LABORATORY OF THEATER PLAY CRIMSON KINGDOM

美神の鏡 公演記録

→公演記録目次に戻る


美神の鏡−チラシ表 美神の鏡−チラシ裏


第拾召喚式 美神の鏡

ミューズノカガミ

THE MIRROR OF MUSE

【時】2005年9月28日(水)〜10月4日(火)

【所】 下北沢 「劇」小劇場


【スタッフ】
作・演出…野中友博/照明…中川隆一/美術…松木淳三郎(アートパイン)/照明操作…浜名理良/音響操作…山口睦央/音響協力…青木タクヘイ(STAGE OFFICE)・鈴木三枝子(STAGE OFFICE)/MOVE…高橋健二/所作指導…恩田眞美(ひよこ組)/衣裳…橙姫/スケッチ…見原えりか/パンフレット写真…菊池友成/宣伝美術…KIRA/演出補…澤藤桂/舞台監督…小野八着(Jet Stream)/舞監助手…小野貴巳(Jet Stream)/制作…菊地廣

【キャスト】
紫苑…高橋健二/咲耶…松岡規子/海棠…小林達雄/来栖…阿野伸八/間久部…鈴木淳/葵…雛涼子(ユニットR)/麗華…駒田忍/槐…畠山里美/蜉蝣…佐々木べん/螢…鰍沢ゆき

【概略・備考】
 「幻想耽美派回帰宣言」のもと、ここ数年、日本の過去の戦争と天皇制に拘り続けた社会派的作風から一変して、極めてメンタルで美と身体性に拘った作品。作演出者、野中友博の自画像的な色彩が強く、曰く「『水神抄』以来の私戯曲」である。昭和五年を舞台に、先験的にシュールレアリズムを導入した画家と、ミューズとして霊感的なオーラを放つモデル、その失墜と帰還、彼らを取り巻く女達との愛憎が、極北的な身体表現によって、極めて耽美的に描かれた。
 また、従来、儚げな化蝶や妖精的な雰囲気で描かれてきた異世界からの天使が、佐々木べんと鰍沢ゆきによって演じられた蜉蝣と螢の暴力的な存在感という新側面も見せている。
 その成果については賛否が大きく分かれたが、幻想と耽美に拘りきった作品として、今後のターニングポイントが示されたと言える。

→ページトップへ戻る


【チラシ文】

 表現者の衝動は恋に似ている。それが何処に向かっているかは関係ないのだ。ただただ、表現者はその衝動に向かって、絵筆を動かしたり、楽器を奏でたり、物語を紡いだりする。その根源にある衝動の源をミューズと呼び、美神と呼び、モチベーションという言の葉で語ったりする。

 「恋」とは、多分、誰もが風邪をひくように、人間誰しもが罹る心の病に違いないと思う。これは、麻疹や水疱瘡のように、一度罹ったら免疫が出来るという物ではなく、繰り返し病まねばならない不治の病だ。免疫なんか無い。繰り返し罹る、不治の病なのである。

 そして、その不治の病に罹る事を自ら望みね待っているのが表現者という度し難い人種である。つまり、彼らは自ら病む事を待っているのだ。

 だが、人はきっとこの病を欲するのだと思う。「恋」という病を欲するのだと思う。病んでいるが故に、その生を楽しい物だと感じるのだと思う。

 「恋」はきっと時と共にその姿を変えて行く。その「恋」の変遷の齟齬が、人殺しや自殺やテロリズムまで人を駆り立てるのだと思う。四半世紀程前、私は「恋」故に、その創作によって人殺しがしたいという不埒な想いで戯曲という物を書き始めた。ここ十年程、「恋」について語る事をしないで来たが、今にしてそれを再び書く時が来たと、その予感に震えている。

 これは「恋」の物語です。そして「愛」の物語です。更に「嫉妬」の物語でもあります。貴方の「恋」と「愛」と「嫉妬」……そして「希望」と「絶望」……それを重ねて頂ければ、それにまさる喜びはありません。
紅王

→ページトップへ戻る


【パンフレット文】

「人でなし」の道

 演劇実験室∴紅王国と劇作家としての私、野中友博は、ここ数年、近代日本の戦争と天皇制禁忌というものばかりを取り上げて作品を作ってきた。

 旗揚げ作品であった第九回テアトロ新人戯曲賞受賞作の第壱召喚式『化蝶譚』と、第弐召喚式『井戸童』は、オウム真理教事件のヒステリー的反応を出発点に、1940年代を舞台にして、戦争に向かっていく天皇制日本政府と世間が、カルト宗教を弾圧していくという歪みを描いた連作であり、また、エンターテインメントを志向した第四召喚式『人造天女』でも、人造人間の製造の背景に軍部と天皇制国粋主義者の戦争遂行目的という設定を付与したし、家制度を扱った、第六召喚式『御蚕様』でも、日本の家制度の背景に横たわる天皇制と教育勅語に触れ、第七召喚式『女郎花』では、戦前戦後に跨る昭和天皇の存在その物を背骨とした。そしてイラク戦争の勃発に背中を押されて、シベリア出兵と大正天皇をモチーフとした第八召喚式『蛭子の栖』を作り、BC級戦犯と現人神としての昭和天皇の免罪についてを、第九召喚式『聖なる侵入』の題材とした。他劇団からの依頼という形でシアトリカル・ベース・ワンスモアに書き下ろした『倭王伝〜車座の物夫達』と『八岐大蛇〜倭王伝・巻之弐』にしてもも古代天皇制と戦の話である。

