東京高等裁判所 その5

各懲戒事由に関する事実認定、事実評価の誤り

機密漏洩発言

  1. 一審判決は、機密漏洩発言につき、「前記アの認定事実によれば,Tは,コニカのCSセンター内の営業上の重要な機密情報を社外に持ち出そうとする態度をとり,上司から2回にわたり,このような態度を改めるよう注意されたにもかかわらず,これに従わなかったから,Tの行為は,就業規則97条5号「職務上の命令・指示に反抗して、職場の秩序を乱し、または乱そうとしたとき」,6号「事業上の重大な機密を社外にもらし、またはもらそうとしたとき」の懲戒解雇事由に当たる。」(判決書)と判断している。
  2. しかし、一審判決の上記判断は、Tの発言態度をこれが発せられた文脈から意識的に切り離したうえ、言論態度自体を懲戒事由とするものであるから、明らかに二重の意味において不当であり、誤りである。
  3. すなわち、一審判決は、@第1に、Tの発言を文脈から意識的に切り離し、あたかも、同人の発言が「機密漏洩」の態度を示していたかのように事実を歪曲して判断した点である。
  4. 実際は、懲戒事由とされた「機密漏洩発言」なるものは、以下の文脈のもとで発せられたTの発言に関してである。
  5. Tは、A部長らから未払残業代を支払う旨の文書を渡された際、Tが労働基準監督署に対し送付した資料に関し、これを咎められた。Tは、他に方法がなかったので、やむをえず行った旨答えた(乙14)。また、その8日後、Tは、W部長らに呼び出され、再び労働基準監督署に提出した資料に関し、今後このようなことをしないよう約束を求められた。これに対し、Tは、コニカが違法な時間外労働規制を続ける限り、労働基準監督署等への資料を提出しないとは約束できない旨告げた。上記労働基準監督署に提出した資料を除いては、Tは、コニカの機密を何ら漏洩した事実はなく、また、かかる発言をした事実はなかった。
  6. ところが、一審判決は、意識的に上記背景事実を全く無視し、Tの発言を文脈から切り離し、事実を歪曲して不当な判断をしている。
  7. さらに重要な誤りは、A第2に、「本件の懲戒解雇は,Tが従業員の勤怠に関する情報を持ち出そうとしたこと自体を理由とするものではないから,このような事実があったことは,懲戒解雇事由についての判断の妨げとはならない。」(判決書)と言明し、「Tが重要な機密情報を社外に持ち出そうとする態度をとり,上司から2回にわたり,このような態度を改めるよう注意されたにもかかわらず,これに従わなかった。」として、Tの言論態度自体をもって、懲戒事由に当たると判断している点である。
  8. 一審のかかる思考は、労働問題以前の個人の思想、信条、言論等の基本的人格態度に関し、従順でない態度自体を懲戒事由になしうる、との認識を表明したものである。一審判決の思考の基底には、使用者側の理不尽な注意に対しても、労働者は従順であるべきだ、という価値判断があるのであり、その不当性は、極めて重大でとうてい看過できない。
  9. 一審判決がTの言論態度自体をもって、就業規則97条5号「職務上の命令・指示に反抗して、職場の秩序を乱し、または乱そうとしたとき」、6号「事業上の重大な機密を社外にもらし、またはもらそうとしたとき」の懲戒解雇事由に当たる、と判断したことは、極めて不当であり、判断自体失当である。
  10. なお、一審判決の上記不当な判断こそは、後述の株主総会出席及び上司に対する反抗につき、一審判決が何の疑問もなく懲戒事由に当たる、と判断したことと共通の認識基礎をなすものである。
  11. 以上のとおり、上記文脈で発せられたTの当該発言内容については、コニカの主張するように「機密漏洩」に関するものではなかったから、就業規則97条5号「職務上の命令・指示に反抗して、職場の秩序を乱し、または乱そうとしたとき」、6号「事業上の重大な機密を社外にもらし、またはもらそうとしたとき」の懲戒解雇事由に当たることはない。
  12. 一審判決は、発言内容ではなく、上記のとおり、Tの反抗的発言態度をもって懲戒事由に当たる、と判断しているのであるが、その不当性は、より一層顕著である。
  13. よって、一審判決は、取り消されるべきである。
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