――コレは、幸せを呼ぶメールです。―― またか、と思って、内容も見ずに消去する。 毎度おきまりのこの【チェーンメール】 やれ三人以上に回せ、五人以上に回せ。 挙げ句の果てに百人に回せ。 ふざけんな、そんな沢山メモリー無いわ阿呆。 そして、今日もメールを消す。 くだらない。 不幸の手紙から、いっこうに成長しない、困ったもんだ。 でも、だけど、もしも、もしもの話。 その、世に溢れる無数のチェーンメールの中に。 本当の呪いがかかっているモノがあったとしたら…………… そして、もしソレが、自分のパソコン、あるいは携帯に、届いていたとしたら。 アナタは、どう思いますか………………? ――お願いします。 このメールを消したりはしないでください。 このメールは、ずっと消さずに置いておいてください。 このメールが残る限り、アナタの命を守り続けます。 どうか、信じてください。 お願いします―― 第一話 『消去しますか?』 画面にダイアログボックスが出て、そう聞き返してくる。 そして少女は迷わずマウスで『はい』をクリックした。 すると、送られてきたメールはゴミ箱に行き、さらにゴミ箱を左クリックして完全に消去する。 「ふぅ」 少女は息を軽く吐いて、イスの背もたれに体重をかける。 「あした、マキをとっちめてやんなきゃ………」 そう言ってパソコンのディスプレイをにらみつけた。 まったく、見知らぬ誰かからならともかく、学校のクラスメイトからチェーンメールが送られてくるとは………… ぎしぎしとイスの背もたれが音を立てる。 「何しようかな…………」 メールチェックは済んだ、HP巡回も済んだ。 某所の小説投稿掲示板も、めぼしい小説は読んじゃったし…………感想は書いてないけど。 ………………寝よう。 あしたも学校だし、コレでも一応成績優良者だから、居眠りや遅刻はしてられない。 時計を見ると、既に日付は変わっているし。 「おやすみ」 パソコンの電源を切って、布団に潜り込んで眠る。 五分あれば眠れる、現に今日も、あっさり眠っていた………ような気がする。 ――ヴン 少女が眠りについた後、誰も触りもしないのに彼女のパソコンが点いた。 数分間の起動準備の後、Windowsのロゴが表示され、続いて壁紙、デスクトップのアイコンが表示される。 そして、メールボックスが開かれた。 『サーバに接続中』 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 『メールを受信しています』 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 『一通の新着メールです』 着信音が、夜の静寂の中、小さく鳴った。 「ん・・・ん〜?」 音が聞こえたのか、少女が布団の中で身じろぎをした。 ――ヴン ぽわーと焦点の定まらない目で少女がパソコンを見る。 だが、パソコンは既に消え、沈黙を守っている。 「……………………………」 再び少女は布団に顔をうずめ、穏やかな寝息を立て始めた。 「おはよう」 「おはよ〜」 「おはよう〜」 朝になった。 普段と変わらない、朝。 同窓生も、先輩も後輩も同じ制服に身を包み、友達に会いに学校に向かう。 友達と通学路の途中で合流し、朝の挨拶をした後、他愛ないことを喋りながら学校に向かう。 そして彼女も、親しい友人である【麻野 真希】と合流した。 「おはよ、マキ」 「………あ、マユ、おはよぉ」 【麻野 真希】 低血圧。 朝に弱い、面白いことに強い、寂しがり、勘が鋭い。 けど楽天家。 身長155p、スリーサイズと体重は不明。 ロングの髪を三つ編みにし、背中の方にまるでエビフライのように垂れさせている。 『誰の髪がエビフライよっ!』 エビフライって言ったら怒る、本人はお気に入りらしい。 紹介が遅れた、少女の名前は【池宮 真由】 読み方は【いけみや まゆ】 都立日暮高等学校二年四組、出席番号は三番。 ちなみに真希は、二番。 どうでも良いけど、一番は愛内、って男子生徒。 