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        「君ならできる」 〜 小出 義雄 著 〜 (シドニーオリンピック金メダリスト・高橋尚子選手所属 監督) より


高橋がなぜ強くなってきたか、それには大きな理由がある。
一言で言えば、彼女の性格だ。
世の中には、スポーツ向きの、身体的にすごくいい素質を持って生まれてくる人間が、いっぱいいる。でも、なぜ伸びてこないのかというと、その人たちの性格のせいなのだ。
どういうことかといえば、高橋の場合は強くなりたいという一心があって、陸上競技 そのものに関しては、あまり詳しく知らない。陸上競技ができる、走れるということが、うれしくて、うれしくて仕方ないのだ。陸上が好きでたまらなくて、やっている。
 一方、有森裕子の場合は、陸上競技の練習があまり好きではない。だが「ただの人」 で終わりたくないという気持ちも強力に持っている。どういう風に自分を表現していこうかと考えたとき、マラソンだったら「有森ここにあり」を表現できると選んだのだ。
鈴木博美の場合はもっと極端で、陸上が大嫌いなのだ。だが、負けるのが嫌いでやっている。やっているということは、多少は好きなのだが、とにかく人に負けるのは絶対に嫌いなタイプだ。  
三人の比較をするわけではないが、なぜ高橋が強くなってきたかというと、私の長年の監督としての経験から、一ついえる特徴がある。
「こうすれば強くなる。今日はこの練習やって、明日はこれをやる。明日の朝はキツいけれどこれやるよ」
と指導すると、何でも「はい、はい」といって、何も疑わずにやってきた子なのだ。
自分なりに納得して素直に従ってきた。
ところが、強くならない子というのは、すばらしい素質を持っていても、
「いや、監督、こんなにやったら疲れちゃいます」
「今日はジョッグします」
「私は、こうやりたいんです」
などといって、練習方法を自分で勝手に決めてしまう。例え素質がある子でも、これではダメなのだ。
私がいつも言っているのは、親が自分の子を可愛く思わないことはない。親の小言に対して、反抗期になると「フン!」とそっぽを向いている。しか
し、やがては親の言ったことが、自分で子供を持った時に初めてわかるようになる。
「自分で一人で育ってきたと思っちゃいかん。小出は四十何年の経験で、お前の性格を見て、お前の体を見て、昨日はこういう練習をやってきた、一週間前はこういう練習をやるんだ。小出は弱くさせようと思って、このスケジュールを立てているんじゃないんだ」と、ヘソを曲げる。
ちょっと強くなると、分かったような錯覚を起こすのだ。そういう子は、あるところまで行くと、もうそれ以上は強くならない。監督が、「もっとこうやってやれ」と言うと、「でも・・」と反抗して、もめる。それでだいたい辞めていくケースが多い。性格が本人の成長を妨げている。
高橋は、走ることがうれしくて仕方ないから、
「私は五十までやります。五十歳になっても、一生走りますからね」
だから、監督、ずっと見ててください、と言うのだ。ともかく、性格が素直の一語につきる。だから強くなる。
強くならない子は、自分の心を閉ざしてしまってる。いくら私の経験で強くなるように指導してあげても、扉を閉めているから入っていけないのだ。
高橋はいつも開けておいてくれるから、私が言うと心にスーッと入っていって、大きくなる。また言うと、また大きくなる。どんどん、どんどん大きく伸びる。
高橋の強さの秘密は、そんな素直さなのだ。






                                                                 
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