一人の男が、列車の窓から外の景色を見てもの想いにふけっていた。

ジーパンにTシャツ、そのTシャツの上に皮ジャンをつけ、

がっしりした体格と、その長身。

そして何より、整ったその容姿のため、他の乗客から、モデルかと問われる事が後を立たなかった。

しかし、その整った顔と裏腹に、彼の喋り方は独特であった。

彼のポリシーか、癖か、彼は妙な喋り方をする。

そして、また高校生くらいの女子二人がカメラをもってすぐ側にやってきた。

「あの、モデルさんですか?」

少女の片方が言った言葉に、彼は首を振った。

「ワシは違うぞ」

ポケットに挿してあったメガネをかけながら彼は言った。





幻影の天使たち

第12話





光の世界



睦悟郎は、実家の鶴屋旅館を発ち、電車に乗っていた。

やりたい事が見つかり、そのやりたい事をするために、家に戻り、勉強を始めるつもりだ。

ちなみに守護天使たちは、行きはマスコット姿だったため、電車から外の景色を見る事ができなかった。

しかし、帰りの場合は全員人間の姿のまま電車に乗り、それぞれが電車の中で好き勝手に行動していた。

幸い、乗っている客はそれほど多くないため、自由に動き回ることができている。

しかし、それでも他の客の迷惑になっていることには変わりがなく、

ユキがうろちょろするちびっこトリオを諌めるために奮闘していたりもしていた。

そんな光景を見ながら、悟郎は微笑んだ。

「色々なことがあったな・・・・・彼女たちが来てからと言うもの、どたばたと色々な騒動が立て続けに起こって・・・・・・」

そこまで言った所で、悟郎はアパートの隣の部屋にすんでいた友人の顔を思い出していた。

「ほんの少しの間だったはずだけど、もう何ヶ月も会ってない気がするな・・・・・・忠治君」

車内の窓から外の景色を見ながら悟郎は呟いた。








電車は、穏やかにガタゴトと音を立てて規則正しく並べられた枕木の上を通過していく。

走る電車の窓から、夕焼けの日が車内に差し込んでくる。

悟郎が窓の外に顔を向けると、日の光が直接顔に降りかかった。

眩しさに目を細める。

『楽しいかい………?

「?」

悟郎は辺りを見回す。

突然変な声が聞こえた。

自分に掛けられた言葉なのかどうかはわからなかったが。

『そう、君だよ君、そこの眼鏡をかけている君だよ………』

再度声が聞こえた。

「……誰?」

声はすれども、姿は見えず。

しかしそれでも自分に話し掛けられている事がわかり、悟郎は応える。

名乗るほどのものじゃぁない。ただね、訊いて見たかっただけ、楽しいかい?今が

「今………が?」

悟郎はわけもわからず困惑する。

『あぁ、いつ終わるとも判らない今を、常に楽しんでいるかい?生きているのが嫌になる時は無いかい………?

