「それじゃ、これが今回の分のお薬ね。袋の裏に書いてある服用時の注意をよく読んでから飲んでね。
 フフッ、こんな事今更言われなくても平気よね。じゃ、お大事に」

「はい、ありがとうございました」

いつもと同じ薬剤師さんにいつもと同じ説明をうけ、いつもと同じように挨拶を返して病院を出た。

外はもう日が傾きかけていた。

「・・・・・はぁ・・」

そして、最初に口からこぼれたのはそんなため息だった。

(いつになったら治るんだろう・・・)

子供の頃からずっと病院に通い続けている。

この病気は生まれつきらしいから、生まれた時から通いつづけているんだろう、きっと。覚えてはいないけれど。

そういえば、生まれた時なかなか退院できなくて大変だったってお母さんが言っていたっけ。

それ程病院に通いつづけているのに、少しもよくならない。

まぁ、悪くなってもいないようだから治療も無駄ではないんだろうけど。

あ、でもこれから本格的に夏になるとちょっと辛くなるんだよね。

どうやらこの病気には暑いのはよくないらしくて、毎年夏になると体調が悪くなる。

いつもと比べれば、ってくらいの事で、そんなに深刻な事ではないと思うけれど。

でも気をつけた方がいいよね。病院の先生も激しい運動は避けるように、って言ってたし。

本当はプールも入らない方がいいらしいけど、先生にお願いして許可してもらった。

でも、途中で鼻血が出たり眩暈がしたらすぐに止めて病院に来るように、って条件付だけど。

まぁそれぐらいは仕方ないよね、病気なんだし。

(それにしても、今日の診察は恥ずかしかったなぁ・・・)

私の病気は、名前が覚えきれないような難しいものらしいけれど、診察自体は簡単な物だ。

例えば風邪なんかで診てもらう時とあまり変わらないんじゃないだろうか。

だからたまに、こんなことで本当に治るの?って心配になってしまうけれど。

2、3ヶ月に一度はいろんな機械で検査をするけれど、

それ以外の時は簡単な問診を受けて、聴診をして、それで終わり。

でも、その聴診、聴診器を胸や背中に当てるやつ、それをやるには先生に胸を見せなくちゃいけない。

いままでの先生は結構高齢な人だったし、子供の頃からずっと診てもらっていたから

恥ずかしいとかいう気持ちはあまり無かったけれど、

今日から担当の先生が変わってしまったんだ。

新しく担当になった先生は若くは無いけれど、落ち着いた感じの渋いおじ様ってタイプで、結構かっこいい。

だから、そんな先生に胸を見せなければいけないのはとても恥ずかしかった。

先生から見たら私なんてまだまだ子供だし、そもそも仕事でやっているんだから
恥ずかしがる必要は無いってことぐらいわかってはいるんだけど・・・
それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。私だって『年頃の女の子』ってやつなんだから。

(はぁ、これから毎週あんな恥ずかしい思いをしなきゃいけないのかぁ・・・)

思わずまたため息をついてしまった。

(こんなとこで悩んでても仕方ないし、早く帰ってお店の手伝いしなきゃね)

そうだ、お母さんに買い物頼まれてたんだっけ、商店街に寄っていかなきゃ。

・・・・・・・
・・・・・
・・・




「有り難う御座いました。またお越しください」

スーパーの店員さんの明るい声を聞きながら店を出たころには真っ赤な夕焼けが街を綺麗な茜色に染めていた。

「綺麗な夕焼け・・・明日も晴れかなぁ」

自然とそんな事を呟いていた。どこか懐かしさを感じさせる、本当に素敵な風景だったから。

けれどそんな感傷的な気分も、両手に抱えた荷物のせいで、長くは続かなかった。

(うぅ、重いなぁ。なんでこんなに・・・)

袋の中にはお母さんに頼まれた調味料や食材がたくさん詰まっていた。

お店で使う分が足りなくなりそうだからって行ってたけど、いくらなんでもこんなに足りなくなるのは

飲茶喫茶としては問題じゃないのかな。今お客さんが数人来たら出す物が無くなるんじゃないだろうか。

(大丈夫、だよねぇ。・・・早く帰ろうかな)

