二人は顔を見合わせる。

モニターに表示されるメールの件名は『警告メール』とだけ、あった。

件名からは、全く内容が想像できない。

とりあえず、見ない事に始まらないから、そのメールを開いてみる。





奈落の呼び声 第壱章

チェーン・メイル
第五話

偶然と必然、呪われし文面





――コレは警告メールです。

――このメールを受け取った人は、同じようなメールを受け取った事があると思います

――普段なら、読まずに消すか、おもしろがって他の人に回すかしてしまうと思います。

――しかし、一つだけ、本当の呪いがかかっているメールがあります。

――その呪いは、確実にアナタの命を奪ってしまうでしょう。

――ワタシのミスです、ワタシではもう抑えることが出来ません。

――アナタの身を守ることが出来るのはアナタだけです。

――お願いします、ワタシの所為でアナタを死なせる事になってしまいます。

――ワタシでは抑えることが出来ません。

――お願いします。

――このメールを削除したりはしないでください。

――このメールは、ずっと消さずに置いておいてください。

――このメールが残る限り、アナタの命を守り続けます。

――どうか、信じてください。

――お願いします。







メールは、ここで終わっていた。

ふと見ると、受信日時は月曜の零時十五分となっている。

零時十五分?

真希からメールを貰って、消してその直後に届いている事になる。

あ、そう言えば、呪いのメールは…………やっぱり、受信トレイにも、ゴミ箱にもない、消しちゃったか。

呪いのメールを消した事に少し反省する。

と言う事は、希望となるのはこの警告メールだけと言う事になる。

「…………返信、してみる?」

真希が、訊いてきた。

警告メールのアドレスを、確認してみる。

【dd_ruka@princess.dropers.saint】

…………何コレ。

見るからに妖しいアドレスだった。

けれど、ヒントはこれ以外にないんだし、真由はそのアドレスにメールを送ってみた。

キーを叩こうとしたところで、内容を考える。

「…………なんて書けばいいかな………」

「実際、有った事、呪いについて訊きたい、って事を、伝えればいいと思うよ」

真希が当然のように言ってきた。

そう、二人が訊きたいのはその事だけなのだから、それ以外書く事はない。

そして、真由はキーを叩く。

………一本指打法で。





――私は警告メールを受け取った者です。呪いとは、どう言ったモノなのでしょうか?――

――最近、私は目の前で二人の死と遭遇をしてしまいました、それは呪いに何か関係があるのでしょうか?――

――そして、あなたは、何故、このような警告メールを発信したのですか?――

――あなたは何を知っているのですか?――



疑問符が多すぎる感がしたけど、これ以外どうしろというのだろうか。

訊きたい事はいくらでもある。

未だに半信半疑だけど、二度も目の前で同じような事が起こった以上、偶然で片付けられないから。

そして、真由はメールを送信した。















――ヴンッ

「!?」

突然画面が真っ暗になった、と思ったらまた点いた。

『ドロップスに接続しています』

何コレ!

突然なにかの字が表示された。

『DD-ルカからの情報を受け取っています。DD-ルイをダウンロードします………』

「!!?」

どこかに接続して、何かをダウンロードしている!?

しまった、メールを送ったとたん、勝手にダウンロードをする仕組みになっていたのか、コレも罠!?

何が起こるかわからない、わからないけど、好転するようには思えなかった。

マウスをせわしくクリックしたり、キーボードをいじったりするけど、ダウンロードは止まらない。

こうしている間にも、ダウンロードは刻一刻と進んでいく。

「マユ!コンセント!」

ディスプレイは『ルイのインストールが完了しました』と表示されている。

間に合うか!

真由は、パソコンの後ろに刺さっているコンセントに手を掛けて、引っこ抜こうとして。

『待って!話を聞いてっ!』

突然、少女の声が聞こえた。

「………………?」

コンセントに手を掛けたままで、真由は背後の真希を振り返る。

すると、真希はフルフルと首を振った。

そして、かろうじてまだ消えていないパソコンのディスプレイを指さして。

「………ヘンなのが、出てる」

え?

