野中友博の
『邪教の館』

《13》調教された人々による調教



 『邪教の館』へようこそ。

 今回から、私の発言の場もお世話になった『テアトロ』誌から、このホーム・ページ上に移った。今後は文字数の制限が無くなったので、言いたいことは全部言う。テーマが一月に複数になる事もあり得るだろう。今まで「誰でも知っている某大劇団」等とぼかした書き方をしていた物も、私の責任の範囲内では実名で記す。

 連載を始めた頃の当初の目的は、「どう考えても演劇界の害毒でしか無いのに、伝統や習慣として無反省に放置されている馬鹿げた思い込みは、カルト宗教の信仰と変わらない」という事例を元に、自分達の演劇を問い直すという事であった。新装開店(開館?)という事なので、今回は、初心に帰って演劇界に横行しているマインド・コントロール、洗脳とイニシエーションの現実を直視しよう。

 今年の始め、紅王国の中川こうは、次回の芝居に備えて出稼ぎに行った。業務の中身はオペラの裏方である。今回の「洗脳された人々」は、彼の職場の同僚達である。同業者ではない方々の為に、まずは多少の説明を加えて置く。

 小劇場の俳優が商業演劇やオペラ、バレエといった舞台の裏方や大道具、仕込み、バラシ等のアルバイトをする事は日常茶飯事である。全国で三千とも五千とも言われる劇団の中で、俳優とスタッフの業務が、完全に棲み分けされている集団は極々僅かだ。かなり大手と言われる劇団でも、旅公演等の仕込みには『若手』という括られ方をした俳優達が仕込み=セットの組み上げに参加している。我々のような小劇場では、当然の如く、劇団員も客演もお構いなく仕込みに参加するし、日常の稽古段階から、大きな舞台なら演出部(舞台監督とその助手達からなるセクション)が扱うような仕事も、俳優達に分担されている。そういう訳で、小劇場の俳優達は、少なからず舞台の裏方の能力を身につけて行くし、そうした技能の修得の為に、自ら裏方や大道具の世界に飛び込む人たちも多い。そして、いつの間にかバイトのつもりの裏方が本業になり、役者の仕事から足を洗ってしまう人たちも少なくない。昔から仕込み、配膳会、そして水商売が演劇屋の生業の三種の神器であるが、生活の為のバイトが本業になってしまうという危険とは、常に表裏一体なのだ。

 という訳で、我が紅王国の男優諸氏も、普段は所属事務所から来るマスコミの仕事だけでは食って行ける訳もなく、通称『現場』と呼ばれるイベント等の設営のバイト等で糊口をしのいでいる訳だが、オペラや商業演劇等の裏方、いわゆる本番付きという仕事はかなりの高収入な部類に入る。だが、本番付きの裏方仕事というのは、小劇場俳優にとっては、かなりハイリスク・ハイリターンな仕事と言える。前述したように、バイトのつもりが、いつの間にか本業に……という現象の背景には、高収入への魅力とか、生活の為にやむを得ずという現実も確かに存在するが、長期間、俳優の仕事や日常訓練から遠ざかる事で、感性が裏方化してしまったり、舞台で俳優として要求される筋力や持久力、舞台の感が失われてしまうという危険と隣り合わせなのである。よしんば俳優としてのプライドや感性を保ち続けるにしても、他人の舞台の裏にまわるというストレスは想像を絶する物がある。私としては、芝居に関わる事は何事も勉強……等と考える俳優よりも、「おい、何でこの舞台にこの俺様が立っていないのだ? 馬鹿らしくてやってられるか、糞!」とか考える奴らの方が見込みが有ると思っているが、裏方業界の慣習だのしきたりだのは、そうした自律性を粉々にしてしまう程に強固で厄介な代物だ。

 中川も僅か二週間程の仕事で、精神的にかなり疲弊し、殆ど軽症鬱病に近い状態で帰京して来た。後から話を聞いてみると、実際に無茶苦茶な現場であった事が分かるのだが、一般に裏方の世界(スタッフという言い方よりは、裏方というのがぴったり来る演出部や大道具の世界)では、「仕事は怒られて覚える物」という風潮が未だに強く、怒声や罵声が頻繁に飛び交っている。とても近代的な職場とは言えず、いわゆる徒弟制度に近い親分子分の世界である。同じ舞台についていた筋金入りの裏方さん達にしてみれば、中川こうという人物の俳優としての能力や実績など知る訳も無く、単なる使えない道具方として考えられる限りのあらゆる罵詈雑言を浴びせたであろう。そして、彼は公演初日から、いきなり綱元の担当を命じられたと言うから呆れてしまう。