戸惑いながら、悟郎は答えた。

「僕は……確かに、辛いことや苦しいこともあった……けど今はとっても幸せなんだ」

『ほぉ、つまり………?』

「ずっと、ずっとこの時が続けば良いと、僕は思っている」

『そうか・・・・・・なら』

突然、電車の外が暗くなる。

「えっ!?」

『望みどおり、そこで終わらない時を過ごすがいい』

突然声の質が変わり、真っ暗闇の外の風景に、異形の者が浮かんだ。

宙に浮かぶそれは、マントを羽織った人の形をしていた。

しかし、肩のように見えるその上に、頭が存在しない。

マントのような黒い物体は、風にはためいているように波打っている。

それに気付いた他の乗客が悲鳴を上げた。

『怠惰に満ちた人間よ、我が作りし闇の空間にて、永久に終らぬ時を過ごすが良い

それはそれだけを言い残すとその場から消える。

パニックに陥った。

突然外の景色が消え、暗闇に染まった。

振動が止まり、電車は停止したが、その情報もこの状態ではなんの役にも立たない。

「ご主人様・・・・・さっきのものはいったい・・・・・・?」

電車各所に散っていた守護天使たちが心配顔で戻ってきた。

「僕にもわからない・・・・ただ」

『ただ・・・・・?』

「大半は、僕の責任みたいだから」

と言って悟郎が苦笑する。

沈黙。

「あの・・・・・・・・・どう言う事?」

ツバサが訊ねる。

「どこからか声が聞こえたんだ『幸せか?生きてるのが嫌にならないか?』って」

「そして・・・・・・ご主人様はなんとお答えになったのです?」

こくりと頷くと、悟郎は言った。

「ずっと、この時が続けば良いと、君たちとずっと一緒にいられたら良いと、そう答えたんだ」

「ご主人様・・・・・・」

守護天使たちは皆感慨深そうにして、頬を染める。

「けど、そう答えたら突然声の質が変わって、今の状態になったんだ・・・」

と、その時、悟郎たちの会話を盗み聞きをしていたのか、男性乗客の一人が、悟郎達を指差して、言った。

「おい・・・・・・お前。今、自分の責任と言ったな、お前の責任だというなら、なんとかしろ」

「ちょっ・・・!」

何かを言おうとしたミカの腕を、悟郎が掴んで制する。

どうして?と悟郎を振り返るミカに、悟郎は首を振る。

「何を言っても意味はないよ、それに・・・・僕の責任であるのは確実だし・・・・・・とりあえず行動をしよう・・・・・・状況を把握しなくちゃ」

まだ不満そうにしてたが、息を1つ吐いて力を抜き。

「判ったわご主人様、手を離して、それとも、ずっと握っていたいの?」

いつものミカに戻った。

パッチリと可愛くウィンクするいつものミカに。

「あ・・・・・・ごめんよ、痛かったかい?」

悟郎が手を放すと、ミカは微笑みながら悟郎が握ったところを撫でた。

「ううん、ご主人様の手、とっても暖かかったわ」

ミカが嬉しそうに微笑むのを見ると悟郎も自然に笑みが出た。

「じゃぁ、とりあえず何とかしなくちゃ・・・・・・みんなも協力してくれるかい?」

『ハイっ』

守護天使たちは声をそろえて言った。






とりあえず運転室に向かう。

電車も既に停まっている。

ならば、運転手は・・・・・・?

