夜、月は分厚い雪雲に覆われ、その姿は見えない。

そんな中、時折聞こえる轟音と水の音。

漆黒の闇の中、砂浜に立つ人影がうっすらとだけ見える。

『………エ………リバー……!』

その人影が何かを叫んだその瞬間、閃光が辺りを包み込む。

そして、その閃光でその人影の姿が照らし出される。

端的に言うと、美女だった。

流れるような金色の髪を紐のようなモノで後頭部でポニーテールのような形で纏め。

さらにその身に纏うのは和服を改造したような特殊な服だった。

単純に言うと、裾が異常なまでに短かった。

股下数十p程度。

その為、普通の和服よりは動きやすいだろう。

そして、顔は文句の付けようの無いほど美しかった。

光は彼女を照らすためだけのスポットライトのような錯覚を受けた。







ハッピー・ニューイヤー




掲げた右腕、そこに握られるのは一本の剣。

光はその剣からあふれ出る。

そして彼女は、その剣を両手で握りしめ、海に向かって振り下ろした。

――ズバアアアアァアァッ

光は衝撃波となって沖へと走り海を割った。

「ほぉー…………お見事」

パチパチと手を叩く音と、ボーイソプラノの声が後ろから聞こえる。

「お主が見たいというたから見せたんじゃが………」

ふっ、と女が右手を振ると、その手に握られていた剣が何処へと消える。

そしてくるりとその場で振り返り、声のした方へと歩み寄る。

シャリ、と足下から音がする。

前は海、後ろは絶壁、そして足下は砂地。

顔を上げると岬の上に馬鹿でかい建物。

そして、そんな場所で、岩の上に腰掛ける人影。

と、そのとき、この季節に珍しく雪雲が斬れた。

見事な満月の金色の光が海へと降り注ぐ。

そして、その光は砂浜の岩に腰掛ける人物の姿をも照らした。

ぼさぼさの白髪、その所為で妙に野生じみた印象を受ける。

だが、それを差し引いても紛れもない美人だった。

隣に立つ金髪の女性に引けを取らないほどの美貌だ。

つり目で、眉は細く、一重まぶたで顔の線も細い。

月明かりが彼女を照らし、手入れがぞんざいな白髪に当たってキラキラと光る。

「にしても………知っておるか?」

「………何を?」

手入れのされていない白い髪に、女が指を差し込んで軽く手櫛をする。

「………相変わらず整えないんじゃな。整えれば綺麗じゃのにのぉ、わらわのように………」

女の細い指先が白髪をみるみるうちに整えていく。

すると、白い髪が不思議な光沢を持っていくように感じられた。

「“銀色の怪鳥”、“空の守護神”、“浮遊大陸”………大層な名を付けたもんじゃな」

白髪(はくはつ)は銀髪と変わり、彼女は岩に座ったまま足を組んで、太ももに膝を立てて頬杖を付く。

「懐カシい名前だケどね、どうだって良いサ。ソれよりもサっキ何を言おうとシていたのカ?」

妙な片言の日本語で聞くが、無言。

「………ヒミコ、お前、何故人の髪の毛で遊ぶ?」

人の髪の毛をいじっている女に、彼女は呆れた口調でそう言った。

「………髪の毛長すぎるんじゃよ、うっとおしい。むしろ感謝して欲しいくらいじゃ」

と言いながら、せっせと銀髪を三つ編みにしていく。

「………まぁ、構わないケどね……ソれより、サっキ言おうシていた事はなにカ?」

女に問われ、ヒミコと呼ばれた女は三つ編みを完了して、フフフと笑った。

「今日は28日じゃろう?あぁ、人間の暦の上での話じゃがな、三日後、コレ来て神社に来てくれんかの?」

と言ってヒミコは何処に持っていたのか、紙袋を手渡す。

「夜の10時頃。あの山の神社に来て欲しいのじゃ。人手が足りぬモノでな、手伝いを頼みたいのじゃ、それにお主なら縁起も良いしの」

そう言ってヒミコは紙袋を女に手渡す。

紙袋を受け取って、ちらりと中を見る。

「………まぁ、良いケど。どうセ暇だシ」

ガサリと紙袋を抱き込んで、岩から腰を上げる。

「ソれじゃぁ、ワタシ、スるコと有るカら」

と、女が言った瞬間、その背中に真っ白の一対の翼がフワリと音もなく広がった。

そう、それはまるで天使のように。

