(…………そう言えばさっきから、伊沢くんわたしの事にらみつけていたような……………)

「さて、話の腰を折って済まない、続きを聞かせてもらおうか。最も、信用に足りる内容かどうかを私が認められるかは、思えないがな」

うぅ…………疑いの眼バリバリ………まぁ、それもそうよね、わたし達だって、昨日の事がなければ、絶対信じられなかっただろうし。

こめかみに汗を浮かべて、真由がどう説明したらよいものかと考える。

昨日の……………そうだ、昨日の事も………

「じゃぁ、伊沢くんに訊くけど」

「…………なんだ?」

「早乙女くんが死ぬ直前、『お迎えです』と言うメールが来ていたとしたら、どうする?」

「……………凝ったチェーンメールじゃないのか?送っていない事がわかる」

「じゃぁ、その翌日、落雷のショックでビルの屋上から投げ出されて、街灯に串刺しになった女性の、その携帯に、同じメールが来ていたとしたら………?」

「…………何が言いたい」

「昨日の隣町での事件の事、知らないわけではないでしょ?夫婦間の問題で、屋上で口論してた夫婦の、妻の方が死んだ事件の事」

ここで、ようやく彼は真由から目をそらして、何か考える仕草をした。

「……もちろん知っている………だが、落雷は自然現象だ。それが…………」

「死ぬ直前、同じメールが来ていたのよ?コレが偶然で片付けられる?」

「…………有り得ない事では、無いはずだ………重なる時は、偶然は――」

「1日越しで、死ぬ直前に変なメールが来て、その両方が無惨な死に方をしている、コレが偶然だと?」

「………じゃぁ、池宮、君はその二つの死が、呪いによるモノだと、言うのか」

「そうよ」

真由は、間髪入れず言った。

だって、知ってしまったから。

呪いが存在する事、そして今も呪いはじわじわと人の世をむしばみ続けている事を。

「ちょいと、えぇか?」

里花が、消極的に挙手した。

「えっと、池宮ゆうたな?えっと、じぶんマユて呼んでええか?おおきに、聞いてて思ったんやけどな、なしてマユはそないに断言できるのん?」

「それは…………」

「そうだな、何で池宮がそんな事を知っているのか知る必要がある。納得できる答えをもらわない限り、オレ達もおまえを信じる事が出来ない」

塚原 時緒くんが、わたしを見下ろしながらそう訊いてきた。

「…………信じてもらえないと思うけど………」

「それは内容によるぞ、池宮」

と、竜平が言った。

………内容と言っても、言う事は一つしかない、仕方ない、腹をくくるか。

「じゃぁ、話すけど、早乙女くんが死んだ理由と、これからの解決策」

「私も、聞かせて貰って良いかな?マユ」

え…………

この声…………この声は…………!

「しげくんが、何で死んだのか、私も、知りたい」

「可憐!あなた、大丈夫なの!?」

ふらふらと、おぼつかない足取りながら、ゆっくりと近づき、可憐は、こくりと頷いた。

「私、何でもイイから、知りたいの、しげくんが死んだ理由を、どうしても……………」

「そう…………でも、信じられないかも」

「信じるっ!私信じるからっ!マユはふざける事はあっても、嘘を言った事無いもんっ!昔からっ!」

可憐の言葉に、真由は、予想外に驚かされた。

そっか、わたし嘘ついた事無かったんだ、などと、見当違いの事を思い浮かべる。

可憐が、早乙女くんと付き合っていながら、自分の事を忘れていなかった事が、とても嬉しかったのだ。

「お願い………マユ…………私、信じるから…………知ってて話せる事は、全部教えて欲しいの………」

可憐の言葉に真由は、こくりと頷いてみんなに話した。

――呪いのメールの事――

――ネットで呪いの事を調べた事――

――別なところでも、犠牲者が出ているらしい事――

――警告メールの事――

――ルイの事――

そして、呪いを無効化する唯一の手段を………………






話を終えると、みんなはそばにいる人と顔を見合わせていた。

コレで、信じてくれるかな………?