そう思って悟郎は、タマミとツバサとともに、電車の前部に有る運転室に向かった。

ところが、その予想とは全く違う光景が目の前に広がった。

「運転手が・・・・・・いない・・・・・・?」

目の前にあるのは、紛れも無い電車の運転室。

ところが、そこに運転手や車掌の姿は無く、その代わりとでも言うかのように、壁や床、そして天井に存在する黒いシミ。

「これって・・・・・なんですか?」

タマミが不思議そうに黒いシミに触れようとする。

「タマミっ、勝手にそこら辺のもの触っちゃダメだってば」

と、ツバサがいいながらタマミの手をつかむのと、黒いシミから何かが伸びてくるのが同時だった」

「キャっ」

二人は軽い悲鳴を上げる。

「どうやら・・・・・・触らなくて正解だったようだね」

悟郎が冷や汗を垂らしながら、財布から10円玉を取り出し、床のシミに放り込んだ。

――ドシュッ

10円玉がシミに触れるその瞬間、床の黒いシミが伸び、数多もの線になり、10円玉を貫いた。

銅で作られた10円玉が、全身を穴だらけにし空中で制止している。

シミから伸びた線、針のように鋭利な物で、標本のように繋ぎ止められた。

しかし、針のようなものは100を超え、穴の数も相当多く、穴から穴に亀裂が走り、10円玉はパキッと音を立てて割れた。

「・・・・・・戻ろう・・・・・・他の子たちの様子も気になるから」

悟郎はシミの中に消え行く硬貨を見つめながらそう言うと、来た道を戻り始める。

悟郎に従い、ツバサとタマミも後に続いた。









暗く、果てしなく暗く。

窓の外からは一条の光すら入ってこない漆黒の世界。

ただ、車内を照らすのは天井につけられている電灯のみ。

その電灯の下、1人の男が、ゆっくりと顔を上げて、呟いた。

「・・・まいったぞ・・・・・・いきなり来るとは・・・計算ミスだぞ」

男はそう言いながら、眼鏡を押し上げ、右手の握りこぶしを開いた。

その手の中に浮かぶのは、小さな光の玉。

男が再び右手を握ると、光の玉は小さな光の粒子となり、手の中からこぼれ、そして消えた。





時計の針は5時半を指している。

「ご主人様、どうだった?」

後部車両を調べて来たミカが、悟郎にそう訊ねた。

「前はダメだ・・・よくわから無いけど、運転室に黒いシミが有った」

「シミ・・・・・ですか?」

「うん・・・触ろうとしたら・・・・そのシミから突然何かが伸びてきて・・・」

「10円玉を、串刺しにしてしまいました・・・・・・」

ツバサとタマミが説明をするが、他の守護天使たちは頭の上に『?』を浮かべるだけである。

とその時、またあの男が割って入ってくる。

「おいおい、どうした、それだけの数がいて手ぶらか?もうちょっと頭を働かせようぜ」

先ほどとは違って、男の後ろに他の乗客たちが集まっている。

どうやら、男の側に回ったようだ。

「早く何とかしなさいよ!」

「自分で責任取るって言ったんだからな!ちゃんと責任取れよ!」

などと、自分は何もせず、席に座っていただけの、彼らは口々に悟郎達に罵声を浴びせる。

あからさまに浴びせられる罵声に、守護天使たちは怯える。

他者をおとしめる事で、優位に立とうとする、人間の心に。

それが悪いのではない、むしろ仕方ないと言えるのかもしれない。

しかし、その彼らの行動は、人間の汚さを、醜さを、守護天使の彼女らに知らしめるには十分であった。

「ご主人様・・・・・・怖い」

ちびっこトリオの三人は、悟郎のシャツを掴み、背中に回り、怯えたように隠れようとする。

「これが・・・・・・・・人間か・・・・・・」

罵声を投げる人々を、嫌悪の眼差しでアカネは見る。

それぞれの反応は違うが、悟郎達13人は、この空間で。

電車の中で。

孤立無縁の状態に陥ってしまった。

乗客全てが、好き勝手に言う始末。

ただ1人、彼らに混じらず、席に座ったままの者が居たが、『我関せず』の態度を取っているそのたった一人の人間が、味方になってくれる。

そんなムシの良い話があるはずも無い。

と、その時、不意にその者が席から腰を上げた。

そしてそのままゆっくりと歩くと、人垣をすり抜け、先頭に立ち悟郎達を非難していた男の後頭部に手をかざすと。

「邪魔だぞ」

と言って、後頭部を軽く落として、つんのめらせる。

高い。

目の前にやってきた男を見て、悟郎達はそう思った

180センチには軽く達しているだろう。

引き締まった体に、そして端正な顔つき。

どこかで会ったような、そう錯覚をせざるをえない顔をしていた。

そう、どこかで遭った・・・・・・

「君は・・・・・・」

頭の中で思い浮かべる、1人の男の姿が、目の前の男と重なる。

目の前の男が、眼鏡を外し、一礼をした。

「お初にお目にかかるぞ」

・・・お初?