彼女の備え持つ美貌と、翼の放つ光が何とも言えない神々しさを放っていた。

「ソれじゃ、三日後、心配シなクても約束守るよ」

フワリと一度翼を羽ばたかせると、彼女の体が浮き上がった。

まるで重さを感じられないその動作は、天使のように優雅で華麗だった。








そして三日後。

手抜きでは断じて無い。

ただこの三日間に特に目立ったイベントがなかっただけである。

時刻は9時55分。

彼女は階段下で、階段を見上げながら溜息をこぼす。

「人多………」

階段を埋め尽くす人、人、人。

登りと下りを階段の中央で分けられているにもかかわらず。両側ともいっぱいいっぱい。

かろうじて空いているのは中央の、階段を分ける手すりの上。

しかし、そんなところを歩こうなどと誰が考えるだろうか。

ミミウじゃ有るまいし。

と考えているうちに、自分を見る視線に気付いた。

「………………?」

希有の目ではなかった。

いや、正確にはそれが無かったとは言えないが、むしろ好意的な視線のオンパレード。

男からも、女からも。

「…………はて?」

訳がわからず首をかしげる。

と、そんなとき、後ろからやってきた男に肩を抱かれる。

「ねぇ君、今日暇?オレ達と遊びに行かないか?」

あまりにもありきたりなナンパの常套句。

その言葉を放った男に、彼女はウンザリしたような視線を向けた。

「ごめんなサい、一応暇だケど遊ぶ暇ないのです。ヒミコ呼ばれたので、ワタシ行カないとダメなんでス」

やんわりと拒絶し、肩に置かれた手を払う。

しかし、男はしつこかった。

「良いじゃんそんな事、サボっちまえよ。なぁ、オレ達と良いコトしようぜぇ〜」

再び肩に手を置かれ、彼女は重いため息を一つ、

「はぁ〜…………」

吐いた。

「申シ訳ありまセんがアナタ方に付キ合うほど、ワタシは暇じゃないのでス。他を当たってクだサい」

と言って、トン、と男の胸を叩く。

「おっ………グホッ」

男がカエルのようにその場に這いつくばった。

「1時間ほどで解ケまスカら我慢シてクだサい。人見カケで判断スるカらソう言う目遭うんでスよ」

それだけを言い残して、彼女は階段へと歩み寄る。

と、そのとき、ピパピパのように地べたに這いつくばっている男の、仲間が彼女に掴みかかってきた。

あぁ、醜きは執念深き男の性根哉。

溜息をつきながら心の中でそう呟き、掴みかかってきた男の手を握った。

ズンッ ミシッ

「あ………ぎゃっ」

男の手が、正確には手首が、急に地面に勢い良く落ちた。

その反動で上腕、二の腕共に骨が悲鳴を上げる。

「サて………アナタも、何カ言いたい事あるカ?」

どうでも良いが、こういう場合何故3人組が多いのだろうか。

と、つくづくあきれ果てた溜息をこぼしながら彼女は思った。

ブンブンと凄い勢いで千切れんばかりに首を横に振る男に、「そうか」とだけ言って彼女はくるりと向きを変える。

「ソれ、忘れないように」

と、背中を向けたまま最後にこう言った。

「邪魔だカら」








彼女がゆっくりと階段に近づくと、ざわめきが広がり、どよめきがわき上がった。

ウェーブのかかった銀髪、細い眉、つり目ながらも落ち着いた表情。

小さく閉じられた唇から、時折ほんの微かに零れる白い吐息。

まるで現世に舞い降りた天使のような美しさを醸し出していた。

ただ、此処が神社でなければどれほど良かっただろうか、と思った人は少なくない。

天使に神社、これほどまでミスマッチながら、それでも美しさを損なわない、その美貌。

「通シて頂ケまセんカ?上に呼ばれているのでス、申シ訳ありまセん」

ぺこりと恭しくお辞儀され、人々は無意識のうちに階段の端によって中央部を開けた。

それは、階段の最下部から始まり、次第に上へ上へと、モーゼの十戒を思わせる、そんな光景だった。

「ありがとう御座いまス」

片言の日本語で、ぺこりとお辞儀して彼女は1段目に足をかけた。

一つ、また一つ、石段を上がり。

また彼女が進むに連れて、人混みは横へと道を開けた。

理由は無かった。

