日本式インド料理の味わい方

第9回 日本のインド料理店にはない本場の味 PART2 
ああ、おいしいパニールのカレーが食べたい!

 かなり以前(2004年ぐらい?)に当コーナーでは「日本のインド料理店にはない本場の味のPART1として「ビリヤニ」を取り上げた

 それがとうとう2007年、日本を代表する食の雑誌「ダンチュウdancyu」7月号で本場流のビ
リヤニが一挙掲載されるまでに至ったわけである。

 たとえ遅々たる動きではあっても、着実に私の「伝道活動」がその成果を結びつつあるように思え、何ともうれしい限り。

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 さて、今回私がプッシュするのはパニールだ。

 パニールとはインド製のカッテージ風チーズのこと。チーズとはいいながら、その製法、食べ方とも西洋的な正統派チーズとは大きくかけ離れている。

まずはパニールの作り方からご説明しよう。

 西洋のチーズは、レンネットと呼ばれる酵素によって、牛などの乳を凝固させたもの。
 最近ではBSE対策や動物愛護の意味合いからも、カビなどの微生物からレンネットを抽出するケースが多いが、もともとは仔牛や子羊の第4胃に存在するもの。

 胃の中の酵素で牛乳を固まらせるとは、想像するにちょっと恐ろしいではないか。西洋のチーズとは、本来いかにもノンベジな食品なのである。

それに対して、パニールは平和そのもの。
 温めた牛乳にレモン汁やお酢のような酸味の素材を加え、酸の力で固めるのである。


 牛乳に熱を加えて沸騰しかかってきたら、レモン汁を加えてしばらく待つ(酢を使うケースもある)。すると牛乳は固まり、擬乳などといわれるモロモロの固形分と水っぽい液体(ホエー)に分かれる。

 この固形分と液体のミックスをガーゼのような布を内側に当てたザルで漉す。当然、ザルの中にはできたての豆腐のような固形分がたまる。

 固形分の入ったガーゼを茶巾のように絞って余分な水分を抜き、上から重石を載せ、3時間ほど水切りする。
 
 するとできあがるのは、すぐにボロボロとなるカッテージというよりは、モツァレラからさらに水気を抜いたような白い固まり。豆腐、それも沖縄の島豆腐のようにカチカチとしている。

 これがインド式チーズと呼ばれるパニールである。


 重石をかけるときの整形の仕方で、さまざまな形状、さまざまな厚みのパニールができる。とはいえパニールは固まりになったまま。よって調理前には、スライスあるいはカットする必要がある。このあたりの作業は西洋のチーズと同じといえる。

 通常、カレーに入れるときのカットとして、1〜2センチ角のキューブ、長さ5センチ、幅2.5センチ、厚さ1センチ前後のひし形、さらには3センチ四方厚さ1センチ程度の正方形など、カレーの種類ごとにサイズや形を変える。

 また炒めもの、揚げもの、スウィーツなどでは、カッテージ・チーズのようにボロボロとした粗砕きの状態、フライドポテトのようなスティック状、あるいはチーズおろしのような器具でパルミジャーノのように細かくしたりする。



 オールドデリーの街角で売られるパニール(右)。左はコヤと呼ばれる牛乳を煮詰めたもの。

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 パニールの下準備が終われば、いよいよ調理である。

何しろインドのパニール料理にはバラエティに富んだ多くのメニューがある。日本のインドレストランでパニールのレパートリーがたいへん少ないのと大違いだ。

 数ある本場のパニール料理でまず押さえておきたいのは、やはりカレーだろう。
 
 日本ではホウレンソウのカレーの具材としてパニールを加えたパラク・パニール(サーグ・パニール)ぐらいしか思い浮かばないが、本場は違う。

  
 私が作ったパラク・パニール。パニールはインド製の輸入品。


 私のイチオシはシャヒ・パニールだ。
 分厚く食べ応えある厚切りチーズのようなサイズにスライスしたパニールを、トマトベースの酸味が立ったグレービーでサッと煮たカレーである(日本のバターチキンのグレービーから甘さを払拭し、酸味をグッとアップさせたイメージだ。ただし、同じシャヒ・パニールでも生クリームやすりつぶしたナッツたっぷりなカレーもある)。



 ピンボケで申し訳ない。私の師匠筋の料理人によるおいしいシャヒ・パニール。オールド・デリーにて。

 もともとはラジャスターンの王族料理らしいが、今ではデリーなどのイスラーム料理系シェフも得意な一品。白いご飯ではなく、ナーンやローティ、チャパティなどのパンで食べるとバツグンにおいしい。

