カレーな食材図鑑

第8回 たまねぎについて


 カレーにたまねぎはつきものというのが、日本の常識だが、本場インドでは、たまねぎなしのカレーというのはごく日常的にたくさんある。ちなみにそれらの多くは野菜類を中心とした菜食カレーだ(一方、たまねぎを使わない肉カレーの例はコチラ)。

また一部の菜食主義者には、独自の宗教観から、たまねぎとにんにくを自分たちの食べるカレーにいっさい使わないケースもある(日本の精進でねぎやニラなどをきらうのと同じ感じ)。彼らのつくる「ミックス・ベジタブル・カレー」や「ほうれんそうとカッテージチーズのカレー」など、たまねぎ入りとまるで遜色がない。というより、後味がスッキリする分、よりおいしく感じられるくらいだ(インドでのそうしたレストランのひとつがここ。以前、私も食べたが感動した。値段も今よりだいぶ安かった)。

とはいっても、やはりたまねぎは多くのカレーに欠かせない。多少スパイスのバランスがわるくても、たまねぎの量や炒め方が適切ならば、インドカレーはたいていおいしくできあがる。

 ほんとうにおいしいインドカレーをつくるためのたまねぎの処理については、何より、みなさんの頭の中にある固定概念を突きくずすことが必要だ。

「おいしいカレーづくりの第一歩は、大量のたまねぎをじっくりあめ色になるまで炒めることからはじまります。だからほら、鍋一杯のたまねぎがこんなに減ってしまいました」

 このようなフレーズが日本の料理書や雑誌にはよく出ている。しかも一部のカレー好きたちは、真剣に常にこうした行程を実践しているらしい。

 ことインド料理に関すれば、何もそんなことまでしなくても、おいしいカレーがかんたんにできる。だから、私の本やこのサイトに出てくるレシピにしても、「大量のあめ色たまねぎ」はいっさい登場してこない

 欧風カレーを主とした一部のカレー調理には必要なテクニックかもしれないが、「何が何でもあめ色たまねぎ」という意見には、私は賛成できない。

 たまねぎにまつわる細かなテクニックのあれこれは個々のメニューやレシピを参照していただくとして、ここでは、知っておくと便利な「インドカレーにおけるたまねぎ調理のコツ」をいくつかご披露することにしよう。


【カレーに使うたまねぎの量】
 北インド風チキンカレーの場合、4人分で骨つき鶏肉約600グラムに対して、大きめのたまねぎが1ヶ。みじん切りにすれば、2カップぐらいになるだろうか。これがひとつの目安である。
 自信のない方は1ヶ半ぐらいまで増量すれば、たぶん失敗せずにおいしくできる。どちらにせよ、みなさんのイメージよりは少ないのではなかろうか。


【たまねぎの切り方】
 本場では、薄くスライスしたたまねぎを大量のオイルできつね色に揚げたものをベースにして、抜群においしいチキンやマトンのカレーをつくることがある。「フライド・オニオン」と呼ばれるムスリムやムガル、パンジャブ各料理人の必殺技だ(レシピの一例はコチラ)。
 ほかにもたまねぎに関する奥深いテクニックはインドに行けばたくさんあるが、ふつうの日本人がいきなりまねをするには、やっばり骨が折れるものものだ。

そんなむずかしいことより、何よりまず気をつけるべきなのは、均等なサイズ、あるいは均等な薄さに切ろうとすることだろう(実際にやってみて、いきなりうまく切れなくとも悲観しないように。まずは均一さを心がける気持ち自体が重要だ)。

とにかく、たまねぎ切りのサイズや厚み薄さがバラバラだと、炒めを主とした加熱調理をした際、火の通り具合=水分の抜け具合=甘味やコク、色づき方=香りやうま味、といった部分で影響が生ずる。つまりは、変に甘ったるいとかコクがなくて水っぽいという典型例を筆頭に、がんばった割に、さしておいしくないカレーができあがる。

じつは、各カレーにおけるたまねぎの切り方については、カレーの種類や料理人の個性でいろいろだ。
 たとえば「チキンカレー」ひとつとっても、薄切りスライスにする人と、みじん切りにする人がいる(チキンカレーに限らず、「おろす」というパターンは本場インドでは少数派だと思う。少なくとも、私のレシピには炒めてからミキサーにかけるものはあっても、生たまねぎをすりおろすのは皆無である)。地域ごと、宗教ごと、店ごと、家庭ごとでも、いろいろな切り方があったりする。