と、可憐が私の制服の袖をくいくいと引いていた。

「マユ、私の携帯に、その警告メール、送って」

可憐…………ホントに、信じてくれるのね。

「しげくんが死んだ事は………運が悪かったんだと思うことにする…………でも、私、楽しかったから、しげくんと一緒に居られて。
しばらくは、忘れられないと思うけど………しげくん、私が泣くと、おろおろしちゃうんだよね、ふふ……あれ……」

純粋な笑顔を浮かべる可憐の瞳から、綺麗な雫が、頬を伝った。

「あはは………ダメだね、私………やっぱり………しげくん………」

可憐は膝を折って座り込み、両手であふれ出る涙をぬぐう。

かろうじて、そして、声を殺してすすり泣く…………

「可憐…………早乙女くんに、サヨナラしないと…………」

「……………………うん」

真由は可憐の背中をさすりながら、ゆっくりと抱き起こす。

そして、焼香に向かう可憐に付き添った。










「にわかには、信じられないな」

「ほんまやなぁ…………可憐はんも、よくもまぁあそこまでマユの事を信じはれるもんやなぁ」

「だって、本当の事だもん」

と、真希は言った。

「マユが嘘をつかない………つけない事も、嘘をついてない事も、全部」

みんなの視線が、真希に集中する。

考えてみれば、あたしあんま喋ってなかったね、まぁ、マユが喋る機会奪っちゃってたから、まぁいっか。

ふっ、とうっすらと笑みを浮かべながらそう思った。

「嘘じゃない証明は出来るのか?」

塚本 時緒の言葉にわたしはため息を漏らす。

「そだね、塚本くん。あなた、ホントに目の前で人が死なないと信じられないんじゃない?あるいは自分が死ぬか」

と言って三白眼でにらみつけると、ぐっと時緒は押し黙る。


「最初から信じてもらえるなんて、あたしもマユも思ってない。
ただね、これ以上目の前で死なれると困るの。死の瞬間はもうこりごり、一生分体験しちゃったわよ、この三日で。
みんなにわかる?タイルに飛び散った赤い跡、人間が街灯に突き刺さる衝撃の音と、あの断末魔の声。
耳を押さえても頭に響く。目を閉じてもまぶたの裏に浮かび上がる、あの光景を。
メールの呪いは時を選ばない、コレはあたし達が目の当たりにしてきた事実。そして呪いは実在する、コレもあたし達が実感した事実。
信じなくてもけどね、呪いはこれから本格化する。あたし達は、最後の希望として行動する、可能な限り犠牲者を出さないために!」


ぜーはーと、で肩で息をする。

肺活量、結構多かったんだ、と何となく自分で感心する。

「で…………みんな、『幸せを呼ぶメール』っての、来てないよね?来てても来て無くても教えて。『警告メール』をわたしの方から送らせてもらうから」

ポケットから携帯を取りだして、ぱかっと開く。

すると、みんなは目を見合わせて同じようにポケットから携帯を取りだして、アドレスを真希に見せてくれた。

一応、信じてくれるみたいね、よかった。




「………私は、遠慮させてもらおう」

え………?