 日本のインドレストランでシャヒ・パニールを出しているところは希少だろう。不勉強ながら、私はまだ、感動的においしいシャヒ・パニールを日本のインド料理店で食べたことがない。



 ちょっと珍しい、南インドのパニールと青ネギのカレー(左)。右はパロータと呼ばれる南インドのパン。


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 グレービーのない、あるいはたいへん少ない、カレー以外の炒めもの系メニューでおすすめなのがパニール・ブルジ(プルチなどともいう)。
 粗くほぐしたパニールを青唐辛子、タマネギ、香菜、トマトなどの香味野菜といっしょにサッと炒めたドライなマサラ風メニューである。

 汁気がない分パニールの滋味が強く感じられ、これまたたいへんおいしい。特に、炒めるときのオイルをいつものサラダ油系ではなくギーにすると、コクが増してさらに美味。

 このメニューもまた、私、日本では満足なものを外食で食べたことがない(というより、日本のインドレストランでメニューに載っているのに出会ったことがない)。だから、食べたいときは自作する。

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 タンドゥーリ・チキンにチキン・ティッカ、シーク・カバーブに代表される、日本人も大好きなこんがりと香り高くジューシーなロースト料理。

 中でも、数少ないベジタリアンのローストとして私の大好きなのが、ヨーグルトやスパイスに漬けたパニールを炭火で焼いたパニール・ティッカだ。
 特に、タンドゥールではなく、焼き鳥式の炭火台でこんがり焼き上げたものはビールがいくらでも進みそうなおいしさ。



 最高に美味だった、串焼き炭火焼のパニール・ティッカ(左)。

また、マスタードやクミンなど粒状のスパイスをたっぷりあしらい、酸味のあるマンゴーパウダーや独特の風味の岩塩をまぶしたパニール・アチャーリ・ティッカもとてもおいしい。



 これまたピンボケですいません。パニール・アチャーリ・ティッカ。

パニールを挽き肉のように細かく砕いて香味野菜やスパイスを混ぜ、つくねのように焼き上げるパニール・カバーブだってある。

日本にもパニール・ティッカなどを出すインド料理店は少ないながらもあるが、残念ながら本場インドの逸品には及ばないようだ。

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 パニールと砂糖をミックスし、さらにそれを中華鍋のような鍋で加熱しながら練り上げて作るサンディッシュ、パニールの小さなボールをシュガーシロップで煮込んだラス・グッラー、ラス・グッラーを甘いミルクに漬け込んだラス・マライなど、お菓子の世界でもパニールは大活躍だ。

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日本でも、揚げたパニールを具にしたホウレンソウカレーなど出す店があるが、いくら有能なシェフが調理してもインドのパニール料理には歯が立たない。
 なぜかといえば、パニール自体の味わいが日本とインドでは段違いなのだ。

牛乳の濃さや中身の組成が違うのか、とにかく、いくらがんばってもインド並みに深いコクがあり、濃厚な味わいで香りもいいパニールは、日本でめったに口にできない。

 パニール自体の味わいの差が料理になっても埋まらず、結果的に、パニール料理はインドに行って味わうべしという結論に至るのである。

 ちなみに、日本のインドレストランでも、我々は知らず知らずの間にインド製のパニールを食べていることがある。それはインドから輸入された冷凍パニールだ。

アンビカ・トレーディング」や「フジ・ストア」で入手可能な冷凍パニール。冷凍とはいえ、実はなかなか良質な商品で、私もよく利用している。
 とはいえ、やはり微妙な風味の点では、どうしたって本場のものにはおよばない。

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日本でインド製輸入冷凍品以外のパニールは手作りだ。
 ところが前述のように、これがなかなか満足できるものがない。牛乳の質や濃度が異なるからだ。

 私がパニールを手作りする場合、本場の風味に近づけたいがため
 
 @牛乳に相当量の生クリームを加えて加熱する
 A牛乳を加熱する際、粒のカルダモンを加える
 B凝固させる際、酢は使わず、レモン汁だけを使用する

 こうした工夫をすることで、より濃厚でコクがあり風味も濃厚な、現地に近いパニールを作ることが可能である。

凝固させた後の水の切り方でも、味や食感が変化する。さらには、使う料理に合わせてできあがりの硬さを調整するのもまた、調理人としての腕の見せ所である。

 ともあれ、牛乳、そしてパニールの品質を考えれば、パニールを使ったカレーやロースト、揚げもの、さらにはデザートの一級品を口にするには、当面インドに行くのが手っ取り早い。

 これはどうにも動かしがたい事実だ。

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