東京高等裁判所 その4

各懲戒事由に関する事実認定、事実評価の誤り

不良プリント

  1. 一審判決は、A係長がTに業務指示を与えた時期につき、「Tの直属の上司であるA係長(CSセンター技術グループ所属)は,月曜日から水曜日まで出張を予定していたので,その前の週である金曜日の夕方,Tに対し,「業務連絡」と題する業務指示書を交付し,新製品「コニカカラーセンチュリア」(コニカが初の世界同時発売を目指し,新しいブランドとして売り出そうとしていた製品)の国内発表用比較サンプルプリントのシーン選定用のプリントの作成を指示した。」(判決書)と判断している。
  2. しかし、「業務連絡書」と題するメモ(乙4・別紙)は、金曜日、Tが定時刻に退社した後、机の上に置かれていたものであり、Tがこれに接したのは、翌週月曜日の朝、出勤した後である(T調書)。A係長陳述書(乙4)においても、上記メモは、金曜日に作成されたものとされるものの、当日直接Tに渡された事実には、一言も触れられていない
  3. 一審判決の上記事実認定は、Tは、月曜日、初めて同メモに接したものである旨の一貫したT本人の供述に明らかに反して誤りである。
  4. また、当該メモの記載からもこれが金曜日に交付されていない事実が裏付けられるから、一審判決の認定は、誤りである。
  5. 何故なら、同メモ(乙4・別紙)には、他の文字より小さめの字で「月曜日〜水曜日は、出張にて不在となりますのでH係長の指示に従って下さい。」、「(注)図書室での自習は業務上認めません。業務上必要な内容の学習については指示を行います。又その時は居室で行ってもらいます。」などの記載がある。かかる記載は、直接交付するのであれば、口頭でいうような内容である。それ故、上記メモは、直接交付されなかったため、A係長において、本来の業務指示事項(より大きめの文字で書かれている。)を記載した後、当日(金曜日)、Tに渡すことができなかったため、口頭で伝えるべき事項まで追加的して書き加えたことによるものと考えられる。かかる理由により、この部分が小さめの文字になったものと推認されるからである。
  6. 上記事実は、本件プリント作業の有する意義を正しく把握するうえで、重要である。本件プリント業務は、コニカが主張するように、それが遅れるとセンチュリアの世界同時発売も危うくなる、という程の重要業務などでは、決してなかったのである。翌週からA係長が不在になるため、その間、Tに何らかの仕事を与えるために、Tに予め予告もなく、同人が退社後、A係長は、一片のメモ書きをもって、業務指示をTの机の上に置いておいたというのが真相である。
  7. すなわち、当時、コニカは、Tの告発により、労働基準監督署から違法時間外労働の是正措置を命じられていた時期に当たり、Tだけには、時間外労働が課されず、定刻に退社していた(甲3)。つまり、Tは、コニカから特別に適法な労働時間内の労働に従事させられ、しかもコニカが敵視するユニオンに加入したため、他の従業員から浮き上がった立場で仕事をさせられていた時期である。かかる時期に、コニカの主張するような重要業務をT一人に一片のメモをもって命じるようなことは考えがたい。この事実こそ、同業務は、当時Tに任せても何ら問題のないような内容の業務であったことの証左である。
  8. したがって、本件プリント作業は、重要な業務であったのではなく、むしろ、A係長が不在中、上記のようなTに対し、何にがしかの仕事を与えておくために指示したような類のさほど重要でない業務の一つであった、というべきである。
  9. また、「7N3」によるプリント作業が困難を極めた理由について、Tは、「当時、新製品フィルムであるセンチュリアのプリントレベルは出ておらず、借りたカセットテープによるデーターも当時の7N3の状態に応じた適正な設定を反映できないものであった。このため、最初からプリントレベルを正しく設定し直すためのツールもなく(T調書)、この作業を行うのは、極めて困難であった。」(一審の書類)旨主張した。
  10. ところが、一審判決は、Tの上記主張を理解しようともせず、「プリントのレベル出しは,プリントの作業前に必ず行う作業であるところ,その手順は,マニュアルに従って所定のスイッチやキーを押したうえで,各メーカー,品種ごとのフィルムのデータの入ったカセットテープを機械に挿入し,データを読み込ませ,露光したプリントと基準プリントを濃度計で測定し,レベルを確認するというものであり,作業時間はごく短時間であり,特別な技能を要するものではない。「7N3」は,通常,CSセンターの営業技術部の商品評価グループが最低限必要な程度のレベル出しがなされた状態で維持管理しており,本件のサンプルプリントの作成作業の前に「7N3」を使用したときは,特に異常はなかった。」、「出張から戻ったA係長が金曜日にサンプルプリント作成のやり直しの作業をした際も,特に異常はなく,「7N3」のプリントレベルは適正に出ていた(乙4,17,36,38)。」(判決書)と判示している。
  11. しかし、当時、Tが「7N3」を使用しようとした際、新製品センチュリアのプリントレベルのデータが入ったものは、当時のプリンターの状態に適合したものではなく、一審判決のいうように「各メーカー,品種ごとのフィルムのデータの入ったカセットテープを機械に挿入し,データを読み込ませ(る)」ことなどそもそも不可能であった。また、当時のプリンター状態に適合させるためのツールもない状態であったから、かかる作業は、困難を極めたのである。
  12. 一審判決の上記判示は、センチュリアのデータに関し、前提(当時のプリンターの状態に適合したデータが入ったカセットテープ)自体がないにもかかわらず、これを前提にデータを読み込ませることは、短時間にできる特別な技能を要しない、と述べているのである。Tの主張の論点は、借りたカセットテープにも当時のプリンターに適合したデータ(プリントレベルを正確に反映させることのできる。)自体がなかった、という点にあるのに、一審判決は、意識的に上記論点をそらした判断をしているから、明らかに不当であり、誤りである。
  13. さらに、前述のとおり、一審判決は、当事者双方が明白に争っている事実につき、コニカ従業員らの反対尋問に全くさらされていないコニカの指示に基づいて作成された垂れ流し的各陳述書(乙36の別紙報告書部分)を根拠に、「「7N3」のプリントレベルは適正に出ていた。」とか、「これら4名の従業員の陳述書(乙36別紙報告書部分)には、いずれも、Tから相談されたり、協力を求められたことはなかったとの記載がある。」などと判断しているのであるから、採証方法として、違法な判断である。
  14. 不良プリントの懲戒事由の本質は、コニカにおいて、Tが作成したプリントに不良プリントが相当量含まれていたことを奇貨とし、後になり、強いてこれを懲戒解雇事由にしたものである。Tに不良プリントを発生させる故意がなかったことはもちろん、実際にもセンチュリアの販売が遅れたような事実はないから、これは、就業規則第96条1号「故意に事業場の機械・工作物その他物品をき損または紛失したとき」、同条2号「業務について故意に事実上の損害を与えたとき」の懲戒事由に該当しない。
  15. よって、不良プリント問題を解雇事由に当たる、と判断した一審判決は、明らかに事実認定及び事実評価の判断の誤りがあるから、取り消されるべきである。
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