ただ、道をふさいではいけないのだ、と言う心の底のほんの小さな無意識下での行動。

そして、人々のざわめきは境内までも伝わる。








「おい、もの凄い美人が上がってくるらしいぞ」

「マジ?どんなんだろう、近くに寄れるかな?」

「バッカ、寄れるか、じゃなくて寄るんだよ。こんな機会滅多にないぜ」

「人混みに紛れて色んなコト出来るかもしれないしな」

と、境内での一つの風景。

そんな風景を見て、おみくじ売り場で巫女の格好をしている女が溜息をこぼした。

「美人…………か………と、ナの49番」

「はーいっ」

手渡された籤の番号を確かめて、アルバイトの少女にそう告げる。

「ナの49、ナの49………っと、あったよ〜」

奥の棚から籤を持ってきて、少女は女に手渡す。

そして、女は目の前で今籤を引いた女に、くるりと結ばれた籤の紙を手渡す。

「御武運を、良い年を……」

ありがと、と言う女にそう言って、彼女は微笑んだ。

「ね〜ぇ、ヒミコ人多いねー、どうしてこんなに人多いのー?」

と、女の隣に来て、少女がその金髪をフワリと煌めかせながら首をかしげる。

「そうじゃのう………」

ヒミコは隣の少女の髪の毛を優しく撫でた。

「今年も終わりじゃからな………そして新年がくる。誰もが次の年が良い日になるように祈るモノじゃ」

「ふーん、そう言うモノなんだ………えっと、ラの12番とスの44番っと」

カップルからその籤を見せられて奥へと引っ込み、紙を取ってくる。

「ミスティ、ムの33番とロの05番、チの56番とヒの33番も頼むの」

そんなに沢山覚えられるのか、って言うほど言うヒミコの言葉に、その場にいたお客は全てそう思った。

「えっと、ラの12、スの44、ムの33、ロの05、チの56、ヒの33っと」

一つも間違えずに持ってきた、恐るべき記憶力だった。

その籤を一つ一つ引いた人に渡して、再び少女――ミスティは、ヒミコの隣に立つ。

「にしても………ヒミコ似合うね、その服」

くい、と上目遣いでヒミコに視線を向ける。

「ん?そうか?普段の格好とさほど変わらぬと思うが…………似合うかの?」

嬉しげな声で言うヒミコに、こくこくとミスティは頷いた。

「そうか、ふむ、嬉しい事を言ってくれるのう………じゃが、お主も似合っておるぞ………ほら、客じゃ」

ヒミコが言うのと同時に、ミスティは籤を取りに行く。

そして戻って、紙を渡して溜息を吐いた。

「ねぇー、何で奥に籤の紙あるのー?行ったり来たりするの大変だよー?」

と、ミスティが行った瞬間、境内にどよめきが駆けめぐった。

そして、階段の方から賽銭箱の所までまたたく間に道が出来てしまった。

「………あれ?」

「ようやく来たか…………」

人混みを切って造られた道、しかし、階段から上がってきた者は賽銭箱へと向かわず、おみくじ販売所へと足を向けた。

ウェーブのかかった煌めく銀髪。

天使の如く神々しさに、ミスティはその目をいっぱいに開いてキラキラと輝かせた。

「…………久シぶり………ミスティ」

「シンヤだ〜〜〜っ!」

ぶぎゅっと、おみくじを引いている男性の頭を踏み台にして、ミスティは宙を舞った。

どん、と軽い衝撃が銀髪の女性の胸に当たる。

「変化ないね………ミスティ」

「えへへ、シンヤも、その喋り方ずーっとおんなじっ、もうちょっと日本語喋れるようになろうよ〜」

「興味無い。別に良い。コれクらい、喋れれば特に問題ないカら」

「む〜…………」

頬を膨らませるミスティの頭を撫でながら、彼女はおみくじ販売所の中にいる女性と視線を交わらせる。

「…………遅刻?」

「いや、時間ピッタリじゃよ。問題ない」

美女と美女と美少女と。

並んで立てば絵になるどころか世界の中心にさえも成り得そうなそんな状態。

ところが、ミスティの言葉に、そんな光景は無惨にも打ち砕かれる事になった。

「ところでシンヤ、どうしてそんなカッコしてるの」

上は白、下は赤色の、典型的な巫女さんファッション。

ひだの大きいロングスカートのような袴に、上は真っ白の単(ひとえ)