彼から発せられた思わぬ言葉に、悟郎や、守護天使たちは、目を丸くする。

「君は・・・・・・・忠治君・・・じゃ・・・?」

間違えるはずが無い、マンションの隣の部屋に越してきた彼を。

会って間もないはずなのに、何度か彼に助けられた。

しかし、悟郎の問いに、彼は首を振った。

「いや、忠治は弟、ワシは太悟。『後中太悟』」

「・・・・・?と言う事は、君は・・・・・・」

「その通り、ワシは、忠治の双子の兄と言う事になるぞ」

微笑みながら太悟は言った。

『えぇ〜〜〜〜っ?』

見事に守護天使たちの声が揃った。

「・・・・・そんなに驚く事でもないと思うぞ?」

太悟が、苦笑しつつ言う。

外した眼鏡を、太悟はかけなおす。

「忠治君に・・・・・・お兄さんがいたなんて・・・」

悟郎が呟くと 太悟は複雑そうな表情を浮かべた。

と、その時、先ほどの男が、太悟の胸倉をつかんで、太悟の顔を見上げた。

仕方有るまい、男より遥かに太悟は背が高いのだから。

「おい・・・お前もこいつらの知り合いか・・・?だったらなんとかしろ、お前たちの責任・・・・っ?」

突然、男の足が浮いた。

溜め息混じりで、太悟は男の胸倉を掴み返し、軽く上に持ち上げた。

しかも、片手で。

「・・・偉そうな口叩かないで貰いたいぞ・・・自分たちは何もしないでのんびりとしていたお前たちに、この子達を罵倒できる権利はやらんぞ」

それだけを言うと、太悟は男の身体をゆっくりと下ろす。

「・・・・・・離して貰うぞ」

未だに掴みっぱなしだった男の腕を、太悟が離させる。

「判ったなら、何も言わないで貰いたいぞ。あるいは、なにかしてから文句は言って欲しいぞ」

太悟はそれを最後に、男に背を向け、悟郎たちの方に向きなおした。

「・・・・・・何処まで話したか・・・、ワシが忠治と双子だと言う事は話したぞ?」

太悟が聞くと、一同が頷く。

「そうか・・・・・・事情が事情なので、さっさといくぞ。あの4人とは会ったぞ?」

あの4人?

みんなは頭の上にハテナマークを浮かべる。

「あっ、あぁ、光樹達の事だぞ、光樹、星、星牙、虎武の4人組だぞ」

太悟が指折り数えながら言うと、悟郎たちはなるほど、と言うような顔をして頷いた。

「でも・・・・彼らが何か・・・?」

悟郎が訊ねると、

「・・・・・・知ってるなら、驚きが少なくて済むかと、思っただけだぞ」

「驚くって・・・・何を・・・・・・え・・・?」

目の前にいる太悟の姿。

その太悟が右手の平を上に向けると、光の玉が浮かび上がった。

「全員、目を閉じるぞ」

言うが速いか、その光の玉が、さらに眩い光を放ち出した。

シャイニング・レイ

――カッ!