おそらく一番以外になるって事の方が難しいんじゃないかと思われる。 五十音順だから。 真希のフルネームは【あさの まき】 プロフィールは先に描写したとおりである、大体ではあるが。 ねむそうにごしごしと目をこする真希の肩を真由がつんつんとつつく。 「ん〜?なぁに?」 うわ、目、半開き、こわっ、って言うかきしょっ。 と思ったけど、心優しい真由は言わなかった。 その代わり、昨日のメールの件を問いつめてみた。 「ちょっと、何よ昨日のメールは」 「ん〜……………あぁ、昨日の、ん、ふぁ〜」 しばいたろかコラ。話すならさっさと話せ、アクビすんな。 と思ったけど、心優しい(以下略) 「悪かったと思ってはいるよぉ、でも、ちょっと………ね、内容が内容だったから、回させて貰ったの〜」 昨日のメール、チェーンメールのことだ。 タイトルからして【コレは幸せを呼ぶメールです】ときた、くだらなさにも程がある、が、それが親友から来たとあれば話は別。 「チェンメは止めるのが基本でしょうが、何考えてんの?」 イライラしながら真由がいうと、真希は困った様に後頭部をかいた。 「マユ………メールの内容、見てないの?」 「え…………?」 メールの内容?見てない、タイトルだけ見て消しちゃったから……… すると、真希は携帯電話を取りだし、ぱかっと開いてメールを見せる。 「ほら、読んでみて」 携帯ごと渡されて、彼女はメールを読む。 ――コレは幸せを呼ぶメールです。 ――今の生活に満足していますか? ――イヤだと思ったことはありませんか? ――生きているのがイヤだと思ったことはありませんか? ――もしイヤだと感じたのなら、ココでメールを止めてください。 ――イヤでないのなら、このメールを三日以内に異なる三名に送ってください。 ――さすれば、アナタはその退屈な世界で退屈な人生を続けることが出来ます。 ――ですが、止めた場合は、ワタシがめくるめく幸せな世界に連れて行って差し上げましょう。 ――また、送ったメールが満三日間で三名に満たない場合も、同様に連れて行って差し上げます。 ――誤魔化しは通用しません。 ――必ずや、アナタの前に参上いたします……… 「…………何これ」 携帯を真希に返しながら、そう呟いた。 「見たとおり、コレがあたしが送ったチェーンメールの全文だけど?」 「………で、あんたは三人に送ったって言うの?」 ほんの少し無言で、そして真希はこくりとうなずいた。 「マキ………アンタ…………」 「だ・だ・だ・だってぇっ、何か、ものスッゴク、ヤな予感したんだもんっ。それに、生きてることに不満なんて感じたこと無いし………」 そう言われて、真由はふと思い出した。 「ねぇ、マキ、ちょっともっかいケータイ見せて」 「………はい」 真希から携帯を受け取り、再びメールを眺める。 【もしイヤだと感じたのなら、ココでメールを止めてください………】 【………ですが、止めた場合は、ワタシがめくるめく幸せな世界に連れて行って差し上げましょう。】 「幸せな………世界?」 どういうこと?と真希に訊くと、ポツリと呟いた。 「死ぬ、って事じゃないかなぁ………内容自体似た感じだけど、何か【止めさせることが目的】のような…………イヤな予感」 「【止めさせる】事の方が目的?」 そう言って再び真由はメールを見る。 『止めた場合は、ワタシがめくるめく幸せな世界に連れて行って差し上げましょう』 ………幸せな世界って言うのが死ぬって事だったら、止めたら死ぬ、って事……… しかし、真由と同じように、真希も、こういう類は止めるタイプ。 止めたら、死ぬ…………。いや、殺される?まさか、そんなはずが……… おかしい、チェーンメールは、その名の通り、繋げないと意味がない……… 止めてしまっては、その効力が無くなるはずだ。 真希の顔を見るけど、真希はなおも首を振った。 「単なる予感………だと良いんだけど…………ごめんね、ヘンなメール送っちゃって」 真希の勘は、ものすごく当たる。 授業中は居眠りばかりしてるのに、あらゆるテストで70点以下は取ったこと無いのだから。 