肩と胸の中間当たりに小さなアクセサリーが左右に一つずつ。

そして、ウェーブのかかった銀色の髪。

ヒミコに言われ、整えたのだろう、三日前とは比べものにならないほど綺麗にまとまっていた。

「ねぇ、シンヤ、どうして?」

周囲にいる者が頭の上に疑問符を浮かべる。

『どうして』と何故問うのだろうか、と。

今日は大晦日、そして日付が変われば新年。

着物を着けているモノなどそこらに沢山居る、ましてやシンヤほどの美女であるなら、似合うと言うことはあっても変ではないはず。

しかし、次のミスティの言葉に、絶句した。

「ねぇ、シンヤ男でしょ?どうして?」








神獣『シンヤ』

それが彼女の………いや、彼の名前。

と言うよりホントに男かと疑いたくなるほどの線の細さだった。

なで肩で、手足も男のような堅さは見えない。

ミスティより少し色白な頬で、あごは丸みを帯びている。

惜しむらくは銀髪であると言うこと。

もしコレが黒髪であったとしたら、日本古来からの伝統である和服を見事に着こなせていたであろう。

全くもって惜しい。

と、その時、シンヤはミスティをそっと地面に下ろした。

「………………」

「………………」

ヒミコとシンヤの視線が絡まり合う。

そして、ヒミコがポツリとこう言った。

「………似合っておるぞ?」

「………どうも」








おみくじ売り場の奥にシンヤとミスティは入る。

「シンヤきれーな髪ー」

櫛でシンヤの髪を梳かしながらミスティは言った。

「編んで良い?」

どうぞ、とシンヤが言うと、ミスティは嬉しそうに髪を三つ編みにし始めた。

「シンヤ、どうして来たのー?ぼくに会いに来てくれたの?」

「いや……ヒミコ呼ばれた」

う〜、と唸るミスティの様子に、シンヤは怪訝そうに振り向いた。

「あぁっ、動いちゃダメっ、ほどけちゃうから」

「ふむ………」

シンヤが首を戻すと、再びミスティは三つ編みをし始める。

「あのねー」

あみあみ。

「今日で一年終わりなんだよ〜、だからね、初詣なんだって」

あみあみあみあみ。

「人沢山来るから、忙しいからって、ボクにもお手伝いして、って言われたの」

あみあみあみあみあみあみ。

「ふぅ〜ん………新年カ………まぁ、ワタシ達、関係ないケどね」

シンヤの言葉にぷくっとミスティは頬を膨らませた。

「関係なくないよぉっ、来年とり年でしょっ、ボクはともかくシンヤが関係ないって事はないもんっ」

べしべしと後頭部を叩く。

「あー、痛いやめて。わカったわカった、ワタシ悪カったカら」

するとミスティは、ぴたりと手を止めて、にへらと笑う。

「ソれでワタシ何スればいいカ?ヒミコに訊いてない、わカらないケど………?」

シンヤの言葉に、ミスティは髪を編む手を止めて、んーと考える仕草をする。

「さぁ〜?とりあえずおみくじと、おみきを振る舞ったり、破魔矢売ったりするんじゃないかなぁ?後はくまでとか?」

ミスティの言葉に、ふ〜んと素っ気なく反応をする。

「あ、あっ、でもでもっ、シンヤは多分いるだけで良いんだよっ、縁起が良いもんっ。ねっ?一緒にお仕事しよーよっ」

三つ編みを終えて、髪の毛の先っぽをリボンで結んで立ち上がる。