光が膨張し、一瞬の後に、車内を包みこんだ。

そして、車内だけに留まらず、光は窓から外の漆黒の世界へと、飛び出していった。

――ドンッ

突然、轟音がする、するとその次の瞬間、耳を塞ぎたくなるような絶叫が車内に聞こえてきた。

『グ・・・・・・グギィヤアァアアアァア』

絶叫と共鳴するかのように、外の闇のドームに、亀裂が走る。

「追撃」

太悟が呟く。

再び手の上の光の玉が光り始める。

アーヴァンズ・イレヴン

――ヴンッ

太悟の周りに、別の光の玉が浮かび上がった。

その数、11個。

「貫け。輝光の御玉よ!」

太悟が叫ぶ、その瞬間、周囲に浮かぶ光の玉が、一斉に電車の外に放たれた。

光の玉が、光の弾へ。

レーザーのように・・・いや、レーザーと同じように、一直線に進み、亀裂に直撃した。

『ギヤァアアアアアアアァアッ!』

この世のものとは思えないような、醜悪な叫び声が聞こえた直後、ガラスの割れるような音がして、闇のドームは砕け散った。

ただの闇だけの外の風景は消え去り、目の前に広がるのは、いつも見る事のできる、木々と、点々と建つ家の風景。

「もど・・・・・った?」

「そうだぞ」

誰に訊ねるでもなく訊ねた悟郎の言葉に、太悟は答える。

「さっきまでのあれはいったい・・・・・・?」

「話は後にするぞ、電車を動かさないと。急ぐぞ、いつまでも相手してる暇が惜しいぞ」

太悟がそう言うが、悟郎の脳裏に、運転室の黒いシミが思い浮かんだ。

「どうすれば・・・・?」

懇願するような表情で問う悟郎に、太悟は溜め息を漏らす。

「どうすれば良いかは、後ろの娘たちが、良く知ってると思うぞ」

そう言うと、太悟はユキを指差した。

「そうであろう?居るだけでは守護にならぬはずだぞ。身を守る術を、お主は知っているはずだ、わかるな?」

太悟の視線と、ユキの視線とが、空中でからまった。

そして、ポツリとユキが言った。

「あなた達は・・・私たちの何を知っているのですか・・・・・・?」

ユキの問いに、太悟は答えない。

「ワシは後ろから来る奴を払っておく、駅に近づけば奴を吹き飛ばせるから、早く動かしてくれ」

そう言うと、太悟の手の上の光の玉が、別の形をとり始めた。





太悟は列車の後部に行き、悟郎達は先頭を行くユキの後を追い、先頭車両の運転室へと向かう。

「彼が言っていたのは、どう言う意味なんだ?」

悟郎がは知りながらユキに問う。

「それは・・・・・・」

「隠さないで教えなさいよっ!この状態を打開する方法が有るのなら、包み隠さず教えなさいよ」

ミカが、声を荒げてユキに言う。

守護天使たちの、懇願するかのような視線が、ユキ1人に注がれる。

そして、足元に広がる黒いシミ。

ふぅ、とユキは息を1つ吐き出して・・・・・・言った。





――ガタンッ

電車がゆっくりと運転を再開した。

「よし、これで間に合うぞ・・・後は・・・・・・こっちだぞ」

動き出した電車に、満足そうに笑みを浮かべると、太悟は瞳を閉じた。

そして、ゆっくりと右腕を揚げ、眼前に持ってくる。

「さぁ・・・・・・・【シルバーナイト】後中太悟の真の力を、とくと味わえ」

光の玉が、形を変えた。

その身を鋭く、そして美しく。

光の剣。

と、太悟は呼んでいた。

光が具現化するなど、有り得る筈が無い。

ところが、それでもなお光はその姿をより一層はっきりとさせた。

そして、忠治の手に握られる、1本の剣。

「さぁ・・・・・・いつでも来い」

そう言うと、太悟は列車の窓から、ひょいと飛び出し、屋根の上に飛び乗った。

――オォオオォォォォ

雄叫びのような物が聞こえてきた。

――カタタン・・・・カタタン

規則正しく、線路と、枕木と、そして車体を揺らす振動。

「来たな・・・・・・邪魔はさせない。指1本、この電車には触れさせないぞ」

その手の剣を両手で構え、徐々に速度を増す電車の後部に迫る、異形の物を、太悟は睨みつける。

そして、迫り来る物に向けて、横に剣を一閃した。






「私達は・・・・・・守護天使です」

ユキが言う。

「そんな事、今更言われなくてもわかり切ってる事じゃない」

「あなた達は・・・・・・竜界と、獣神界をご存知ですか?」

「りゅう・・・・じゅう・・・しん?なにそれ」

ツバサが思わず反芻すると、ユキが頷いた。

「竜界と、獣神界・・・・・・私たちのめいどの世界とは別に有る、天界の別の世界です」

「そんな世界が・・・・・・本当にあるの?」

「私も、半信半疑でしたけど・・・四聖獣の方々がいらっしゃると言う事は、存在すると言う事に他ありません」

「それって・・・・・・どう言う・・・・・・」

「獣神界は、獣の神がいらっしゃる世界です。四聖獣も、その出身であると、私が1級守護天使になった時に、メガミ様から聞かされました」

「メガミ様が・・・・・・?」

突然ユキの口から紡がれる、突拍子も無い言葉に、守護天使たちは呟きながら質問をしつづけていた。

めいどの世界の最高責任者であるメガミが、ウソを教えるはずが無い。

と言う事は、ユキが彼女等に話した事は、真実と言う事になる。

「でも・・・・・・獣神だかなんだか知らないけど、その世界がなんだって言うの?」

遅々として、話ばかりするユキに、イライラしながら、ミカは問い詰める。

「獣神界は・・・・・・私達のめいどの世界と同じように動物から転生した方々が集う世界です・・・しかし」

「しかし・・・?」

「あの方々は・・・・・・私達とは違う・・・・・・守護ではない、獣の神としての、強大な力をお持ちになっています」

ユキがそういうと、みんなの脳裏に、四聖獣の姿が思い描かれる。

確かに、四聖獣は強かった。

あの時助けが入らなかったとしたら、自分達は全滅し。そして、主である悟郎は殺されていたであろう事も、ありありと感じられる。

でも、今更になって、ユキは何を言わんとしているのか。

彼女等は、全く理解できずにいた。

「そして・・・・・・」

最後にユキは、こう言った。

「ある時、獣神界から、数名の神獣が出現し、私たちのめいどの世界を作り上げたと言う事です。そしてその際、九級から、一級までの守護天使たちに、神獣としての力の欠片を、お与えになったのです」

