日本式インド料理の味わい方

第6回 日本のインド料理店にはない本場の味 PART1 
ビリヤニって知っていますか?




マドラス高級ホテルのシュリンプ・ビリヤニ



 カレーに限らず、日本に移設された外国料理について語ろうとすれば、どうしても「なぜこのメニューは現地ではポピュラーなのに日本にはないのだろう?」といった疑問に行き着く。

 本来、日本人の舌に合うにも関らず、ちゃんとしたものが紹介されていないインド料理として、まず挙げなければならないのが、いわゆるビリヤニだ(biryani、briyani、biriyaniなど現地での表記にはいろいろあるし、日本語表記にしても「ブリヤニ」「ブリヤーニ」「ビルヤーニ」ほかさまざま。ここではインドの調理人のいい方に近い表記で書く)。

 都内などにある一部のインド料理店には「ビリヤニ」と称する料理があるが、あれは「カレーを混ぜた中途半端なフライドライス」であり、本場のとは似ても似つかぬ別物である。

 それでは、インド亜大陸で食べられるおいしいビリヤニとはどんなものか?

 かんたんにいってしまえば、ビリヤニとは「炊き込みごはん」のことだ。
 それも、もともと細長いインディカ米の中でももっとも長く、しかもじょうずに炊き上げると独特の素晴らしい香りを放つことで有名な「バスマティ・ライス」という米をあえて使用した、ぜいたくなもの。

 で、何を具にして炊き込むかといえば、当然のように「カレー」である。

 実際、マトン、チキン、野菜、エビ、魚など、さまざまなビリヤニがインド亜大陸にある。

 本場の正統ビリヤニの調理法にしてもいくつかある。
 基本的には南北インドという地域性よりも、ヒンドゥとムスリムでの対比がより顕著なところに、ふつうのインド料理とはやや異なる側面がある。
 
 あえていえば、ビリヤニは中央アジアのプラオやピラフをルーツに持つ点で、北インドのイスラム教的なインド料理だ。

 インドでもそのおいしさで名高く、私ももっとも好きなのが、北のラクナウ、南のハイデラバードというイスラム都市に代表されるチキンやマトン・ビリヤニ。

 これらのムスリム式ビリヤニを味わうには、あらかじめ、ふたつの料理をつくらなければならない。
 ひとつはバスマティ・ライスにグリーン・カルダモン、シナモン・スティック、クローブ、ベイリーフなどのホール・スパイス、さらにはギーや塩なども加え、豊かな風味をつけたプレーンな炊き込みごはん。
 本場ではパスタのように米をゆでる「湯とり法」でこのライスを仕込むことが多く、この時点での米の仕上がりはやや硬めにするのがいいとされる。

 そしてもうひとつは、フライドオニオンとヨーグルトをベースにした、いかにもイスラムっぽいチキンまたはマトンのカレー(こうしたカレーを出すレストラン自体が日本にはほとんどない)。

 それ自体でおいしいカレーとスパイス風味のライスをつくる。ここまでがビリヤニ調理のいわば前半戦。
 後半戦はふたつの合体だ。
 広くて深い鍋を用意し、そこにカレーとごはんを層にして少しずつ敷き詰めていく。そして上からギーなどをたらし、ぴったりとふたをして、鍋の「上下」から弱火で蒸し上げる。
 このとき下火はガス台でいいが、上火はどうするか?
 本来は、火のおこった炭をふたの上に数個のせて加熱するのである。しかも鍋を密封するため、ふたと鍋本体のすき間をナンやチャパティの生地で完全にシールドしたりする(フランスやロシア料理のパイ生地包みのスープを想像していただければいいだろう)。

 こうするのがたいへんなので今ではオーブンを使うか、仕方なく下火だけで加熱することもあるが、基本は上下からの弱火による蒸し上げ。
 この状態を2〜30分キープすることで、硬めに炊いたごはんの一粒ずつにカレーの滋味がじんわりとしみ込む。この過程を通過することではじめて、単にカレーとライスを混ぜただけでは起こり得ないビリヤニ独特のおいしさが生まれるのだ。

 こうしてようやくビリヤニが完成する(ヒンドゥ流ビリヤニだと、生米と具をいっしょに炒め合わせてから文字通り炊き込むことが多い)。

 インドのレストランでは、ビリヤニの調理を10〜50人分といった単位で一度に行うケースと、オーダーごとに1人前ずつ小鍋で後半戦を仕上げるふたつの方法がある。
 前者の場合にしても提供数はそれなりに限定されるから「ビリヤニは売り切り御免」にする店が多い。だから、昼夜とも遅い時間に行くと食べられなかったり、曜日や時間を決めてビリヤニが提供されることも少なくない(たとえば、カルカッタのさるレストランでは毎週水曜日が、めずらしい「フィッシュ・ビリヤニ」の日になっていた。うまかったなあ)。

 こうしたムスリム式のチキンやマトン・ビリヤニ同様抜群においしいのが、南インドでよく出される野菜のビリヤニである(現地では「ビリンジbirinji」とも呼ばれる)。
 ムスリム、ヒンドゥの別なく、というよりヒンドゥのベジタリアンにもたいへん人気が高い。ニンジンやインゲン、カリフラワーといった野菜のうまみとパラパラに仕上げた香りのいいごはんの風味が好相性である。
 
 このように、とにかくおいしいのだが、同時に仕込みに手間のかかるのがビリヤニの特徴だ。
 バスマティという日本でも高価な米、さらにオーダーがないとカレーはまだしも、せっかく炊いたごはんが無駄になるということなども手伝って、日本のインド料理店ではほんとうのビリヤニを出さない。

 一方、日本に住むインドの料理人が、ちょっと豪華な夕げにしよう、あるいは友人をまねいた宴などでよくつくるのが、じつはこうしたビリヤニである。それだけぜいたくでありがたいメニューなのだ。
 私にしても、ここぞというときにこうしたビリヤニをつくって楽しむことではインド人シェフとおなじである。

 だから、知り合いにインド人の料理じょうずな方のいるみなさんはその人に、あるいは私にリクエストすれば日本でおいしいビリヤニを食べられる。逆にいえば、それ以外にはちょっと難しい。

 最後に、調理の際にはミントの葉をいっしょに炊き込むといいし、食べるときにはオニオンやトマト、キュウリなどの「ライタ」を添えるとおいしいことも付け加えておこう。




ハイデラバードの巨大ビリヤニ鍋
 




03年の年末、デリーのコンノートにある「NIZAM'S KATHI KABAB」で食べたマトン・ビリヤニ
  
 トップページへ戻る