そんなことを目の当たりにしていたため、真由は、胸の中に何か詰まっている様な不吉なモノを感じた。 「それでさぁ、三日前、ヘンなところからチェンメが来たんだよ」 通学路の途中、建設中のビルの近くで、真由と真希は後ろからの声にほんの少し足を止めた。 「えぇ〜?チェンメ?最近見ないと思ったけど、やっぱりまだ消えないんだね、で、回したの?」 隣のクラスの『早乙女 茂之』と『雨宮 可憐』。 ラブラブなのは良いのだが、大声で話をするから、周囲にまる聞こえ。 普段なら二人の会話はシャットダウンするのだが、マキからのメールの件もあるし、耳を澄ませてみる。 「で、どんな内容だったの?」 「それがさぁ。『コレは幸せを呼ぶメールです』っていうタイトルなんだよ、もう見るからにチェンメじゃん?そのまま止めるのも面白くなかったから、二人にだけ回した」 「二人に………『だけ』?」 「ん、あぁ、満三日以内に三人に、って書いてたから、二人にだけ、何も起こらないとは思うけど、どうなるかくらいは気になるから」 「ふぅ〜ん、満三日かぁ、とするといつまでになるの?」 「ちょっとまってな」 そういって早乙女 茂之はポケットから携帯を取りだし、着信履歴を見る。 「7時56分着信、って事は、後一分ちょいってところか」 腕時計を見ながらそう言って、茂之は携帯を閉じる。 現在時刻は7時55分。 時計によって誤差はあるだろうけど、一分前後、ってところだろう。 するとその時、真由は隣を歩く真希が己の制服のスカートを引っ張っていることに気付いた。 先ほどまでぼんやりとしていた様子とうって変わり、顔を真っ青にして、必死に彼女のスカートを引っ張っている。 「マキ、どうしたの?気分悪いの」 「イヤだ………いや、何か、コワイ………。イヤ…嫌。速く行こう、こわい、コワイ、怖い、恐い!」 「ちょっ、マキ、落ちつい………」 ――ピチュンッ 「………え…………?」 狂った様に叫ぶ真希をなだめようとしたその時、突然頭上からヘンな音がした。 そこは、工事中のビルの前。 屋上には、工事のための作業用クレーンが、鉄骨をつり下げたまま、鎮座している。 ――ピロリロ、ピロリロ―― 背後から、音が聞こえた。 「あ、メールが来た」 ――パシュンッ 早乙女 茂之が携帯を取りだし、開いてメールをチェックしているその時、真由は頭上の怪音の出所を探っていた。 「まさか……………そんな、まさか、バカな、有り得ない!」 ――パシュンッ ありえない、まさか、嘘でしょ…………… 頭上の、鉄骨をつり下げているクレーンの、その金属製のワイヤー。 まるでカウントダウンを楽しむ様に、そのワイヤーを構成する細いワイヤーが、一本一本千切れている。 ――チュンッ ワイヤーが千切れ、弾性で造りかけのビルの外壁を叩く。 「なになに?『今の人生に退屈しているアナタの元へ、今から迎えに行きます』ははっ、凝ってるな、送ってないって事がわかるのか」 「二人とも危ないッ、避けてっ!」 ビルの屋上のクレーンは屋上から突き出る様に、鉄骨を載せて。 それは、茂之と、可憐の真上に位置していた。 ――ブチッ 「あぁ?……………あ、お前、確か隣のクラスの―――」 突然の出来事に、真由も真希も、そして可憐も、何が起こったのかわからなかった。 ――ピチャッ そう、音が聞こえてきそうな、そんな光景。 「………………え……………?」 可憐の頬に当たる、赤い液体。 「し…………げ……………?」 『イヤアァアァアァアァァァァァァァアアァアァァッ!』 それはまるで、オブジェの様でもあった。 ワイヤーは千切れ、解放された鉄骨は、飢えた獣の様に、重力に身をまかせ、地上を襲った。 そして、一人、その犠牲になった。 鉄骨は、歩道のタイルの上に直立し。 早乙女 茂之は、その下敷きとなり、ただの肉塊へと成り果てた。 『今の人生に退屈しているアナタの元へ、今から迎えに行きます』 無傷な携帯電話が、ただそれだけを表示して。 所有者の名前は、早乙女 茂之。 彼の血が電話の中に染み込み、バチッと音を立てて電話はそのまま沈黙した。 |