幼い頃、私には友達と呼べる人はいなかった。

というより、近所の同年代の子達から避けられていた。仲間はずれというやつだ。

それも仕方の無い事だったのかもしれない、子供は異質な物を嫌うから。

当時の私は今以上に体が弱かった。

少しの運動や、ちょっとした感情の高ぶりで、すぐに鼻血を出していた。

それどころか、大人しく読書をしていたり、勉強中にもでる事が多々あった。

病院にも週二回くらいは行っていた気がする。それ程病弱だったのだ。

そして私が住んでいる町は都会からちょっと離れた田舎町。

あるものといえば海と山と川。そんな場所だ。

女の子も男の子と一緒になって、海で泳いだりして外で元気に遊びまわっていた。

私も皆と一緒に遊びたかったけど、皆私が体が弱いと言う事を知っていたから仲間に入れてもらえなかった。

当時は考えもしなかったけど、片親だったという事も避けられていた一因だったのかも知れない。

物心ついた時には父親はいなかった。お母さんはなにも言わなかったし、私も聞かなかった。それが自然だったから。

その頃はお母さんが一人でお店をやっていた。今にして思えばとても辛かっただろう。でもお母さんはいつも優しかった。


ある日、いつもと同じように遠くから楽しそうに遊んでいる子供達を眺めていると、

その遊びの輪から一人の男の子がはずれて、こっちへ向かって来た。

私は何かひどい事を言われると思っておびえていた。いつも男の子達から鼻血の事でからかわれていたから。

けれどその子は私の前まで来ると立ち止まってこう言った。

「見てないで、一緒に遊べよ」

ずいぶん偉そうな言い方だった。でも私はそんな事も気にならないくらい驚いて、それ以上に嬉しかった。

誰かにそんなことを言われたのは初めてだったから。もちろん、二つ返事で誘いを受けた。

その日、私は生まれて始めてたくさんの子達と思いっきり遊んだ。とても楽しかった。

家に帰ってからやっぱり鼻血を出してしまって、お母さんを心配させてしまったけど。


次の日、私はまた昨日の子達と一緒に遊ぼうと思って彼らの所へ行った。けれど、拒絶されてしまった。

昨日は成り行きで一緒に遊んだだけだ、そんな事を誰かが言った。

仲間として認められたんだと思っていたのは、私だけだった。私の勘違いだった。

昨日声をかけてくれた男の子も、その雰囲気は気づいたようで、何か言おうとしていたけれど、

私はそれを聞く前に、駆け出していた、家に向かって。また鼻血出ちゃうかもな、なんてぼんやり思いながら。


やっぱり鼻血を出してしまい、体調まで崩してしまった私は、三日ほど家で大人しくしていた。

退屈だったけど、外に出てもあまり変わらないから。

四日目、意外な人が家に訪ねてきた。あの時声をかけてくれた男の子だ。

聞けば、あの日以来、姿を見せない私を心配してわざわざ来てくれたらしい。

私は嬉しくなって男の子を部屋に招き、その日は一日中おしゃべりしていた。

男の子はどこか遠くから引っ越してきたらしい。

それを聞いた時私は、だから私の病気の事も知らなくてあの時声をかけてくれたのかな、

なんて考えてちょっとがっかりしたけれど、始めて友達ができた嬉しさで、そんな事はすぐ忘れてしまった。


その日以来、私とその子は急速に親しくなっていった。

よく2人だけで遊ぶようになり、私はいつからか男の子の事を「お兄ちゃん」と呼ぶようになっていた。

理由は忘れたけれど、実際に私より年が上だったし、その素直じゃない優しさとかが

当時私が憧れていた理想のお兄ちゃんに近かったからだったような気がする。

お兄ちゃんは優しかった。私が鼻血を出しても嫌な顔一つせず拭いてくれたりしたし

病気の事を話したときも「大変なんだな」って一言いっただけだったけど、その表情は本当に心配してくれていた。

他の子達から遊びに誘われた時も、お兄ちゃんはいつも私を優先してくれた。

約束をしている時はもちろん、約束をしてない時でも、私が寂しくなってお兄ちゃんの所に行くと、必ず私の傍に来てくれた。

私は一向に他の子と仲良くなれなかったけど、お兄ちゃんがいてくれたから、それで充分だった。


そんなある日、私はお兄ちゃんを探して公園へ向かっていた。

その日は一緒に遊ぶ約束はしていなかったけど、何となく会いたくなったのだ。

そして、公園にはお兄ちゃんがいた。皆と楽しそうにサッカーをしている。