 まあ、そんな事ばかりを書いたり演出したりしてきた訳なのだ。そういう意味では、戦争でも天皇制でもないが、エイズ差別を出発点とした『不死病』も社会派と云えば云える作品で、どちらかと云えば私は社会現象や歴史について何らかの発言をし続けてきた、と云う事になるのだと思う。

 『蛭子の栖』の劇評であったと思うが、北川登園さんには、『女郎花』の印象について、「泉鏡花の文体、寺山修司の演劇手法、そして二人には無い社会性」というような私の紹介をして頂いたと思うのだが、今回は……戦争もない、天皇制もない、或いは時代に対する視線もない、多分、社会性、社会を俯瞰しようとする視点はない。西堂行人さんの拙作への感想を元に、私は自分の事を「幻想耽美派なんですが、実は社会派なんですよ」などと云っていたのだが、今回は全く社会派という名前は返上である。

 私小説を書いたという訳ではない。だが、おそらく、創作者の業、そこに介在する恋情というものについて迫ろうとしたと云う事で、この作品には、極めて私的な葛藤が込められている。そのような事を晒す、さらけ出すという事を試みたのは第伍召喚式の『水神抄』以来と言える。今回の『美神の鏡』で問われているのは創作者の業なのだ。劇作家にしろ、演出家にしろ、つくづく、業の深い生き物だと思っている。平田オリザさんが「畳の上では死ねない職業」と何処かで書いておられたのだけれども、私も地獄に堕ちるしかない仕事だと思っている。私は、自分の創作に対する業を、絵描き……画家に仮託するという事をよくするが、この『美神の鏡』もそんな一編である。

 この劇は、昭和五年から翌年の昭和六年ぐらいまでを舞台として設定しているが、そこに大した意味は無い。そういう意味では私は趣味に拘っている。それは、表現の潮流としてシュールレアリズムという潮流が、世界にはじめて現れた頃であり、劇中で語られる様々な事象がはじめて現れた時期でもある。だが、その時代性には殆ど意味がない。新たな潮流を提示しきれるか、全うしきれるかだけが私の関心事であって、一つ一つの具体性に意味はない。

 この劇の中には岸田劉生や佐伯祐三、また日本に於けるシュールレアリズムの先駆者である福沢一郎などの実在の画家の名称が登場するが、物語の中心になる幻想画家・霧原紫苑は全く架空の存在である。私は彼を藤野一友のような絵(このパンフに作品『眺望』が添えられている)を描く画家であると想定した。藤野は昭和三年に生まれ、五十五年に没しているので、時代的にはこの劇の設定よりも遙かに後に活動している。ただ、福沢一郎のように、戦前にあった我が国のシュールレアリズムの萌芽は、軍国主義時代の弾圧によって、殆ど弾圧され、結実を見なかったらしい。我が国のシュールは、それこそ、後の藤野一友らによって結実したのだと言える。だが、今回はそうした軍国主義による表現弾圧という歴史的、社会的な背景についても言及していない。それについては、また別の作品でいつか語る事になるかも知れない。

 演劇に限る話では無かろうが、創作者は時として人でなし的な振る舞いをせざるを得なくなる。何故かと問われても答えようはない。ただ、そうせずには創作し続ける事が出来ない。だから創作者は人でなしになりうる。そして、人の道に離れた事を続ける。だが……その事に脅える、二の足を踏む事もある。その事によって、人である事、人でなしである事、その分岐点を踏む事があるのだ。

 多分、私はその事を書いている。

 劇作家に、書きたい戯曲と、書かねばならない戯曲があるのだとすれば、本作は間違いなく後者だ。書かねばならなかったのである。それは誰に強いられた訳でもなく、私が私にこの戯曲を書く事を強いた。そして、それを脱稿するまでの間、俳優達の想像力、創造力が、私の背中に強烈な鞭を降り続けた。それは苦しくとも美しく、白日夢のような時間であった。

 創作の涯にある「人でなし」の道を、私達は歩いたのだ。
 「人でなし」の道を、姉貴続ける事を、再確認しようとしたのだ。

 私達は「ろくでなし」にはならない。「人でなし」でいたい。「人でなし」の道を歩ききりたい。
紅王

→ページトップへ戻る


【劇評等】

(工事中)

→ページトップへ戻る


【舞台写真館】

(撮影=菊池友成)

























































































→ページトップへ戻る


→公演前の宣伝ページを見る

→ページトップへ戻る