「それじゃぁボクはヒミコの所行くねっ、おみくじ売らなきゃ」

ててて、と表へと向かうミスティを見送った後、シンヤはすっと音もなく立ち上がった。

真後ろ、背中を向けた側に大きな鏡が一つ。

全身を映せるほどの大きな鏡。

ふと振り返って、鏡に気付き、シンヤはクスリと微笑んだ。








「ソの34、ヌの87、ユの03、ヲの60」

「はいはいは〜い」

ヒミコから矢継ぎ早に指示されるお神籤の紙をテキパキと取りに行く。

そんなところに、奥からシンヤがゆったりと出てきた。

お神籤を引いていた客を含め、そこらにいた全ての人が唖然としてフリーズした。

「シの00、ンの00、ヤの00………凄いの、ダブルゼロが三つ同時とは………」

フリーズしたその時、籤を振っていた3人が引いた籤がその三つだった。

は〜い、と言ってぱたぱたと、ミスティが籤を持ってくる。

『すっげー、すげー美人』

『凄い綺麗な銀髪ー、巫女さん衣装がスッゴイ綺麗〜』

『うわぁ〜、どうにかしてお近づきに………』

「はいっ、どーぞっ」

籤の紙を3人に渡す。

ぼけーとシンヤに見とれていた人達がようやくレンジでチンされた。

「申し訳ないんじゃが、後ろがつっかえておるのでの、後ろのモノ達に場所を譲って貰えぬか?」

苦笑まじりにヒミコが言うと、渋々と言った感じで3人はその場を去る。

そして、音もなくシンヤはヒミコのそばに歩み寄る

「所でヒミコ、ワタシ何スれば………?」

金と銀、煌めく髪。

並んで立つと、何故かシャッターとフラッシュが凄まじい勢いで炊かれた。

「あー………そうじゃな………」

お神籤売り場の中で、客から見えないようにヒミコが右手を動かす。

『………グン………ル……』

指先から光が帯のように沸き出でて、細い棒となる。

『貫け』

ほんの小さな呟き。

隣にいるシンヤでさえ、かろうじて聞こえたくらいのほんの微かな呟きだった。

しかし、次の瞬間。

バキバギャベキョッ

写真を撮っている者(特に男達)が眼前で構えているカメラ、と、携帯。

それがみるみるうちに連続して壊れた。

「ヒミコ…………『グングニル』使ったでしょ…………」

ヒミコの振り袖を掴んで、ミスティがそう呟いた。

「撮影は御法度じゃからな。決まりを守れぬ者には身を以て知らしめねばならぬ、わらわの方針じゃ、何か不満でも?」

「無いけどー………」

カメラ、カメラ付き携帯がガシャガシャと神社の境内に落下するさまを見ながら、ヒミコはシンヤに言った。

「御神酒を振る舞ってくれぬか?あちらは今はカンナだけじゃからな、お主が行くと縁起も良いからの」

そう言って、ヒミコは境内を挟んで向かい側の小屋を指さす。

「了解」

言いながらお神籤売り場を出、そして………








「カンナ、手伝い来たよ」

何処から降りてきて、小屋の中に入る。

「シンヤ………ってお前その格好………」

「ヒミコ、コれ着ろ言った、だカら着た、変カ?」

「いや………別に変というわけでは………まぁ、お前が気にしないなら別に良いんだが………」

カンナの言葉に、シンヤは微笑んだ。

「ソうカ、なら良カった。ワタシ結構コの服好キ」

