差出人:	Osamu Ichiyoshi <osamu-ichiyoshi@muf.biglobe.ne.jp>
送信日時:	2019年1月20日日曜日 23:26
宛先:	
件名:	思想と行動により帝国主義を克復しよう

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米中の覇権争い
これは今日9時から放送されたNHK Specialの題です。この番組の題に思うのは今だに帝国主義的な思考しか
できない人種が特に報道関係者に多いなという事です。

一体覇権とは何でしょうか。中国古代の春秋戦国時代には中原の覇者と表現された強国が次々と交代しました。
近代の帝国主義時代には最終的に大英帝国が覇者になったと言えるでしょう。

しかし第二次世界大戦後はそれ以前とは世界が本質的に変わりました。即ち植民地が無くなった事です。帝国、
本国、植民地、属国、保護領などの言葉は最早現実としては死語になっています。しかし人の考え方は変わらない
ものです。多くの人は覇権とかhegemonyとかの言葉で世界を語るのが好きですね。

今も続く帝国主義の悲惨
約60年前米国がベトナム戦争に入った当初は頭の禿げあがった当時の防衛長官がベトナムは資源が豊かだと正
に植民地主義的な演説をし、更にベトナムは一週間で石器時代に後戻りするだろうと豪語していましたが、実際
には何年もずるずると泥沼に入り込み、カンボジアにも戦場を拡大し、ソンミ村の住民虐殺などにより米国の名誉を
泥まみれにし、五万人の米国の若者を死なせた末に実質的には敗退してベトナムから撤退しました。この間に現地
住民に与えた惨害は更に計り知れません。
他方ソ連のアフガニスタン侵攻に発するアジア、アフリカ諸国の内戦や紛争、第二次世界大戦の帝国主義的残滓と
も言えるイスラエルによるパレスチナ住民の弾圧など帝国主義のもたらす悲惨は今も続いています。

日露関係に思う帝国主義思考の残滓
前回報告しましたように
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E6%96%B9%E9%A0%98%E5%9C%9F%E5%95%8F%E9%A1%8C#%E5%8C%97%E6%96%B9%E9%A0%98%E5%9C%9F%E9%96%A2%E4%BF%82%E5%8F%B2
によると

安政元年(1854) 日露通好条約        東は択捉島とウルップ島の間を国境とする。
                     樺太は日露雑居とする。
明治8年(1875) 千島・樺太交換条約     樺太はロシア領とする。
                     千島列島全域を日本領とする。 

ここまでは戦争ではなく外交で決まった国境です。

1905 ポーツマス条約 日露戦争の終結    樺太の南半が日本領となる。

1945 日本、ポッダム宣言を受諾、第二次世界大戦終結

以下上記URLより転載

1951年
サンフランシスコ講和条約で、日本は南樺太と千島列島を放棄する。平和条約国会で、政府はヤルタ協定のいう
千島列島の範囲に、国後島・択捉島が含まれると説明している [16][17][18]。この説明は1956年2月に取り消され
た [19]。

私見
1951年の国会で何故そういう政府の認識が示されたのでしょうか。私が思うのに当時の政治屋は国境は戦争で決
まるものと言う帝国主義的思考に囚われていたのでしょう。国後、択捉の日本領化が帝国主義以前に決まった歴史
を忘れていたのでしょうか。邪推かも知れませんが北方領土の住民票の小ささが政治屋にこの問題を矮小化せしめ
たのではないでしょうか。

以下上記URLより転載
1956年
戦後の両国間交渉
日ソ共同宣言(昭和31年条約第20号)
日ソ交渉に先立って、サンフランシスコ条約起草国である米国や、英国、フランスに対して、同条約中、放棄した
千島の範囲について問い合わせをした[いつ?][誰?]。米国は北方領土は常に日本の領土であったので、日本に
主権があることは正当として認められなければならないと国務省の覚書として明文化された公式見解を示し、日本
の立場を支持している。
   省略
平和条約の締結交渉は、北方領土の全面返還を求める日本と、平和条約締結後の二島の「譲渡」で決着させよう
とするソ連の妥協点が見出せないまま、結局日ソ平和条約は締結されず、締結後に歯舞群島・色丹島をソ連が
日本に引き渡すと記載された条文を盛り込んだ共同宣言で決着した。
日ソ共同宣言で日ソ間の外交関係が回復。日本とソ連は1956年12月7日、日ソ共同宣言の批准書を交換し、
日ソ共同宣言は同日発効した。
以下省略

私見
ロシア政府は北方領土は第二次世界大戦の結果ロシア領になったと盛んに宣伝していますがそれは帝国主義
思想そのものでしょう。また日ソ不可侵条約を一方的に破棄して終戦一週間前に突如日本攻撃を始めたソ連が
戦争で日本に勝ったと言えるでしょうか。また日本の武装解除後に日本の北方領土を占領し、更に数年後
スターリンお得意の住民追放を行った歴史を振り返ればお義理にも第二次世界大戦の結果ロシア領になったとは
言えないと思います。

