ホロコースト全史に思う

 

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2024/08/31 23:28

 

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マイケル・べーれんバウム著「ホロコースト全史」創元社

という本をよんでいます。

 

ホロコーストと言えば600万のユダヤ人が殺された歴史を思いますが、実はそれ以外にも何万人ものジ

プシー、それどころかドイツ人、即ちヒトラーとナチス党の政敵及び悲惨な事には身体及び精神障害者

も政策として殺されました。またヨーロッパにおいてユダヤ人の迫害は二千年の歴史を通じてずっと続

いてきました。

 

一体どうしてそんな不当かつ無慈悲な事が起るのでしょうか。

 

1918      ヒトラードイツ労働者党に入党

1925       ヒトラー「我が闘争」出版

1932      ナチス国会で第一党となる

1933     1/30 ヒトラー首相となる

2/27      国会議事堂放火事件で共産党を壊滅させる。 

3月 ダッハウとオラニエンブルクに強制収容所設置

  3/23 全権委任法、

 4/1 ユダヤ商店ボイコット運動全国展開

 4/7  職業管理再建法 ユダヤ人を公職、大学から締め出す。

 5/10 ナチによる焚書  

  7/14 ナチ一党独裁制確立

    遺伝病根絶法

    バチカンと政教条約

  9/22 報道、文学、芸術界からユダヤ人を締めだす  

  10月 国際連盟脱退

1934    ヒンデンブルク大統領死去

   ヒトラー総統となる

1935   1/13 ザールランド併合

   3/16再軍備宣言、ベルサイユ条約破棄 

   9/15 ナチ党大会 ニュルンベルク法 ドイツ人の血と名誉を守る法

  12/31 ユダヤ人を公職から排除

1936   3/7 ドイツ軍 ラインラントに進駐

   8月 ベルリン・オリンピック

     ザクセンハウゼンに強制収容所設置

1937   ブッヘンワルトに強制収容所設置

1938    ドイツ オーストリア併合

    11/9-10水晶の夜 全国でユダヤ人迫害、3万人余を強制収容所送り

1939   1/30   ヒトラー ヨーロッパにおけるユダヤ人絶滅を国会で放言

    8月   独ソ不可侵条約

    9/1    独軍ポーランド侵攻、

        英、仏、独に宣戦布告 

    第二次世界大戦始まる

 

以上を振り返ると1933-34が決定的な年であったと思います。即ちヒトラーが人気絶頂であった時期で

す。この間にヒトラーとナチス党は独裁体制を確立しました。その手段はむき出しの暴力でしたが、そ

れ以上に宣伝と隠蔽法がナチス党の特長であったと思います。

 

先ず国会議事堂放火事件をでっち上げて共産党を始末しました。裁判にもかけずいきなり射殺してでっ

ち上げの罪を宣伝する。ヒトラーが著書の中で言っているように「単純な事を繰り返し言えば真っ赤な

嘘も疑うべからざる真実となる」。

 

ナチスの隠蔽法の手段は強制収容所です。政敵を強制収容所に放り込んで世間から隠し、そこで始末す

るのがナチスのやり方でした。それは警察国家においては「先ず署で話を聞こう」と言う事から始まり

ますね。

 

ユダヤ人に対する迫害はヒトラーがホームレス状態にあった若い時、ユダヤ人に対する憎しみをつのら

せた個人的怨みに加えてドイツ社会にあった反ユダヤ人感情を巧みに利用したものでした。即ち大半の

ドイツ人にとっては「自分はいじめの対象ではない」という安心感と「ユダヤ人、ざまあみろ」という

快感とその迫害の激しさからナチス党に対する恐怖がつのったのだと思います。

 

これは真に不当、無慈悲、しかし極めて巧妙な権力掌握法でしたね。あの恐ろしい規模のユダヤ人虐殺

もナチス党の権力維持の方法だったのでしょう。もう脅迫観念ですね。

 

上から得られる教訓は何でしょうか。

(1) 世の不正を「自分は関係無い」として見逃せばやがてつけは自分にも回ってくる。

(2) 地域や全国の人々と連携して基本的人権と民主主義を守る事。

(3) 常に学んで自立できる実力をつける事。

等ではないでしょうか。

 

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+ 市吉

+ 二十一世紀を楽しく生きよう会

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