「…………」

ちっ、と一つ舌打ちをして、カンナは首を振った。

「奥に使い捨てのお猪口有るからそれ取って、この樽から酒入れて、零れないくらいで」

トントン、と台の上に置いてある樽をカンナが叩く。

するとシンヤは了解、とだけ言うと、ごそごそとお猪口を探しに奥に消える。

シンヤを見送って、カンナはふうと一つ溜息をこぼして首を振った。

「人間の感覚に囚われてしまってるか………ふう…………」

「カンナ〜、コれカ?お猪口は、コレに入れるのカ?」

30p四方の箱ごと持ってきてシンヤが微笑む。

「あー…………あぁ、それだ、ついでだからこっち持って来い」

「うん………あ、一杯飲んでも良いカ?どんなのカ、味知っておキたい」

シンヤの言葉に、無言でカンナはお猪口に御神酒を注いで手渡す。

「ありがとう」

一言だけ礼を言ってお猪口に唇を付けて口内に流し入れる。

そんな些細な動作一つ一つ取っても、妙に色っぽく見えるのは何故だろうか。

ふぅ、と息を吐く。

「ミコト、来て無いカ?」

「ミコト?あー、何でも今日はブラジルで酒のオークションがあるんだと、そっち行ってる」

シンヤの言葉にカンナがこう答えると、シンヤは楽しそうにクスクスと笑った。

「ミコトらシいな、酒絡むと手に負えないとコろ、変わらない………」

「すみませーん、御神酒一杯くださーい」

「おねえさーん。色っぽい飲み方だけどこっちにも御神酒飲ませてよー」

「口移ししてー」

わはは、と笑いあう男のグループが、御神酒を飲みに来た。

「シて欲しいカ?」

「へっ!?」

冗談で言った己の言葉に、予想外のシンヤの反応。

思わず聞き返して、硬直する。

「おい………シンヤ………」

カンナの言葉も何のその、お猪口の御神酒をあおって、口に含む。

そして、長く細く白い指で、その男性の男の頬をそっと撫で。

ゆっくりと視線を絡め、少しずつ、少しずつ近づいて…………

「はい、そこまで」

ぺしっ、とシンヤの口を手で覆ってさえぎる。

「ごくん」

「シンヤ、お前ふざけすぎ…………………こいつ男ですよ?お客さん」

「!!!!!?????」

御神酒を飲み込んで、にへらと笑うシンヤの顔と、あきれ果てたようにしてシンヤを指さすカンナを交互に見て。

「…………マジで?」

『うん』

二人が同時に頷くのを見て、不幸な青年は思考を強制終了させた。












ヒミコとミスティがお神籤販売に興じ、シンヤとカンナが御神酒を振る舞う事1時間半

「無い………無い無い無い無い無いっ!財布がないっ!」

神社の境内の人混みの中、Gパンに厚手のコート、と言う出で立ちの女性がそう叫んだ。

「………スリか………?」

「こう人多いと有るとは思ってたがのう………」

「どうする?犯人探さないとっ」

「ちょっと骨、折れまスね、コの人混みだと…………」

向かい合う小屋と小屋、決して会話を交わしているわけではないにもかかわらず、両方の言葉は不思議なまでに繋がっていた。

「シンヤ、わからないか?」

カンナに言われ、シンヤはじっと目を細めて人混みを凝視する。

その間数十秒。

「だめでスね。コう人が多いと…………?いた………」