何となく不安になって足早に明日菜楼に向かって歩き出す。

と、少し進んだ所で、後ろから走ってきた子供に追い越された。

「わっ!・・・っと、ふぅ、危ないなぁ」

急に後ろから出てきたから驚いてバランスをくずしてしまった。何とか踏みとどまったけど。

その横を、今度は女の子が走って追い抜いていった。

「ごめんなさい!!もぅ、お兄ちゃん、危ないでしょう!!ちょっと待ってよ〜」

「早くしろよ!テレビ始まっちゃうだろ!!」

どうやら兄弟みたい。2人とも手にスーパーの袋を持っている。たくさん入っててかなり重そう。

お母さんにお使いを頼まれて来たのはいいけれど、お兄ちゃんが見たいテレビがもうすぐ始まりそうでちょっと焦っている。

そんなとこだろうか。2人とも袋には同じくらいの量が入っているんだろうけど、

女の子の方が体が小さい分、だいぶ大変そうに見える。

(ちっちゃくて、元気いっぱいで、可愛いなぁ)

何となく立ち止まって走ってゆく女の子をみつめていた。

重そうな袋をしっかり握って懸命にお兄ちゃんの後を追いかけていく。でも徐々に差が開いていく。

ふいに、女の子が転んでしまった。その拍子に袋の中身が半分程、道に散らばってしまう。

「うあぁぁぁぁん、おにいちゃぁ〜ん、痛いよぅ」

女の子はどこかけがでもしたのか、一旦起き上がったものの、しゃがみこんで泣き出してしまった。

私は女の子に駆け寄ろうとしたけど、泣き声に気づいて戻ってきた男の子を見て立ち止まった。

何となく、『お兄ちゃん』に任せてみようと思った。

「何やってんだよ。おい、大丈夫か?」

「うぅ、痛いよぅ、お兄ちゃん・・・」

お兄ちゃんがきて少し安心したのか、女の子は泣き止みかけている。

「あ、膝すりむいたのか。うあ、血がいっぱい出てるじゃないか、どうしよう」

けれど、今度は男の子が女の子のけがを見て慌てだした。そんなに血が出てるのかな?

私はやっぱり声をかけてみる事にした。

「どうしたの、大丈夫?」

「あ、どうしよう、妹がころんで、血がいっぱい出てて、けがして・・・」

だいぶ慌ててるみたい、不謹慎だけど、ちょっと可愛らしいな。

「わかった。お姉ちゃんに任せて。それと、君はもうちょっと落ち着きなさい」

「う、うん」

男の子は自分の慌てぶりに気づいたのか、顔を赤くして、恥ずかしそうにうつむいてしまった。

その仕草もやっぱりどこか可愛らしい。

(さて、どうしようかな、バンソーコーなんて持ってないし、その前に傷を洗わないと・・・あ、そうだ)

私は地面に降ろした袋から、ミネラルウォーターのボトルを取り出し、キャップを開けた。

(お母さんに頼まれたやつだけど、少しくらい使っても平気だよね)

「じゃあ、傷洗おうか、ちょっとしみるけど、我慢してね」

「はい、頑張ります」

女の子が頷いたのを確認して水をかける。その言い方が可愛くて、ちょっと笑ってしまったけど。

水をかけている間、女の子はぎゅっと唇を噛み締めて痛みに耐えていた。

傷口を洗い終えると、私はポケットからハンカチを取り出し、そっと傷を拭いてから、

傷を覆うように軽く縛った。もちろん綺麗な面をあてるようにして。

「はい、良く頑張ったね、とりあえずこれで平気かな?」

私が言うと、女の子は立ち上がり、そっと歩き出した。そして数歩進んで立ち止まり、振り返って、

「はい、平気みたいです、ありがとうございます」と、とびきりの笑顔で言った。

それをみて、私も立ち上がり、道にちらばった物を拾い集め、袋に戻して女の子に渡す。

「はい、それと、応急処置だから家に帰ったらちゃんとお母さんに診てもらうんだよ」

「はい、わかりました。ありがとうございます。あの・・・お姉さん優しいですね」

ちょっと照れながら言った女の子はやっぱり可愛らしい笑顔だった。

「どういたしまして。じゃ、気をつけて帰るんだよ、バイバイ」

笑顔で手を振る。女の子も手を振って歩き出した。と、途中で男の子が振り返り、頭を下げて言った。

「どうもありがとうございました」

そして男の子は妹の手から強引に荷物をとり歩き出した。

右手には重そうな袋を2つ提げて。左手は妹の手をしっかりと握って。

「フフ、やっぱりお兄ちゃんなんだね」

私は何となく安心して、立ち上がり歩き出す。

「・・・お兄ちゃん、か」

歩きながら思い出していた。

幼い頃の自分。

『お兄ちゃん』と呼んでいた近所に住んでいたちょっと年上の男の子・・・


NEXT