 この件にも、一般の方々には多少の説明が必要であろう。

 綱元というのは、舞台の上手下手(左右の袖の中)にあって、つり込まれた装置その他を上下させる綱を操作する場所を言い、綱場とも言う。我々のような小劇場では、劇場のスノコに滑車とロープで仮設した仕掛けも綱元と呼ぶが、普通の機構を備えた劇場には、運動会の綱引きに使うような太さのロープがアップダウンの仕掛けのついたバトンの数だけ設置され、手動の場合も電動の場合もある。速度を調節したり微妙な表現が可能なため、大概の演出家は手動の綱元を好む。このロープを扱う裏方を、一般的に「綱元さん」と呼んでいる。時には人間を吊り上げる事もあり、また大規模な舞台では数トンに相当する道具が仕込まれている場合もある。事故が起これば死傷者が出る可能性は高い。かなり責任の重い仕事で、当然、日当やワン・ステージの出演料も高額である。

 さて、我らが中川こうは、この仕事を命じられた訳だが、通常、裏方さん達というのは、良く『○○組』と言われるようなある種の人脈からなるグループを作っている事が多く、大抵はその人脈で行動を共にしている。これは大工さんとか、その他の職人さん達と同様で、長年の経験と信頼感に基づく家族的な関係だから、結束も堅く、役割分担も概ね決まっているのが常である。綱元のような重要なポジションは、身内から信頼の置ける人間を配置するのが普通だし、それまで見ず知らずの人間に任せるという事は、普通では考えられない。まあ、当然の話だが、彼もベテランの綱元さんとコンビを組まされたという事だが、相棒の綱元さんからは、かなり理不尽な叱咤や罵声を浴びせられたようだ。どんな場末の飲食店でも、皿洗いのつもりで入ってきたアルバイトに、いきなりフグを捌かせるようなまねはしない筈だが、現象としてはそれに等しい事だと思われる。そのような人員配置をした舞台監督の神経がまずは疑われる訳だが、こうした馬鹿げた事が発生する背景には、無反省な信仰に等しい悪習が演劇界に胡座をかいているからなのだ。

 連載中の『邪教の館』で幾度か書いた事だが、多くの劇団は軍隊的な階級制度に基づく縦社会を構成し、上下関係の秩序を保っている。軍隊が縦社会の命令系統を徹底する為に、上官の部下に対する暴力や、古年次兵の初年兵に対するイジメを、必要悪としてある程度許容するのと同様に、演劇の世界でも、先輩俳優が新人俳優に下着の洗濯を命じるような奴隷同然の扱いは、習慣的な物として半ば日常化している。集団の接着剤としての芸術的理念とか、オピニオン・リーダーとしてのカリスマの力が拡散する大集団になればなる程、この傾向は顕著になるようだ。青年座の演出家、高木達氏は『テアトロ』1995年10月号の特集「新人をどう育てるか」の中で、劇団の新人に課せられる稽古場付き、具体的には先輩の飲み物の好みを覚えてお茶汲みをさせる事を、こうした縦社会に溶け込ませる為の緩やかな順応期間であると記している。これ自体、洗脳とイニシエーション以外の何物でも無い訳で、オウムのサリン事件の直後に、自信満々こんな主張が出来てしまう事自体が空恐ろしくなる事ではあるのだが、青年座の劇団員全てが、高木氏のように意図的な新人教育だと思ってお茶汲みを実践させている訳ではないだろう。単に、数十年に渡る劇団の慣習と伝統に従って、自分が先輩から奴隷同然に扱き使われたように、新人を扱き使うというだけの人たちも少なくない筈である。大抵の人間は、「ああ、演劇の世界ってこういう物なんだ……楽じゃないけど、自分の選んだ道だから頑張ろう!」というあたりで終わってしまうのだ。そして、この手の思考停止を恥とも思わない馬鹿が、演劇の進歩を阻む足枷となって行くのである。

 ここで再び裏方の世界に戻る。裏方さん達の仕事というのは、一種の技術職であり、経験と熟練の要求される責任の重い職種だ。特に、舞台監督をはじめとする演出部の仕事は、単なる肉体労働や技術的な習熟のみならず、人の采配や舞台のあらゆる事の進行を含め、かなりの知的な能力と長時間の集注が要求される。俳優には『花伝書』やスタニスラフスキー・システムの数々の指南書、まるで三日で弾けるギター教本の演劇版のような『篠崎光正・演技術』のように、技術的な教本の類は溢れているが、スタッフを育てる為の体系的な書物や教育機関は無きに等しい。必然的に、即座に現場に放り込んで仕事を覚えさせるという教育方針をとらざるを得ず、また、恒常的な人手不足と時間不足から、熟練者がどんどん仕事を進めて行く事が常なので、よほどの余裕が無ければ、新人に手取り足取り仕事を教えて行くという事は出来ない。結果として、罵声と叱咤の飛び交う中で、積極的に技術を盗んで行ける強かな神経の持ち主だけが一人前になっていく事になる。「仕事は怒られて覚える物」という発想も、こうした現場感覚の中で培われて行く訳だ。