「それって・・・・・・・まさか・・・・・・・」

「えぇ・・・・・・そう言う事です・・・・・・」

ユキは、胸元で、両手の平を向かい合わせる。

すると、手の平の中に光が宿り、空中にふよふよと浮き上がった。

「これが・・・・・・第四級守護天使に昇級した時に際し、頂いた守護術法【ライトニング・ブレザー】です」

そう言うとユキは、両手を頭上高く掲げた。

「光よ・・・・・・」

ユキが呟く、すると、手の平の中の小さな光が膨張し空間全てを光で包んだ。

――ドンッ、ビシッ

光が黒いシミに注がれると、破裂音が聞こえ、そして砕け散った。

ガラスの破片のように舞い上がる黒いシミが、ユキの手から放たれる光に照らされると、瞬く間に消えてゆく。

運転室の黒いシミは、綺麗さっぱり消え去った。

すると、ゆっくりと電車は動き始めた。

「いずれじっくりとお話します・・・・・・まずはこの状況から逃れる事が先決ですから」








――シャン

――
シャン

鈴の音のような、涼しい音が聞こえる。

「ちっ・・・・・・しつっこいぞ・・・・・・」

電車とは別に、線路を揺らすものが有った。

世界が黒く閉ざされた時、空中に浮かんだ異形の者。

今まさにそれが電車の後を追い、襲い掛かろうと猛スピードで迫っている。

そしてそれを退ける為、太悟はその手に持った剣を、縦、横、斜めと、縦横無尽に振っていた。

振るたびに、剣先から放たれる光の軌跡が、背後から迫る得体の知れないものを、かろうじて押しとどめていた。

「キリが無いぞ・・・・・・・仕方ない、志保に頼むぞ」

そう言うと太悟は、目標を少し下げ、横に一閃した。

――ドカァン

爆音が聞こえ、土砂が舞い上げられる。

土煙が視界を覆う。

煙が晴れると、抜け落ちた線路と、地面に空いた穴が確認できた。

太悟は、線路を破壊したのである。

敵は電車と同じように線路を媒介として移動しているため、線路を破壊すれば、追って来れなくなるであろうと。

そう、太悟は考えたのである。。

ただ、そうすると、他の電車も危険に晒される為、最後の手段では有ったが。

これで一安心、と思い、太悟は剣を収めた。

ところが。

――オォォオオォォン

獣の雄叫びのような物が聞こえる。

驚き、太悟は背後の敵を振り返り、見る。

相変わらず線路を走ってはいる・・・・・・が、破壊された線路に近づくにつれ、敵はその姿を変えてゆく・・・・・・

体躯は一回り、二回り小さくなり、巻き起こる風にはためく、黒いマントのようなものが飛び出してきた。

そして、ゆっくりと線路から離れた。

「なっ!!!」

予想外だった・・・・まさか空を飛行するように姿を変えるとは・・・・・・

慌てて太悟は剣を取り出し、敵に向けて一閃する。

が、容易くかわされてしまう。

「くっ・・・・・・後少しだと言うのに・・・・・」

失敗だったか・・・・・と呟く。

空中を浮遊しながら・・・・そう、飛んでいると表現するには、少しおかしかった。

雲のように空中に浮かび、漂っている、と表現する方が正しく感じられた。

しかし、雲と違うのは、的確な敵意を持って、電車を襲おうとしている事であった。

「ちっ、来るんじゃないぞ!」

力を込めて太悟は剣を一閃する。

――ヒュオンッ

電車の側面に来ていた敵に向けて、光が襲い掛かる。

しかし、それでも敵は俊敏な動きで太悟の攻撃を避けた。

――ドカァンッ

外れた攻撃が地面に当り、轟音を上げる。

「ちっ・・・・・・・」

衝撃で電車が揺れる。

そして、電車の背後にぴったりと付き、敵は顔と思われる部分の、そしてさらに口と見られる部分を開いた。

――コオォオォ・・・

「ちっ」

――カッ

太悟の放つ光とは違う―黒い光と言うべきだろうか―光が、敵の口から電車に向かって放たれた。

「吸引!」

――ヒュオッ