こと、みじん切りについて申し上げれば、本来はなるべく細かくしたほうが、炒め時間も短縮されるし舌触りもいいはずだ。
 しかしながら、インド家庭はおろか、プロの料理人でも、ときにかなり大ざっぱな印象を受けることがある。それでもなぜかおいしくできるのだから、みなさんも安心していいと思う。とにかくサイズをそろえること。まずはこれをしっかりと守っていこう。


【たまねぎの炒め方】
 とにかくいえるのは、「弱火でダラダラ長時間たまねぎを炒めても、できたカレーはそれほどおいしくない」ということだ。
 むしろ強めの火でスピーディに。炒め時間をできるだけ短縮する気構えで臨んだほうがよい結果を生んでくれる。たとえ切り方が多少大雑把でも、その後の「炒め」がビシッと決まっていれば、おいしくなる。これがインドカレーの奥深さだ。

ここでは、北インド風のカレーを例にとって、みじん切りによるたまねぎ炒めをシミュレーションしてみよう。

@底が厚めの鍋を用意し(これもまた重要。底の薄い鍋はインドカレーの調理には適さない)、鍋底全体にたまるくらい多めにオイルを入れる(余分な油は最後に上に浮く。それをすくいとれば、けっして油ギトギトには仕上がらない)。いわゆるギーは不要だ。サラダ油でいい。

A火をつけたら強めの中火以上の火加減にして、すぐにたまねぎを投入する。日本のたまねぎは水気が多い。だから投入直後、たまねぎ全体にオイルが十分まわるよう一度ザックリかきまわしさえしておけば、しばらくはたまねぎ自体から出る水気のおかげでこげることはない。すなわち、この時点でそんなに神経質になる必要はないわけで、ほかの準備や下ごしらえをしながらでも、十分可能な作業段階といえる。火加減も安心して強めの中火以上を確保しよう。

B強めの火加減でときどきかきまぜながら炒めていると、たまねぎから水気がどんどん出てくる。ここからはしっかりかきまわしながら、やはりできるだけ強めの火で水気をとばすようなつもりで炒める。ポイントは、とにかくていねいにかきまわすこと(かきまわすことで火の通りが均等になり、こげつきを防ぎ、鍋底についたうまみもこそげることができる)。とくに初心者の方はコチョコチョと鍋の一部をいじるようなかきまぜ方をするが、これでは水気がとんでいかないし、火加減も強くできない。しっかりと鍋底全体を大きくさらうような感じで、丹念にかきまぜる。すると強めの火でも、たまねぎはこげずにきっちりと炒まっていく。

Cこうして一生懸命かきまぜながら炒めていると水気がなくなり、たまねぎの量も減ってくる。同時に少しずつ火加減も落としていこう。ただしかきまぜるのは中止しないように。

Dやがて、たまねぎの水気がまったくとんでベタつきの少ない状態になる。量もずいぶん少なくなったはずだ。ここでは火をきっちりと弱火に落とそう。さもないと、油断しているうちにたまねぎがかんたんにこげてしまう。

Eさらにかきまぜながら炒めていると、たまねぎ全体がきつね色に変わってきたのに気づくはずだ。よく見れば、みじん切り一粒ごとの周囲が黄金色になりチリチリとフライされている。ズバリ、この黄金色めいた色味がベスト。おぼえておこう。

Fここまできたら、火をグッと落としたまま次のステップ、たとえばにんにくとしょうがのすりおろしを加えることにすればいい。

 以上ざっとこんなふうに進行するのが、オーソドクスなたまねぎ炒めのひとつ。私の場合、時間的には4人分たまねぎ1ヶで10〜15分という感じだ。みなさんがやっても、慣れてくれば、倍以下程度の時間で完了できるはず。

最初から手際よく行くはずはないので、なるべく手ばやくという点を意識しつつ、全体がきつね色になるまで、つまりは一粒ごとの周囲が黄金色になったたまねぎをめざせばいいだろう。

 専門的には、たっぷりめのたまねぎをしっかりきつね色まで炒めるのは、主に北インドのスタイルだ。
 南インドのカレーになるとたまねぎの量がより少なく、炒め方もきつね色まで行かずに、透明から少し色づく程度で十分ということが多い。こうした南インドカレーの出来映えがどうかといえば、北とは別の個性があってやはりおいしい。
 南インドではたまねぎ炒めの浅さを逆手にとりながら、タマリンドやココナッツ・ミルクといった濃厚な風味の副材料や、ダールまでも含んだ多彩なスパイスを駆使して、バランスよい味つけに仕上げていく。これもまたインドカレーの奥深さである。


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