携帯の画面から顔を上げると、薫が真希を睨みつけていた。

「この高度成長期の中、呪いなんて非科学的なモノ、信じる人の気が知れない、みんなどうかしてるんじゃないのか?」

「………何かあってからじゃ遅いわよ?」

「どうだか………まぁ、作り話にしてはよくできたと思うがね。そろそろ私はお暇させてもらう、これ以上与太話に付き合うほど暇人じゃないのでね」

じっと、真希は薫の目を刺すように見つめる。

「『幸せを呼ぶメール』は、来てないわよね?」

「…………答える必要はないな、これ以上私に関わらないでくれ、じゃぁな」

少し逡巡しながらそう言って薫は立ち去る。

「あの様子、たぶん、メールが来てる………」

「え………」

「困った…………いつ呪いのメールが来たかわからない以上、躊躇はしてられない、かといって無理矢理するのも…………」

「じゃ、じゃぁどうするんですかっ、伊沢先輩行っちゃいますよ!?」

碧が慌てた様子で問いつめる。

「…………いえ、たぶん大丈夫、いえ、大変ね」

「何言うてんのジブン、わけわからへんで?」

「伊沢くん、どこから通ってるか、わかる人いる?」

里花の言葉を軽く流して、真希は訊いた。

すると、竜平が答えた。

「隣町から、電車を使って通っていたと思うが………」

「で、それがどうかしたの?」

弥生が、自分の携帯のアドレスを真希に見せながらそう言った。

「…………何事もなければ、良いな、と思って………弥生、アンタは夏目くんからもらいなさいよ」

「あ」

「あ」

二人とも忘れていたみたいだった、さっき真希が竜平にメールを送っていた事を。











「やれやれ、まぁ、面白い話ではあったな」

定期を使い、駅のプラットホームで電車を待っていた伊沢 薫が呟いた。

胸ポケットから携帯を取り出すと、メールボックスを開いてスクロールさせる。

【幸せを呼ぶメール 受信日時 火曜日 14:34】

「こんなメールがなんだと言うんだ、全く…………」

「お、君の所にもそれ来てたのかい、いやぁ、流行ってるねぇ」

突然肩を抱かれて、男の息が耳元に吹きかかる。

「酒臭い…………何なんですかあなた………」

「いやぁ、なぁに、ちょっと気になったモノでねぇ、ほら、見てごらん、コレがボクの携帯のメールだよぉ」

酔ってる割に呂律は結構回っているのが意外だった。

そして、男は己の携帯を取りだして、伊沢 薫にメールを見せた。

そして、薫は何気なく男の携帯電話を受け取った。

そこには…………

【幸せを呼ぶメール 受信日時 日曜日 17:23】

ふと、プラットホームの掛け時計を見る。

五時二十分。

(池宮達のいう事が本当なら、あと三分後、この男が死ぬ…………という事になるな、だが……………)

いま、男と自分がいる場所は、白線より相当後ろだ。

この位置なら、倒れたとしても骨折はしても、ホームに落ちる事はない。

と考えたところで、頭の中の考えを消す。

何を考えている、あの二人のいっている事は作り話であったはずではないのか。

「なぁ、にいちゃん、俺の話無視するなよぉ」

と言うかうるさい。

「なぁ、小遣いやるから、話聞いてくれよ」

と言って財布を取り出す、金の問題じゃないっていうのに。

「おっと」

ふらふらと男がよろめき、手に持っていた財布をぽとりと落とした。

「へへへ、いけねぇいけねぇ、コレには俺の全財産が入ってるんだ」

と言いながら、ふらふらと財布を取ろうとして右手を伸ばすと、左足のつま先でこつんと財布を蹴った。

―――ホームの方向に―――

「お、おい、アンタ、危ないぞ!財布は俺が拾うから、アンタは……!」

「イイってイイって、自分の財布は自分で拾う、おっと、なんか拾いにくいなぁ」

再び男はつま先で財布を蹴った。

「おいっ!財布はイイから下がれ!電車が来る!」

「へーきへーき、俺不死身だもーん」

と明らかに不死身な人間とは言いがたい事を言いながら、財布は再び男に蹴られ、線路の上に落ちた。

「あれぇ〜、落ちちゃったよぉ、困ったなぁ」

「!!!!!!!!!!!」

何を迷うことなく、目の前で男はホームから飛び降りた。

すぐ横に、電車が迫っているのも、意に介せず。

――ピロリロ、ピロリロ――

伊沢 薫の手の中の、携帯電話が主張する。

『お迎えです』












































Next
【朱色と黄昏、悲劇と喜劇】