帝国主義の克服の使命
日本は明治維新により辛うじて帝国主義列強による支配を免れましたが、その反面先進諸国に輪をかけた帝国
主義国になり日清、日露、第一次世界大戦を通じて海外に領土を広げました。しかし結局第二次世界大戦により
そのすべてを失い、明治以前に確定していた北方領土までソ連、ロシアに占領されて今日に至っています。
日本は戦争の惨禍の痛烈な反省の上に平和主義を国是とする日本国憲法を制定し帝国主義からの卒業を宣言し
ました。この国是を強固にして世界に広め、世界から帝国主義を消滅させる事が私達日本人の使命ではないでしょ
うか。

帝国主義の克服の道
Number1よりOnly1
帝国主義は同じものを争い、Number1を争う競争だと言えるでしょう。植民地主義においてそれは植民地です。
A.ヒトラーは東欧やロシアへの戦火拡大の理由としてLebe-Raum(生存圏)の確保を呼号していました。大日本帝国
では「満蒙は日本の生命線」ですね。英仏西露米等の帝国主義先進列国が既に世界を隈なく分割していた時代に
遅れて参加した日独伊が割り込むことで二度の世界大戦が起きました。どちらが悪いという事はありません。帝国主
義そのものが邪悪な思想だと思います。
西欧諸国の中でもスイス連邦は植民地主義に流される事は無かったようです。早くに永世中立を宣言して戦争の
惨禍を免れ、山だらけの不利な自然を逆に活かして豊かな生活水準と国際社会における名誉ある地位を実現させ
て来ました。
日本は戦後海外の植民地をすべて失い、国内産業は崩壊して、大飢饉の危険にさらされました。海外からの復員
者の多くは一転して国内の奥に開拓地を開きました。その結果、私が子供だった半世紀前には我が国は殆ど完全
に食糧を自給していました。当時は国民の7割が農民だったと思います。国内にそういう宝があるのなら一体何の
ために現地民の抵抗に苦しみながら朝鮮、満蒙に植民地を広げようとしたのかわからないのではないでしょうか。

宝は己が内にある。
日本は資源が無い、だから海外に植民地が必要だというのが大日本帝国主義の根本的命題だったと思いますが、
それは上述のように日本国内に食糧を自給するに足る土地資源はある事から過ちだったと思います。もう一つは
国内市場は狭い、だから海外に市場を確保するために植民地が必要だという主張でした。国内市場が狭い原因は
社会的格差が大きく、大半の国民が貧乏だったからです。農民の大半は小作人で収穫物の半分を地主に取られ、
更に税金を取られるため飯米にも困るほどでしたので国内市場が破壊されていたと思います。国民に対する重税
が大地主への農地の集中と小作人の貧窮の原因でした。その重税は軍備のために必要だったので結局は帝国主
義そのものが国民の貧困と国内市場の狭隘化をもたらしていました。原因と結果が循環してその輪廻の輪に日本
国民は苦しんでいたわけです。その不当な輪廻を脱する事ができなかった原因は制限選挙により国民(大日本帝
国憲法では臣民!)の政治参加が制限されていた事でした。
戦後の日本は普通選挙に基づく民主制の上に世界にも稀な高度成長を遂げて豊かな国を実現しました。その原
動力は農地改革をはじめとする経済の民主化、技術革新、福祉制度の充実などでしょう。それを実現した鍵は民主
主義、基本的人権の尊重、平和主義を柱とする日本国憲法だと思います。一言で言えば人の尊重です。国の宝は
その民にあり、民の宝は個々人の中にあると思います。

安全と防衛
国内の安全の基は国是の民主主義と基本的人権の尊重に基づく社会福祉にあると思います。
国際社会における日本の安全の基は国是の平和主義に加えて国の防衛力にあると思います。実は私もそうでした
が先の戦争のあまりにも悲惨な記憶から軍事に対する拒否反応が国民の間に強く、防衛技術の研究もタブーと
なっており、米国に国土を軍事基地として提供し、また米国からバカ高い兵器を買わされる状況になっています。
しかし北朝鮮の脅威が高まるにつれ私は防衛のための技術研究と実現、その国際的普及は世界平和のために必
要だと考えるようになりました。以前に紹介しました私の研究「核ミサイルを捕獲して発射元に返す防衛システム」は
純粋に防衛システムであるばかりでなく地球観測衛星システム、数千kmの広域航空監視システムとの共用が可能
です。技術としては軍事と民事は同じでその目的が違うだけです。侵略のための軍事は帝国主義であり平和主
義を国是とする我が国の軍事は防衛に限定されます。最近米露中等がやたらと宇宙の軍事利用を喧伝しています
が、宇宙平和条約の精神を忘れてはならないと思います。

思想と行動により帝国主義を克服しよう
最近はイデオロギーとは死語になったかとも思えますが、前述の如く思想は重要です。日本国憲法の民主主義、
基本的人権の尊重(個人主義)、平和主義は何れも主義で表されます。乱用、歪曲されたり、無視されたりする事は
ありますが、主義、主張、思想はやはり根本的に重要ではないでしょうか。思想は人の行動の基です。基を間違うと
すべてを間違ってしまいます。行動に得られる経験で思想を検証もしくは訂正する事も必要です。帝国主義を克復
する道もまた思想と行動の繰り返しにあると思います。
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* 市吉 修   Osamu Ichiyoshi                     
* 二十一世紀を楽しく生きよう会                     
* Human Network for Better 21 Century       
*  <http://www5e.biglobe.ne.jp/~kaorin57/> 
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