太悟の持つ光の剣が、その形を変え、敵と電車の間に、光の壁を形成した。

そして、敵の攻撃は、その壁にぶつかり、消滅する。

ところが、己の攻撃が無効化されたと言うのに、なおも敵は執拗に攻撃を続ける。

次は、マントを模した物体の、内側から、幾筋もの黒い光が電車に向かって放たれる。

「くっ・・・・クソッ!」

剣は、姿を変え、光の玉となる。

そして太悟は、その光の玉を頭上高く掲げ、言った。

『シャイニング・レイ!』

光の玉から放たれた幾筋もの白い光が、向かい来る黒い光を打ち消した。

「・・・・・・くそ・・・・・・しつこすぎるぞ・・・・・・」

太悟は膝を付き、肩で息をする。

三度目の力の解放。

さすがに疲労が全身を蝕む。

しかし、その太悟を嘲笑うかのように、敵は再度、黒い光を放った。

「あと・・・・・・・・少し」

黒い光が、電車に迫る。

「・・・・・・・本気を出せれば、こんな奴・・・・・・・・・」

「時間稼ぎ、ご苦労様・・・・太悟」

と、その時、突如聞こえた声に、太悟はほほ笑んだ。

「ふぅ、これくらい・・・・・・朝飯前だぞ」

――ヴン

世界が再び暗くなる。

――ドドドドドドンッ

暗い闇の中から爆音が聞こえるが、電車には何一つ振動は伝わらず、現状を維持し、走りつづけていた。

そして、暗い闇は消え、再び夕暮れの太陽が姿を現した。

電車の上で、ズボンのポケットに手を突っ込んでいる太悟。

そしてその隣で、風圧に服をはためかせている1人の男。

太悟と同じような体躯をし、同じような声をして、同じような顔をした男。

「遅いぞ、忠治」

言って、太悟は右手を上げる。

「文句を言うな」

そして男は、その太悟の手をパシンと叩いた。

「よくもまぁ、相性最悪で、ここまで耐え切れたな、力使いすぎだ」

男はクスクスと笑うと、太悟と同じように、手の平を掲げ、その中に玉を出現させた。

太悟と違うのは、太悟は白い玉だったのに対し、男が出した玉は黒かった。



【光と闇が交ざる時】



『暗闇の御玉よ・・・・・・』

『輝光の御玉よ・・・・・・』



【彼の者は静かに現れて】



男の声に併せ、太悟も白い玉を出現させた。


【果てし無き光と】


『今この時、1つになりて、大いなる慈悲を与えん・・・・・・』


【穢れ無き闇を】

――ラグナロク――

【全てを終らせる】

そして、世界は終わりを告げた。

果てしなき光の濁流と、果てしなき闇の清流が、敵を打ち抜いた。





一瞬にして、蒸発する。

かろうじて直撃は避けたが、もはや戦える状態ではなくなってしまった。

『恐ろしい力だ・・・・・・さすがにこれ以上は戦えないな・・・・・・』

下半身を吹き飛ばされ、それでもなお空中に浮かぶソレが呟いた。

『今回は引かせてもらうよ。でも、今度こそ天使を僕のものにしてみせる、首を洗って待ってろ』

そう言うと、その場から消えた。






「・・・・・・ふぅ、去ったか・・・」

手首をひねり、右手に持った玉を真上に投げる。

パンッ、と乾いた音がし、太悟の持った玉が弾けて消える。

「少し大変だったけどな」

男がそう言うと、左手に持った玉がふわりと浮かび、音もなく収縮し、消滅する。

「ワシは戻るぞ・・・・・・お前はどうする?」

「ん〜、どうしたものか・・・・・・」

「逃げた方が?」

太悟の言葉に、男は顎に手を当てて呟く。

「さて、どうするか・・・・・・厄介事はご免だし・・・・・・」

男の呟きの後、太悟がぽん、と例のジェスチャーをした。

「忠治、お前は先戻っとけ、すぐに行くから」

「すぐに・・・・・・って、繋げる気か?美空も居ないのに?」

男がいぶかしげに顔をしかめるが、太悟はふっふっふと笑う。

「ほら」

と言うと、太悟はポケットから2つ、指輪を取り出して忠治に見せる。

「・・・・・・あるのか。なら大丈夫だな、んじゃ」