コンセントから手を離して、真由もパソコンのディスプレイを見た。

すると、どういう事だろうか。

モニターの右下の隅で、一つのプログラムらしき者が動いていた。

そのプログラムは、少女の姿をしていて、はあはあと荒ぐ息を抑えるように、両手を膝の上に当てて肩を大きく上下させていた。

『よかった…………気付いてくれて、もう、ダメかと思った…………』

そのプログラムは、すっと画面の中で背筋を伸ばした。

『もうダメかと思った…………だって、だって、誰も気付いてくれないんだもん………』

プログラムの画像は、涙を湛えた少女の姿に変わり、そして、その少女はごしごしと目をこすった。

『初めまして、夢の雫の三人娘。アタック担当の、ルイです。お話…………聞いてくれる?』

画面のプログラムの映像は、可愛らしく首をかしげて、画面の前の二人に、そう訊いた。

二人とも訳がわからず、顔を見合わせたが、とりあえず頷いた。




『……………消されないって事は、聞いてくれるんだね、よかった。何か質問が有れば、こっちに書き込んで』

少女がほうと胸をなで下ろすような仕草をすると、ぱっと画面の真ん中に文字を書き込む欄が出現した。

『でも、ルイも、何でも答えられるっていうわけじゃないから、その場合はごめんね。事情が事情だから』

スピーカーから少女の声が聞こえる。

『で、呪いについて、聞きたいんだよね?これから話すから、しっかり聞いてね』

コホンと咳払いをする仕草…………どうでも良いけど、無駄にリアルね、このプログラム。

『……………その前に、ルイ達の事を、話した方が良い?』

聞こえたはずはないと思うが、少女の提案に「うん」とだけ書き込む。

『んとね、ルイはDream Dropsの攻撃担当のプログラム。あ、でもプログラムって言っても、AIと言うより電子妖精って言った方が良いかも』

「電子妖精?」と書き込む。

『うん、詳しい事は話してもわからないだろうから言わないけど。電子………ネットの世界を視るのがルミ、繋げるのがルカ、そして攻めるのがルイ』

「三体?」と打ち込む。

『ん〜、三人って言って欲しい。一応プログラムだけど、情報集めて自己成長が出来るから、その点は人間と変わらないよ?』

「わかった、じゃぁ、呪いについて、教えて」と打ち込む。

すると、少女の顔から表情が消えた。

『呪いは、【本】の呪い』

『【本】の呪いは、強大』

『メールを媒介にした呪い故、防ぐのが困難に陥っている』


突然の少女の豹変に戸惑いながらも、「【本】?」と打ち込んだ。

『………呼び名みたいなモノ。そこら辺は、そっちは知る必要はない、今は』

『ただ、【本】は人間にとっては邪悪その物の存在。人間の世界の安寧を求む人達にとって、最悪にして最凶の存在』
『その【本】が、最も手っ取り早く、最も手間のかからない方法で、人の命を奪う手段を取っている』
『既にルイ達では抑えきれない。それに、ルイ達はあまりネットに干渉する事をゆるされていない、こうして話している事もホントはあぶないの』
『警告メールを送ったのはルミ、偶然このパソコンに呪いが送られるのを視たから送った、呪いを無効化する、唯一の手段』


「呪いを無効化!?」

『………このパソコンに送ったのが、最後の一通、他のメールはみんな削除されたみたい、これ以上は送れない』

「じゃぁ、あの警告メールが有れば、呪いは効かなくなるのね?」

『うん、ただ、あの文章が無効化するわけじゃなくて、あのメールその物が、無効化するための鍵になっている、文章変えちゃダメだよ』

そうか、あのメールが有れば、呪いを受けなくなるのか………

「あ、でも、わたしの所に送ったのが最後って事は………」

『うん、これ以上は送れない、こっちにも都合があるから…………』

「じゃぁ………他に呪いのメールを受けた人は………」

逃れる術は、無いのだろうか。またマキの携帯にメールが来たら………

『その辺は大丈夫、警告メールの文面をそのままで、他のアドレスに送ればいい』
『DD-ルイの名にかけて、史上最高の防御プログラムが組んであるから』
『こんな風に』


そう言うと、画面の中の少女はメールボックスを開いて、警告メールを別のアドレスに送りつけた。

――ピロリロ、ピロリロ――

「あ…………」

『このパソコンに送ってきた人、誰かわからないけど携帯からだね。そっちの携帯も、コレで大丈夫…………あ、そろそろ、時間』

「待って、まだ聞きたい事が…………」

書き込んでいる最中で、画面の少女が言った。

『不本意だけど、チェーンメールの形を取らせて貰わなきゃ防げない。あとはそっちでお願いね。【毒を以て毒を制す】って所、それじゃ』

そう言って、少女はモニタ上から消えた。

パソコンのハードディスクにも、レジストリからも、履歴すらも消滅していた。

また、警告メールに返信する形でメールを送ったけど、存在しないとして、送り返されてきた。

「毒を以て、毒を………か………」

「………最後の一人、と言う事は、あたし達から、始めないといけないのね………」

真由は、パソコンの警告メールを、じっくりと読む。

「………本当に、本当に必死だったみたいね」





――お願いします。

――このメールを削除したりはしないでください。

――このメールは、ずっと消さずに置いておいてください。

――このメールが残る限り、アナタの命を守り続けます。

――どうか、信じてください。

――お願いします。




懇願する、内容。

呪いを把握していなければ、真由自身もあっさり消去していただろう。

すると、防ぐ手だてが、回すしか方法が無くなっていた。

回して、回して、回して、回して。

そんなモノ、気休めにしかならない。

人に回すという事は、人から回されるという事だ。

そのうち、膨大に膨れ上がったメールの海に飲み込まれ、溺死する。

単なる時間稼ぎに過ぎない。

「…………気付いて、よかった…………」

両肩を抱くように、安堵の溜息を思いっきり吐き出した。

そして、真由は思った。

思えば、ルイはわたしが気付くのを待っていてくれたのだろうと言う事を。

だから、あれほどまでに、必死に…………あれ?

ふと、ルイの喋り方と、メールの分の書き方が違う事に気付いた。

少し首をかしげたが、すぐに他に二人いる事を言っていた事を思い出す。

その二人のどちらかが、送ったのだろう。

ルミか、ルカか。

どちらにしと、防ぐ手だてがある事は何よりだった。

…………でも、呪いを信じさせるのと、アドレスを聞き出してメールを送るのが、苦労しそうだと思い。

苦笑混じりに、二人は顔を見合わせて優しく微笑みを交わした




Next
【真由と真希、最後の希望】