きっ、と目を細めるシンヤの視線の先。

ジャンパーに両手を突っ込んで、帽子を目深にかぶり、こんな時間にサングラスを掛けている。

階段を下りようと順番待ちをしている、妖しい男。

「………アレだな」

「あれだね」

「バレバレじゃな」

「案外あっサり見つカりまシたね」

そう言って、シンヤは外に出る。

「では、捕まえてキまス」

「………フォローは任せろ」

ぽん、と肩を叩いて、カンナが言った。

「別にワタシは構いまセんが………よろシクお願いシまスね」

そう言って小屋の裏へと回る。

ふう、と一息はいて、深呼吸をする。

「今年最後の大イベント、当神社の最大の見せ物、来年の干支にちなんでのコスプレで御座いますっ」

カンナがそう叫んだ瞬間、小屋の裏から眩い閃光が放たれ、光の塊が宙に浮かび上がった。








光は一畳の光となって、境内を照らすライトより眩くその場を照らし出す。

境内の空を羽ばたき、光は階段の上でぴたりと止まり、眼下に言葉を投げた。

「スみまセんが、降りるのは待って頂ケまセんか?ソう、アナタ、ソコの帽子をカぶっているアナタでス」

有り得ない光景だった。

背中から真っ白の翼をはやし、宙に浮く女性の姿。

男も、知っていた。

先程階段を上ってきたあの女性だ、見間違えるはずもない、見とれていたのだから。

しかし、何故今目の前に!?

彼女がフワリと音もなく降りると、その場にいた人間は皆例外無くその場に空き空間を作る。

「お財布、返シてあげてクだサい、アナタが盗ったんでシょう?」

「なっ…………」

ざわっ、と喧騒が一瞬広がる。

「な………何を証拠に」

「目深にカぶった帽子、コんな冬の日にサングラス、シかも夜なのにもカカわらず…………違うと言うつもりでスか」

「ち……ちが………」

ぶちっ、ズンッ

不意に、男が持っていたカバンの紐が切れ、境内の石畳にめり込んだ。

彼女がカバンに触れた瞬間の出来事。

「返シて頂きまス、もう持って帰れないでシょう………?」

にこりと笑って、落ちたカバンを指さす。

「ぬっ…………!?」

重い!?

カバンを持ち上げようとして、気付いた。

重すぎる、何故こんなに重い、何故、何故!?

「あーー………此処何処か、忘れてまセんカ、アナタ?」

何を、と言おうとしたところで、とてつもなく冷たいシンヤの視線に言葉を失う。

「ココは神社でス。神たる存在の目の前で、ソのような邪道が罷り通ると思っていたのでスカ?」

しん、とざわめきが消滅する。

「………カバンに入ってるのはアナタが盗った財布だけでシょう。それサえ置いて帰れば何もシません、お引き取り願いまス」

にこりと微笑んで一礼する。

「ち………ち…ちくしょうっ」

カバンを置いたままそんな捨てゼリフを吐いて男が階段を駆け下りる。








置き去られたカバンを、ひょいっと持ち上げて、シンヤは人混みへと言葉を投げる。

「財布落とシた、有るいは無クシたという方、居るのなら申シ出てクだサい」

すると、数十秒の後、人混みから女性が数名出てきた

(うわ………やっぱり女性の方ばカり狙ってたんでスカ………外道でスね)

