東京高等裁判所 その6

各懲戒事由に関する事実認定、事実評価の誤り

ビラ配付

  1. 一審判決は、当然のこととはいえ、ビラの配布自体は、正当であるとしているが、一方、当該ビラにPS版事業の販売権の譲渡による売上減少額が約100億円と記載されたことにつき、「前記の事実によれば,ビラが配付された当時,PS版事業の販売権の譲渡により予想される売上減少額などの経営情報は,コニカの重要な営業秘密であったから,コニカの従業員であるTは,正当な理由なくこの情報を社外にもらしたり,公表してはならない。‥‥ビラの記載内容を見る限り,PS版事業の販売権の譲渡による売上減少額という未公開の経営情報は,Tの労働問題を議論するうえで必要性や関連性があるとはいえないし,これを公表することが手段として相当ともいえないから,Tの行為に正当な理由があるとは認められない。したがって,Tがコニカの未公開の営業情報を外部に公表した行為は,就業規則97条6号「事業上の重大な機密を社外にもらし、またはもらそうとしたとき」の懲戒解雇事由に当たる。」(判決書)と判断している。
  2. しかし、一審判決の上記判断は、公表していない事実は、全て公表が禁じられる、という前提に立つものあるから、前提自体に誤りがある。
  3. しかも、PS版事業の販売権の譲渡は、公表済みであり、コニカも認めるように決算報告書等で早晩公表されるべき売上減少額につき、単なる概数にしかすぎない約100億円という金額が末端の一従業員にすぎない者から外部に公表されたとしても、コニカが不利益を受けることなど考えがたいことである。
  4. すなわち、一審判決は、経営の意思決定責任にかかわる部署にも所属していない末端の一従業員にすぎないTにおいて、社内の風聞から聞き及んでいたような類の約100億円などという概数(それ故、他の末端の従業員も知っていたような情報)につき、これが公表を禁じられる性質の情報である、と不合理な判断したのである。さらに、コニカにとって、何ら不利益の事実もない上記情報を配布ビラにおいて、Tが記載させたことをもって、就業規則97条6号「事業上の重大な機密を社外にもらし、またはもうらそうとしたとき」の懲戒解雇事由に当たる、と判断しているのである。
  5. 一審判決の判断は、結局、コニカが「営業機密」であると称するものには、その性質の如何を問わず、従業員たるTは全面的な秘匿義務がある、とするものである。
  6. 一審判決の思考の基底に流れているものは、前記したとおり、使用者側の理由のない主張に対しても、労働者は従順であるべきだ、という価値判断があるのであり、その不当性は、明らかである。
  7. 以上のとおり、配布ビラにPS版事業部の販売権譲渡による売上減少額として、約100億円の記載がなされたことは、就業規則97条6号「事業上の重大な機密を社外にもらし、またはもらそうとしたとき」の懲戒事由に当たる余地はない。
  8. よって、一審判決は、取り消されるべきである。
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