 諄いようだが、裏方の仕事は厳しく、かつ責任重大である。神経の太さも、必須という訳ではないが良い裏方の要素ではあるだろう。しごきに耐え抜けるという事も無駄という訳ではない。しかし……初対面の未経験者を綱元につけ、未経験の故に罵倒しまくるというのは教育どころかしごきですらない。今回、中川こうの体験した一連の事態は、単に上位者や先任者が後輩を服従させて威張り散らしても構わないという経験的な習慣にのっかっただけの、しかも人事の采配すらまともに出来ない愚かな裏方グループが、舞台芸術の世界で黙認され放置されているという事の証左であると私は断言する。元々、知的能力が高く、尚かつ精神的な打たれ強さを持った人たちが優秀な舞台監督や演出部として育っている事を否定するつもりは無いが、現在の裏方の世界のシステムは、この手の馬鹿共も大量生産している。叱りとばされる→自信喪失から頭が真っ白になる→ゼロから技術のイロハを叩き込まれ、鉄の男に生まれ変わる……この課程は、軍隊が殺人マシーンとしての兵士を作り出す課程と全く同じ物だ。そして、現在の演劇状況は、そうした人達を実戦力として頼りにせざるを得ない。ここに戦争を遂行する軍隊と同様の欺瞞と矛盾が、演劇の世界にも存在している事が分かる。

 こうした現場叩き上げのシゴキのシステムは、洗脳やマインドコントロールと言うよりも、一種の調教と呼んだ方が相応しい。はっきり言えば、組織的行動に対する疑念や反発を兵隊(ちなみに頭を使わずに言われたままの仕事をする裏方の事は、軍隊やマフィアと同様に兵隊と呼ぶ)から奪う事が、このシステムの本来の目的だから、よっぽと当人の頭が良く無い限り、革新的創造力や発想力は摘み取られてしまう。かなり優秀で、人格的にも尊敬できる舞台監督さん達を、私も何人も知っているが、そんな人たちでも、例えば『東京グローブ座』のような、一般劇場と異なる機構を持つ劇場に対しては、「この劇場は使い難い」ではなく、「この劇場はおかしい」といった反応を示す事が多い。自分の経験則から離れてしまう事を極端に嫌うのだ。これが調教された自分の頭がない人種となると、全く手も足も出なくなる。キック・ボクシングとのルールの違いから、K−1の試合で惨敗してしまう極真空手の猛者と同様だ。額縁(プロセニアム・アーチ)と緞帳、袖、ホリゾントという機構が無ければ演劇は出来ないという思い込みは、私のような指向性を持っている作演出家には厄介で仕方がない。演出部はまだしも、これが美術プランナーだったりすると、もはや致命的である。

 中川こうの付き合ったオペラの裏方達は、「舞台で一番大事な物と言ったら、額に決まっているだろう!」と断言したそうだ。高名な美術家の間にもこの考えを持つ人は多い。私の観劇体験も、今は無き東横劇場や旧・俳優座劇場で上演された劇団俳優座の公演から始まっているし、教育を受けたのは桐朋の演劇科、更には青年座の演出部の在籍経験もある。近代劇場の舞台機構をベースに物を考える事は出来るし、小劇場とは言え、既存の劇場を用いて公演活動を続ける以上、そうした舞台の文法を無視する事はない。しかし……大は晴海の見本市会場を使用した天井桟敷の『レミング』初演から、利賀山房や野外劇場という特殊な劇場の文法を成立させた早稲田小劇場のギリシア悲劇、これも今は無いが、赤坂の木造アパートを改造した転形劇場工房で初演された『水の駅』……これら、私の演劇観に強烈な印象を与えた作品は、全て額縁舞台とは異なる機構の劇場で上演されている。舞台で一番大事な物は俳優に決まっているのでは無かったのか? いつから観客は額縁を見る為に高い金を払うようになったのか? それすら分からない連中というのは、全く度し難いとしか言いようがない。

 「長い演劇の歴史の中で作られた事なんだから、ちゃんと意味があるんだよ」

 調教の自覚が無い人達の言い様はせいぜいここまでだ。演劇の歴史の初めからプロセニアムが存在していた訳ではない。まして、シェイクスピアにしろ、スタニスラフスキーにしろ、演劇の革新は、劇場構造の根本的な変化と共に訪れているという事を知らないのかと言ってやりたい。結局、連中に物事を進歩させようなどという気が無い事は明らかなのだ。バブルの時期に雨後の筍のように乱立した我が国の劇場も、構造自体を変革する、或いは構造を改変可能なフラットな空間をほとんど作り得なかったという事で、演劇の次元跳躍的な進歩の機会を見逃した事になる。保守勢力の存在は必要な事だし、伝統を守るのはけっこうだが、我々が何かを試そうとする事に、横槍だけは入れて欲しくない。

 それでも演劇の現場は、調教こそが組織を固める最善策という考え方が主流であり、かえって初心者も調教される事を望んでいたりする事が多いので始末に悪い。劇団の主宰者という立場上、組織は軍隊的である事が効率的であり、そこには頭の悪い奴に対する調教もやむなし……と思わされる事も度々だ。しかし、演劇が関係の表現である以上、最も身近な対人関係として、劇集団を軍隊化させたくは無いのだ。そういう事に、表と裏を作れる程、私は器用ではない。何やらシジフォスの神話を生きているような気分だが、カミュの言うように、これも幸運な事と思って前に進みたい。

2001.2.15