「すみません………あの、ピンクのキティちゃんの財布有りますか………?」

「ベージュの財布、彼氏から貰ったんです……」

「あの、牛革の財布…………」

はいはいはい、とカバンの中から財布を取り出して次々に来る人に渡していき、最後に残るのは小さな財布。

日曜日の朝、子供向けのアニメのキャラが書かれていた小さな財布。

「あっ…………おねえちゃん、それゆかの財布〜」

人混みの中から嬉しそうに駆け寄ってくる小さな女の子。

笑顔で女の子に財布を渡し、髪を優しく撫でて別れる。

そして一瞬にして表情が消えた。

くるりと階段の方へ体の向きを変えたところで、ヒミコに唐突に羽交い締めにされた。

「ちょっと待て、シンヤ、お主何を考えておる!」

「あの人でなシ!あんな小さな子カらお金を取るなんて絶対に許セまセん!」

「だからって殺すのはまずいじゃろう!こんな時お主が手を汚してどうなる!もっと自分の存在を認識せぬか!」

「シンヤ………ダメだよ、シンヤは来年なんだから、シンボルなんだから………」

穏やかな声。

「ミスティ………」

「怒るのはわかるけど、でも、それ以上はダメ………ほら、そろそろ日付が変わっちゃうシンヤ、みんなに言う事………」

「…………ヒミコ、離シてクだサい………」

「………………」

落ち着いた様子のシンヤの言葉に、ヒミコはゆっくりと腕を解いた。

「スみまセん………ついカっとなってシまって………もう大丈夫でス……」

「………なら良いんじゃよ、気にするな、気持ちはわかる………」

ふう、と深呼吸を一つして落ち着きを取り戻し、ヒミコがシンヤの方をぽんぽんと叩いた。

「そろそろ日付が変わる…………お主の見せ場じゃよ、シンヤ………」

「来年も良い年でありますように、ってね?シンヤっ」

「……………」

すっ、とヒミコとミスティが離れる。

すると彼女たちの動きに合わせて、人垣がさっと別れる。

ゴーーーン…………

除夜の鐘。

人の世に満ちあふれる煩悩を取り除く、鐘の音。

前世と現世と来世。

三つの時代の己の煩悩。

「せいっ」

鐘突き台で1人、カンナは規則的な動作で鐘を突く。



「あと106回………」



「ほらっ、シンヤッ、カンナが鳴らし終えるまえに、何か言ってよ」

「何カ…………カ」

すっと足を動かし、コツコツと境内の石畳を歩く。

すると、誰もが何かを言うことなく、じっとシンヤの姿を凝視していた。

「………あ………」

『あ…………?』

ごくりと口内のつばを飲み込んで、絞り出すように言った。

「あケまシておめでとう…………今年も、いい年であるように、心カら願いまス」

すっと瞳を閉じて、深々と一礼をする。

数秒、しんと静かになり、ただ除夜の鐘が鳴る音のみが低く響く。

すると、少しずつ、確実に拍手の音が広がる。

「いやぁ、何だか、いつも聞き慣れてる言葉なはずなのに、ホントいい年になりそうな気がするよ」

「ホントッ、あたしも思ったッ、何でだろう、不思議〜」

スタンディングオベーションで拍手をする人々の様子に、ヒミコとミスティは顔を見合わせて微笑んだ。

「そりゃぁ………ねぇ」

「………うむ」

「…………コんな感じで良いのでスカ?」

「ブラボーーー」

「最高〜〜〜っ何だかじ〜んと心にしみる言葉だったわよ〜」

「嬢ちゃん………いや、兄ちゃん、少ない言葉でこその名演説だったゼッ!」

「…………どうも………」

頬を赤らめてぺこりとお辞儀をする。

背中で光る銀色の翼が、その存在を誇示し続けていた。

「神獣シンヤ………生粋の鳥の神獣………その強大なる翼は空を覆い、深い夜を地上にもたらしたという………」

ヒミコの言葉に、シンヤが苦笑した。

「古い伝説でスよ。今はソんな事はシまセん………」

「まぁまぁ、そんな事良いから、ボクからも言わせてよっ、新年の挨拶〜」

ぱたぱたと手を振って、くるくると歩き回る。

人混みの中の、特に若い人に何かを耳打ちして、戻ってくる。

「あと5回、あと5回で鐘も終わるから、その時ね、その時」



「ヒミコも言ってよねっ」



「わ、わらわもか?いや、わらわはそう言う言葉は言い慣れて無くてな…………うっ………」



ぎゅっと着物の振り袖を掴まれ、上目遣いされて言葉に詰まる。

「わ、わかった、言えば良いんじゃろ?言えば、全くもう………」

「シンヤもっ!シンヤも言ってよね?」



「ワタシ?ワタシは一つ言いたい事があるカらソっちを言うつもり………ほら、最後でスよ」



「みちみたりて…………」

『ハッピー・ニューイヤーっ!』





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