マサラ日記     previous«  »next

5月12日(金)
           

 昼に讃岐うどんの店で「冷やしにタマネギのかき揚げのせ。麺は大盛り」というのを食べる。
 
 冷やしということは麺とつゆがともに冷たいわけだ。そこにかき揚げがのると相性はどうかな、とくに冷えたつゆとかき揚げのコンビネーションがイマイチなのではと危惧したが、やはりそうだった(ちなみに、かき揚げは揚げたてのアツアツではない。サクサクとして、いい揚がり具合ではあったが)。
 
 うどんつゆが熱ければ、そいつがかき揚げに次第にジワーッとしみこんで独特のうまみが生まれるが(サクサク感がなくなっていやだという人もいるが、私はサクサクがズルズルになる過程がけっこう好きだ)、このうどんでは、冷やしのつゆとかき揚げがどうもうまくなじまない感じ。どっちも離れたままで、友好関係を結ばないムードなのだ。

 たとえばサツマイモの天ぷらのさめたやつ(特に家で揚げた衣がモサモサしたようなやつ)を冷たい天つゆで食べるとうまいのだが、冷たいうどんつゆと冷め気味のかき揚げでは、そうもいかないのか。

 一方で何となく思ったのは、相性云々というより、単にこの店のかき揚げ、さらには冷やしのうどんつゆがおいしくないだけの話なのではないかということ。特に、つゆにはコクがないような感じもしたなあ。

 私の場合、夏場、そば屋に行くとよく「冷やしたぬき」を大盛りで頼む。あれもそば、つゆ、揚げ玉のよしあしでずいぶん味が違う。ひどいのに当たると、最初から胸焼けしそうでまいってしまう。

 こういう日本の揚げ物の繊細さに比べると、インドのサモサ、バジ、パコラ、ワダ、ボンダなどは骨太というか、ストレートなおいしさにあふれている感じがする(これらが何のことだかわからない方は、私の本をお読みください)。アツアツのサモサを右手指でくずしながら、あざやかなグリーンをして、ちょっと塩気のきいたミントのチャトニをつけながら食べる。ウームたまらない。

 とはいえ、私はかき揚げとサモサ、どちらも好きだ。気をとり直して、もう1度、冷やしうどんのかき揚げのせにチャレンジしてみるか。

(日記を書いているときのBGM:レッド・ツェッペリンの『聖なる館』。「THE SONG REMAINS THE SAME」の"sweet Calcutta rain"という歌詞のところにくると、いつもゾクゾクとした快感が走るのは私だけ?)