私はお兄ちゃんを呼ぼうとして、躊躇した。

あそこで楽しそうに遊んでいる人は私といる時のお兄ちゃんとは違う、何となくそう気づいてしまったから。

分かっていたはずだった。私だけに優しいんじゃない、私だけのお兄ちゃんじゃないってことは。

皆に優しいから、頼れる人だから、私の事を優先していても仲間はずれにされる事無くいられるんだって。

それくらい分かっていたはずなのに、無性に寂しくなってしまった。

だから私は近づく事も出来ず、皆に気づかれないようにちょっと離れた、それでもお兄ちゃんの姿が

ちゃんと見えるくらいの距離の木陰に座り、ただ眺めていた。

・・・どれくらいそうしていただろうか、不意に、お兄ちゃんがしゃがみこんだのが見えた。

ボールが顔にでも当たったのだろうか、鼻のあたりを抑えている。

その内に、周りにいた子達が集まりだした。皆手にハンカチやティッシュを持っている。

どうやらお兄ちゃんが鼻血を出したらしい。

私と同じだぁ、なんてのんきな事を思いながら、私もお兄ちゃんの所に行こうかと迷っていた。

私が決心しかねているうちに、お兄ちゃんが差し出された手を振り払い、突然立ち上がって怒鳴った。

「なんでさっちゃんの時はそうしてやらないんだ!!」

他の子の声は全然聞こえないのにそれだけははっきり聞こえたから、相当大きな声だったんだと思う。

周りにいた子達は突然の事に訳がわからないといった感じで立ち尽くしている。

けれど、私は気づいてしまった。そして、涙がこぼれそうになった。

あぁ、お兄ちゃんは私のために怒ってくれてるんだという事に。そしてそれがどうしようもなく嬉しくて。


次の日、私はそれまで私を避けていたはずの子達から、謝罪と一緒に遊ぼうという誘いを受けた。

昨日の一件で皆、考えを改めたらしい。というより、お兄ちゃんに説得されたというのが本音だろうけど。

私は最初は戸惑ったけれど、お兄ちゃんが一緒だったので、皆と遊ぶ事にした。

皆も最初はこれまでの事もあって、気まずい顔をしていたけれど、徐々に打ち解けていった。

帰る頃には「また明日〜」なんて言ってみんなと別れた。

それからは私も仲間と認められたようで、毎日のように皆と遊んだ。友達がたくさん出来た。

激しい運動が無理なのは相変わらずだったけど、皆も考えてくれているのか、私も出来るような遊びが多かった。

そうでない時も、私が皆のしている事を見ている傍で、運動が苦手な子が集まっておしゃべりしたりしていた。

楽しかった。お兄ちゃんと2人の時も楽しかったけど、やっぱり皆一緒の方がいいと思った。

ひたすら楽しくて、幸せな日々だった。こんな日がずっと続けば・・・そう思っていた。けれど・・・



それは夏になるちょっと前の日の事。

蝉の声はまだ聞こえないけれど、強い日差しは充分夏を感じさせる、そんな日の事だった。

突然、お兄ちゃんに別れを告げられた。引っ越すと言われた。

私は信じなかった、信じたくなかった。

今は皆と仲良くなったけど、一番大事なのはお兄ちゃんだったから。

お兄ちゃんがいてくれたから今、皆と仲良く遊んでいられるんだって思ってたから。

私は泣いた、泣きながら何か叫んでいたと思う。

行っちゃ嫌だ、行かないで、ずっと一緒にいて。そんなことを延々と言っていたと思う。

でもそんな事が出来るはずもなくて、きっとそんな事はちゃんと分かっていて。

お兄ちゃんは私が少し落ち着くのを待って、言った。

「ごめんね。でもまたここに戻ってくるから。必ずさっちゃんに会いに来るから。それまで元気でいてね」

それを聞いて私はまた泣き出してしまった。

「あんまり泣いてると会いに来てあげないぞ」

お兄ちゃんはそんな私を見て苦笑しながら言っていた。

・・・そしてお兄ちゃんは行ってしまった。


それ以来あの人からは何の連絡もない。寂しいけれど、あの人らしい、とも思う。

あぁ、考えてみればあの頃から私は変わったのかも知れない。

お兄ちゃんを心配させないように、泣かないように、元気でいるように。

そんな事を考え、そうあるように勤めた。

そしてお兄ちゃんに少しでも近づけるように、いつ戻ってきてもいいように。

積極的に行動するようになった。年下の子の面倒を見たりするようになった。


・・・あの人は、今どこで何をしているのだろうか。


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