先戻っとくぞ。とだけを残し、男の体が身体が黒い光に包まれ、消えた。

そして太悟は外に出たときと同じように、窓から中へもどった。




太悟が戻ると、その車両が、シンと静まりかえっていた。

「・・・・・・・・・まぁ、しかたないか」

屋根の上っていたため、太悟の姿は中からは見えなかったであろう。

ただ、謎の物体を退けたのは明らかに事実。

そして、さらに敵の下半身をまるまる吹き飛ばした強大な力。

否応なく、恐怖するのは、当然だろう。

「あ、そうだ」

ふと思いついたことがあったので、太悟は実行する。

――パンッ

光の球を出現させ、すぐ破裂させる。

すると、すぐに寝息が聞こえてきた。

満足げに頷くと、太悟は先頭車両へと、守護天使たちが居るであろう所に向かった。






「よ」

『おかえりなさい』

語尾は違うが、守護天使たちはそれぞれ太悟にそう返した。

「撃退できたんだね、良かった」

悟郎がほっと胸を撫で下ろすが、太悟が首を振った。

首を傾げる悟郎に、太悟は言った。

「止まって後のイベント、とってもイヤな事情聴取、と言うものがあるぞ。おまえたちの関系、知られてはまずいのでは?」

『しまった』と言うような顔をした守護天使たち、思いっきり忘れてしまっていたようである。

「そう思って、さっさとトンズラ決め込みたいと思うぞ」

そう言うと、太悟はポケットから先ほどの指輪を取り出して、床に放り投げる。

ちゃりん、と金属特有な音を立てた後、指輪がフラフープほどの大きさになる。

そしてゆっくりと起き上がると、床に垂直に立った状態で制止する。

目の前で起きた、異様な光景に、あたりの乗客は蒼然と・・・・・・ならなかった。

「さっき、皆さん急にお休みになったんです」

ユキがそう言うと、太悟が返事をする。

「そうか、それは好都合だぞ。じゃぁ、マンションにつなげるぞ」

そう言うと、太悟はもう1個の指輪をフープの中心に指で弾いて放り入れる。

輪を挟んで、通路で向かい合う形で守護天使たちと太悟は立っているが、

守護天使たちから見た太悟の姿がぐにゃりと曲がり始めた。

歪曲はさらにひどくなり、もはや太悟が太悟であると全く分からなくなった後、輪の表面に、薄い幕のような物が出現した。

「これでよし、ほら、行くぞ」

と、太悟はまず自分から輪をくぐる。

通過する時に際し、太悟の身体が光に包まれ、そして車内から消えた。

「大丈夫かな・・・・・・」

目の前で宙に浮かぶ輪と、悟郎の顔を見比べながら、守護天使たちは困惑する。

「・・・・・・大丈夫、彼を信じよう」

悟郎のその言葉が決め手になり、まず最初にナナが右手を幕に触れさせてみる。

何の感触も無かった。

つっこんだり、引っ込めたり。

何度もしてみるが、やはり何の感触もない。

幾度目かの、挿し込みの時、突然。

「何を遊んでいる。頼むから、早くして欲しいぞ」

と、幕の向こうから太悟の声がして、ナナの手に、捕まれる感覚が現れた。

「きゃぁっ」

一瞬にして幕の中に引きずり込まれた。

太悟が向こうから引っ張ったのである。

と、その時、向こうに行ったナナから、声が掛けられた。

「ねぇ〜、ご主人様〜、ここ、ナナ達のおうちだよ〜?すご〜い」

ナナのその言葉に、守護天使たちは顔を見合わせる。

輪の向こう側は、紛れも無く自分たちが日々暮らしているアパート、自室の扉の前だった。

ナナはアパートの廊下で、ぴょんぴょんと飛び跳ね、興奮気味な口調でしきりに他の守護天使たちを呼んでる。

困惑しながらも、意を決し、守護天使たちはその輪を次々に通った。

そして最後、悟郎が通り切ったその時、輪は縮小し、指輪となって床に落ちた。

背後で落ちた指輪を、悟郎が拾い、太悟へと渡そうとする。

そしてその時、悟郎の後ろから、声が聞こえた。

「おかえり。そして、改めて、いらっしゃい」





第20話『心の中の冒険』に続く